クリスマス・デス ~25歳で死ぬ病~

坂本 光陽

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デスカーニバル③

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 恭介が何もできずに固まっていると、痺れを切らしたのだろう。マキナが海老丸に命じた。
「彼は初めてだから、やりやすくしてあげて」

 海老丸はポケットから、凶器を取り出した。ごくありふれたジャックナイフだ。折りたたまれた刃を起こし、恭介の手に握らせる。

 詩織が濃紺ツナギに引き起こされ、恭介の前に押しやられた。1メートルの近さで、恭介と向かい合う。
「尾白さん、ずっと嘘を吐いていて、ごめんなさい」
「……深原さん」

「ううん、本当の名前は、深原詩織じゃないの」
「混乱するから、深原さんでいいよ。僕にとっては、ずっと深原さんだし……。それよりも今の問題は……」

「尾白さん、お願いだから……、私を、殺して」
「無理だ。できないよ、そんなこと」

「お願いだから、言う通りにして。このままだと、二人とも殺される。ライズ財団に復讐しようと決めた時から、いつかこんな日が来るって、私にはわかっていた」
「そんな……」

「最初から無謀な戦いだもの。ずっと前から、死は覚悟していた。先に死んでいった仲間たちも同じだと思う。変な話だけど、あまり後悔はないの。自分のやりたいようにやった結果だから」
「深原さん……」

「でも、尾白さんは違う。生き残るチャンスがあるんだから、迷わず、そのチャンスをつかんで。もし、あなたが殺さなくても、私は彼らに殺される。たぶん、もっと酷いやり方で。だったら、せめて、あなたの手で」
「あきらめちゃダメだ。まだ、何か手がある」

「いいから、早く殺して。尾白さんだけでも生き延びて……」
 詩織は恭介ににじり寄り、彼の手に自分の手を重ねる。
「あなたの手で……、お願い……」

 身を投げ出して、恭介にしがみついた。マキナと海老丸が見ている前で、詩織は恭介の耳元でこっそり囁いた。
「彼らに一泡ふかせようと思います。尾白さんは隙をついて、逃げてください」
「えっ?」

「〈おまじない〉を教えます。きっと、彼らに効くはずです。イザという時に使ってください。××××××××」

 その八文字の言葉は、恭介の脳裏にしっかり焼きついた。恭介は知る由もないが、それは詩織が昨晩、バックアップの孝子から教えられた〈おまじない〉だった。
 詩織は自分に、最後の望みを託そうとしている。恭介は彼女の覚悟を受け取った。

 いざとなると、女性は男性よりも肝が据わるのだろう。詩織は大胆な行動に出た。恭介の唇に、自分のそれを重ねる。それは、恭介を叱咤するようなキスだった。

 海老丸が口笛を吹いて冷やかす。若い娘だと思って、完全に見くびっている。今なら、隙をつけるかもしれない。それが詩織の付け目だった。

「海老丸、ナイフだっ」
 マキナが叫んだ時には、詩織は身を翻して駆け出していた。その手には、身体の陰で恭介から奪ったジャックナイフが握られている。

「真壁マキナ、あなただけは許せない」
 詩織はジャックナイフを腰の前に構えて、マキナに向かって真っ直ぐ走る。公園で兄が殺された時の爆発音と、消し炭のような孝子の遺体が脳裏をよぎる。

 だが、それはやはり、無謀な行為だった。詩織はマキナまで辿りつけず、濃紺ツナギに捕まってしまう。
「尾白さん、逃げてっ!」
 詩織はもがきながら、必死に叫ぶ。だが、恭介は一歩も動けない。

「深原さん、ダメだ。君を残しては、行けない」

 その声は届いたのか届かなかったのか。詩織は自分の首筋にジャックナイフを押し当て、一気に頚動脈を掻き切っていた。血液が勢いよく噴きだし、恭介の身体を濡らしていく。

「深原さん……」
 恭介は愕然と膝をつく。

「大したお嬢さんだ。完全に隙をつかれた」
 海老丸も頭から血をかぶっていた。詩織の息の根を止めようと、近づいていたせいだ。

 辺りは、むせかえるような血臭に包まれている。この場にいる全員に、詩織の死を焼き付けるように。

 ただ、マキナだけは、一滴の血を浴びていなかった。
「結局、手応えのあるテロリストは、彼女だけだったみたいね」

 血の奔流はおさまったが、まだ間欠泉のように、首から噴き出している。
「深原さんっ」恭介は詩織に駆け寄り、両手で傷口にふさごうとする。「どうして、こんな……。お願いだから……、死なないで……」

 恭介は血まみれになってしまう。若い心臓は勢いよく血を送り出し、河川敷に大量の血液をばら撒いた。それでも、まだ噴き出してくる。

 詩織の目は既に、何も見ていない。色白の肌はさらに白くなり、命の火が消えようとしている。

「……誰か、手を貸してください」
 恭介は周囲に助けを求めたが、手を差し伸べる者は一人もいない。

 いつしか、恭介の頬はぬれていた。昨晩、結ばれたばかりの女の子が、腕の中で冷たくなっている。こんな現実は絶対に認めたくない。

 恭介は詩織を抱きしめて、滂沱ぼうだの涙を流しながら、天に向かって絶叫を放った。

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