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桜と星と初こいと43
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後日、槙と咲良は、織人が働いている洋食店“クローバー”に来ていた。文人の娘、ひなと会う為だ。
店は準備中の札を出しており、店内に客の姿はない。ランチ営業と休憩を終えた店内では、夜の営業に向けて仕込みをしている所だ。厨房には、仕込みを進める店長と、こちらを睨み付けている織人がいる。
何故、クローバーで話し合いを行う事になったかというと、槙とひなの対面に、織人が立ち会うと言ってきかなかったからだ。槙とひなの仲介に入っていた恋矢に、いつ会うのだと、来る日も来る日もしつこく聞き回っているのを知ったクローバーの店長が、見かねて話し合いの場所として店を提供してくたのだ。
この店なら、槙達はもれなく常連だし、織人も店の従業員だ、槙との仲を再び疑われるような騒ぎが起きても、以前から懇意にしていた槙に新商品の試食を頼んでいただけだと、口裏を合わせてくれると言ってくれた。
織人の様子に、ハラハラと落ち着かない気持ちになりながら、槙は平静を努めようと、先程出されたアイスコーヒーを飲み干した。カランと氷が音を立てて喉を潤していくが、飲んだそばからまた喉が渇いていくようだ。
槙をそうさせる原因は、目の前に座る彼女、ひなにある。
今日の彼女は制服姿ではなく、私服姿だ。白い半袖のシャツと黒いロングスカートを履いて、髪も下ろしているから、この間見た時よりも大人びて見える。
きっと、開口一番に怒声が飛んでくる、槙はそう身構えていた。ひなが槙の過去を学校に広めた張本人だとしても、そうさせる動機を作ったのは槙だ。槙は、文人を追い詰め命を奪う原因を作ってしまった、だから、どんな責めも受け入れる、槙はそんな心持ちでいたのだが、ひなは店を訪れたきり槙の顔を見ようとはしない。この間は睨みつけてきた瞳も、今は不安定に俯いており、槙はどう声を掛けるべきか迷っていた。
因みに、恋矢と龍貴は、仕事が抜け出せず欠席だ。大人の男が大勢で囲っては、ひなも落ち着かないだろうという、恋矢の配慮もあったのかもしれない。
それを考えると、ひなは強い子だと槙は思う。ひなは、たった一人で槙達と対峙しているのだから。
だが、それならこの間のように強気な態度が出そうなものだが、今日はどこか違う。何かあったのだろうか。
カランと、グラスの中の氷が溶けて、アイスコーヒーの水面が揺れた。
既に空となった槙のグラスと違い、ひなはまだ一口も口をつけていない。コップの表面には水滴が流れ、氷が溶けた分、コーヒーの水かさが増したようだった。
不安と緊張が胸騒ぎを呼び、ますます落ち着かない気持ちになる。ふと隣に目を向けると、咲良が励ますように頷いてくれた。黙っていても仕方ない、今日は話をする為に集まったのだ。
これまで、文人との事については、槙は謝罪すら受け入れてもらえなかった。
文人が亡くなった原因が自分かもしれないと、田所家を訪ね、また文章でその思いを伝え続けたが、文人の妻である実咲はそれを受け入れなかった。当然だ、夫が教え子と不倫していたなんて、それも相手は同性だ。相手の存在を認めたくないだろうし、それが原因で文人が死を選んだなんて考えたくもないだろう。
いくら誠意を見せた所で、受け入れてもらえなければ意味がない。槙が文人を思ってきた同じ年月、実咲は槙を許す事はなかった。
でも、もし、ひなが謝罪を受け入れてくれたら、槙は罪を償う事が出来るかもしれない。
遅すぎるかもしれないが、それでも。どんな事でもする、そうでなければ、未来なんて望んで良い筈がない。
槙は、そっと厨房に視線を向けた。織人は手元を動かしながらひなを睨んでいたので、槙の視線には気づいていないようだ。だが、その姿を見たら妙に安心してしまって、槙は背中を押されるように小さく深呼吸をして、口を開いた。
「えっと…今日はご足労いただいて、」
「おい、なんで槙が下手に出てるんだよ!」
織人によってせっかく勇気を出せたのに、まさかその織人によって早々に話を折られるとは思わない。
そんな槙の思いなど露知らず、織人は怒り任せに厨房を飛び出そうとしたようだが、それは叶わなかった。店長が織人の行動を予測していたかのように、その首根っこを掴んだからだ。
「こら、お前は仕事するんだよ!」
「こんな時に仕事なんか出来るかよ!」
「お前が駄々こねるから、うちに集まって貰ったんじゃねぇか!これ以上、先生方に迷惑かけんじゃねぇ!」
厨房内に飛び交うやり取りは、常連の槙や咲良にとってはいつもの事だ。まるで親子のようなやり取り、父親のいない織人にとって店長は、もしかしたら父のような存在なのかもしれない。
「…すみません、騒がしくて」
「…いえ」
「…先生、田所先生との事は、その…本当に申し訳ありませんでした」
「…本当に、あんたが父を?」
ひなは、俯いたままぽつりと言った。突き刺すような言葉に、槙は瞳を揺らし、思わず胸元のペンダントを握った。
「…付き合っていたのは、事実です」
「それで、父を脅したの」
「い、いいえ、それはありません…、」
槙は言いかけて言葉を切った。それは、槙にとっては真実だが、文人にとって真実かは、自信が持てなかった。
「でも、俺の事が…、俺が先生を追い詰めたのかもしれません」
申し訳ありませんでした、そう頭を下げる槙を見て、ひなは、きゅっと唇を噛みしめた。
「謝られたって困るんだけど。お母さんがどれだけ苦しんだと思ってるの」
その言葉に、文人の墓参りで会った実咲の姿が頭を過れば、今でも続く自分への憎しみに、槙は何も言えず顔を上げる事が出来なかった。
自分のせいで、家族を一つ壊したんだ。四人もの人を傷つけた、終わらない傷を負わせてしまったんだと、改めて思い知らされる。
頭を上げられない槙を見て、咲良がそっとひなに問いかけた。
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