劇場の紫陽花

茶野森かのこ

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劇場の紫陽花 6

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「これは、“君に合わせた”って言ったでしょ?」
「え?」
「僕は、この人間に化けただけ。君の知り合いの方が、君が話しやすいと思ったんだけど」

今度はそう困った表情を浮かべるので、佳世かよは大きく脱力した。

「あ、あー…なるほど…あなたは、たつみ先輩に化けただけなんだね?そうだよね、巽先輩が猫な訳ないもん、」

そう安心して顔を上げれば、佳世は目の前の現実に、再び顔を真っ赤に染め上げ、急いでカーテンに向き直った。

「そ、それなら、服ごと出してよ!今は人間でしょ!?その姿で外に出たら犯罪だからね!絶対やめてよ!人前で裸とか!先輩が犯罪者になったら、」
「分かった分かった」

一向に取れないカーテンと止まらない非難に、巽になった猫は溜め息混じりに言葉を吐いた。直後、再びポンと音が聞こえ、佳世は驚いて振り返った。

「まったく…これなら良いかい?」

煙の中から現れた彼は、今度はちゃんと服を着ていた。
昼間見た時と同じ服だ。白い七分のシャツにジーンズ、腰には黒いエプロンを巻いている。

「最初からそうしてよ…」
「あまり人に化ける事がなかったから、ついね。猫を長く続けている僕からしたら、裸を恐れるなんて人間は面白いね」

笑い混じりの言葉に、まさか確信犯かと疑いを覚えたが、何よりも佳世は巽の肌が隠れてほっとしていた。しかし、問題の本質は何も解決してはいない。彼は一体何者なのだろう。巽ではないと言っているが、こうも巽にそっくりだと、何を信じて良いのか分からなくなる。

「…あの、あなたは、本当に巽先輩じゃないんだよね?」

とにかく、これだけはもう一度確認しておかなければ。佳世が真剣な思いで尋ねると、巽のような彼は、また困った様に肩を竦めた。

「さっきも言った通り、僕は君の知り合いに化けただけだよ」
「…なんで、私の知り合いを知ってるの?」

ベランダを通り道にしていた黒猫だ、巽を家に呼んだ事があるなら分からないでもないが、巽をこの部屋に上げた事はない。それなのに、どうして彼が巽を知っているのか。やっぱり彼は、巽本人なのだろうか。

そもそも、彼が巽である以前にもっと気にしなければならない事がある筈だが、ここを解決しなければ佳世の頭は動き出しそうにない。
消えない疑問に佳世が問い詰めるように尋ねれば、巽のような彼はラックに向かって指を差した。そこには、劇団員時代の彩夏あやかと写っている写真がある。彩夏がほぼ中央に写っているのだが、その隣には巽がいた。

「この人間は、写真の真ん中に写っている。だから、君にも慕われていたのかなってさ」

確かに、写真は巽を囲うように撮られているし、実際に巽は慕われていたので、他人からもそう見えるのかもしれない。

でも、何かすっきりしない。

「ねぇ、ミルクは?僕、喉が渇いたんだけど」

巽の姿をした彼は、そう言いながらテーブルの前にちゃっかりと座っている。彼が巽かどうかという以前に、彼が何者なのかがはっきりしていないし、すっきりしないのは、そもそもの正体が分かっていないからなのかもしれない。猫が化けていると言われても、すんなり受け入れられるものではない。

「…分かりました、ちょっと待ってて下さい」

佳世は、ひとまず疑問を押し込めてキッチンへ向かった。
もやもやは全く晴れてないが、それでも彼の姿は巽だ。巽の顔で言われると放ってはおけない、佳世はもやもやを心に残しつつも、冷蔵庫から牛乳を取り出し、言われた通りホットミルクを作って彼に差し出した。
彼は「ありがとう」とカップを受け取ると、早速カップに口を付けた。

「熱っ!熱いじゃないか!」

そして、佳世を睨み上げる。その抗議の籠った眼差しに、佳世は思わず顔を顰めた。

「ホットって言ったじゃないですか」
「君、僕が何者か知らないのか?」
「知らないよ」

憤慨する姿に、やはりこれは巽ではないのだろうと佳世は思う。

「だから、あなた何者なの」

そして、何よりその答えが知りたい。佳世がテーブルの向かいに座って問いただすと、巽もどきは大きく溜め息を吐き、それからふんぞり返った。

「僕は猫だ。猫は猫舌と決まっているじゃないか!」

猫だと言われても、どう見てもただの猫ではないし、何故ここで威張られないといけないのか。そうでなくても混乱しているのにと、佳世は混乱を苛立ちに塗り替え、勢い込んでテーブルに身を乗り出した。

「なんなの!今は人間でしょ!それならホットが良いなんて言わないでよ!」
「冷たいのもダメなんだ!」
「もう!熱けりゃ冷ませば良いでしょ!」
「…まぁ、それはそうだ。冷めるのを待つとしよう」

途端に理解を示し、巽もどきは湯気の立つカップを見つめ始めた。
その素直な様子に佳世は思わず脱力する。この男は一体何なのだろう、訳が分からないから、会話をしているだけで凄く疲れる。


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