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しおりを挟む「これは、君に合わせたって言ったでしょ?」
「え?」
「僕は、この人間に化けただけ。君は、この人間と知り合いでしょ?この姿の方が、君が話しやすいと思ったんだけど」
「違った?」と、今度は本当に困った表情を浮かべるので、佳世は大きく脱力した。
「あ、あー…なるほど…あなたは、巽先輩に化けただけなんだね?そ、そうだよね、巽先輩が猫な訳ないもん、」
そう安心して顔を上げれば、佳世は目の前の現実に、再び顔を真っ赤に染め上げ、急いでカーテンに向き直った。
「そ、それなら、服ごと出してよ!今は人間でしょ!?その姿で外に出たら犯罪だからね!絶対辞めてよ!人前で裸とか!巽先輩が犯罪者になったら、」
「分かった分かった」
一向に取れないカーテンと、止まらない非難に、巽となった猫は溜め息混じりに言葉を吐いた。直後、再びポンと音が聞こえ、佳世は驚いて振り返った。
「まったく…、これなら良いかい?」
煙の中から現れた彼は、今度はちゃんと服を着ていた。
昼間見た時と同じ服だ。店に出る時の出で立ちなのか、白い七分のシャツにジーンズ、腰には黒いエプロンを巻いている。
「服も出せるなら、早くやってよ…」
ようやく肌が隠れてほっとした佳世だが、問題の本質はそこではない。彼は一体何者なのだろう。巽ではないと本人は言っていたが、こうも巽にそっくりだと、何が事実で、何を信じて良いのか分からなくなる。
「…あの、あなたは、本当に巽先輩じゃないんだよね?」
とにかく、これだけはもう一度確認しておかなければと、佳世が真剣な思いで尋ねると、巽のような彼は、また困った様に肩を竦めた。
「さっきも言った通り、僕は君の知り合いに化けただけだよ」
「…なんで、私の知り合いを知ってるの?」
ベランダを通り道にしていた黒猫だ、巽を家に呼んだ事があるなら分からないでもないが、巽をこの部屋に上げた事はない。それなのに、どうして彼が巽を知っているのだろうか。
巽に化けていると言っているが、やっぱり巽本人なのではないか。
そもそも、彼が巽本人かどうかよりも、もっと気にしなければならない事がある筈だが、ここを解決しなければ佳世の頭は動き出しそうにない。
消えない疑問に、佳世が問い詰めるように尋ねれば、巽のような彼はラックに向かって指を差した。そこには、彩夏と写っている劇団員時代の写真がある。彩夏がほぼ中央に写っているのだが、その隣に巽がいた。
「この人間は、写真の真ん中に写っている。だから、君にも慕われていたのかなってさ」
確かに、巽を囲うように写真は撮られているし、実際に巽は慕われていたので、他人からもそう見えるのかもしれない。でも、何かすっきりしない。
「ねぇ、ミルクは?僕、喉が渇いてしょうがないんだよ」
巽の姿をした彼は、そう言いながらテーブルの前にちゃっかりと座っている。彼が巽かどうかという以前に、彼が何者なのかがはっきりしていないし、すっきりしないのは、そもそもの正体について、はっきりしていないからなのかもしれない。猫が化けていると言われても、すんなり受け入れられるものではない。
「…分かりました、ちょっと待ってて下さい」
佳世は、ひとまず疑問を押し込めて、キッチンへ向かった。
もやもやは全く晴れてないが、それでも彼の姿はちゃんと巽だ。巽の顔で言われると放ってはおけない、佳世はもやもやを心に残しつつも、冷蔵庫から牛乳を取り出し、言われた通りホットミルクを作って彼に差し出した。
彼は「ありがとう」とカップを受け取ると、早速カップに口を付けた。
「熱っ!熱いじゃないか!」
そして、佳世を睨み上げる。その抗議の籠った眼差しに、佳世は思わず顔を顰めた。
「ホットが良いって言ったじゃないですか」
「君、僕が何者か知らないのか?」
「知らないよ」
憤慨する姿に、やはりこれは巽ではないのだろうと、佳世はこっそり思う。
「だから、あなた何者なの」
そして、何よりその答えが知りたい。佳世がテーブルの向かいに座って問いただすと、巽もどきは大きく溜め息を吐き、それからふんぞり返った。
「僕は猫だ!猫は猫舌と決まっているじゃないか!」
猫だと言われても、どう見てもただの猫ではないし、何故ここで威張られないといけないのか。そうでなくても混乱しているのにと、佳世は混乱を苛立ちに塗り替え、勢い込んでテーブルに身を乗り出した。
「なんなの!今は人間でしょ!それならホットが良いなんて言わないでよ!」
「冷たいのもダメなんだ!」
「もう!熱けりゃ冷ませば良いでしょ!」
「…まぁ、それはそうだ。作り直すのはもったいない。冷めるのを待つとしよう」
途端に理解を示し、巽もどきは湯気の立つカップを見つめ始めた。
その素直な様子に、佳世は思わず脱力する。この男は一体何なのだろう、訳が分からないから、会話をしているだけで凄く疲れる。
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