クリスマス・デス ~25歳で死ぬ病~

坂本 光陽

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死闘グラウンド②

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 男はかなりの長身だった。190センチ以上はある。濃紺のトレーニングウェアに身を包んで、なぜか朗らかに笑っている。

「そろそろ、雨が上がりそうですよ」
 長身男の言う通りだった。雨は小降りになり、雲間から陽が射し始めている。

 溝呂木は恭介と顔を見合わせる。
「尾白くんの知り合いか?」
「いえ、初めて見る人です」

 長身男は笑顔でストレッチを始めた。意外と身体がやわらかく、機敏な身のこなしである。傍らに置かれたスポーツバッグに右手を突っ込むと、それを取り出した。

「溝呂木さん、ひと勝負しませんか?」

 長身男が右手で掲げているのは、野球の軟式ボールだった。さらに、ダッグアウトの陰から痩せ型の男がひょいと姿を現した。彼も長身男と同じく、濃紺のトレーニングウェアだった。

「尾白くん、君は帰っていいよ。そちらの溝呂木さんには、ちょっと付き合ってもらうけどね」と、痩身男が笑顔で言った。

「君たちは一体……」溝呂木は長身男と痩身男を見やる。
「OMと呼ばれています。端的に言えば、ルール違反者の天敵です」長身男が笑顔で言う。
「僕たちはルールをキチンと守っています」恭介は主張したが、無視された。

 長身男はマウンドに上がり、肩をグルグル回しながら、
「私はこう見えても、軟式野球県大会準優勝のエースです。肩はあったまっていますので、いつでもバッターボックスへどうぞ」芝居気たっぷりの仕草で溝呂木に促す。「ああ、硬式野球の溝呂木さんには打ちにくいかもしれませんが、ここは軟式野球のグラウンドです。ルールは守らなければなりません」

「このくらいのハンディキャップは許容範囲でしょ。まさか天才バッター・溝呂木亮が、アマチュア相手に逃げたりはしませんよね」からかい口調で、痩身男が言い添える。

 そう言われてはメンツに関わる。溝呂木は引けなくなった。バットを片手にグラウンドに足を踏み入れる。

「溝呂木さん、気をつけてください」心配そうな恭介に、小さく頷く。

 相手はアマチュアとはいえ、身長190センチの角度がある。初見でバットの芯で捕えることは難しいかもしれない。ポイントは球の出どころだろう。

 溝呂木は素振りを繰り返しながら、
「キャッチャーはいなくていいのか? 投げにくいんじゃないか」と声をかけた。
「いえ、大丈夫です。どうせ遊びですし、三球でけりをつけます」

「この勝負に何か賭けるつもりか? 毎日10万円を取り消すとか?」
「そんなものを賭ける権利は僕にはないですよ。随分と警戒しますね」

「細かいことが気になる性質でな」

 溝呂木は右投げ左打ちだ。左バッターボックスに入ると、雨で湿った土をスニーカーでならす。足場が決まった。長身男に視線を向けて、ピタリと構える。

「いきますよ」

 長身男は大きく振りかぶると、スリークォーターから第一球を投げた。伸びのある速球だったが、アウトコースに外れたため、溝呂木は微動だにしない。

「へいへい、どうしたピッチっ」痩身男が冷やかす。

 長身男はペロリと舌を出し、
「失礼、力んでしまいました。次は枠の中に入れますから」

 溝呂木は二度三度、素振りを繰り返す。角度はあるが、打ちにくい軌道ではない。ただ、警戒は必要だろう。コントロールミスを装って、頭を狙ってくるかもしれない。

 だが、読みは外れた。長身男の二球目は予想に反して、真ん中高めのストレート。しかも、打ちごろのハーフスピードである。

 溝呂木のバットが鋭く一閃。乾いた音がグラウンドに響き渡った。打球はセンター方向にきれいな放物線を描いて、荒川の流れに飛び込んだ。

 文句なしのホームランである。真芯でとらえた感触は最高の手ごたえだった。溝呂木は思わず、笑みを浮かべる。

「軟球をあそこまで飛ばしますか。さすが、天才バッター」痩身男は拍手喝采を送った。

 打球の行方を見ていた長身男も、溝呂木に向かって、
「完全に脱帽ですよ。野球選手にとって眼は命。バッターは両眼の焦点が数ミリずれただけで、ボールを真芯でとらえることはできないはず」にっこり笑って、「溝呂木さん、眼の痛みとかすみは、すっかり解消されたようですね」

 その言葉に、溝呂木はいぶかしむ。一握りの者しか知らない情報を、なぜ彼が知っているのか? 嫌な予感が頭をよぎった。

「では、これで失礼する」

 溝呂木が立ち去ろうとした時、視界の隅で何かが走った。足下を見ると、白い棒が地面に突き刺さっている。

 マウンド上で、長身男はクロスボウを掲げていた。どうやら、傍らのスポーツバッグの中に忍ばせていたらしい。白い棒は、クロスボウの矢だった。

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