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あじさいの咲く庭で13
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「…いけないな、こんなんじゃ」
振り返った思い出は、正幸の心を深く揺さぶってくる。二十年分の希望が、信じるだけで繋いできた日々が、夢のように儚く散ってしまいそうで。気がついたら、あの頃の無感情な日々が足元までやって来ていている気がして。
このままでは、心の居場所が分からなくなってしまいそうだ。
「…駄目だ、違う違う」
正幸は、そこまで深く考え込んでしまっている自分に気づき、違うと頭を横に振った。あの頃に戻ることはない、あの頃と状況が違う。今は、一雄やこまりをはじめ、たくさんの仲間や友人がいる。こんな風に暗く落ち込んでいたら、皆にもっと心配をかけてしまう。
正幸はそう思い直し、とにかく気持ちを切り替えようと、重い体をどうにか起こし、縁側に座り込んだ。
けれど、すぐに気持ちが変えられたら苦労はしない。
体調の悪さも影響しているのだろう、体が辛いと心はますます疲弊するようだ。
外はこんなにも良い天気だというのに、雨が降ればいいのにと願っているなんて、誰かが聞けば、自分は相当なひねくれ者だと思うだろう。正幸は苦笑い、小さな溜め息と共に、庭に咲く紫陽花へと目を向けた。熱い太陽にも、まだまだ負けじと咲く紫陽花達は、それでもやはり息苦しそうで、まるで、自分の心を映したようなその姿に、正幸の胸はぎゅっと痛くなる。
いつかはこんな時がくると、考えなかった訳ではない。心のどこかで覚悟を持っていたつもりだった、それでも、約束を頼りにしすぎてしまった、いつか会いに来てくれると夢見てしまった。
こんなに年齢も重ねて、見た目ではすっかりトガクよりも歳上となってしまった、あの頃のように、もう何もかもが一緒ではないというのに。時が経てば、トガクだって心変わりくらいするだろう、どれだけ長生きで人と違うといっても、心は人と同じなのだから。
そんな風に、正幸が溢れそうな苦しみを、どうにか飲み込んで心の奥底に押しやろうとしていれば、不意にインターホンの音が聞こえてきた。
レストランのヘルプに出向いたこまりが戻って来たのかと思ったが、こまりも一雄も、いつも勝手に玄関を上がってくる事を思い出す。
こまり達には、この家の合鍵を渡していた。勿論、正幸も合意の上だ。正幸は急に体調を崩す事もあり、鍵のしまった家で一人倒れたりしたら簡単には助けに入れない、そんなもしもの時の為でもあるが、こまり達親子はしょっちゅうこの家を訪ねているので、最早、第二の我が家のような感覚でもあるのだろう。正幸としても、こまり達がいるのは日常なので、合鍵を渡す事にも躊躇はなく、勝手に上がってくれて構わないという気持ちだった。
なので、こまり達ではない。この離れに来客は珍しいし、一体誰だろうか。
正幸は、「はい」と玄関に向かって声を掛けながら立ち上がろうとしたが、その瞬間、目の前が真っ暗になり、慌てて戸に腕を伸ばした。お陰で体が倒れる事はなかったが、勢いあまって伸ばした腕は、ガラス戸から派手な音を引き出してしまった。快晴の空は暑く、ぼんやりと庭を眺めていたのが良くなかったのだろうか、立ちくらみや目眩はよくある事だが、どうにも今日は症状の治まりが悪い。治ったと思って立とうとしても、またくらりと膝をついてしまう。訪問者が来ているというのに、まともに玄関までも歩けないなんて。幾つになっても軟弱な体に、情けなくて不甲斐なくて泣けてくる。
こんな自分を、そもそもトガクが会いに来る筈もないのではないか。だって、自分は約束をしたからといって待つばかり。トガクに会いに行く事も出来た筈なのに、それを諦めてしまった。
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