松井秀喜が教えてくれた

坂本 光陽

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 京都駅0番ホームから、特急サンダーバード11号は時間通りに出発した。車窓から田んぼや遠くの山々を眺めながら、大学時代の出来事に想いをはせてみる。

 入学早々、学生寮の先輩に誘われて、テレビ番組で使うクイズ問題の作成に関わるようになった。制作会社の下請けのそのまた下請けのようなものだが、仕事は面白かったし、スタッフの一員として認められたことは誇らしかった。

 ちょうど名古屋にいた時に、1994年の「10.8決戦」があった。ペナントレース最終戦、巨人と中日の勝った方が優勝する、という伝説の試合である。この大一番がナゴヤ球場であった時、俺はテレビ番組の収録に立ち合っていたのだ。

 バラエティ番組の構成作家を務める先輩の付き添いだったが、初めてテレビ局に入り、生の現場を体験したのである。収録後の打ち上げで、先輩から東京に来るように誘われる、というエポックメーキングな出来事もあった。

 だから、「10.8決戦」のことは、球場で観たわけではないが、よく覚えている。プロ入り二年目の松井秀喜は三番打者として20号ホームランを放ち、巨人が優勝を勝ち取った。俺と同じ20歳とは到底思えなかった。

 同じ生年月日のライバル意識もある。もちろん、野球で勝てるわけがないが、違う分野で頑張ろうとした。

 俺は業界の仕事にのめり込んだ。迷わず上京すると、構成作家の卵になった。先輩の一軒家に居候をして、番組の企画案、番組ネタ、クイズ案を出しまくった。

 半年後には、番組スタッフの末席に加わった。不規則でハードな日々だったが、やりがいはある。結局、大学は中退した。激怒した父から「勘当だ」と言われたが、知ったことではない。ギャランティも悪くなかった。

 もっとも、いくら稼いだとしても、松井秀喜の年俸には到底かなわない。松井は毎年打ちまくり、ベストナインやMVPを獲得。日米野球では四番を務めていた。二冠王になった年もあった。
 
 松井秀喜は28歳の時に、メジャーリーグ行きを決めた。彼の著作によると、それは少年時代から心の片隅に会った夢であり、迷いもあったが、自問自答を繰り返し、自分一人で決意したらしい。

 同じ頃、俺も重大な決心をした。2年つきあった彼女との結婚である。いわゆる、できちゃった結婚だ。彼女のお腹の中には、俺の子供がいた。結婚式と披露宴を行わなかったのは、仕事が多忙を極めていたことと、身寄りのいない彼女がそれを望まなかったからである。

 俺が唯一、松井秀喜に勝てたのは、結婚が早かったことだけだ。

 古いマンションを借りて、新しい生活が始まった。仕事は順調だった。不眠不休が続くこともあるが、業界の仕事は楽しくて刺激的だった。毎日アミューズメントパークにいるようなものだ。

 その引き換えに、俺は家庭をないがしろにした。元々できちゃった結婚だったこともある。入籍の翌月には彼女がわずらわしくなり、外泊が重なって、月の半分も顔を合わさなかった。彼女が流産をした時も、番組の打ち上げ真っ最中だった。

 結局、結婚生活は一年ももたなかった。自慢にはならないが、松井秀喜が未経験の離婚も、いち早く体験できた。二度と経験したくない、辛い思い出ではあるが。

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