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駅に着いてバスを乗り継ぎ、キヨエの暮らす小さな集落に向かう。長閑な田園風景が続く中、ただただ広く平面の土地しか見えなかったそこにも、ぽつりぽつりと家々が見えてきた。
バスを降りると、走って走ってキヨエの家を目指す。この辺りは、どこまで行っても平地の田畑が続き、遠くに山が見えるばかりだ。蝉の声が太陽の熱を後押しするようだが、空気が澄んでいるせいか風が心地よく、押し潰されるような蒸し暑さは感じなかった。
永遠に続きそうな広々とした道路、途中でその道を下りれば、平屋がぽつぽつと建ち並ぶ集落があり、その中、一軒の家の前で貴子は足を止めた。
茅葺き屋根の古くて大きな家だ、昔は立派な門構えがあったというが、敷地の入り口には、郵便受けだけがポツンと立っていた。
「おばあちゃん!貴子だけど、入るよ!」
この辺りの家は、基本、鍵を掛けていない。
夜や遠出をする時は別だが、昼間は留守でも開いてる家がほとんどだ。
近所で暮らす者同士、昔ながらの信頼関係もあるのだろうが、そもそも人が滅多に立ち寄らない静かな集落、そんな田舎の古びた家に、わざわざ物盗りに入る者は居ないだろう。恐らく、そんな考えがあるからだろう。だとしても、危なくないのだろうかと、貴子も子供の頃は思っていたが、この集落の日常にも、大人になるにつれて、そんなものかと気にする事もなくなっていた。
建て付けの悪い引戸を強引に引き開ける、これがなかなか力が要る。それでも、どうにか引戸を抉じ開ければ、広い玄関が目に入る。左側には腰の高さ程の靴箱が置かれ、その上には鏡が壁に付けられている。玄関から室内へは床板が高くなっており、足腰の弱ったキヨエの為に、段差の低い階段と手すりが付いていた。しかし、サンダルはあるがキヨエの靴がない。その代わりに、男物の少しくたびれた黒いスニーカーがあった。
「…いっちゃんかな」
見知らぬ靴が置いてあっても特別疑問に思わないのは、集落の皆が昔から良く知ってる住人だからだ。
いっちゃんとは、左隣のお隣さんで、重井一輝という。貴子にとってはお兄さん的存在で、血の繋がりは無いが、重井家とは親戚のような間柄だ。なので、留守の内に互いの家に上がって待っているという事も少なくない。
「おばあちゃん?」
だから、貴子も不審に思う事なく玄関を上がり、声を掛けつつ居間に入ろうとすると、居間の戸が勢いよく開き、中から身を乗り出してきた青年とぶつかりそうになった。
「うわ!」
「きゃあ!」
お互い咄嗟に仰け反って衝突を回避したのは良いが、目が合うと互いに面食らった顔を浮かべた。
「…ど、どちら様ですか?」
貴子は戸惑いながら尋ね、鞄を胸に抱き寄せ一歩下がった。ここにきて、初めて警戒心を抱いた。
目の前に現れたのは、二十代半ば位だろうか、タオルを頭に被るように巻いた細身の青年だった。少々つり上がった切れ長の瞳は、貴子を訝ってか睨むように見つめている。体は細身だが、七分袖の黒いシャツの上からでも、その腕が鍛えられているのが見てとれた。下にはくたびれたジーンズを履いている。
貴子には、見覚えがない青年だ。この集落の人間では無さそうだし、もしくはどこかのお宅の親族だろうか。そうでないなら、まさかとは思うが空き巣か強盗か、だったらどうしようと、貴子は不安と恐怖に、盾としては心許ない鞄を必死に抱きしめた。
「…あなたこそ、どちら様ですか?」
低く警戒を剥き出しにしたような青年の声色に、貴子は思わず肩を揺らした。強面の青年は、見方を変えれば、危ない筋の人間のようにも見える。しかし、ここで弱さを見せたら、相手の思うつぼかもしれない。いや、思うつぼも何も、貴子は彼が何者なのか全く分かっていないし、彼が悪事を働こうとしているとは限らないし、もしそうだとしたら、相手に食って掛かるなんて危険だ。
それでも、こんな時に限って、貴子の強気はどこからか湧き出てしまい、貴子は開き直るように胸を張った。
「わ、私は、この家の孫です!」
貴子が青年に負けじと、キッとその眼差しに力を入れる。貴子が睨んでも、怯えた小動物が威嚇している程度の効果しかないが、それでも青年は何か察した様子で、その双眸を緩めた。
「あ…たかこ、さんですか?」
少々目つきの悪さは残るが、明らかに青年の雰囲気が丸くなり、貴子は拍子抜けした。
「…そ、そうですが、」
急に凄みのような警戒を解かれたので、貴子が戸惑いつつ頷けば、青年は表情こそ固いが、どこか安心した様子を見せた。
「俺、キヨエさんにお世話になっている、匠海と言います。今、キヨエさんの荷物取りに来たんですけど、よく分からなくて」
「…荷物?」
「はい、入院に必要な物なんですけど、」
「え、入院って、おばあちゃん危ないんですか!?」
青ざめ今度は飛び付いてくる貴子に、匠海は再び、驚きに目を瞬いた。
駅に着いてバスを乗り継ぎ、キヨエの暮らす小さな集落に向かう。長閑な田園風景が続く中、ただただ広く平面の土地しか見えなかったそこにも、ぽつりぽつりと家々が見えてきた。
バスを降りると、走って走ってキヨエの家を目指す。この辺りは、どこまで行っても平地の田畑が続き、遠くに山が見えるばかりだ。蝉の声が太陽の熱を後押しするようだが、空気が澄んでいるせいか風が心地よく、押し潰されるような蒸し暑さは感じなかった。
永遠に続きそうな広々とした道路、途中でその道を下りれば、平屋がぽつぽつと建ち並ぶ集落があり、その中、一軒の家の前で貴子は足を止めた。
茅葺き屋根の古くて大きな家だ、昔は立派な門構えがあったというが、敷地の入り口には、郵便受けだけがポツンと立っていた。
「おばあちゃん!貴子だけど、入るよ!」
この辺りの家は、基本、鍵を掛けていない。
夜や遠出をする時は別だが、昼間は留守でも開いてる家がほとんどだ。
近所で暮らす者同士、昔ながらの信頼関係もあるのだろうが、そもそも人が滅多に立ち寄らない静かな集落、そんな田舎の古びた家に、わざわざ物盗りに入る者は居ないだろう。恐らく、そんな考えがあるからだろう。だとしても、危なくないのだろうかと、貴子も子供の頃は思っていたが、この集落の日常にも、大人になるにつれて、そんなものかと気にする事もなくなっていた。
建て付けの悪い引戸を強引に引き開ける、これがなかなか力が要る。それでも、どうにか引戸を抉じ開ければ、広い玄関が目に入る。左側には腰の高さ程の靴箱が置かれ、その上には鏡が壁に付けられている。玄関から室内へは床板が高くなっており、足腰の弱ったキヨエの為に、段差の低い階段と手すりが付いていた。しかし、サンダルはあるがキヨエの靴がない。その代わりに、男物の少しくたびれた黒いスニーカーがあった。
「…いっちゃんかな」
見知らぬ靴が置いてあっても特別疑問に思わないのは、集落の皆が昔から良く知ってる住人だからだ。
いっちゃんとは、左隣のお隣さんで、重井一輝という。貴子にとってはお兄さん的存在で、血の繋がりは無いが、重井家とは親戚のような間柄だ。なので、留守の内に互いの家に上がって待っているという事も少なくない。
「おばあちゃん?」
だから、貴子も不審に思う事なく玄関を上がり、声を掛けつつ居間に入ろうとすると、居間の戸が勢いよく開き、中から身を乗り出してきた青年とぶつかりそうになった。
「うわ!」
「きゃあ!」
お互い咄嗟に仰け反って衝突を回避したのは良いが、目が合うと互いに面食らった顔を浮かべた。
「…ど、どちら様ですか?」
貴子は戸惑いながら尋ね、鞄を胸に抱き寄せ一歩下がった。ここにきて、初めて警戒心を抱いた。
目の前に現れたのは、二十代半ば位だろうか、タオルを頭に被るように巻いた細身の青年だった。少々つり上がった切れ長の瞳は、貴子を訝ってか睨むように見つめている。体は細身だが、七分袖の黒いシャツの上からでも、その腕が鍛えられているのが見てとれた。下にはくたびれたジーンズを履いている。
貴子には、見覚えがない青年だ。この集落の人間では無さそうだし、もしくはどこかのお宅の親族だろうか。そうでないなら、まさかとは思うが空き巣か強盗か、だったらどうしようと、貴子は不安と恐怖に、盾としては心許ない鞄を必死に抱きしめた。
「…あなたこそ、どちら様ですか?」
低く警戒を剥き出しにしたような青年の声色に、貴子は思わず肩を揺らした。強面の青年は、見方を変えれば、危ない筋の人間のようにも見える。しかし、ここで弱さを見せたら、相手の思うつぼかもしれない。いや、思うつぼも何も、貴子は彼が何者なのか全く分かっていないし、彼が悪事を働こうとしているとは限らないし、もしそうだとしたら、相手に食って掛かるなんて危険だ。
それでも、こんな時に限って、貴子の強気はどこからか湧き出てしまい、貴子は開き直るように胸を張った。
「わ、私は、この家の孫です!」
貴子が青年に負けじと、キッとその眼差しに力を入れる。貴子が睨んでも、怯えた小動物が威嚇している程度の効果しかないが、それでも青年は何か察した様子で、その双眸を緩めた。
「あ…たかこ、さんですか?」
少々目つきの悪さは残るが、明らかに青年の雰囲気が丸くなり、貴子は拍子抜けした。
「…そ、そうですが、」
急に凄みのような警戒を解かれたので、貴子が戸惑いつつ頷けば、青年は表情こそ固いが、どこか安心した様子を見せた。
「俺、キヨエさんにお世話になっている、匠海と言います。今、キヨエさんの荷物取りに来たんですけど、よく分からなくて」
「…荷物?」
「はい、入院に必要な物なんですけど、」
「え、入院って、おばあちゃん危ないんですか!?」
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