シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

076 ミアセラとの別れ

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 アリア祭が終わった後、ジルはアルネラにせがまれて自分が経験した出来事を語っていた。王宮から出ることのできないアルネラにとって、ジルの話は想像力をかきたて、面白さに満ちていた。ジルはそんなつまらない話を面白がって聞くアルネラが、いささか不憫であった。このような事で彼女の気が紛れるなら、出来るだけ会いに行ってさしあげよう、ジルはそう思っていた。

 ジルがロゴスからカレッジへと帰ってきたのは、もう夏休みが終わろうとしている時期だった。この時期になると、帰省を終えた学生たちがカレッジに帰ってくる。それぞれ実家に帰っていたガストンやミアセラなども続々とカレッジへと帰ってきていた。

 新年度の授業が始まるまで、まだ数日ある。ジルは魔術師コースの面々、ガストン、イレイユ、ルクシュ、ミアセラ、そして初級のレニ、メリッサとともに学園内のプールに行った。互いに夏の土産話を交換するのと、夏の思い出をつくるためである。

 とくにミアセラはすでにカレッジを卒業しており、バルダニアの宮廷魔術師になることが内定している。いまは友人たちと別れを告げるためにカレッジに残っているが、あと数日で帝国へ帰ることになるだろう。これはミアセラの送別会を兼ねていた。

 カレッジの敷地の中には、プールが設置されている。これは魔術師にも体力づくりが必要だ、というカレッジの教育方針に基いたものだ。ジルやミアセラたちは思い思いの水着でプールに入っていた。夏ももう終わりに近づいているが、まだまだ暑さは続いていて水の冷たさが気持ちいい。

「あなたがジルフォニアの指導生だった子ね! 噂はいつも聞いていたわ。私はイレイユっていうの。こっちで恥ずかしそうにモジモジしているのがルクシュ。今度ジルと一緒に上級クラスに上がることになってるの。よろしくね!」

 面積の少ないビキニを着たイレイユがレニに話しかける。誰に対しても物怖じしない少女だ。ミスコンで見たが、見事な体型をしている。一方レニの方は白いワンピース型の若干地味な水着を着ている。まだ幼いレニにはよく似合っていて可愛らしい。

「イレイユも故郷に帰ったんだよな? カラン同盟のミゼルファースだったか?」

 カラン同盟は、ジルがぜひ一度訪ねてみたいと思っている所だ。

「そうよー。カラン同盟の盟主のね」

 カラン同盟とはシュバルツバルト、帝国と国境を接する商業都市国家群である。それぞれが独立した商業都市であるが、帝国や王国と対抗するため同盟を組んでいる。その同盟の盟主になっているミゼルファースは、「“北海”の真珠」と呼ばれ、交易で栄えるだけでなく、強力な海軍も有している。イレイユはそのミゼルファースの商人の家の出である。

「ジルはそのレニちゃんの家にお呼ばれしてたのよね。どうだった?」

「あのレムオンさまに会ったんだろ? うらやましいぜ」

 ガストンが身を乗りだしてきた。ガストンはカレッジの地元フリギアの出身なので、実家に帰るといっても両親に会うだけで、環境はほとんど変わらないはずだ。それでも年に一回、両親のもとへ帰ることで気分がリフレッシュするものだ。

「ジルさん、今度は私の家にも遊びにいらっしゃい。歓迎するわ」

 そう提案してきたのはミアセラである。ミアセラは豊かな胸が強調される黒の三角ビキニを着ている。とても艶めかしくて、ジルは目のやりどころに少々困っていた。

 ミアセラはバルダニアの侯爵家の令嬢である。在学中誰にも教えことはなかったが、ミアセラはカレッジで一つの目標をたてていた。それは自分の結婚相手をカレッジで見つけることである。通常貴族の家では、親の都合で幼い頃に許嫁が決められてしまうが、ミアセラはそんな親や習慣に反発していた。それで意地でも在学中にこれはという相手を見つけようとしていたのだ。

 だが結局侯爵令嬢である自分と釣り合う人間、何より彼女が魅力を感じる人間をついに見つけることはできなかった。そう、ジル以外には……。

 ジルにいまそのことを言ったとしても決して受け入れてもらえないだろう。今までの付き合いでミアセラはその事をよく分かっていた。それに、ジルの身分ではミアセラの両親が相手として認めるとは思えない。いずれバルダニアとシュバルツバルトの宮廷魔術師同士として再会すれば、その時にはチャンスがあるかもしれない。

「ミアセラさん、今年卒業ですよね。寂しくなります……」

 ジルは初級クラスだったころからミアセラを知っていた。セードルフと対立していた頃から、折りにふれジルをかばい、助言を与えてくれた上級クラスの美女だ。ミアセラがいなくなるということは、カレッジに尊敬すべき先輩がいなくなることを意味する。

「私もよ、ジルさん。カレッジは私にとって思い出深い場所。それにはあなたも含まれているのよ」

 ミアセラはそう寂しげに微笑んだ。
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