クリスマス・デス ~25歳で死ぬ病~

坂本 光陽

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〈可憐少女〉①

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 マンションのベランダで朝陽を浴びながら、深原詩織は大きく伸びをした。

 七階にある彼女の部屋は、陽当りだけでなく見晴らしも素晴らしい。茅野原の高層ビル群、一級河川の荒川と緑豊かな河川敷を眺めることができる。詩織の暮らすワンルームマンションは、独身女性専用であり、セキュリティも万全。引っ越してきてから数週間になるが、すっかり気に入っていた。

 欠点といえば、美観をそこなうという理由で、ベランダに布団を干せないことぐらいか。気にせず干している人もいるが、詩織は干したことはない。管理会社からの信頼、良識派という印象など、ルールを守ることで得られるものは少なくないからである。

 雲ひとつない快晴である。今日も暑くなることだろう。詩織は洗濯機を回しながら、トーストとサラダとオレンジジュースで軽めの朝食を摂る。大型書店の仕事は週に一度の休日だが、のんびり過ごすつもりはない。

 小さい頃からルーズなことが嫌いだった。ダラダラすると、逆に疲れてしまう。たぶん几帳面だった両親の影響が大きいと思う。

 頭の冴えている午前中のうちに、英会話の勉強をすませてしまおう。昼食後は気分転換に、録画したテレビドラマを観るか、買ったばかりの新刊本を読むとしよう。

 ただ、予定は変更になるかもしれない。トーストをかじる詩織の脳裏に、尾白恭介の言葉がよみがえる。

「ぜひ会ってください。詳しい話はその時に話します」

 昨日、電話でそう言われた。恭介の第一印象は、「人当たりのいい人」だった。少し頼りなさそうだけど、嘘やごまかしができない人だと思う。

「三つのルールは絶対に守ってください。何があっても守るようにしてください」
「今は必ずルールを守ることだけ、僕と約束してください」

 恭介は心から、詩織のことを心配していた。船木と堀部の二人が殺されたため、恭介なりに調べ上げて、バイトの真相に辿りついたのだろう。もしかすると、リバーサイドビルに乗り込んでいって、真壁マキナと会ったのかもしれない。

 真壁マキナのことは、あらかじめ仲間から聞いていた。若くして、組織の幹部に上り詰め、プロジェクトリーダーを務めているという。(ちなみに、スマイルリサーチという社名は隠れ蓑にすぎず、その実態はライズ財団、もしくはライズグループと呼ばれている)

 バイト説明会の会議室で、詩織は初めて、真壁マキナの姿を見た。第一印象は、「クールビューティ」だった。少なくとも外見は、優秀なキャリアウーマンに見えた。三桁に及ぶ殺人に関わっているとは到底思えない。だが、それが逆に恐ろしい。表情一つ変えずに、淡々と、殺人の指示を下しているように思えるからだ。

 対照的に、尾白恭介は誠実な人だと思う。性格が自分と似通っているはずだし、たぶん、いい友達になれるだろう。同時に、後ろめたさもある。恭介は詩織の正体を知らない。もしかすると、真実を知ったとき、詩織にだまされたと感じるかもしれない。

 掛け時計が八時を指した。指定の時間だ。

 詩織はベランダに出て、西の端へと向かう。雨どいの金具に結びつけた細い紐が、階下のベランダに垂らしてある。詩織は軽く紐を引っ張った。すぐに向こうから引っ張り返す手応えがあった。ひと呼吸おいてから、紐を手繰りよせる。

 3メートルの紐の先には、茶封筒が止められていた。定型郵便用の長形四号を二つ折りにしてシールで止めたものだ。詩織は中身を掌に出す。それは、深紅銀行のカードだった。

 バイト全員が受け取った〈深紅のカード〉。正式名称は、〈クリムゾンカード〉。ライズ財団が詩織たちカードホルダーを完璧に管理するためのガジェットだ。

 GPS機能と盗聴チップを内蔵しており、カードホルダーの位置情報と音声データなどを網羅している。カードホルダーのデータは一日24時間、ライズ財団のシステムに送信されている。別ルートで、赤京区内の監視カメラ映像や、電話の盗聴、メールの読み取りも行っている。

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