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〈風船オタク〉①
しおりを挟む地獄のような蒸し暑さで、西尾昌彦はパニックに起こしかけていた。
夜更けに、いきなり停電になったのだ。熱帯夜をエアコンなしで過ごすなど、肥満体の西尾にとっては地獄そのものである。ゴミ溜めのような部屋の中で、汗まみれになっていた。
色白のせいもあり、ブリーフ一枚の姿は鏡餅のように見える。肌ににじみ出た汗の珠が結びつき、湧き水のように流れ落ちていく。暑苦しさとむずがゆさが相まって、不快感この上ない。
西尾は電力会社のカスタマーセンターには何度も電話をかけている。しかし、聞こえてくるのは女性の事務的な音声だった。
「本日の営業は終了いたしました。申し訳ありませんが、午前9時になりましたら御連絡ください」
事務的な口調にますます頭に血が上り、たまった怒りを吐き出すことになる。
「バカヤロー! 今すぐ、復旧させろっ! 俺を殺す気かっ!」
西尾は電話を叩ききった後、スマホをネットにつないで、短文投稿サイトをチェックした。おかしなことに赤京区で、停電の記載は見当たらない。まさか、アパートの近辺だけでの限定的な停電なのか? なぜ、よりによって、こんな時に。
うちわを扇ぎつづけているので、腕がだるくなってきた。首にかけた濡れタオルは、汗と一緒に体温も吸収し、すっかり生あたたかくなっている。
身体の内側から冷やすことも行った。買い置きのジュースやコーラを飲みほして、バケツのような徳用アイスを抱えて、しきりに口にかきこんだ。
当初は、しばらく我慢していれば、すぐ回復するだろうと楽観視していた。だが、すでに5時間が経過している。これでは、悲観的にならざるを得ない。
アパートで暮らす他の住人たちは、早々と涼しい寝床を求めて外出していったようだ。窓の外では、東の空が明るくなっている。もうすぐ夜明けだ。今日も暑くなるにちがいない。
停電の原因が不明だし、復旧の見通しはない。もう我慢できない。エアコンのよく利いたコンビニで涼んでくることにした。
西尾のアパートから半径500メートル以内にあるコンビニは、全部で5軒。半径800メートル以内なら、12軒になる。1軒ごとに30分ずつ滞在すると、一周で6時間、二周で半日を快適に過ごせる計算だ。飲食コーナーのあるコンビニなら、一時間の滞在も平気だろう。
西尾は素早く、Tシャツと短パンを身につけた。財布を手にすると、太った身体をゆすりながら、玄関に向かう。
ふと、立ち止まって考える。外に出れば、ルール違反の可能性が跳ね上がる。暑さぐらいで籠城を中断するのか?
しかし、窓の外は陽射しが強くなる一方だ。迷ったのは一瞬にすぎない。埃をかぶったスニーカーを足にひっかけると、西尾は玄関を飛び出した。
外に出ただけで分厚い熱気に包まれ、立ちくらみに襲われる。あやうく、スチール製の外階段を転がり落ちるところだった。手すりにつかまりながら、老人か幼児のようにヨタヨタと階段を降りていく。ずっと閉じこもっていたせいで、足腰が弱ってしまったらしい。
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