シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖

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2 動乱の始まり編

095 王宮への飛行2

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 その頃ゼノビアは、王宮の中に与えられた私室で就寝中であった。今は夜中の3時である。昼間は任務で気を張っているため、夜は疲れてよく眠れる。しかし今日はいつもと違った。

 部屋のドアを激しくノックする音が聞こえる。ゼノビアは不審に思いつつも、何事かが起こったことを悟り、急いで上着を来てドアを明ける。

「何事だ!?」

 衛兵がかしこまってドアの前に立っている。

「ただいま、王宮の門のところに、ジルフォニア=アンブローズ殿がお見えになっています。緊急の要件だということです」

「なに? ジルが?」

 ゼノビアは、この時間、そしてこの場所で聞く名前として、最も場違いな名前を聞いた気がした。ジルが一体何の用事だろうか?

「分かった。少ししたら、私が自分で門へ行く」

 ジルの要件をいぶかりつつ、ゼノビアは外へ出る準備をした。薄いネグリジェを脱ぎ、戦士としての服に着替える。部屋から出る時に、ゼノビアは鏡でおかしなところがないかチェックする。

「ふふ」

 ゼノビアは自分のことが可笑しくなって、つい笑いをもらしてしまった。自分が外見を気にするとは、以前には無かったことだ。

 門まで行くと、衛兵の側にジルが立っていた。緊急の要件というだけに、深刻な表情を浮かべている。ゼノビアはジルに会えた嬉しさを押し隠してジルに話しかけた。

「ジル、どうしたんだ? お前がこんな時間に訪ねてきたんだ、よほどの大事だろうな」

「ええ、そうです。ですが、ここで話せることではありません。どこか内密な話しができるところで……」

「分かった。私の私室で話そう」

 ゼノビアはジルを自分の私室へと案内した。

「それで、緊急の要件とはなんだ?」

「帝国のエルンスト=シュライヒャーのことはご記憶にありますよね?」

「シュライヒャー? ああ、以前君と一緒に娘の遺品を届けにいった男だろ? 帝国の有名な軍人だ。彼がどうかしたか?」

「実はエルンスト=シュライヒャーが、シュバルツバルトへの亡命を希望しています」

 ゼノビアは驚いて眼を大きく見開いた。

「なに!? なぜジルがそれを知っているのだ?」

 それが本当なら、確かにこれは一大事と言って良いだろう。

「そして更に重要なことは、アルネラ様の誘拐事件の首謀者が帝国であったことです」

「なにぃい!?」

 ゼノビアは今度は思わず腰をあげ、ジルにつかみかかった。

「本当なのか!? ジル、なぜ君がそのことを知っているのだ!」

 アルネラの護衛を担当しているだけに、ゼノビアは誘拐事件以来、自分でも独自に捜査をしていた。しかし、これといった手がかりを見つけることができなかったのだ。それだけに、ジルがもたらした情報は、ゼノビアにとって青天の霹靂だった。

「これは、エルンスト=シュライヒャーからの情報です」

 ジルはエルンストが自分に使者を送った経緯について説明した。レミアの死を明らかにするため、エルフのミリエルを帝国に送ったこと、彼女がみつかりエルンストによって許され、逆に使者としてジルに遣わされたこと、など。

 ジルの話しを、ゼノビアは非常に厳しい表情で聞いていた。新たな情報が多すぎて、頭の中で整理するのも難しいだろう。

「これがエルンスト=シュライヒャーから王国宛の書状です」

 ジルは机の上に書状を置き、ゼノビアに差し出した。

「この書状は私は中を見ていません。王国のしかるべき役職の方にお渡しするべきだと思いました」

「ふむ、そうか……」

 ゼノビアは一瞬自分で良いのだろうかとためらった。しかし今は夜中で必要以上に騒ぐのは好ましくない。近衛騎士団副団長の自分なら、これを読む資格はあるだろうと思い直した。その上で、大臣なり大魔導師なりに書状を渡せばよいのだ。そう決めたゼノビアは、書状を開封して目を通すことにした。
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