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GカクテルⅢ③
しおりを挟むハッと気がついた。
桐野さんは自由を好み、しがらみを嫌う。一ヵ所で長く働くと、よそに移りたくなるのだと思う。もしかしたら、家族に対する想いもそうなのだろうか。
私にとっての家族は安らぎをもたらし、信頼できるものである。でも、桐野さんにとって、家族は安らぎではない。たぶん、まとわりついてくる不愉快なしがらみなんだ。
相葉さんが怪訝な表情を浮かべていた。
「どうした、やっぱり何かあるのか?」
「いえ、ちがいます」私は慌てて、両手を振った。「とにかく、【銀時計】は問題ありません。桐野さんとはこれまで以上に、しっかりコミュニケーションをとっていきます」
でも、相葉さんに嘘や誤魔化しは通じない。
「ミノリちゃん、前にも言ったな。女性経営者が成功するポイントは、女を捨てることだ。だがな、仕事の成功がすべてじゃない。歌の文句じゃないが、人生いろいろだ。恋愛、結婚、出産。家庭に入って夫を支えるのも、立派な仕事だ」
「……はい」
「ミノリちゃんは、可愛らしい奥さんになると思うぞ」
相葉さんの言葉をじっくり噛みしめた。どうやら、皮肉を言われたらしい。
「……相葉さん、それ、褒め言葉じゃないですね」
「当たり前だ。早く一人前の経営者になってくれ。忙しいのに、後見人を務めているのは、酔狂だからじゃないぞ」
「すいません。いつも、感謝しています」
「迷った時は、初心に立ち戻れ。何がしたいのか、真剣に考えてみろ。雪村隆一郎の孫娘でも、甘えは許さんからな」
言われるまでもない。私は何があっても、夢を投げ出さない。
銀座の街を歩きながら、あれこれ想いを巡らせる。
もし、私と桐野さんの間に食い違いがあるのなら、キチンと正しておかないといけない。人間関係において、最も大切なのはコミュニケーションだ。なぁなぁで済ますのではなく、明確な言葉にして伝えなければならない。
ここは初心に戻って謙虚になろう。
信号待ちをしている時、思いついたことがある。遠回りになるけれど、銀座3丁目のチョウシ屋に寄ろう。コロッケサンドとハムカツサンドが名物である。どちらも素朴で庶民的な一品だ。時々、たまらなく食べたくなる。
人気商品だから売り切れを心配していたけれど、運よく、どちらも買うことができた。あげたてコロッケのあたたかさが、水色の包装紙越しに伝わってくる。心なし足取りが軽くなった気がした。
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