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死闘グラウンド①
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ギーギーと騒々しい音をたてながら、自転車が坂道を駆け下りてくる。相当年季の入った代物のようだ。若い男はダッグアウトの横に自転車を停めると、慌しくダッグアウトに駆け込んできた。
「やっぱりそうだ。やっと見つけましたよ。ひと口に河川敷グラウンドといっても、北岸に二ヵ所、南岸に三ヵ所もあるんですね。一回りするだけで重労働でした」
若い男は満面の笑顔を浮かべていた。
「あの、あなた、溝呂木亮さんですよね」
「君は確か、例のバイトで一緒だった?」
「はい、尾白恭介といいます。有名な野球選手とお話ができるなんて、とても光栄です」
「元選手だけどね」
溝呂木は苦笑して、新しいタオルを恭介に貸してやる。
「溝呂木さん、ぜひ、お話ししたいことがあります。バイト説明会で僕と一緒にいた二人を覚えていますか」
「ああ、健康診断の時、角刈りの男をもめていたよね。確か、大きな男と坊主頭の二人だ」
「はい、その通りです。では、その二人が殺されたことは?」
「何だよ、それ。君、悪い冗談だな」と、溝呂木は苦笑する。
「いえ、冗談じゃありません。ネットニュースで取り上げられました」
恭介は溝呂木に、一枚の紙切れをわたす。ネットニュースのプリントアウトしたものである。見出しは、『荒川河川敷でバラバラ死体発見』。小さな顔写真も載っていた。二人の顔は確かに、溝呂木の記憶と合致する。
「バイト仲間が、あと二人殺されてします。角刈りの男性と背の高い女性です。犯人はわかっています。僕たちをバイトに雇った人たちですよ」
「まさか。それこそ悪い冗談だろ」
「残念ながら真実です。一日10万円をもらえて、ただ浪費するだけというバイトには、やっぱり裏があったんですよ。僕は昨晩、真壁マキナさんに会ってきました。彼女から言われましたよ。“ルール違反をおかしたから殺した”と。僕たちは三つのルールに違反したら、即死刑らしいです。とんでもない話ですよ」
溝呂木は突然、両目に痛みをおぼえた。思わず、うずくまってしまう。目の奥を針で突かれたような激痛だ。この痛みは何度も経験していた。マックスアレイ症候群の症状である。不安が的中してストレスを感じたせいかもしれない。
「溝呂木さん、どうしました?」
「大丈夫だ。心配はいらないよ」
ひどい痛みだった。利き目のせいか、右目の方が痛い。リュックサックからピルケースとペットボトルを取り出す。1万2000円の錠剤を水と一緒に飲み込む。ほどなく効果が現れた。数分後には、痛みは完全に消えることだろう。
溝呂木はホッと息をつく。恭介が心配そうに見ていた。
「驚かせてすまない。ちょっとした持病でね。大したことはないんだ」溝呂木は苦笑して、「お互い、安易なカネに手を出すべきではなかったね。無条件で一日10万円をもらえるなんて、最初からおかしかったんだ。このバイトはキャンセルするしかないな」
「溝呂木さん、キャンセルができると思いますか?」
「受け取った全額を返却すればできるんじゃないか。もし、あれこれ文句をつけられて断わられたら、警察か役所か、ブラックバイト相談所にでも駆け込むさ」
「でも、それだと、カードの秘密厳守というルールに違反してしまいます」
溝呂木は呆れたような顔つきで、
「おいおい、それ、本気で言っているのか?」
「だって、四人も殺されているんですよ。常識の通じる相手ではありません」
恭介は再度、バラバラ殺人のニュース記事を示す。
「その二人が殺されたことはよくわかったよ。でも、バイトのルール違反が原因かどうか、それをまず確認すべきだろうね」
「だって、真壁マキナさんは認めたんですよ」
溝呂木は思考をめぐらせる。恭介の話は荒唐無稽に過ぎる。鵜呑みにすべきではない。そもそもネットニュースの記事なんか簡単に偽造できる。尾白と真壁マキナの間で何らかのトラブルが発生して嘘を吐いている可能性だって、ありうるだろう。
どちらにしても、バイトとの関わりを断つのが先決だ。そうしないと、入団契約の足を引っ張りかねない。
「とにかく、何があってもルールを守り続けること。それが生き残る唯一無二の道ですよ」恭介は真剣な顔つきで言い募る。「まず、カードのことは秘密厳守」
「ああ、それはよくわかった。僕は元々、ルールや規則は守る性質なんだ。練習や移動の集合時間に遅刻したことは一度もない」
「ええ、僕も同じです。人を待たせるのがストレスなんですよね。あと、赤京区から一歩も出ない、というルールも守らないといけません」
「うん、そうだな」
「赤京区のハッピー条例を守ることも忘れてはいけません。御存知とは思いますけど、①ゴミのポイ捨てはやめよう ②歩き煙草はやめよう ③お年寄りは大切にしよう ④自転車は安全に乗ろう ⑤違法薬物は絶対にやめよう この五つです」
「ハッピー条例はルールというより、社会人として一般常識だろう? 普通に暮らしていたら、違反などするわけがないよ」溝呂木は自信たっぷりに言い切った。
「おや、溝呂木さん、はたして、そうでしょうか?」
その甲高い声は、恭介のものではない。溝呂木と恭介が声の方を振り向くと、いつのまにかグラウンドに男が立っていた。
「やっぱりそうだ。やっと見つけましたよ。ひと口に河川敷グラウンドといっても、北岸に二ヵ所、南岸に三ヵ所もあるんですね。一回りするだけで重労働でした」
若い男は満面の笑顔を浮かべていた。
「あの、あなた、溝呂木亮さんですよね」
「君は確か、例のバイトで一緒だった?」
「はい、尾白恭介といいます。有名な野球選手とお話ができるなんて、とても光栄です」
「元選手だけどね」
溝呂木は苦笑して、新しいタオルを恭介に貸してやる。
「溝呂木さん、ぜひ、お話ししたいことがあります。バイト説明会で僕と一緒にいた二人を覚えていますか」
「ああ、健康診断の時、角刈りの男をもめていたよね。確か、大きな男と坊主頭の二人だ」
「はい、その通りです。では、その二人が殺されたことは?」
「何だよ、それ。君、悪い冗談だな」と、溝呂木は苦笑する。
「いえ、冗談じゃありません。ネットニュースで取り上げられました」
恭介は溝呂木に、一枚の紙切れをわたす。ネットニュースのプリントアウトしたものである。見出しは、『荒川河川敷でバラバラ死体発見』。小さな顔写真も載っていた。二人の顔は確かに、溝呂木の記憶と合致する。
「バイト仲間が、あと二人殺されてします。角刈りの男性と背の高い女性です。犯人はわかっています。僕たちをバイトに雇った人たちですよ」
「まさか。それこそ悪い冗談だろ」
「残念ながら真実です。一日10万円をもらえて、ただ浪費するだけというバイトには、やっぱり裏があったんですよ。僕は昨晩、真壁マキナさんに会ってきました。彼女から言われましたよ。“ルール違反をおかしたから殺した”と。僕たちは三つのルールに違反したら、即死刑らしいです。とんでもない話ですよ」
溝呂木は突然、両目に痛みをおぼえた。思わず、うずくまってしまう。目の奥を針で突かれたような激痛だ。この痛みは何度も経験していた。マックスアレイ症候群の症状である。不安が的中してストレスを感じたせいかもしれない。
「溝呂木さん、どうしました?」
「大丈夫だ。心配はいらないよ」
ひどい痛みだった。利き目のせいか、右目の方が痛い。リュックサックからピルケースとペットボトルを取り出す。1万2000円の錠剤を水と一緒に飲み込む。ほどなく効果が現れた。数分後には、痛みは完全に消えることだろう。
溝呂木はホッと息をつく。恭介が心配そうに見ていた。
「驚かせてすまない。ちょっとした持病でね。大したことはないんだ」溝呂木は苦笑して、「お互い、安易なカネに手を出すべきではなかったね。無条件で一日10万円をもらえるなんて、最初からおかしかったんだ。このバイトはキャンセルするしかないな」
「溝呂木さん、キャンセルができると思いますか?」
「受け取った全額を返却すればできるんじゃないか。もし、あれこれ文句をつけられて断わられたら、警察か役所か、ブラックバイト相談所にでも駆け込むさ」
「でも、それだと、カードの秘密厳守というルールに違反してしまいます」
溝呂木は呆れたような顔つきで、
「おいおい、それ、本気で言っているのか?」
「だって、四人も殺されているんですよ。常識の通じる相手ではありません」
恭介は再度、バラバラ殺人のニュース記事を示す。
「その二人が殺されたことはよくわかったよ。でも、バイトのルール違反が原因かどうか、それをまず確認すべきだろうね」
「だって、真壁マキナさんは認めたんですよ」
溝呂木は思考をめぐらせる。恭介の話は荒唐無稽に過ぎる。鵜呑みにすべきではない。そもそもネットニュースの記事なんか簡単に偽造できる。尾白と真壁マキナの間で何らかのトラブルが発生して嘘を吐いている可能性だって、ありうるだろう。
どちらにしても、バイトとの関わりを断つのが先決だ。そうしないと、入団契約の足を引っ張りかねない。
「とにかく、何があってもルールを守り続けること。それが生き残る唯一無二の道ですよ」恭介は真剣な顔つきで言い募る。「まず、カードのことは秘密厳守」
「ああ、それはよくわかった。僕は元々、ルールや規則は守る性質なんだ。練習や移動の集合時間に遅刻したことは一度もない」
「ええ、僕も同じです。人を待たせるのがストレスなんですよね。あと、赤京区から一歩も出ない、というルールも守らないといけません」
「うん、そうだな」
「赤京区のハッピー条例を守ることも忘れてはいけません。御存知とは思いますけど、①ゴミのポイ捨てはやめよう ②歩き煙草はやめよう ③お年寄りは大切にしよう ④自転車は安全に乗ろう ⑤違法薬物は絶対にやめよう この五つです」
「ハッピー条例はルールというより、社会人として一般常識だろう? 普通に暮らしていたら、違反などするわけがないよ」溝呂木は自信たっぷりに言い切った。
「おや、溝呂木さん、はたして、そうでしょうか?」
その甲高い声は、恭介のものではない。溝呂木と恭介が声の方を振り向くと、いつのまにかグラウンドに男が立っていた。
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