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王様の失墜②

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 鮎川ケイは戸籍こせき上、男性である。心身共に健康な男子として育てられた。
 今も男性器はぶらさがっているけれど、心と外見は女性そのものである。

 自分のセクシャリティに自覚したのは、皮肉にも速水さんに無理やり襲われた時だった。
 男としての尊厳を砕かれているのに、女として屈折した喜びを感じていたのだ。凌辱りょうじゅくされているのに股間を硬くしていたのだから、我ながら変態だと思う。

 あの時、あの瞬間に、女性としての鮎川ケイが、新たな生を受けたのかもしれない。それ以来、私は性の境界で生きてきた。とりわけ芸能界から離れていた時期は、男と女の狭間をさまよっていた。

 頭が古くて堅物の両親には理解してもらえず、何度も言い争った。「おまえが女になるなら勘当する」「ケイは死んだと思うことにする」と言われた。実の親なのに、頭ごなしにアイデンティティを否定されたのだ。

 あの時、あの瞬間に、男性としての鮎川ケイは死んだのかもしれない。

 両親から勘当されて、私は一人で生きていくことを決意した。

 当時、アイドルになる夢に取りつかれていたこともある。誰もが若い時にもっている、根拠なき自信というやつだ。挫折ざせつしたのは一度や二度ではない。生活が行き詰まって、風俗で働いたこともある。女王様のアルバイトというのは、その頃の話だ。

 あれから回りまわってマープロのお世話になり、アイドルになるチャンスを与えられたのに、結局つかみきれなかった。才能と幸運に恵まれず、私は芸能界の底辺でのたうちまわった。

 今では妙な巡り合わせで、あの速水さんの下僕として、身の回りの世話をしているのだ。神様は皮肉なことをする。

 あれから十数年が経過した。身長が20cm以上伸びて、私の印象は一変している。速水さんは私が「説教部屋」で凌辱した男の子だとは知らない。自己愛だけが肥大して、他人に関心がないせいだろう。

 だから、彼は他人の痛みがわからない。
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