18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」

結局は俗物( ◠‿◠ )

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セルフ二次創作「色移り」 氷刃と熱帯魚 ※現パロ(大学生)

氷刃と熱帯魚 5

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 帰り際になって弟はいくらか役所勤の男を寂しげに見ていた。玄関まで追ってくる様子もなく白雪だけ框に式台にべたりと座って草臥れた革靴を履く中年男の後ろに立った。
「銀灰さんはよく食べてくれて作り甲斐がありますね。うちの息子なんかホットケーキ1枚まともに食べきらないんですよ!甘いのは好きじゃないとかいうし!」
 ぶつぶつと文句を言い、革靴に足を押し込み、踵を直して紐を結ぶ。
「お2人とも元気そうでよかった。また来ますよ。今度はお好み焼きでも作りたいところです。ホットプレートはありますか?今度は片付け、きちんとやります」
「片付けのことはいいんです、まともにお礼もできませんから。ホットプレートならありますよ。楽しみにしていますね…その時は、もし良かったら泊まっていってください。弟も喜びます」
 白雪は見送りに来ない弟のいるリビングのほうを一度見やった。
「そうですなぁ、待つ人もいませんからね。お言葉に甘えましょうか」
 中年男は情けなく笑って帰っていった。玄関扉が閉まってから弟がやってきてドアを見つめていた。叔父は仕事に行った先で事故に巻き込まれて死んだ。後から出る2人は玄関で見送り、数時間後にはまた会えるものだと思っていた。同乗していた親密な関係にあったらしき女性と共に、胸部を強く打って死んでしまった。弟の少し冷たい横顔を見上げた。何を思っているのかを読み取ることはできなかった。繁華街の外れの宝飾店通りでもなかなか見られない美しい水晶体が境界を失っている。
「予定が合ったら、泊まってくれるかも」
「えっ」
「予定が合ったら。次はお好み焼きだって。ホットプレート出さなきゃね。たまにはジュースとか買おうか」
 まるで魔法の言葉でも呟いたように弟は破顔した。愛嬌のある白い八重歯が見えた。
「うん!嬉しいっす!」
 彼は跳ねるようにリビングに戻り、白雪は玄関に留まった。そこに残影を描いてしまう。野暮ったく靴を履く後姿は洗練された若い叔父の背中とは似ても似つかなかった。年齢にも大きな差がある。叔父はまだ三十路にも届いていない。あと数年経てば白雪は叔父の年齢を抜いてしまう。まだ叔父が最期に出勤していった玄関を思い出せた。柔らかく笑って、かなり早く帰れそうだと言って、弟は部活のミーティングがあり自分も友人らとテストの勉強会で遅くなるからたまには遊んできたらいいと勧めると彼は曖昧に笑った。たまにふざけて嫌味っぽく意地悪を言ったりすることがあったがそれによく似ていた。結局叔父は帰らなかった。いってらっしゃい。それが最期に彼に言った言葉で、淡い髪が日光に煌めいて玄関扉に消えていった光景が最期に目にした叔父の姿だった。泥沼にまた足を踏み込みかけている。気分が重くなり、玄関に背を向けた。


 勝手に登録されていたアカウントから次から次へとメッセージが送られてきていたが白雪は受信拒否のリストに入れてしまった。渡した金を返すという旨で、どこかで会いたいということだった。今度こそ本当に殺されるかも知れない。それから同期からも機嫌を窺うようなメッセージが来ていた。一度相手をよく知らないという理由で交際を断ったというのにまた返答を急かされるのは面倒だったため彼のメッセージにも返信をしなかった。他人に拒絶を投げるのは簡単だったが、その拒絶が刺と刃を帯びて跳ね返ってくることを彼はまるで想定せずに自身だけの問題だと思い込んでいる節があるようだった。
 役所勤めの中年男が泊まりにきたのはこの週末で袋いっぱいに小麦粉やキャベツや豚肉、卵などを買ってきた。「今日は一晩お世話になりますよ」という一言に弟は子供のようにはしゃぐ。実父よりかなり若い、まだ兄くらいの年齢差でしかなかった叔父に彼は遠慮があったが自称35歳の男に対しては甘えた態度を取った。しかしやはり引際を弁え、それは血の繋がらない姉に対してもそうだった。この自称35歳の男は生年月日と自称する年齢が一致しなかったが、何にでも柔軟に受け入れ、かといって流されず、古い価値観を考慮した上で最近の流行などにも理解を示せる若さがあった。
 キャベツを切るのも、生地を混ぜるのも任せ、白雪は弟とホットプレートを囲んだ。弟は新しいマヨネーズとソースのフィルムや栓を外していた。材料を揃えて叔父よりも身は年上のくせ叔父より心は若さのある男が、叔父の席に座る。弟の隣だった。悪くないと思った。動かなかったダイニングチェアが動いている。座面とともに温まる感じがあった。ホットプレートの上で両面が焼けたお好み焼きを二等分して白雪と弟の皿に分けていく。
「次はチーズを入れますよ。ばっちり調べてきましたからねえ。お腹いっぱい食べてください」
 髭面は得意げに笑った。他にも乾麺の菓子や唐辛子の漬物、餅なども揃っていた。叔父とは真反対な性格で、それでいて叔父とともに暮らした日がここにあった。弟が笑っている。弟が甘えている。この時間も長くは続かない。楽しさと温もりの果てが見えてしまう。
「ほら、白雪さん!チーズですよ。人気なんですってねえ。なんでもチーズには病みつきになる成分があるそうで。お皿をどうぞ」
 彼は蘊蓄を傾けながらヘラでお好み焼きの半分を持ち上げる。チーズが熱で溶けているのが断面図から分かった。白雪は皿を差し出した。
「お次は麺スナックにしましょう。なかなかお好み焼きというのも奥が深い。この辺りの地域には、“麺スナックのお好み焼きを広める会”なんていうのがそこそこ有名らしいですよ。もんじゃ焼き愛好会ならボクの同級生も入っていたんですがね…もんじゃ焼き、食べます?」
 ホットプレートに小麦粉と卵ととろろ芋にキャベツが入った生地が広げられ、そこにスナック菓子がまぶされていく。
「もんじゃ焼き食べたことないっす」
「じゃあまだ余裕があったらやりましょうね。腹に溜まらないんですよ、美味しいんですけれども。見た目がちょっとアレなんで、アレではありますが」
 ずっと続けばいいと思ってしまう。口に広がる美味しさと上機嫌な話し声は少し胸を苦しくさせた。今日はこの役所勤めの野暮ったい男が泊まることが嬉しい半分、弟が懐き自身が安堵してしまうことを恐れていた。楽しい食事が終わり、弟の部屋に叔父が使っていた寝具を出した。風呂上がりの弟は懐かしい布団の柄を難しい顔をしてじっと見下ろしていた。しかし姉と目が合うとへにゃりと笑った。
「オレっち、幸せっす。あの時は…どうなるかと思ったっすけど。姉ちゃんのコト忘れてもう目の前が真っ暗でさ。すぐ傍にいたのに。なんなら姉ちゃんのほうが、ずっと大変だったのに」
 思い出話でもするように弟はへらりと笑った。年齢の割に幼かった顔がいくらか大人びている。
「大変さなんて人それぞれだから、比べなくていいんだよ。わたしだって銀灰くんがいなかったらダメだった。銀灰くんがいてくれたから」
 弟はきょとんとして白雪を見上げた。浅く日に焼けても張りのある肌に赤みが差している。
「姉ちゃ、」
「ふい~、お風呂いただきましたよ!いつもシャワーで済ませていましたからねえ!たまには湯船もいいですな。今度は銭湯にでも行きますか。公共の場で飲む裸のフルーツ牛乳なんてもう最高で…」
 弟の部屋に半裸の中年男がやって来る。普段はわずかに混じっている白髪を気にもせずぼさぼさになっている黒髪が濡れ、少し雰囲気が違って見えた。彼は白雪の姿に言葉を止めた。
「これはこれは。失礼しました」
「ああ、いいえ。気にしないでください」
 不摂生な感じに反して、鍛えてはいないようだが胸板の形はしっかりと浮き出て腹も締まり、中年肥りの様子もなかった。白雪は彼に会釈して風呂に向かった。
 風呂から上がり寝る支度を終えてベッドに潜ると遅くまで隣室は盛り上がっているようだった。眠れないほどうるさくはなかったが弟が楽しいのならうるさくても構わないくらいで、眼球が痛むほどの幸福感に包まれながら眠った。帰らないで欲しい。夜が明けないで欲しい。また来て欲しい。ずっと傍に居てくれたら。

『白雪…白雪……ッ』
 男のさがが女体を突き上げようと腰を揺らすくせ、若い叔父は理性で留めようとする。それでも姪の柔肉に引き締まった腰が悶えてしまっている。
『叔父さん、離れないで。置いていかないで。ずっと傍に居て…』
 上下に下半身を揺さぶった。叔父の器官が硬く粘膜の筒を穿つ。悩ましげに寄った眉間と乱れた前髪が色っぽい。見たことのある誰より綺麗な男だった。仕草も言葉遣いもひとつひとつの所作も、癖のある字も、淡い色の瞳も、薄い唇も、そこから発される落ち着いた声も、ささくれた指も縦筋の入った爪も。耳の形、額の曲線、浮き上がる首筋、切れ込みのような臍の窪み。爪の甘皮、瞼の重なり具合、指や手首にある胼胝の丸み、何をとっても美しく綺麗だった。生々しい雄の動きさえ。
『離れて…、いけないよ。やめなさい、白雪…』
『叔父さん、傍に居て。約束して。離れたくないの、叔父さん…!』
 唇を噛んで、叔父は何か苦痛に耐えている。その先に期待と理想を見出した。腰を上げ、突き落とす。痛みとも苦しみとも違う低い呻き声が心地良かった。
『白雪、動くな、白雪っ…!』
『叔父さん…お願い。ずっとわたしと一緒に…』
 腹の奥で白く爆ぜる。

 ベッドが軋み、布が摩擦した。寝汗が急激に冷え、乱れた呼吸を正す。胸の辺りが熱く、心臓が鉛に変わっているようだった。からからになった喉を潤すため台所に行くと水場に電気が点いていた。消し忘れかと思ったが、少し離れた大窓の近くに人が立っている。弟ではない。
「すみません、一服したかったもので」
 寝た様子もない寝間着姿の中年男が謝った。
「寝られませんでしたか」
「いいえ。楽しくて頭が冴えてしまったんですよ。うちの息子なんてたまに顔を合わせてもバイトか勉強ばっかりで父親パパに構わず寝ちゃうんですから。おまけにフルーツ牛乳も飲まないし、銭湯なんて絶対に嫌!ってカオしてるんですからねえ。白雪さんと銀灰さんを見ているとうちの兄妹が不思議に思えますよ。お互いに一人っ子同士って感じなんですから。上は白雪さんと同じくらいなんですが下は銀灰さんより年下だったかな。異性の子の思春期は難しいものですね。だから息子くんに構いすぎたんでしょう。大雑把な妹に対して神経質なお兄ちゃんが他人行儀なのはまぁ置いておくとして、父親パパにも他人行儀なんですよ?他人行儀どころか、もう他人って感じで」
 これから寝直す者に対する配慮もなく彼は息子についてべらべらと喋った。
「ホストクラブでバイトしてましてね。多分そこでフルーツ切ったりお酒注ぐ雑用みたいな仕事をしているんだと思うんですけれども。根暗で人嫌いだし何より人見知りなので。でもそんな環境で勤めていたら話術の初歩くらいは身に付くでしょうに…と思いましてね。いや、息子くんからホストみたいな態度で接して欲しいわけではなく。とはいえおそらく時間帯的に見合った職場だったんでしょうし、もうあれは性分ですね!」
 彼はここで長話をする勢いだった。白雪は水を飲みながら相槌を打つ。青い空に煙が溶けていく。
「恋人でもいたら変わるんですかね。あ~、こういう考えは爺むさくて嫌なんですけれども、恋人ならずとも友人、いやペット…バイトや勉強もいいですけれど何か他者を思い遣るような生臭さみたいなのが、足らないんですよ。友人やペットは別として、恋人は作ろうと思って作れるものでもありませんからねえ。バイトとか勉強は相応の結果が期待できるかも知れませんが、恋愛に至ってははかなり曖昧ですし…ええ。父親目線から言ってしまうとかなり贔屓っぽいですがなかなかの美形なんですよ」
 青い空に煙草の先端が緋色に光った。
「一度お会いしてみたいものです」
「惚れちゃいますよ、白雪さん!いや、白雪さんに惚れちゃうかもしれませんね。はは、父親パパとしては喜ばしいことですけれども。白雪さんにも好みのタイプというものがあるでしょうから、ただ美形というだけではどうにも。だって突っついたら折れそうなんですよ、人当たりはいいんですけどねえ…なんて言って、まったく以って白雪さんの好みじゃなかったらとんだお笑いぐさですよ」
 溜息を吐いて彼は煙草を携帯灰皿に潰した。その長い指はやはり叔父の白く繊細な指とは違っていた。夜風に薄まった煙草の匂いに落ち着く。しかし叔父は煙草を吸わない。叔父は酒に酔わなければあまり口数は多くはない。まず姪に対しては素直に話さない。優しくはあるがどこか冷たく、静かで、美しかった。髭面が不潔感を漂わせる饒舌なこの男とはまるで違う。
菖蒲あやめさん」
 菖蒲と呼ばれた役所勤めの男が驚いた様子で返事をした。
「お願いがあります」
「ええ、どうぞ」
 予想に反して安易に彼は要求を呑むつもりらしかった。それは叔父が亡くなってから育んできた関係によるもの日頃の言動からも窺わせるもので、白雪を緊張させる。口を開いたが、言葉に出来なかった。叔父の切れ長の瞳が冷たそうな印象を受けるのなら、この男の目元は涼やかな感じがあった。
「言いづらいことですか。お金関係でしょうかね…ああ、これはお金と掛けた訳ではないです。いいですよ、検討します。こうみえて、趣味も家族もないがないバツイチ男ですからね。養育費すら拒まれてるんですよ」
 彼はまた要らない長話を切り出しかけて黙った。
「お金ではありません。もっと重いものです」
「命?まさか臓器?適合するなら、まぁ…」
 中年男はいくらか迷いながらまだ聞いてもいない要求に答えた。白雪は寝間着の裾を掴む。
「抱いてくれませんか」
 髭面が強張り、白雪を捉えた。
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