上 下
7 / 7

打ち上げ花火と引退試合

しおりを挟む


 ルーキーの時から、ずっとYを追いかけてきた。
 あれから、もう20年である。あっという間だったような気がする。
 20年も頑張ってくれて、本当にお疲れ様でした。そう言って、心からねぎらってあげたい。

 幼い子供を夫に任せてスタジアムにやってきたのは、今日、Yの引退試合が行われるからだ。

 告白すると、Yは赤の他人ではない。高校の同級生だった。決勝戦に勝ったら、花火大会に行こうと約束していた仲である。結局、サヨナラ負けを喫して、浴衣姿のデートは叶わなかったけれど。

 三年連続で打率3割、七年連続で二桁本塁打。Yは決してスターではなかったが、チームには欠かせない重要な選手だった。同級生として、誇らしく思ったものだ。

 ここ数年は怪我が多く、何度も二軍落ちを経験していた。今年は打率が1割にも満たず、打点と本塁打がともにゼロ。さすがに潮時なのかもしれない。

 レフトスタンドの最前列に陣取って、試合前の打撃練習を見守った。Yのフォームは個性的なので遠目にもよくわかる。スタンド入りはゼロだったけど、いい当たりは本番までとっておけばいい。

 私はワクワクしながら、試合開始を待つ。スターティングメンバーにYの名前はなかった。Yが登場するのは、おそらく試合終盤の代打だろう。

 贔屓ひいきチームのホーム最終戦は、大方の予想に反して投手戦だった。

 互いの先発投手が好調だったせいで、7回終了時点で、スコアは0-0。8回は互いに1点ずつをとり、9回表も0に終わり、残すは贔屓チームの攻撃のみ。打順が投手に回ったところで、ダグアウトからYが姿を現した。

 新型ウイルス対策のため、声援は禁止されている。スタンドから盛大な拍手が起こった。私も痛くなるほど両手を打った。

 Yが軽く頭を下げて、右打席に入る。
 打って、と心の中で叫ぶ。お願い神様、Yに打たせて。

 初球はフルスイングの空振りだった。当たれば、スタンド入りは間違いない。
 二球目は三塁側スタンドにファールフライ。2ストライクと追い込まれたけど、勝負は一球。頑張れY、レフトスタンドに叩きこんで!
 三球目はファールチップだったが、キャッチャーが取り損ねた。ナイス、キャッチャー!

 そして、運命の四球目。Yのバットが一閃し、球場に金属音が響き渡った。
 白球が高々と舞い上がり、こちらに向かって飛んでくる。来い、スタンドまで飛んでこい。

 なのに、ああ、もうひと伸びが足らず、無情にもフェンスの最上部に当たった。あと少しでスタンドインだったのに。いや、それでも、長打だ。うまくすれば、三塁打になるかも。

 あっ、ボールが変な方向に弾んで、ファールグラウンドを転々としている。センター寄りに守っていたレフトは、まだ追いつかない。
 Yは全力疾走で三塁に向かっていた。三塁コーチャーが右腕をぶんぶん回している。

 レフトがボールをつかんだ瞬間、Yが三塁ベースを蹴った。
 このままホームに返れば、まさかのランニングサヨナラホームラン!?

 スタンドは総立ちだ。もちろん、私も心の中で絶叫する。
 Yが頭からホームベースに突っ込んでいく。好返球がキャッチャーミットに吸い込まれた。
 一瞬の勝負の結果は、砂煙の中。私たちは息をのんで、アンパイアの宣告を待つ。

 両腕が左右に開いた時、スタンドは歓喜の渦に包まれた。
 Yはダグアウトから飛び出したチームメイトによって、もみくちゃにされている。

 すごい、すごいよ、引退試合でサヨナラホームラン。Yの全力疾走、しっかりと目に焼き付けた。絶対に忘れない。
 やけに視界がぼやけると思ったら、いつのまにか私は泣いていた。

 後方からポォンポォンポォンと派手な音がした。振り返ると、青空に大輪の花が開いていた。この球場では選手がホームランを打つと、花火が打ち上げられるのだ。

 高校生の時は一緒に花火大会に行けなかったけど、こうしてグラウンドとスタンドに別れた形だけど、打ち上げ花火を一緒に見ることができた。こんなにうれしいことはない。
 Y選手の応援にきたのに、最高の贈り物をもらったような気分だよ。

 ありがとう。
 劇的なホームランで打ってくれて、本当にありがとう。
 花火職人さんもありがとう。
 Y選手と私の約束を叶えてくれて、本当にありがとう。

 ありがとう。ありがとう。私、今日のことを一生忘れない。



                   了

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...