公的失踪オルタナライフ

坂本 光陽

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永遠の十字架②

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「この前、格安物件の提案をしてくれましたね。私たちは証人保護システムの社会的成功を目指しています。あなたが成功例として名を残すことを私たちは心から望んでいるのです」

「その可能性は高いと思います。鴨志田さんなら、きっと大丈夫です」そう言ったのは、運転手の女性警察官だった。「とても真剣に生きていますもの。私の従姉とはまるで違います」

 彼女の従妹? ワタルが美羽を見ると、意外な言葉が返ってきた。

「紹介が遅れたけど、彼女の従姉は城山貴和子さんなの」
「小さな頃、姉妹のように育った時期もありました」

 言われてみれば、横顔が貴和子に似ている、とワタルは思った。
「それは、その、何と言っていいか……」

「謝らないでくださいね。従姉が罪を犯したことは確かなのですから。あなたの証言をとっかかりにして、警視庁は赤丸一派の切り崩しを進めています。時間はかかるでしょうが、赤丸の組織は必ず解体します」

 運転手の言葉を継ぐように、美羽が続ける。
「私たちのシステムは過渡期というか、試行錯誤を重ねています。司法警察と協力体制を保ちなり、最適なシステムを摸索している最中、というわけなの。あなたのケースは殺人がらみの事案だし、絶対に失敗するわけにはいかなかった」

 気づかぬうちに、ワタルは大きな責任を負わされていたらしい。

「一つ大事な質問があるの。私たちのシステムは、あなたにとって、良い意味での人生の転換期になったかしら?」

「それは自信をもって、イエスと言えます。行き場のない僕に、あたたかい寝床とやりがいのある仕事を与えてくださったわけですから」

「そう言ってくれるとありがたいわね。このシステムは長期的なスパンでとらえてほしいの。あなたと〈ハーミット・クラブ〉の関わり合いは、これから永遠に続くかもしれない。この言葉は決して、大袈裟じゃないのよ」

「アメリカの〈証人保護プログラム〉では、他人の名前と身分のまま、一生を終えることもあるみたいですね。他人の名前と身分のまま生きることは、皆さんが心配するほど悪くないですよ。僕はレアケースかもしれませんが、鴨志田ワタルだった時より毎日が充実しています。文字通り人生の転機になりました」

 美羽は満面の笑顔で、何度も大きく頷いた。

「私たちの仕事は今までなかったものを作り上げるわけだから、問題が山積みでね。一つ解決したら二つ問題が発生する。その繰り返しなの。現場は慢性的な人材不足なのに、上は無理難題を押し付けてくるし。つくづく思うよ。『すまじきものは宮仕え』だね」

 美羽のもらした初めての愚痴は、ワタルの眼にはひどく可愛らしく映った。

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