桜と星と初こいと

茶野森かのこ

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桜と星と初こいと50

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「お墓参りの後、お母さんがおかしくなったって、言ったでしょ?あんたとお父さんとの事思い出して、悲しくてそうなってるんだと思ってたけど、自分は悪くないとか泣いてるの聞いてる内に、もしかして、お父さんが死んだのは、お母さんのせいだったのかなって思うようになっちゃって」

ひなは下を向いたまま、髪を耳に掛け直した。後ろに一つ結んである髪にほつれは無く、顔に髪がかかっている様子も見られない。もしかしたらそれは、自分を落ち着かせようとしての行為かもしれない。再び鞄を握りしめる指は白く染まり、ひなが勇気を出して話してくれているのが伝わってくる。ひなも、苦しかったのだと。

「それを否定したくて、あんたが悪いんだって思いたくて、そう信じたくて、あんな事した。…本当にごめんなさい」

頭を下げる体は微かに震えているように見え、まきは戸惑いながらも、その肩に触れて、そっとその顔を上げさせた。

「もう、いいから、」

自分を責めるみたいな表情が垣間見え、槙はただ胸が苦しくなった。
ひなは今、どんな気持ちでここに居て、どんな気持ちで頭を下げているんだろう。
槙は、ひなの両親の仲に亀裂を入れた張本人だ。例え、文人ふみとが槙との関係を終わらせようと考えていても、実咲みさきが不安に思うような仲になっていたのは事実だ。
ひなが槙にしてしまった事は良い事とは言えない、けれど、そうさせる原因を作ったのは槙で、そんな相手に頭を下げるなんて、屈辱的ではないか。槙は、自分のした事の大きさを改めて思い知らされるようで、ひなの顔を見ていられなかった。

槙はひなが体を起こすと、すぐに手を離した。自分が触れてはいけないような気がした。

「謝らないで下さい。俺の方が謝らなきゃならないんです、本当に申し訳なく思って、」
「手紙は読んだ?」

謝罪を口に頭を下げようとする槙に、ひなはそれを遮るように口を開いた。槙は傾けた体を僅かに起こし、後ろめたく視線を逸らした。まだ、あの手紙は読めていない、読む勇気はなかった。

「…私は、日記を読んだ。もし今、お父さんが生きてたら、多分、あんたの事を守ったと思う。死ぬなら全部背負い込んで死にたかったと思う。あんたをずっと、心配してるみたいだった」

ひなの声は先程とは変わり、どこか穏やかに聞こえて、槙は彼女が何を思っているのか分からず、ますます顔を上げられなかった。

「本当にあんたの事好きだったんだって思った。だから、別れるんだって思った。そんなの娘としては複雑すぎるけど…でも、お父さんが私達の事も思ってくれてたのは分かったから」

ひなは再び指先を白くする。声が少し震えるようだったが、ひなは小さく息を吐いて誤魔化すだけだった。

「お父さん、死ぬつもりなんて無かったって。私達の所に帰って、家族に戻ってくれるって。ペンダント返そうと思うって日記に書いてあった、それってそういう事でしょ?それが分かっただけで、私はそれでいい」
「…なんで、そんな風に言ってくれるの?」
「…泣いてくれたから」

その一言が、まるで慈しむような声色で、槙は思わず顔を上げた。

「今でも、お父さんを思って泣いてくれてる。私には、お父さんの記憶はほとんど無いから、今も思い出してくれる人に会うと、お父さんに会えたような気がしてちょっと嬉しいから…だから私は、あんたを憎む事が出来ない。あんたのせいで死んだんじゃないのに、私達が…あなたに責任を負わせた。そうする事で、苦しさから逃げようとした、悪いのは私達だから」

そんな風に言い切れる思いではないだろうに。顔を上げたひなの瞳が、戸惑う槙を映している。

「…なのに、忘れないでいてくれて、今も思ってくれていて、ありがとう」
「…そんな、」
「こんな事、言える立場じゃないけど、お父さんが望んだのは、あなたの幸せだと思うから、」

ひなは、まっすぐと槙を見上げた。ひなは振り回されてしまっただけだ、そのせいで沢山傷ついて、しなくてもいい思いをした筈だ。文人の事についてだって、陰口を叩かれる事もあっただろう、それでもひなに事の真相が直接伝わってこなかったのは、実咲達親族や周りの人達が守っていたからなのかもしれない。
槙の噂を学校に流したのだって、辛かったからしてしまった事で、槙が文人に恋をしなければ、思いを伝えさえしなければ、ひなが傷つく事は、そもそもなかったのに。
それなのに、ひなは槙を思いやってくれる。
その瞳の深さが、まるで文人を見ているようで、槙は困惑して、見ていられなくて、顔を伏せた。

「…幸せになってね」

それはまるで、今までの槙を見てきたかのような言葉だった。
許されてはいけないと、ずっと背負っていくのだと思っていた。それが、自分へのせめてもの罰だった。

だが、それをひなは許すと言う。

「…あなたが幸せにならなきゃ、私達がお父さんに怒られるんだから」

ひなはそう笑い顔を浮かべたが、すぐにそれは泣き顔に変わった。再び謝罪を繰り返すひなに、槙は何も言葉に出来ず、それでもひなの思いを受け止めるように、その肩を支えた。

ひなの思いに、頷く事も否定する事も出来なかった。
目の前に開かれた扉を前に、踏み出そうとする足が止まる。手を引かれて振り返れば、顔の見えない自分がいて、槙はただ目を閉じるしかなかった。



そして、槙はこの夏、教師を辞めた。



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