60 / 64
桜と星と初こいと60
しおりを挟む***
この三年間、槙は一度も日本に帰らなかった訳ではない。どれも咲良の都合に合わせてだが、年に一度は日本に帰っていた。咲良はゆっくりしてきなと、槙を思って休暇を取るように言ってくれたが、その度に槙は予定の埋まったスケジュール帳を咲良に見せ、咲良の仕事を優先させてきた。
日本に帰っても、文人の墓参りに行ったり、母や恋矢、龍貴に顔を見せるだけ。槙は、敢えて織人に会わないようにしていた。
単純に、織人の邪魔をしたくないという思いもあるが、織人に会えば心が揺らいで、数年前の自分に戻ってしまいそうで怖かった。
まだ槙は、自分の示した答えに自信を持てていない。離れれば見えないものが見えてきて、見えてきた分、それは正しい事なのかと迷ってしまった。
だけど、今回の帰省は今までとは違う。数日の滞在ではないなら、織人に会わないようになんて、生活出来ないだろう。
織人に、どんな顔をして会えば良いだろう、織人はまだ、自分との約束を覚えていてくれてるだろうか。
好きで、いてくれてるだろうか。槙の不安の中心は、ただその思いでいっぱいだった。
日本に戻ると、槙はその足で、咲良と共に文人の墓へ向かった。これは、日本に帰国する時のお決まりだ。咲良にとっても、文人は恩師に変わりない。
文人の墓は、いつ来ても清らかだった。手入れが行き届き、田所の家族が来ていたのだろう、まだ瑞々しい花が手向けられていた。
はら、と、どこからともなく桜の花びらが舞い、槙の足元に落ちた。
「…先生、俺、生きてていいのかな」
思わず呟いた一言に、咲良は槙の頭を後ろから勢い良くはたいた。
「いって!」
「バカ言ってんな!先生の前で言う事じゃないだろ」
「…ごめん」
「先生だって不安になるだろ。先生が恨んでるとでも思ってんの?」
咲良の言葉に、槙は思わず視線を俯けた。
「例え槙ちゃんの事を苦にして…例えばだよ?実際は違うと思うから。でも、例えばそうだとして、それこそ先生は、槙ちゃんを恨んだりしないよ。そんな人じゃないから、好きになったんだろ?」
「……」
「先生がどう思っていたかは、あの日記以上の事は、もう分かんないよ。ペンダントを拾いに行って川で足を滑らせた時、死ぬって自分で思ったかどうかも分かんないけど、槙ちゃんのせいでって、槙ちゃんと出会わなければって、思うような人じゃないよ。そういう先生だったじゃん。そうだろ?」
それから、咲良は顔を上げて。
「忘れずに、生きていけばいいんだよ」
咲良はそう言って、槙の頭を後ろからくしゃくしゃと混ぜた。「車に戻ってる」と、柔らかな声に足音が遠退き、槙はその場に座り込んだ。
ひら、とまた一枚、桜の花が槙の元へやって来る。まるで慰めるみたいに膝の上に落ちて、槙は泣きそうになったのを唇を噛みしめて堪えた。
それから、大きく息を吐いて、鞄から文人の手紙を取り出した。
数年前、文人の日記に挟まれていた手紙。封筒に宛名はなく、中身を改めたのも咲良だけだ。咲良はこの手紙が、槙宛てだと言った。
槙はこの数年間、大事に持ちさえすれ、一度も封を開けた事がなかった。
この手紙を見る事、それは、槙の中では過去との決別のようで、自分と向き合う最終過程のようで、今までその勇気がどうしても持てなかった。
「……」
無意識に手が胸元に触れ、何も無い事に気づいて、その手を握りしめた。それから、不安に騒ぐ胸を落ち着けるように深呼吸をして、槙は意を決してその手紙を開いた。
便箋には、丁寧に綴られた文人の文字があった。その懐かしい筆跡に、文人と過ごした日々が甦ってくるようで、胸が苦しくなる。
その手紙には、槙への思いが綴られていた。
“槙、君の思いを知った時、僕は本当に嬉しかったんだ。気づけば、ただ君に恋をしていた。教師としては失格だけど、それでも君が欲しかった。
目が合って、手が触れて、君の隣にいた時間は幸せ以外の何物でも無かった。
けれど、君はもう僕と一緒にいない方が良いと思う。酷い奴だと憎み恨んでくれて構わない、君の未来に僕はきっと足枷にしかならない。今ならまだ引き返せる、一時の気の迷いだと、それがお互いの為なんだ。
明日から、僕達はただの教師と生徒だ。僕は君に出会えて幸せだった。君と過ごした時間は、今も僕を幸せにさせてくれる。でも、君の幸せの隣に、僕が居ては駄目なんだ。僕は君を不幸にはしたくないから。
僕はこの先も、君の幸せを、それだけを願ってる。”
「…なんだよ、それ」
呟きが手紙に皺を入れ、槙は手紙に顔を伏せた。
文人はこの手紙を、どうやって渡そうとしたのだろう。
別れると言いながら、人の幸せばかり願っている。自分より家族が大事だと気づいたんじゃないのか、自分の為に別れようと決意したのか。恨み言の一つくらい書いてくれたら良いのに、そうしたら救いもなく傷ついて泣けるのに。
天国へ行って尚、文人に背中を押された気がして、槙は顔を上げる事が出来なかった。
文人に愛されていた、槙の方が文人にとって枷でしかないと思っていたのに。
顔を伏せた手紙に、涙がぽたぽたと落ちてインクを滲ませていく。くしゃ、と握った手紙から文人の思いが溢れて、槙の心を包んでいくようで、涙が止まらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
だって、君は210日のポラリス
大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺
モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。
一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、
突然人生の岐路に立たされた。
――立春から210日、夏休みの終わる頃。
それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて――
📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。
エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる