桜と星と初こいと

茶野森かのこ

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桜と星と初こいと40

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夜になり、皆が帰ろうとした時の事。
槙の部屋のインターホンが再び鳴り、もう夜も深まっているのに一体誰だろうと、まきは若干不審に思いつつドアを開け、その目を見開いた。

「え…」

そこに居たのは、織人おりとだった。まさかの来客に槙は驚いて、だがその顔は、すぐさま真っ青に染まった。

「な、何してんだよ!うちに来ちゃダメだろ!お前、本当に今度こそ噂の的になるし、それに、そもそも謹慎中の教師の家に、んぐ!」

槙が言葉を詰まらせたのは、織人の大きな手に、口をすっぽり覆われてしまったからだ。

「はいはい分かってる、大声出すな、近所に聞こえる」

槙が驚きのまま織人を見上げると、困ったような言葉とは裏腹に、その瞳が柔らかに細められた。その表情を目にした槙は、途端に顔を真っ赤にして、慌てて織人の手を口から離させた。

そんな、愛しい、みたいな顔するなよ。
どうしたって織人の気持ちが伝わってしまって、目が逸らせなくなる。

槙が自分の心と葛藤を繰り広げていると、後ろから恋矢れんや達が顔を覗かせた。

「こら、ダメだろ織人。さすがにフォローしきれなくなるよ」
「フォローなんか必要ない」
「カズは織人の為に動いてくれてんだぞ、そんな言い方するなよ」

ふいっと恋矢から顔を背けた織人に、槙が焦って顔を上げると、織人はムッとした表情を浮かべた。

「織人」
「分かってるよ。でも、今日はちゃんと理由があって来たんだ」
「理由?もしかして、おばさんに何かあった?」
「何の心配してんだよ、母さんはピンピンしてる。そうじゃなくて、見つけたんだよ」
「何を?」
「槙の事を書き込みした犯人」
「…え?」

きょとんとする大人達を横目に、織人は後ろに視線を投げ、それから溜め息を吐いて体を横に向けた。

「来いよ、今更逃げんのかよ」

織人の後ろに、槙の過去を詳細に知る人物がいる。
槙は、途端に胸の中を不安が埋めつくすのを感じ、落ち着かないまま織人の横顔を見つめた。そこに居るのは誰なのか、正体を知りたい気持ちもあるが、それよりも恐怖が上回っていくようで、槙はぎゅっと拳を握りしめた。
槙を責め立てる視線が蘇り、心は途端にあの頃に引き戻される。

「言いたい事があるんだろ、言わなきゃなんないんだろ?だから来たんだろ」

織人の言葉に、槙は、びくりと肩を震わせた。自分に対して何か言いたい事がある。ぎゅ、と胸が不安に苦しめられ、槙は落ち着かずに視線を床に彷徨わせた。
言いたい事、それは文人ふみとに関する事だろうか。ならば相手は、文人の妻の実咲みさきだろうか。でなければ、文人の死を悼む友人か教え子か。

それが誰であれ、どんな言葉であれ、受け止めなくてはいけない、顔を背けてはいけない、自分にはその責任がある、文人を不幸にした責任がある。
そう思っても、心は早くも挫けそうになる。優しい人達に甘えて、許された気にでもなっていたのだろうか、文人の居る過去と向き合う事に怖いと感じるなんて、文人の事を知らない内に蔑ろにしているような気がして、そんな自分の変化に槙は困惑していた。


「待って、織人さん!俺がまず話を聞く!坊っちゃんは向こうの部屋に、」

槙の様子を見てなのか、龍貴たつきは槙の肩を掴んで自身の背に隠そうとしたが、槙はそれを「大丈夫」と、震える手で制した。

大丈夫、ちょっと混乱しただけだ。槙は自分にそう言い聞かせ、胸元のペンダントヘッドに触れた。

間違えちゃいけない、選べる立場ではないこと。どんな事でも、あの日の事は受け止めなければいけない。それも出来ないなんて、罰を背負った気になっているだけだ。
槙は織人の横顔を見つめた。もう、あの頃とは違う、この先に織人はいなくても、ちゃんと一人で立たなきゃいけない。

コツコツ、と、アパートの廊下に響く靴音に、槙は震える手を押し込めて、そっと息を吐き、意を決して顔を上げた。

織人がドアを少し開けながら一歩下がる、そこに現れたのは、見知らぬ女子高生だった。

「うちの生徒じゃないな」
「どこの子?」
「お前か!うちの坊っちゃんを、」
「止めなさい!お前はもう!」

恋矢と咲良さくらが誰だと首を傾げれば、龍貴が女子高生相手に掴みかかろうとするので、二人は慌てて龍貴の体を押しやった。

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