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あじさいの咲く庭で18
しおりを挟む「それより正幸さ、一度、俺に会いに来ようとしただろ」
「え?」
「待ってろって言ったのにさ。まったく、あの時は肝が冷えたよ」
「…どういうこと?」
確かに、正幸はトガクに会いに行こうとした。でも、山に入ったはいいが、途中で体調を崩し、会う事は出来なかったのだ。それから、トガクに会いに行くのを諦めてしまった。正幸は、そんな自分の不甲斐なさを、自分からトガクを求めておいて、自分からトガクを切り離したような気がして、その事をずっと謝りたいと思っていたのだ。だが、どうしてトガクがその事を知っているのだろうか。
正幸が不思議そうにしていると、トガクは溜め息を吐いて、正幸の額を軽くつついた。
「俺が知らないとでも思ったか?山は俺の庭のようなもんだ、鳥の奴らも色々知らせてくれるしな」
「そうだったんだ…じゃあ、助けてくれたのって、トガクさんなの?」
たまたま登山者が通りがかって助けてくれたと聞いていたが、もしかしたら、トガクが自分を山の外へ連れ出してくれたのだろうか。考えもしなかった予感に、正幸は胸を高鳴らせて身を乗り出したが、予想に反して、トガクは寂しそうな顔をした。
「いや、俺は、あの登山者にお前を見つけて貰えるよう、導いただけだ。俺は、お前の体を運べても、病院には連れて行けなかったからさ。あの頃はまだ、人に化けられる力はなかったから」
「でも、トガクさんのお陰だよ。トガクさんがいなかったら、僕はどうなっていたか…そうでないなら、あのまま僕を浚ってくれても良かったのに」
思わずそう呟いてしまえば、トガクは少し怒ったような表情を浮かべた。
「それじゃ、意味ないだろ。お前は、人として生きるべきだ。人として、人の世界で生きるお前だったから、俺達は会えたんだ。それに、正幸にまで隠れて生きてほしくない、俺のせいで、お前がおかしいみたいに言われるのは耐えられないんだ。それについては、俺はまだ怒ってるんだぞ、お前の事をおかしくなったって言ってた奴らのこと。…まぁ、俺のせいだから、どの口がって話だが」
「そんなことないよ、だって、トガクさんのせいなんかじゃない。ただ、皆がトガクさんの姿が見えないだけで、それは誰のせいでもないでしょ。そんな事言ったら、出会わなければ良かったって話になっちゃうじゃないか…」
正幸は言いながら、きゅっと手元の上掛けを握った。
「…僕は、トガクさんに会えたから、今の僕があるのに。トガクさんに会えなかったら、どうやって毎日過ごしてたんだろうって想像つかないくらいなんだから。それに比べたら、他の誰に何を言われても、僕は全然平気だったのに、」
なのにと、呟いた正幸は、トガクと離れた時の事を思い出し、今までの溜め込んできた思いをトガクにぶつけそうになって、唇を引き結ぶと視線を俯けた。
急に黙り込んだ正幸に、トガクには思い当たる節があったのか、どこか居心地悪そうに髪をくしゃっと掻いた。
「悪かったと思ってる、でも、あの時はあれしか方法が思いつかなかったんだ。もう二度と会わないって選択肢もあったけど、それはどうしても選べなかった」
「…当たり前だよ」
さすがに、ムッとして正幸が言えば、トガクは苦笑い、それから迷ったように視線を揺らすと、恐る恐るといった具合で正幸をちらと見上げた。
「…お前こそ、いいのか?」
「なにが?」
「俺は、これからは、堂々とお前の隣に居続けるぞ。パートナーだって言い張って、人間のように振る舞って、お前の死に際も側にいるつもりだ」
はっきりと断言したトガクに、正幸はきょとんとしてトガクを見上げた。トガクは何も疑うことのないように、まっすぐとこちらを見つめていて、正幸の胸は遅れて気づいたように、どきりと跳ねて、それからは苦しいくらいに打ち付けてくる。
そんなの、まるで、プロポーズみたいじゃないか。
トガクにその自覚があるのかは分からないが、それでも正幸にとっては、そうなったら良いなと願い続けていたことで。
「…おい、聞いてるか?それとも、具合悪いか?熱上がってないよな?他に痛いとこあるか?」
反応もなく固まってしまった正幸を見て不安に思ったのか、トガクは心配そうに眉を下げ、わたわたとしている。今の今まで、はっきりと気持ちを伝えてくれて、ぶれない瞳が格好良かったのに、その変わり身に、正幸は思わず笑ってしまった。
「なんだよ、おかしいことしたか?」
そう言いつつも、それでも心配や不安が拭えないのか、トガクは自信がなさそうにしている。そんなトガクには申し訳ないが、正幸はどうしたって笑う顔が止められない。だって、嬉しい、幸せが胸に溢れて部屋中を包んでしまったみたいで、泣きたくなるほど、笑顔が溢れて止まらない。まさか、こんな日がくるなんて。
「おい、笑うなって」
くふふと泣き笑いを続ける正幸に、トガクもつられるように笑みを深めている。自分がおかしな事をしたから笑っているのではないと、トガクも気づいたのだろう。
「こら、正幸」
そう言って、余計に笑わそうと思ったのか、擽ってくるトガクに、正幸は笑い声を上げながら身をよじって逃げようとするが、始まったじゃれあいは、どうにも手放すには惜しいと思ってしまう自分がいる。体調不良も忘れて、年甲斐もなくはしゃいでしまっている気がするが、二十年も待ってようやく再会したのだ、今日くらいは大目に見てほしい、なんて、誰に向けた言い訳なのだろうか。
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