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死闘グラウンド③
しおりを挟む長身男は営業スマイルを浮かべたまま、
「もうちょっと、お付き合い願います」と言った。ただし、目は笑っていない。
それは痩身男も同じだ。彼はダッグアウト前で恭介を羽交い絞めにして、
「尾白くんは今、関係ないから。大人しく見ていてね」と、朗らかに笑っていた。
「溝呂木さん、逃げてくださいっ!」
痩せているくせに、痩身男の腕力は強い。恭介が必死にあがいても、逃れることはできない。
「なぜだ。僕はルールを破っていない」
溝呂木の訴えに対し、長身男は首を横に振る。
「溝呂木さん、特殊な薬をネットで海外から購入したでしょう。ほら、ついさっき、水と一緒に飲み込んだ錠剤のことですよ。確か昨年、プロ野球でも問題になりましたね。ほら、アンチドーピング委員会から指摘されて、有名選手が厳重処分を受けた」
「僕は大学野球の元選手だ。プロ野球入りを目指してはいるが、まだプロ野球選手じゃない」
「おっしゃる通りですが、問題はあなたの服用した錠剤なんです。それ、国内未承認なんですよ」
「どういう意味だ?」
「つまり、販売が薬事法で認められていない。私たちはそれを、違法薬物と見なします」
溝呂木は自分の過ちを知った。まったくの自覚なしに、ルール違反を犯していたのだ。ハッピー条例⑤「違法薬物は絶対にやめよう」である。
「溝呂木さんっ!」恭介は必死に、痩身男の腕から逃れようとする。
「尾白くん、君はあきらめの悪いやつだな」
電撃音とともに、恭介の身体が反り返った。悲鳴を上げる暇もなく、地面に崩れ落ちる。痩身男が恭介の背中にスタンガンを押し当てたのだ。
だが、恭介は気を失わなかった。泥まみれになりながら、四つん這いで逃げようとする。痩身男が笑いながら追いすがり、恭介の尻に再度、電撃を加える。
「ひゃっほーっ!」痩身男が歓喜の雄叫びをあげた。
長身男の視線が一瞬それた瞬間を、溝呂木は見逃さなかった。バッグネットに向かってダッシュして、転がっていたボールを拾い上げると、振り向きざまに長身男めがけて投げつけた。
溝呂木は強肩だ。スピードガン測定で145キロを出したことがある。ボールは狙い通り、長身男の腹に命中した。溝呂木は投球と同時に、今度はマウンドへとダッシュしていた。走りながら、バットを素早く振り上げる。
溝呂木は本能で動いていた。容赦なく、バットを振り下ろす。ただ、長身男の頭部を避けていた。無意識のうちに、手加減をしたのだ。その理性が命とりになる。
不快な音とともに、溝呂木の頭部が後方に引っ張られた。自分の身体に何が起こったのか、まるでわからない。視界が真っ暗になっていた。
溝呂木の最後に見たものは、膝立ちになった長身男が、右腕を素早く振ったところだった。もはや見ることが叶わないが、彼の額から白い棒が生えている。先端部が頭蓋骨を貫通し、脳髄を破壊したのは明らかだった。
「若き天才バッターの活躍が見られないのは、つくづく残念です」
長身男の言葉はもはや、溝呂木の耳には届いていない。仰向けに倒れこみ、意志とは無関係に、両腕両脚を痙攣させていた。
「うあああああっ!」恭介が地面に腹ばいになったまま絶叫する。
その首には後ろから、痩身男の腕が巻きついてきた。渾身の力を込めて絞めつける。恭介は呼吸ができず、手足をバタバタさせて必死に足掻いていた。
だが、10秒もたたないうちに、ぐったりとして動かなくなった。
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