鈴鳴川で恋をして

茶野森かのこ

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川の中に入り、春翔はると達の体を水上へ引き上げたのは、リュウジだった。

「ゼン!春ちゃん!」

二人の体を抱えながらリュウジが川岸に向かえば、ユキが岸から春翔達の体に手を伸ばした。

「二人共、気を失ってるだけだ。ゼンの奴気を失ってんのに春の体を離そうとしないんだよ」
「ははっ、その様子じゃ心配いらないな」

ユキは安心した様子で笑い、目元を擦った。二人の体に触れれば、ちゃんと息をしているのを感じる。春翔を抱きしめるゼンに目を向ければ、黒い筈の髪は銀色に変わり、更に長さも腰まで伸びてしまっている。

「もう、大丈夫だな」

ゼンの変わってしまった姿を見ても、目元を緩め呟いたユキの言葉に、リュウジも安堵した様子で頷いた。

真尋まひろ!」

ユキが振り返ると、離れて様子を見守っていた真尋は、びくりと肩を跳ねさせた。その背中には、黒く大きな翼がある。

「安心して!二人共無事だ!」
「お前もこっち来て手伝ってくれ」

二人に声を掛けられ、真尋は強ばっていた肩から幾分力を抜いた。

「は、はい!」

頷いて二人の元へ駆け出した真尋だが、はたと途中で足を止めた。

「おーい、真尋ー!」

水を十分に吸った衣服は重く、それに加え成人男性二人を一度に引き上げるには、なかなか骨が折れる。ユキは再び真尋を振り返るが、真尋はこちらに来ようとはせず、じっと川を見つめている。

「真尋?」
「先に二人を引き上げよう」

その様子が気にはなったが、早く二人を川から上げた方が良いと、リュウジが先ず川から上がろうとした、その時だ。黒く大きな翼をはためかせ、真尋はこちらへ向かって飛んでくる。その手には、どこかに忍ばせていたのか、銀色のナイフが握りしめられていた。

「リュウ!」

ユキはゼンと春翔を支えて手が塞がっており、リュウジは川から上がる為、岸に手をつき咄嗟に身動きが出来ない状態だ。真尋は迷いを無理矢理押し込めたような表情で唇を噛みしめ、ただ真っ直ぐ前を向いていた。リュウジの元へ真尋が飛んで来たのはほぼ一瞬の内で、それと同時に、リュウジの背後から川の水がまるで意思を持ったように沸き上がった。はっとしてリュウジが振り返った時には、尖った水の欠片をまとった川の水が群れをなして、リュウジ達に降りかかろうとしていた。

「な、」

咄嗟にゼンと春翔をユキが覆い被さるようにして庇い、皆の上には大きな黒い翼が更に広がり傘となる。ザザザ、と翼を揺るがす音がする。音が止んだ後は、ぽたりぽたりと滴が落ちる。真尋の大きな翼は傷つき、血が溢れていた。

「真尋、お前!」

リュウジは、真尋の傷に触らないよう翼の外に出て、はっと息を呑んだ。無数の刃と化した川の水をその翼で受け止め、傷だらけになりながらも、形となり浮かび上がった水へ、銀のナイフを深々と刺していた。

「も、もうやめましょう、カゲ様」
「どうして邪魔する、どうして私を裏切る!お前を育てたのは私だ!何故逆らおうとする!」

ゆらりと、川の上で人の形をした水が浮かび上がる。カゲの体に水を纏わせているのだろうか、顔は見えないが、そこから声が聞こえてくる。

「確かに、あなたにここまで育てて貰いました。あの時、僕を生かしてくれた事は感謝しています。お陰で僕は道具としてではなく、普通の人としての時間を過ごす事が出来ましたから」

真尋はナイフを握った手をそのままに、もう片方の手でポケットから小さな瓶を取り出した。

「な、何する気だ」

それを目にした途端、水の中のカゲは明らかに動揺を見せた。だが抵抗しようにも、カゲはその場から身動きが取れないようだ。指先一つ動かせない、突き立てたナイフのせいだろうか。

「教えた筈だ真尋!この男は、私の家族の、仲間の命を大勢の命を奪った!僅か生き残った一族まで日陰での生活を強いられたのは、全てこの男のせいだ!それなのに何故かばう!」
「あなたが奪ったからだ!天狗の森を!それでも僕にはあなたしか居なかったから、親のように、師のように、道具だとしてもそれしか知らなかったから!…でもこの人達は、この人の世は、僕を仲間だって、家族だって、言ってくれた。そんな人達を、僕は見殺しなんて出来ない…」
「待て真尋!話を聞け!お前は騙されて、」
「…ごめんなさい」

瓶の蓋を開け、真尋はカゲにそれを向ける。すると、小さな瓶の中へ水がどんどん吸い込まれ、絶叫と共にカゲの本体と思しき黒い塊も、瓶の中へと吸い込まれてしまった。全てが中に収まると、蓋は勝手に閉まり、瓶の中では行き場を失った黒いカゲが、ぐったりと項垂れているようだった。その瓶は真尋の手の中から芝へと転がり落ち、真尋も力を失ったように倒れ込んだ。


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