桜と星と初こいと

茶野森かのこ

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桜と星と初こいと60

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***


この三年間、まきは一度も日本に帰らなかった訳ではない。どれも咲良さくらの都合に合わせてだが、年に一度は日本に帰っていた。咲良はゆっくりしてきなと、槙を思って休暇を取るように言ってくれたが、その度に槙は予定の埋まったスケジュール帳を咲良に見せ、咲良の仕事を優先させてきた。

日本に帰っても、文人ふみとの墓参りに行ったり、母や恋矢れんや龍貴たつきに顔を見せるだけ。槙は、敢えて織人おりとに会わないようにしていた。
単純に、織人の邪魔をしたくないという思いもあるが、織人に会えば心が揺らいで、数年前の自分に戻ってしまいそうで怖かった。
まだ槙は、自分の示した答えに自信を持てていない。離れれば見えないものが見えてきて、見えてきた分、それは正しい事なのかと迷ってしまった。

だけど、今回の帰省は今までとは違う。数日の滞在ではないなら、織人に会わないようになんて、生活出来ないだろう。

織人に、どんな顔をして会えば良いだろう、織人はまだ、自分との約束を覚えていてくれてるだろうか。
好きで、いてくれてるだろうか。槙の不安の中心は、ただその思いでいっぱいだった。




日本に戻ると、槙はその足で、咲良と共に文人の墓へ向かった。これは、日本に帰国する時のお決まりだ。咲良にとっても、文人は恩師に変わりない。

文人の墓は、いつ来ても清らかだった。手入れが行き届き、田所の家族が来ていたのだろう、まだ瑞々しい花が手向けられていた。
はら、と、どこからともなく桜の花びらが舞い、槙の足元に落ちた。

「…先生、俺、生きてていいのかな」

思わず呟いた一言に、咲良は槙の頭を後ろから勢い良くはたいた。

「いって!」
「バカ言ってんな!先生の前で言う事じゃないだろ」
「…ごめん」
「先生だって不安になるだろ。先生が恨んでるとでも思ってんの?」

咲良の言葉に、槙は思わず視線を俯けた。

「例え槙ちゃんの事を苦にして…例えばだよ?実際は違うと思うから。でも、例えばそうだとして、それこそ先生は、槙ちゃんを恨んだりしないよ。そんな人じゃないから、好きになったんだろ?」
「……」
「先生がどう思っていたかは、あの日記以上の事は、もう分かんないよ。ペンダントを拾いに行って川で足を滑らせた時、死ぬって自分で思ったかどうかも分かんないけど、槙ちゃんのせいでって、槙ちゃんと出会わなければって、思うような人じゃないよ。そういう先生だったじゃん。そうだろ?」

それから、咲良は顔を上げて。

「忘れずに、生きていけばいいんだよ」

咲良はそう言って、槙の頭を後ろからくしゃくしゃと混ぜた。「車に戻ってる」と、柔らかな声に足音が遠退き、槙はその場に座り込んだ。
ひら、とまた一枚、桜の花が槙の元へやって来る。まるで慰めるみたいに膝の上に落ちて、槙は泣きそうになったのを唇を噛みしめて堪えた。
それから、大きく息を吐いて、鞄から文人の手紙を取り出した。

数年前、文人の日記に挟まれていた手紙。封筒に宛名はなく、中身を改めたのも咲良だけだ。咲良はこの手紙が、槙宛てだと言った。
槙はこの数年間、大事に持ちさえすれ、一度も封を開けた事がなかった。
この手紙を見る事、それは、槙の中では過去との決別のようで、自分と向き合う最終過程のようで、今までその勇気がどうしても持てなかった。

「……」

無意識に手が胸元に触れ、何も無い事に気づいて、その手を握りしめた。それから、不安に騒ぐ胸を落ち着けるように深呼吸をして、槙は意を決してその手紙を開いた。

便箋には、丁寧に綴られた文人の文字があった。その懐かしい筆跡に、文人と過ごした日々が甦ってくるようで、胸が苦しくなる。


その手紙には、槙への思いが綴られていた。


“槙、君の思いを知った時、僕は本当に嬉しかったんだ。気づけば、ただ君に恋をしていた。教師としては失格だけど、それでも君が欲しかった。
目が合って、手が触れて、君の隣にいた時間は幸せ以外の何物でも無かった。
けれど、君はもう僕と一緒にいない方が良いと思う。酷い奴だと憎み恨んでくれて構わない、君の未来に僕はきっと足枷にしかならない。今ならまだ引き返せる、一時の気の迷いだと、それがお互いの為なんだ。
明日から、僕達はただの教師と生徒だ。僕は君に出会えて幸せだった。君と過ごした時間は、今も僕を幸せにさせてくれる。でも、君の幸せの隣に、僕が居ては駄目なんだ。僕は君を不幸にはしたくないから。
僕はこの先も、君の幸せを、それだけを願ってる。”


「…なんだよ、それ」

呟きが手紙に皺を入れ、槙は手紙に顔を伏せた。
文人はこの手紙を、どうやって渡そうとしたのだろう。
別れると言いながら、人の幸せばかり願っている。自分より家族が大事だと気づいたんじゃないのか、自分の為に別れようと決意したのか。恨み言の一つくらい書いてくれたら良いのに、そうしたら救いもなく傷ついて泣けるのに。

天国へ行って尚、文人に背中を押された気がして、槙は顔を上げる事が出来なかった。
文人に愛されていた、槙の方が文人にとって枷でしかないと思っていたのに。

顔を伏せた手紙に、涙がぽたぽたと落ちてインクを滲ませていく。くしゃ、と握った手紙から文人の思いが溢れて、槙の心を包んでいくようで、涙が止まらなかった。



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