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砕け散る日常②
しおりを挟む理市は凍りついた。
目の前で今、大事な二人の命があっさり奪われたのだ。江美と美結には何ら落ち度はない。まったく無関係なのに、虫けらのように殺された。理市は悔やんでも悔やみきれない。
一体なにが悪かったのか? ブラック企業に勤めたことか? 不良少年だったことか? 理市と関わったからこそ、江美と美結は無残に殺されたのだ。原因は間違いなく、理市自身にある。自分は生まれてくるべきではなかったのだ。
理市は慟哭した。涙を流しながら、喉が裂けるほど叫んだ。
「さっさと殺せ。頼むから、俺も一緒に殺してくれ」
「ああ、殺してやる。こっちの質問に答えてからな」
最上はせせら笑い、部下たちに理市の拷問を命じた。
しかし、両手の指と左右の腕を折ったところで、ようやく最上は悟った。奪われた2000万と理市は無関係だ、ガセネタをつかまされた、と。
最上と男たちの怒りは、八つ当たりのように理市に向けられた。顔が倍の大きさになるまでぶん殴り、全身の骨を粉々に砕いた。全身が血まみれになり、理市の意識はとうに飛んでいる。もう長くはもたないだろう。
最上は部下に、遺体を捨ててくるように命じた。男たちはこの手の作業に慣れている。人間は死んでしまえば不燃ゴミ、山深くか海深くに不法投棄、と相場が決まっている。
理市たちの遺体は寝袋に似た袋に詰めて、ボックスカーの荷台に積まれた。ボックスカーは深夜の東京を東から西へと横断し、奥多摩の山奥を蛇行しながら進んでいく。
男たちは穴を掘って埋める手間暇を惜しんだ。三体の遺体は乱暴に衣服を剥ぎとられ、崖の上から谷底に向かって放り投げられた。やがて、血の匂いにひかれた獣たちが集まってきて、遺体をきれいに処理してくれるだろう。そんな風に考えたのだ。
作業は10分足らずで完了し、ボックスカーは逃げるように走り去っていった。
鬱蒼たる森の闇の中で、理市はかろうじて生きていた。
山道から谷底に投げ捨てられたのだが、木々の枝をへし折って地面に落下したショックのせいか、息を吹き返したのだ。だが、全裸である上に血まみれで、全身の骨を折られている。壊れた人形かボロ雑巾のような悲惨な姿だった。
江美と美結はどこだ? 死ぬ前にもう一度、江美と美結を抱きしめたい。
理市は周囲を見回すが、真っ暗闇である。天空に月はなく、星明りだけが頼りだ。しかし、登山者でも足を踏み入れない深い森である。身体が無事であっても、移動するのは困難だったろう。縦横無尽に生い茂った木々や絶壁のような岩が、理市の行く手に立ちふさがる。
満身創痍の理市は這うことしかできない。しかも、少し手足を動かすだけで、全身に激痛が走る。それでも懸命に、江美と美結をさがし続けた。気の遠くなるような時間をかけて、粘り強く這いずりまわった。それは、理市が動けなくなるまで続いた。
結局、何も見つけられなかった。涙も枯れ果てていた。後は、死を待つしかない。
ふと、暗闇の中で獣の眼が光った。一匹や二匹はない。ざっと見ただけでも数十匹分の光る眼が、理市を取り囲んでいた。生きながら獣に食われるのは想像もしたくなかったが、もはや指一本も動かすこともできない。
理市は死を覚悟した。
だが、いつまでたっても、獣は襲ってこない。それどころか、光る眼が火の粉のように宙を浮かび、竜巻のように回り始めた。見事な乱舞であり、幻想的な眺めだった。これが自然現象であるわけがない。
理市の前には、圧倒的な存在感をもつ何かがいた。小山のような巨大熊か、太古の恐竜か、いや、それより神や悪魔と近しいものようだ。外見を正確に描写すれば、〈数多の眼をもった黒い小山〉になる。
もし、神だとしても、間違いなく邪な神だろう。
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