79 / 94
6
境遇
しおりを挟む
那月が振り返ると、そこには制服ではなく大きめのグレーパーカーを着てフードを目深に被った夏希の姿があった。
「夏希…さん?」
フードの隙間からは金髪が覗き、ゆらりと黒い目が映っている。その普通ではない雰囲気に、背筋がひんやりと凍るような気がした。
「え、誰…?」
相野もまた、突然のことに呆然としているようだ。しかし夏希はそんな相野に見向きもせず、那月の方へと歩み寄る。そして目の前に立ち、ポケットに両手を突っ込んだまま顔を上げた。
「ねえ、篠井那月くん。君はお友達もたくさんいて、いろも構ってくれていいね」
「え…、あの、」
「僕には誰もいないのに、唯一の理解者のいろを奪おうとするの?」
「う、奪うって…!」
「いろはお前に同情してるのを勘違いしてるだけなのに…俺から離れようとしてる。昨日言われたんだ。こんなの普通の幼なじみじゃないからって、もう俺に振り回されたくないって。俺が自分の足で立てるように…、いろも傷付くかもしれないけど前に進みたいとか訳わかんないこと言って…」
「え…」
一一一なんで?なんだ、急に…。よく分からないけど、先輩に今のを言われたってこと?揉めた…の?でもそこでなんで僕が…。
夏希はブツブツと独り言のように呟き続ける。その異様さにじりじりと後退りをする那月だが、その足を踏みとどまった。恐怖と逃げたくないという気持ちが混在しているのだろう。
「…な、夏希さん。何を」
「いろが俺と距離を置きたいって一方的に話してきた。お互い変わろうとか言い出してさ…。お前のせいだよ」
「…っなんで、ぼ、僕は」
「ねぇ聞いてくれる?篠井那月くん。俺ね、恋愛対象が男なの」
「え…」
「でね、中学生の頃そのことが周りにバレたんだ。そしたら、仲良かった友達も気持ち悪がって離れていって、そのせいでいじめられた。教師も手に負えないって傍観してるだけ。親は俺のセクシュアリティを信じたくなかったのか、気のせいだって言ってきた。あとお願いだから揉め事を起こすなって諭してきただけ」
「…っ!」
食い気味に那月を見つめながらそう話し始めた夏希。突拍子もない内容と話し方でほぼ早口だったが、那月はその話からすぐ情景が理解出来て、胸が苦しくなった。
理由は違うが、少し自分と境遇が似ていると思ったからだ。
「誰も分かろうとしてくれた人なんていなくてさ。そこからはいじめられないようにゲイだってことは隠して明るい性格装って、地元とは遠い高校に通った。その中で、唯一いろだけだったんだ。俺の話を聞いてくれて、俺の事を理解してくれて、俺自身を気のせいだなんて言わなかったのは。俺を受け入れてくれた」
一一一夏希さん…、僕に対して嫌悪がすごいのは分かるけど…。でも似てる…周りが全て敵に見えて、1人で塞ぎ込んでた頃の自分と。
「今までこんなことなかったのに…お前のせいで、お前と関わったせいでいろは変わっちゃったんだ!俺から離れようとしてるんだよ!!」
「…っいっ!」
突然声を荒らげて、夏希は力任せに那月の胸ぐらを掴む。襟がシワになりそうなほどの勢いに、那月は足をよろつかせた。
「なんでお前なんだよ…っ、なんでなんで!!消えろよ、」
きっと、夏希は彩世のことを恋愛対象として特別に思ってるんだと、今の話と自分に対しての敵意からそう確信した那月。
それを分かった上でも、異常なほどの剣幕に思わず体を震わせる。まるで過去のトラウマが腹の奥底で顔を出すように。
「ちょ、おい!!お前…っ」
「あ!!相野くん、だ、大丈夫だから…!」
「えっ」
「こ、こ、来ないで!僕大丈夫だから…」
「那月くん…っ」
だが、それを止めようと足を踏み出した相野を止めた。そう言われるなんて思ってもいなかった相野は、驚きと戸惑いでそれ以上足を動かせなかった。
一一一分かった。夏希さんは、僕と同じ思いなんだ。先輩のことをただの幼なじみだなんて思ってない。だからこそ、僕の存在が許せないんだ。それなら今までの言動も納得できる。
一一一だけど…僕も引き下がれない。負けたくない…。はい、分かりました消えます、なんて言わない。
「…だ、大丈夫、僕はもう」
そして、その小刻みに震える手で胸ぐらを掴む夏希の手を上からそっと包む。
「…は?なに、何のつもり?カッコつけちゃってさぁー。男が怖いんだろ?ならもっと怖がれよ。それでもっと男がダメになって、いろも恐怖の対象になればいいよ」
「…な、な、ならないっ!」
「は?」
「も、もう、前の自分には戻らない…。過去の自分があったから…それを乗り越えたから、ぼ、僕は変われたんだ…。なっ何されても…せ、先輩を恐怖の対象になんて、も、もう、なりたくない!させない!!」
ここまでの敵意と何をされるか分からない恐怖を向けられながらも、那月は目に涙を溜めながら唇を噛み堪え続ける。
震えながら上擦った声だが、力強く言い放った那月の言葉を聞き、夏希は俯きながら舌打ちをした。
「…っ!はぁ、はぁ」
そして掴んでいた那月の胸ぐらを突き放した。そのまま片手をポケットに突っ込み探る。
「…っだからさぁ、ウザいんだって。そういうとこが!」
その手をゆっくりポケットから取り出す。握っていたのは刃が尖っている小さなハサミだった。それに気付いた那月だが、その瞬間に勢いよくハサミが振りかざされた。
一一一ハサミ…!?うそ、あ、ダメだ…。避けられない…!
「那月くん!!!」
その直後に気付き、動き出した相野も間に合うはずがない。刃が振り下ろされるのを覚悟し、目を固く閉ざし両腕で目の前を覆った那月。
「…っ!い、」
「……え?」
だが、予想していた痛みは降りて来ない。それどころか、一瞬で誰かが自分の前に回り込み覆い被さる感覚がした。
「え、は…。なんで、」
「夏希…さん?」
フードの隙間からは金髪が覗き、ゆらりと黒い目が映っている。その普通ではない雰囲気に、背筋がひんやりと凍るような気がした。
「え、誰…?」
相野もまた、突然のことに呆然としているようだ。しかし夏希はそんな相野に見向きもせず、那月の方へと歩み寄る。そして目の前に立ち、ポケットに両手を突っ込んだまま顔を上げた。
「ねえ、篠井那月くん。君はお友達もたくさんいて、いろも構ってくれていいね」
「え…、あの、」
「僕には誰もいないのに、唯一の理解者のいろを奪おうとするの?」
「う、奪うって…!」
「いろはお前に同情してるのを勘違いしてるだけなのに…俺から離れようとしてる。昨日言われたんだ。こんなの普通の幼なじみじゃないからって、もう俺に振り回されたくないって。俺が自分の足で立てるように…、いろも傷付くかもしれないけど前に進みたいとか訳わかんないこと言って…」
「え…」
一一一なんで?なんだ、急に…。よく分からないけど、先輩に今のを言われたってこと?揉めた…の?でもそこでなんで僕が…。
夏希はブツブツと独り言のように呟き続ける。その異様さにじりじりと後退りをする那月だが、その足を踏みとどまった。恐怖と逃げたくないという気持ちが混在しているのだろう。
「…な、夏希さん。何を」
「いろが俺と距離を置きたいって一方的に話してきた。お互い変わろうとか言い出してさ…。お前のせいだよ」
「…っなんで、ぼ、僕は」
「ねぇ聞いてくれる?篠井那月くん。俺ね、恋愛対象が男なの」
「え…」
「でね、中学生の頃そのことが周りにバレたんだ。そしたら、仲良かった友達も気持ち悪がって離れていって、そのせいでいじめられた。教師も手に負えないって傍観してるだけ。親は俺のセクシュアリティを信じたくなかったのか、気のせいだって言ってきた。あとお願いだから揉め事を起こすなって諭してきただけ」
「…っ!」
食い気味に那月を見つめながらそう話し始めた夏希。突拍子もない内容と話し方でほぼ早口だったが、那月はその話からすぐ情景が理解出来て、胸が苦しくなった。
理由は違うが、少し自分と境遇が似ていると思ったからだ。
「誰も分かろうとしてくれた人なんていなくてさ。そこからはいじめられないようにゲイだってことは隠して明るい性格装って、地元とは遠い高校に通った。その中で、唯一いろだけだったんだ。俺の話を聞いてくれて、俺の事を理解してくれて、俺自身を気のせいだなんて言わなかったのは。俺を受け入れてくれた」
一一一夏希さん…、僕に対して嫌悪がすごいのは分かるけど…。でも似てる…周りが全て敵に見えて、1人で塞ぎ込んでた頃の自分と。
「今までこんなことなかったのに…お前のせいで、お前と関わったせいでいろは変わっちゃったんだ!俺から離れようとしてるんだよ!!」
「…っいっ!」
突然声を荒らげて、夏希は力任せに那月の胸ぐらを掴む。襟がシワになりそうなほどの勢いに、那月は足をよろつかせた。
「なんでお前なんだよ…っ、なんでなんで!!消えろよ、」
きっと、夏希は彩世のことを恋愛対象として特別に思ってるんだと、今の話と自分に対しての敵意からそう確信した那月。
それを分かった上でも、異常なほどの剣幕に思わず体を震わせる。まるで過去のトラウマが腹の奥底で顔を出すように。
「ちょ、おい!!お前…っ」
「あ!!相野くん、だ、大丈夫だから…!」
「えっ」
「こ、こ、来ないで!僕大丈夫だから…」
「那月くん…っ」
だが、それを止めようと足を踏み出した相野を止めた。そう言われるなんて思ってもいなかった相野は、驚きと戸惑いでそれ以上足を動かせなかった。
一一一分かった。夏希さんは、僕と同じ思いなんだ。先輩のことをただの幼なじみだなんて思ってない。だからこそ、僕の存在が許せないんだ。それなら今までの言動も納得できる。
一一一だけど…僕も引き下がれない。負けたくない…。はい、分かりました消えます、なんて言わない。
「…だ、大丈夫、僕はもう」
そして、その小刻みに震える手で胸ぐらを掴む夏希の手を上からそっと包む。
「…は?なに、何のつもり?カッコつけちゃってさぁー。男が怖いんだろ?ならもっと怖がれよ。それでもっと男がダメになって、いろも恐怖の対象になればいいよ」
「…な、な、ならないっ!」
「は?」
「も、もう、前の自分には戻らない…。過去の自分があったから…それを乗り越えたから、ぼ、僕は変われたんだ…。なっ何されても…せ、先輩を恐怖の対象になんて、も、もう、なりたくない!させない!!」
ここまでの敵意と何をされるか分からない恐怖を向けられながらも、那月は目に涙を溜めながら唇を噛み堪え続ける。
震えながら上擦った声だが、力強く言い放った那月の言葉を聞き、夏希は俯きながら舌打ちをした。
「…っ!はぁ、はぁ」
そして掴んでいた那月の胸ぐらを突き放した。そのまま片手をポケットに突っ込み探る。
「…っだからさぁ、ウザいんだって。そういうとこが!」
その手をゆっくりポケットから取り出す。握っていたのは刃が尖っている小さなハサミだった。それに気付いた那月だが、その瞬間に勢いよくハサミが振りかざされた。
一一一ハサミ…!?うそ、あ、ダメだ…。避けられない…!
「那月くん!!!」
その直後に気付き、動き出した相野も間に合うはずがない。刃が振り下ろされるのを覚悟し、目を固く閉ざし両腕で目の前を覆った那月。
「…っ!い、」
「……え?」
だが、予想していた痛みは降りて来ない。それどころか、一瞬で誰かが自分の前に回り込み覆い被さる感覚がした。
「え、は…。なんで、」
10
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
ある日、人気俳優の弟になりました。2
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。
平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる