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ラブ・スパイラルⅡ④

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 マンションの前でタクシーを拾って、北千住に急いでもらう。車中でココナさんに一報を入れた。手短に説明すると、呆れ声で返された。

「マジ厄日みたいね。シュウ、おはらいをしてもらったら?」

「申し訳ありません。15時からの仕事に間に合うように、事態を収拾してきますので」

「いや、時間制限つきで、お客様に誠意をもった対応はできないよ。そっちのトラブルもこっちのお客様もね。誠心誠意で対応してきなさい。仕事の方は気にしなくていいから」

 というわけで、今日の仕事はキャンセルになった。

 真由莉さんのマンションに着くや、エントランスホールに駆け込んだ。しかし、いるはずの千鶴の姿がない。

 その時、内部に通じる自動ドアを潜って、作業服姿の男性が出てきた。モップとバケツを手にしており、どうやら管理人さんらしい。確か、通いの管理人だと、真由莉さんから聞いたことがある。

 そうか、千鶴は管理人さんに見とがめられて、張り込み場所を変えたのかもしれない。

 僕は一旦、マンションを出て、近所の喫茶店やコンビニを見て回る。念のために、マンション裏手の駐輪場も覗いてみた。

「やっと、出てきた」

 後ろから、肩を叩かれた。振り向くと、思った通り、口をへの字にした千鶴だった。

「いつまで待たせるのよ、この嘘吐きっ」
「嘘吐きって何だよ?」
「『必ず連絡を入れるから』って言い捨てて、私から逃げたのはどこの誰っ」

 はい、それは僕です。

「チィちゃん、頼むから落ち着いてくれ。感情的になられたら話にならないよ。話せばわかるんだから」

 その時、ポケットのスマホが鳴った。

『シュウくん、そっちのやりとり、周囲に丸聞こえよ』

 真由莉さんからだった。見上げると、階上のベランダから彼女が顔を覗かせている。

「申し訳ありません。すぐに立ち去りますから」

『いいから、こっちに上がってきなさい。部屋の中なら防音が完璧だから』

 有無を言わせない口調で言うと、真由莉さんは頭を引っ込めた。

 千鶴を部屋に入れるのは危険ではないだろうか? 迷う気持ちが強かったが、千鶴の方は躊躇いなく言い切った。

「ほら、待たせちゃ悪いよ。早く行きましょう」そう言って、スタスタと歩き始める。

 仕方なく、僕も後に続く。

「言っとくけど、つかみ合いとか暴れたりするのはなしだからね」エレベーターの中で、忠告する。

「私は何だと思っているのよ。そんなことはしません。ただ、話をするだけよ」と、千鶴はすまし顔だ。

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