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しおりを挟むそれから数日が経てば…特に伯爵の宣言もあったために…あの一夜の騒ぎはエスポーサの狂乱ということで片付けられた。
精霊の力を借りて魔法陣を使って何処かに行こうとしたというより、職務を肩代わりし懸命に伯爵を支えた伯爵夫人が、疲労と娘の失踪が重なっておかしくなったという方が使用人の中でもまだ納得しやすい理由でもあったのだ。
現に身近に這い寄るイバラの森があったとしても、魔法というものの存在があったとしてもなお、精霊という目に見えないものを信じる者は少ない。
あの夜フォワレを必死に運んでくれた者達以外は。
彼らだけはエスポーサのもつ神秘の秘術をその目にしていたからこそ、表面上はどうあれ、伯爵がそれらの現実を否定しようとも到底受け入れなかった。
フォワレはあの後、未だ起きる気配のないヒッポウをなんとか馬車から見つけ出し、空だった鳥籠の中に敷き詰めた真綿と一緒に安置した。妙な場所に置けば掃除の際に誤って捨てられるかもしれないと思ったためだ。
青い鳥と人の合いの子のような彼をみんなも見ることができたら、みんなお母様を疑ったりなんてしないだろうに。と、歯がゆい気持ちを抑え込んでいる。
フォワレに優しく甘い使用人達にも、その気持ちを吐露することはなかった。
エスポーサは錯乱中であるということと同じく、精霊に類する話をした者は紹介状も持たされず解雇されると決まったから。
フォワレはこの数日で、カロルといた時とは別種の…何かよくない方向に進んでいるような手詰まりを感じていた。
ただ、そんな中でも唯一気が紛れる時間というのが、大好きな母親との会話だ。
朝食後、家庭教師から淑女の教育を受けるまでのしばらくの時が、母親と会える数少ない時間だ。
*
「おはようございます、お母様」
「おはよう。フォワレ」
本館と少し離れた別邸の一室にエスポーサは囚われた。
日当たりのいい広い一室。大きな窓には細くはあるが鉄格子が嵌められ、ドアには鈴。
小さな鐘が装飾のように配されている奇妙さ以外は、伯爵が手を尽くしたのだろう、やけに豪奢な内装の部屋だ。
ヒッポウを連れてきてはいけないと言われたために、毎回持ってくるものはお見舞いのお絵かきくらいだった。
ベッド上で上半身を起こしてフォワレを迎えるエスポーサの元へ小走りで駆け寄ると、ベッドの横に置かれた小さな椅子に腰掛ける。
フォワレのために置かれたものはいくつかあり、そういうものを見る度に、一応願いを言えば叶えてくれるほどの了見は備えていたみたいとエスポーサが苦々しく言ったことを思い出す。
「お母様…」
ベッド上の彼女は、数日前より明らかにやつれていた。
心配げに下から見上げるフォワレの頭を優しく撫でて、エスポーサは微笑む。
「今日は何を描いてくれたの?」
「あのね、今日はお花とヒッポウを描いたの」
エスポーサはニコニコと喜んで、受け取った絵をしみじみと見つめている。
「フォワレは本当にお絵かきが上手ね。私の友達にもお絵かきが上手な子がいてね、見せてあげたかったなぁ」
「お母様のお友達?どんな子?」
「ふふ、そうね、体は大きくって…耳は長くて…目は吊り上がってて、一見怖いんだけど、とっても優しい子だったわ。いつかあなたも会えるといいわね」
まるで、その未来が来ることはないとでも言うみたいに。
儚げに笑うエスポーサに、どうにも言い知れない焦りや不安がフォワレの心に山積していく。
母親と共にいることのできる時間は、その時何よりも変え難く大事なものだった。
エスポーサは、フォワレが出なければいけなくなる時間になると「おいで」と腕を開けて、誘われたように飛び込んでくるフォワレを優しく抱きしめた。
「私のかわいいフォワレ…。大丈夫。あなただけは絶対に守るわ」
耳元で囁かれる声だけは毎回変わらない。
強い覚悟のようなものが滲み、それを聞くたびにフォワレは安心で満たされた。
そしてまた、フォワレも同じことを口にする。
「私も、お母様を守るよ」
ジャラ…と、抱きしめられた背中のあたりから音がする。
フォワレはいつも"それ"を外してあげたかった。
エスポーサの腕に巻かれた鉄の腕輪と、それに繋がる鎖の音は、何よりもエスポーサを弱らせる原因のように思えてならなかったから。
そして時間が来て、家庭教師に厳しく教育を受け、マナーの教育がてら昼食を喫し、1日の課題が終われば一人で夕食を摂り、入浴して眠る。
夜。鳥籠の中で眠るヒッポウの様子を見て床に着く。眠る前にフォワレはその日の振り返りをする。
死の森が領地の近くにやってきて、伯爵が倒れ、こんなことになる前の日常も思い返す。
伯爵はその時まで…もちろん形式上今でもそうだが…普通の父親だった。
フォワレにも優しく、妻を拘束して閉じ込めるなんてことをするような人間ではなかった。
だからカロルのせいなのだということをフォワレは理解していた。
こんなことになったすべての元凶。
今は何を思ってか解放してくれたカロル。
彼に閉じ込められていた間、確かに気が狂いそうだった。
嫌いだ。間違いなく。それでもフォワレは少し、彼の事を考えるとどうしてか寂しくなってしまう。
おかしなほどに恋しささえ湧いていた。
今、親しくしてくれる人と接する時間がないせいもあるのだろうと思いながら、どうしようもなく嫌悪と恋しさがせめぎ合ってしまうのだった。
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