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A:居酒屋会談⑤
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教授の表情は変わらない。
「僕には信じられません。そもそも、おかしな話ですよね。教授は中座した後、【弁天鍵】を使って、集金箱から17万5000円を奪った。でも、後で会場に戻ってきて、困り果てた僕のために代金を立て替えたことになります」
「うん、そうなるね。いわゆる、マッチポンプってやつだ」
「どうして、そんなことを? 意味不明です」
「ひと言でいえば、キャラクター作りのためだよ。人の上に立つ者の苦労が、狗藤くんにわかってもらえるかな。学生の尊敬と信頼を勝ち取るためには、この手のパフォーマンスが一番効果的なんだ。あと、ぶっちゃけると、純粋に気分がいいしね」
教授は朗らかに笑った。罪悪感など欠片も全くないらしい。
「まさか、教授が犯人だなんて……。とすると、犯人じゃないと知りながら、黒之原先輩を追及していたことになりますね」
「うん、そうなるね。でも、黒之原くんは普段の行いが悪いのだから、まぁ自業自得と言えるだろう。そうそう、彼はカノンさんの眼を引きつける、ダミー的な役割は果たしてくれた。その点だけは評価してやってもいいかな」
教授によると、黒之原のような守銭奴は弁財天にとって、ひどい悪臭を放つような目立つ存在であるらしい。そんな男がいると、弁財天の眼はそちらに向けられる。〈めくらまし〉と言っていいだろう。事実、カノンは〈めくらまし〉に攪乱されていた。
「黒之原くんは元々、盗みなどの犯罪を日常的に行っていた。ネットオークションの件で退学が決定的になったわけだが、いずれにしろ大学を去る運命にあったんだ」
狗藤は必死に考える。比企田教授は仮面を脱げ捨てて、自分が〈クロガネ遣い〉であること、17万5000円を奪った犯人であると告白した。大学で最も信頼していた教授に裏切られたのだ。これまで味わったことのない驚きだった。
同時に、大きな決断を迫られていることを理解していた。ついさっき、教授は狗藤に、仲間になれ、と告げられたのだ。イエスかノーか、いくら考えても結論は出ない。その前に、もう一度、確認しておきたいことが思い浮かんだ。
「あの、カノンさんは、その、本当に、亡くなったんですか?」
狗藤の問いかけに、ベティは艶然と真っ赤な口を開く。
「ええ、カノンの身体は真っ白な灰になるまで燃やしたよ。その灰も海風に吹き飛ばされて、一粒だって残っていない」
「でも、神様なのに?」
「神は万能でないし、不老不死でもないよ。意外ともろくて、愚かで、俗物だ」
「……僕には、信じられません」
「どうしても信じられないなら、カノンから託された【弁天鍵】を出してみるといい。マスターのカノンが死んだ今、もう二度と現れることはないから」
狗藤は左手を見つめた。心の中で、【弁天鍵】を呼んでみる。
「……あれっ」
周囲の期待を裏切ったことは、これまで数えられないほどある。おそらく、今も裏切ったことになるのだろう。教授は明らかに驚きの表情だったし、ベティは無言で眉根に皺を寄せている。
狗藤は何度も瞬きをして、自分の左手を確認した。左手首から先に重なるように現れたのは、レトロな鍵の形をした神のアイテム。間違いなく、【弁天鍵】である。
「どうして……?」ベティは真顔で驚いていた。
「それは当然、私が元気にしとるからや」
笑いを含んだ声が上がった。狗藤が振り向くと、小太りの女性店員が、湯気を立てたグラタン皿を手に笑顔で佇んでいた。
テーブルに繰り返し料理を運んできた彼女は、太陽のような笑顔が素敵だったが、どうやら人間ではなさそうだ。彼女の身体がグニャグニャと変形したと思ったら、一瞬のうちに、顔も体格も別人と化してしまったからである。
狗藤は驚いて、大きく眼を見開く。
「カ、カノンさん?」
見間違えようがない。目の前で満面の笑顔を浮かべているのは、若き弁財天のカノンだった。
「狗藤、避けるんやで」
「えっ、何っ? ちょっと待って」
狗藤の制止も聞かずに、カノンは熱々のグラタン皿を、ベティに向かって投げつけた。
「僕には信じられません。そもそも、おかしな話ですよね。教授は中座した後、【弁天鍵】を使って、集金箱から17万5000円を奪った。でも、後で会場に戻ってきて、困り果てた僕のために代金を立て替えたことになります」
「うん、そうなるね。いわゆる、マッチポンプってやつだ」
「どうして、そんなことを? 意味不明です」
「ひと言でいえば、キャラクター作りのためだよ。人の上に立つ者の苦労が、狗藤くんにわかってもらえるかな。学生の尊敬と信頼を勝ち取るためには、この手のパフォーマンスが一番効果的なんだ。あと、ぶっちゃけると、純粋に気分がいいしね」
教授は朗らかに笑った。罪悪感など欠片も全くないらしい。
「まさか、教授が犯人だなんて……。とすると、犯人じゃないと知りながら、黒之原先輩を追及していたことになりますね」
「うん、そうなるね。でも、黒之原くんは普段の行いが悪いのだから、まぁ自業自得と言えるだろう。そうそう、彼はカノンさんの眼を引きつける、ダミー的な役割は果たしてくれた。その点だけは評価してやってもいいかな」
教授によると、黒之原のような守銭奴は弁財天にとって、ひどい悪臭を放つような目立つ存在であるらしい。そんな男がいると、弁財天の眼はそちらに向けられる。〈めくらまし〉と言っていいだろう。事実、カノンは〈めくらまし〉に攪乱されていた。
「黒之原くんは元々、盗みなどの犯罪を日常的に行っていた。ネットオークションの件で退学が決定的になったわけだが、いずれにしろ大学を去る運命にあったんだ」
狗藤は必死に考える。比企田教授は仮面を脱げ捨てて、自分が〈クロガネ遣い〉であること、17万5000円を奪った犯人であると告白した。大学で最も信頼していた教授に裏切られたのだ。これまで味わったことのない驚きだった。
同時に、大きな決断を迫られていることを理解していた。ついさっき、教授は狗藤に、仲間になれ、と告げられたのだ。イエスかノーか、いくら考えても結論は出ない。その前に、もう一度、確認しておきたいことが思い浮かんだ。
「あの、カノンさんは、その、本当に、亡くなったんですか?」
狗藤の問いかけに、ベティは艶然と真っ赤な口を開く。
「ええ、カノンの身体は真っ白な灰になるまで燃やしたよ。その灰も海風に吹き飛ばされて、一粒だって残っていない」
「でも、神様なのに?」
「神は万能でないし、不老不死でもないよ。意外ともろくて、愚かで、俗物だ」
「……僕には、信じられません」
「どうしても信じられないなら、カノンから託された【弁天鍵】を出してみるといい。マスターのカノンが死んだ今、もう二度と現れることはないから」
狗藤は左手を見つめた。心の中で、【弁天鍵】を呼んでみる。
「……あれっ」
周囲の期待を裏切ったことは、これまで数えられないほどある。おそらく、今も裏切ったことになるのだろう。教授は明らかに驚きの表情だったし、ベティは無言で眉根に皺を寄せている。
狗藤は何度も瞬きをして、自分の左手を確認した。左手首から先に重なるように現れたのは、レトロな鍵の形をした神のアイテム。間違いなく、【弁天鍵】である。
「どうして……?」ベティは真顔で驚いていた。
「それは当然、私が元気にしとるからや」
笑いを含んだ声が上がった。狗藤が振り向くと、小太りの女性店員が、湯気を立てたグラタン皿を手に笑顔で佇んでいた。
テーブルに繰り返し料理を運んできた彼女は、太陽のような笑顔が素敵だったが、どうやら人間ではなさそうだ。彼女の身体がグニャグニャと変形したと思ったら、一瞬のうちに、顔も体格も別人と化してしまったからである。
狗藤は驚いて、大きく眼を見開く。
「カ、カノンさん?」
見間違えようがない。目の前で満面の笑顔を浮かべているのは、若き弁財天のカノンだった。
「狗藤、避けるんやで」
「えっ、何っ? ちょっと待って」
狗藤の制止も聞かずに、カノンは熱々のグラタン皿を、ベティに向かって投げつけた。
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