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心はヌーディスト⑧

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 僕は手早く後始末を済ませて、バスタオルで汗を拭い去った。彼女がのろのろと身体を起こしたので、クーラーボックスにあったミネラルウォーターを差し出す。

「ありがと。何か頭が真っ白になっちゃった」そう言って、ゆっくり喉を潤している。「マジ失神寸前だったよ。まだ、ボーッとしてる」

「お互い、脱水症状には気をつけないと」

 僕も一緒に、水分補給を行う。

「本当によかった。シュウのおかげで、有終の美を飾れそう」
「え、どういうことですか?」と、僕は訊く。

「お店、辞めようかと思ってるの。オーナーが変わってから、ノルマとか罰金とか、いろいろうるさいし」

 なのに、店員のルーズな対応については放任。そんな矛盾が真由莉さんには許せないらしい。

「他のお店に移るんですか?」
「ううん、この仕事はやりきった感があるから、違う方面に行こうかと思って」
「違う方面?」
「うん、前から誘われていたんだよね、AV業界」

 AVとは、もちろんアダルトビデオである。唐突な話だけど、自由奔放、ひたすら我が道を行く、というのが真由莉さんの本質である。驚くにはあたらない。

 ただ、AVは深刻な不況だと聞いている。無料動画がネット上にあふれているため、アダルトDVDは売れなくなった。AV女優になれば誰でも稼げたのは昔の話である。そんな考えが表情に出ていたのだろう。

「シュウ、あまり見くびらないでよ」真由莉さんはにっこり笑った。「一本数万円の〈企画〉女優じゃなくて、大手メーカーの〈単体〉女優だから」

 つまり、複数のAV嬢をカップリングした企画物ではなく、真由莉さん一人で一本撮り、商品として成立するということだ。

「ほら、元タレントのAV嬢がいたでしょ。彼女に近いギャラは確約済み。ま、当然だけどね」彼女は誇らしげに言ってのける。

「そうですか。真由莉さんなら、きっと人気が出ますよ」
「シュウ、反対しないんだ」
「真由莉さんがよく考えて決めたことでしょ。反対なんかしませんよ。でも…‥」
「でも?」
「真由莉さんを抱く男優さんには嫉妬していますよ」

 彼女はクスクス笑って、僕の頬にキスをしてくれた。

「前に話したっけ? ソープ勤めを決めたきっかけは、最高のセックスパートナーに巡り合うためだって」
「そうなんですか。初めて聞きました」
「シュウとのセックスも最高だったけど……。自分勝手でごめんね。私はもっと上を目指したい」
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