18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」

結局は俗物( ◠‿◠ )

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蒸れた夏のコト 全36話+α(没話)。年下男子/暴力・流血描写/横恋慕/高校生→大人 

蒸れた夏のコト 15

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 びしゃびしゃ、と音がした。祭夜さやが焦る。玄関を開き、舞夜まやがやってきたかと思うと嘔吐物が飛び散った。夏霞かすみもびっくりして初動が遅れてしまった。
「ティッシュと、ビニール袋と雑巾……どれでもいいよ」
 祭夜が叫んだ。夏霞は慌てて言われたものを用意した。舞夜はシャツを脱がされて壁に背を預けていた。意識はある。紅潮や激しい発汗はなかった。
「熱中症?」
 祭夜が床の汚れを片付けている間、夏霞は舞夜に水を飲ませようとした。グラスを支え、口元に運んだ瞬間、手を弾かれた。不意な衝撃に指の間からグラスが抜け、水も飛び散る。破片も散乱した。
「どしたの、舞夜。いいよ、夏霞ちゃん。オレがやるから。オレの家のコトだし。救急車呼ぼうか」
「それならわたしが今……」
 熱中症疑いのある男が夏霞を睥睨へいげいする。それに恋人も敏く気付いた。
「この前のデートのこと……まだ怒ってる?」
 訊ねたのは祭夜だ。その声音は遠慮に満ち満ちていた。彼の中ではあまりいい思い出ではないのだろう。夏霞としては、その後2人でソフトクリームを食べ、叔父の提案で雨堂家の庭から打ち上げ花火を観て、夕飯も4人で食べてから別れた。総合的には楽しい思い出ということになる。
水郷みずさきさんと仲良くできなかったコト……」
 それを聞いて舞夜は口元に手を当てて嘔吐えづいた。もう出すものはないとばかりに胃の内容物を吐く。
「救急車呼ぼう」
「いい……!寝不足なだけだ」
「でも……」
 祭夜を前にして、舞夜は脇にいる夏霞を睨み上げる。敵意や憎悪を感じる目だった。そういう眼差しをもらってはただ突っ立っていることしかできなくなる。
「あと1回でも吐いたら呼ぶからね。今日の練習はお休みして」
 彼は強めに言った。そして彼女にアルコールスプレーとウェットティッシュを持ってくるように頼んだ。ある程度掃除すると夏霞が代わって、祭夜は強情ないとこを2階に支えていく。戻ってきた彼は溜息を吐いた。
「嫌だったら断って欲しいんだけどさ、オレ、練習行かなきゃで、家空けちゃうんだ。その間、舞夜くんのこと……部屋に居なくていいから、なんか物音とかしたら、その……」
「分かった。看病するよ」
「ホントに、ゴメン!何か絶対埋め合わせする!」
 眼前で両手を合わせ、祭夜は顔面に皺を寄せる。
「埋め合わせなんて言ってたら、わたしのほうが色々してもらってるんだから」
 恋人は唇を尖らせ拗ねて顔をすると両腕を大きく開くと肘で抱き付いた。
「ありがとう。すごく助かる。オレちょっと薬とかお粥とか買ってくるから。オレの部屋からちょっと隣の様子見てくれるだけで」
「うん。気を付けて行ってきてね」
 手を洗って着替えドラックストアに行くらしき祭夜を見送ると、彼女は恋人の部屋に入った。物音はない。弟と叔父に帰りが遅くなるかも知れないと報告した。隣室は誰も居ないのではないかと思うほど静かだった。生きてるのか不安になる。寝ているだけなのかも知れない。しかし上手く吐けずに窒息していたら。夏霞はどっちつかずなノックをした。内側からノブが捻られる。
「なんだ」
 わずかに隙間ができた。暗い室内に素肌の上半身が浮かんで見える。陰気な印象とは裏腹に服の下は筋肉質だ。祭夜とは肉付きが違う。
「寝てたなら、ごめん。無事そうで良かった」
 目のやり場に困りたじろぐ。視線を合わせることもできなかった。舞夜は無事だ。用は済む。
「失せろ」
 強い言葉を向けられたなら、たとえそれを放つ者に対して己が負の感情を抱いたとしても、相手の印象や人格などは取り除かれて言葉の研がれた刃が刺さってしまう。舞夜から言われたということよりも、その言葉自体が夏霞を貫いている。
「うん」
 彼女の声は咳払いにも紛う。ドアを閉める。祭夜が不在の間にどれだけ辛辣な言葉を浴びせられるのだろう。気は重い。やがて駐車場に車が入ってくる。
一時の安心感が訪れる。祭夜を玄関で迎えた。彼の買ってきたものは、吸熱シートとパウチの粥、スナック栄養食にゼリー飲料、ビタミン剤と漢方薬、補水液にスポーツドリンク。
「何買っていいか分かんなくてさ。舞夜くんが食べられそうなの、食べさせてあげてくれる?」
 彼の前では快諾する。舞夜には拒絶され罵倒され糾弾されるのだろう。
「あとこれ。帰り遅くなっちゃうと思って。お弁当とデザートね」
 また別の袋からスーパーで買ってきたらしき鮭弁当とプリン、茶が入っていた。
「足りなかったらカップ麺でもお菓子でも、あるやつ好きに食べててね。ゴメンね、舞夜ちゃんのコトよろしく頼むよ。2回機材運ぶから、いつもより早いけどもう行くね!また1回帰ってくるから!」
 夏霞は頷き、慌ただしく出掛ける姿を見送ってから祭夜の部屋に戻る。やはり隣室から物音は一切しなかった。それが落ち着かない。やはり吐物で窒息しているのではないか。だがあのような陰気な青年が静かなのはこれといって不思議なコトではない。それでいて夏霞は何の前触れもなく激しい嘔吐をした様を見ている。生きてるのか死んでいるのか。何かあったら祭夜に顔向けできない。罵詈雑言、悪辣な態度を思うと気が引けるが、再度、曖昧なノックをする。分厚い木板の奥に気配があった。戻ろうとしたところでノブが捻られる。中から白い腕が伸び彼女を捕まえる。
「どういうつもりだ」
「静かだから……無事なのかなって心配になっちゃって」
 答えた瞬間に引き込まれる。掴まれた腕が乱暴に離され、放り出された。
「祭夜に頼まれたのか」
「そう。だからあなたに何かあると困る」
 彼はもう話を聞いている様子はない。ソファーに崩れたように座ったかと思うと寝転がってしまった。
「何かあったらすぐに言って。隣に居るから。叩いてくれたら分かると思う。わたしを頼るの嫌だと思うけれど、祭夜ちゃんが心配するから」
「ここに居ろ」
 幻聴だろう。聞こえなかったふりをする。偏執的な行為をされた後遺症に違いない。耳に纏わりついている。
「雨堂」
 弱々しい声は、嘔吐の前触れかも知れなかった。つい彼女は気にしてしまった。近付く。汗ばんだ手に腕を掴まれた。
「俺を苦しめるな」
 病人の譫言である。
「……ごめん?」
 彼女は首を傾げ、適当な言葉を放った。それが一番手っ取り早い。それでこの話が終わるのだ。
「失せてくれ。俺の前から去れ。そのツラを見せるな」
「わたしもそうしたいけれど、祭夜ちゃんが帰ってくるまで我慢して」
 部屋を出ようと踵を返した瞬間、ソファーが軋んだ。
「雨堂!」
 この男は情緒不安定になっている。出ていけというくせ、それに従おうとする彼女の左腕を容赦なく鷲掴んだ。
「痛……っ、」
 可動域とは反対方向に力を加えようとしている。折る気か。左手薬指を潰さんばかりに握り、手の甲側に倒そうとする。
「痛い、痛いよ……っ」
 油断していた。いとこの恋人にこういった暴行は働かないだろう、などと甘い幻想を抱いていた。
「雨堂……1年のとき、殴られた俺を手当てしてくれたのも覚えてないか」
 作り話をされているのではないかと疑ってしまうくらい覚えていない。
「あの幼馴染とかいう男のことは覚えてるのにか?」
「幼馴染は幼馴染でしょ。わたしそんなに忘れっぽくない」
「嘘だ!仲裁のことも、1年の体育祭のことも、俺が毎日あんたに挨拶していたことも、俺の顔も名前すらも全部忘れてるだろうが」
 捏造されていないか。ある事ない事盛られてはいないか懐疑的にもなる。挨拶などしては返され、されては返すだけだ。ひとつひとつ目を合わせてはいたかも知れないが、そうまじまじとは見ない。在校生の数も多い。特進クラス、普通科、国際コミュニケーション科、12クラスが3学年分だ。 
「わたしが幼馴染覚えてたっていいでしょう?あなただって、わたしがナンパされてると思って助けてくれたんだろうけれど、水郷みずさきさんの前で他の女のカレシヅラする?」
「水郷の名前はやめてくれ!」
 夏霞が黙ってしまうほど、舞夜は大声で叫んだ。吠えたように聞こえた。それが尋常ではない。この陰気で暗鬱で甘ったる質感の蚊の鳴くような声しか出せない見透かし見澄ましたような男にもそういう声が出せるらしかった。夏霞の左手薬指は呆気なく解放される。この指が選ばれたのはおそらく十指の中からランダムだったのであろう。そうでなければ何か彼女には薄ら寒かった。
「祭夜ちゃんのいとこさん?」
 舞夜は膝を床に打ち、手をついた。肩を縮めて震わせる。息切れと嘔吐えづき。
「体調悪くなってるんじゃない?」
 額に触れた。汗が滲んでいる。体温計を探しにいこうとしたところで、額に当ててた手はまた捕らえられている。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょう?熱中症じゃなさそうだけれど。風邪かしら」
「違う」
「寝ていて。飲み物持ってくるから。さっきも吐いていたし、水分摂らないと」
 暗に手を放せと言いたかったが通じる相手ではない。気付くと素肌の匂いを嗅がれている。
「要らない……!」
「言うこと利いて」
「殴ってくれ」
 聞き間違いだ。夏霞は動揺を見せた己を恥じた。
「俺を殴れ!雨堂、俺を叩いて、殴ってくれ。俺を………殺してくれっ」
「な、何………?物騒で、怖い…………」
 もう片方の手も肩から捥《も》ぎ取るようにぶん取られ、彼女の両手は病人かつ狂人の首に運ばれた。殺意があったとしても道具がなければ相当な腕力が必要だ。
「雨堂、雨堂…………俺はあの日、あの女とセックスをした。俺はあの女を抱いたんだ。雨堂…………俺はそれからおかしい」
 譫言みたいに喋る舞夜が指す"あの日"と"あの女"がいつの誰なのか、夏霞は訊いても無駄だと判断した。体調不良で訳が分からなくなっている。譫妄状態に陥っている。元々のおかしさに拍車がかかってしまった。
「その前はおかしくなかったの?」
 セックス、その後におかしくなった。つまり性病と言いたいのだ。彼女はそう解釈した。性病の症状がこう精神的な部分に大きく現れるものなのか、この分野に於いて夏霞の知識は乏しい。そして何より、彼女はこの錯乱者からスキンもなく犯されたことがある。
「あの日って……いつ……?」
「一緒にデートをした日も忘れたのか」
「あなたとデートなんてしてない」
「あんたが幼馴染に会ってた日…………」
 ダブルデートのていに成していないデートの日のことだ。爆誕した恐れはすぐに拭い去られる。その日にこの男が誰と肉体関係を持とうとも夏霞には関係ない。しかし性病の症状はそう早く現れるのだろうか。やはり彼女はその知識に疎かった。
「雨堂………」
「手、放して。頭もおかしくなってるから。ちゃんと寝たほうがいいよ。その前に飲む物飲んで。お腹は?空いてない?」
 どさくさに紛れて腕を引けども舞夜は放そうとしなかった。
「雨堂、雨堂、俺はたくさん悪いことをしたな。考え直してみたが俺には雨堂しかいない。雨堂がいい。酷いことを言ってすまなかった。雨堂、祭夜と別れて俺と結婚してくれ。雨堂と幸せな家庭を作ろう。傍に居るのは雨堂じゃなきゃ嫌だ」
「あなたカノジョいるの、分かってる?」
 力尽くの抱擁に抗いきれない。逞しい腕と張った胸に閉じ込められる。
「雨堂がいい……雨堂の作った炒飯美味しかった。雨堂、俺は雨堂といたい」
 どれだけ好意を伝えられても祭夜は乱暴なことはしなかった。力任せの抱擁もしなかった。どこには同意もあれば逃げ道も残されていた。
「やめて」
 腕を振り解く。これをあと何度繰り返すのだ。
「気が狂いそうなんだ」
「もう狂ってるよ。あなたに必要なのはわたしじゃない。人生、そんな恋愛だけじゃないでしょ……?」
「それなら祭夜と別れてくれ。祭夜と別れて……俺と………付き合ってくれよ…………」
 ぐふっ、と舞夜は彼女の肩の上でまた嘔吐いた。
「祭夜とは別れない」
「あいつはバカだ。あんたを俺に預けたりして」
「祭夜ちゃんをバカとか言わないで!祭夜ちゃんだってイヤだったよ。それでも仕方なくてあなたを信用してた!」
 暴れた。祭夜を侮られるのは許せない。祭夜の葛藤と躊躇いも分からずに馬鹿だ迂愚だと片付けられるのは腹が立つ。
「でも残念だったな。俺は信用に足る男じゃない。結局祭夜は、自分の信じたいものしか信じなかった。その結果がこれだろう?雨堂、もっと痛い目に遭わされないと分からないか」
 引っ叩きたくなる衝動をどうにか抑える。
「誰としたのか知らないけど、性病ならちゃんと診てもらったほうがいいよ。頭がおかしくなってるのは別の件かも知れないけれど……」
「雨堂としたい。雨堂とだけしたかった」
「わたしは祭夜ちゃんとしかしたくない」
 呼吸が苦しそうだ。彼が嘔吐していることを知らなければ、そのまま放っておきたかった。だが祭夜に頼まれている。
「それなら、祭夜に俺から言う。全部打ち明けて、雨堂をもらう」
「全部って…………?」
 脅迫紛いのことを言われ動揺を隠せない。
「俺が高校時代から雨堂を好きだったことも、俺がもう雨堂を抱いてることも、雨堂と結婚したいことも、全部打ち明ける」
 喉がひゅっと締まった。頭の中は白くなり、反発の言葉も浮かばず、悲鳴さえ上げられない。胸なのか胃なのか曖昧なところが膨張している。
「祭夜はそれでもあんたと付き合い続けると思うか?」
 付き合い続けてくれそうだ、と彼女は直感的に思ってしまった。だからこそ、そうなるのならば自ら別れを切り出す覚悟をしようと考えることもある。彼は背負ってしまいそうなのだ。
「……許しそうだな、あいつは。俺なら………許せないのにな」
「許すとか許さないとかじゃない。祭夜ちゃんは、きっと、わたしの分も背負ってくれそうだから…………」
 これ以上は甘えられない。また"捨て"ることになる。優しい祭夜を痛め付けることになる。同時に、夏霞自身、彼と離れたくなかった。
「それなら言っていいのか?」
 壊れてしまっているこの男は、本気で、親戚の関係に亀裂が入ることも厭わずに祭夜へ告白する気だろう。知らずに済むのならそれが良い。しかしいずれ知れたら、今すぐに知らせないことのほうが不誠実ではあるまいか。祭夜に知られたなら脅迫に応じる必要はなくなる。それでいて撮られている画像を拡散される恐れは拭いきれなかった。祭夜を失うだけで、肉体は搾取され続けるだろう。利がない。
「キスしろ。それで黙る」
 狂人かつ病人の薄い唇を掌で塞いだ。自分の手の甲に口付ける。
「そんなに俺が嫌いか」
 同情を乞うているのか柳眉が歪んだ。声音も威圧的ではなく弱々しい。夏霞は手を剥がされ、荒々しく後頭部を固定された。咄嗟に反応ができなかった。噛み付くようなキスに気付いてから遅れて拒む。唇を噛み締める。
「口、開けろ」
 もう一度近付く。顔を背けた。長くしなやかな指に髪が絡まる。
「夏霞……」
 彼にとって、価値があるのは彼女の唇だけではなかった。額でも目元でも鼻先でも、毛束が緩く重なる耳、すっとしたおとがい、筋の浮かぶ首。胸鎖乳突筋の近くを下から上に舐められると弱かった。それは悪寒なのか性感の萌芽ほうがなのか、夏霞にも分からない。
「や………めて、」
 駐車場に車が入ってくる。祭夜が一度帰ってきたのだ。
「祭夜が、来るから…………」
「祭夜が来なければいいのか」
 囁きついでに舌先が耳珠を転がる。
「ち、がう………っぁ、」
 耳から針金のように真っ直ぐな痺れが体内を下降した。胸から溶けて下腹部で広がる。
「祭夜に見せてやろうか」
「……放して!放して、放して………っ」
「名前、呼んでくれたら放す」
 頭から首まで啄み、彼は夏霞を待っている。微かな体温と湿しとりを感じるたびに思考がぼやける。
「祭夜の、いとこさん………」
「舞夜」
 訂正される。たったの2文字が口に出せない。耳の裏をべろりと舐め上げられた。背筋がおかしくなる。顎がかくかく動く。
「ま…………や、」
 抱擁が解かれる。夏霞は耳や首の適当な唾液を拭い、すぐさま玄関まで降りる。
「あ、夏霞ちゃん。またちょっと機材積んだらいくね。ゴメン、バタバタしちゃって」
「うん。わたしは大丈夫だから。運転気を付けてね」
「ありがと!行ってきます」
 玄関で手を振って恋人を見送る。その瞬間に、彼との結婚生活を描像した。一秒足らずの幸福。のちに訪れるのは絶望だった。彼に対する不義理を抱いたまま、結婚生活などできるはずがない。後ろめたさを背負い、彼に求婚できるはずもない。考えないようにした。このまま付き合い続けるのは、祭夜の時間を食い潰しているようで。
「続き………しよう」
 目を見開く。空耳だ。しかし腹に腕が回っている。
「放して!やめて……」
 振り向くと舞夜は替えのシャツを着ていた。
「夏霞を誘拐する。自分の荷物、持って来い」
「行かない」
「それならこのまま連れ去る。家族に連絡も取れなくなったら、テレビで騒がれるかもな。俺はすぐに逮捕されて、すべてを話す。いとこの恋人おんなを犯して脅して誘拐したってな。それでもいい。1日でも雨堂を独占できるなら」
 夏霞の体重も重力もなかったように舞夜は簡単に彼女を抱き上げた。
「祭夜には何て言う気なの……?」
「俺が雨堂の家を送った」
「わたし、祭夜ちゃんにあなたのこと任されてる……」
「それなら祭夜にはあんたから説明しろ。俺は雨堂を連れ帰る。あとはどうでもいい。通報でも逮捕でも死刑にでもしてくれ。あんたが手に入らないこの現状が、もう地獄だよ」
 突飛な考えだ。執着によって盲目になっている。恋愛などはこの時世、趣味である。結婚、子作りを人生の課題にする者たちはあれども、恋愛一点についてこだわれるのは高校生までではなかろうか。その次のステージにあるのは承認欲求か性欲だ。好きな相手が一人手に入らなかったところで自暴自棄になるのは異常だ。冷静ではない。これが恋愛を一人に捧げ満たされなかった者の末路なのか。夏霞は祭夜から離れたのち、妊娠および性病の不安や強姦の恐ろしさ、祭夜に対する罪悪感によって情緒不安定になることは多々あれども叶わなくなった恋に絶望したことはない。
「なんでわたしなの……」
「俺も分からない。あんたを見ると抱き締めたくなる。キスしたくなる」
「本当にあと1回だけ、最後に1回だけ、関係持ったら、諦めてくれる?満足できる?冷めてくれる?」
 劣情がこの男を狂わせている。祭夜に対する最後の不義理を自ら切り出すのも簡単なことではなかった。
「できない」
 彼女なりの厳しい選択を、迷いもせずに彼は首を振る。彼自身もそのことに苦悩している様子が窺えた。
「わたしのカラダが好きなら、似た体型の子はいっぱいいるし、その子ならあなたのこと、好きになってくれるかも知れないよ……」
「カラダじゃない。雨堂がいい」
「で、でも、さっきの話、わたし以外の女の人に反応するってことだよね?」
 昏い双眸が血走った。まずいことを言ったと理解したの玄関の壁に追い込まれてからだった。
「あんたも俺でイった。あの子供に舐められてもイったよな。本当は好きなのか?俺のこと。だとしたら嬉しい」
 顔を左右から掴まれ、鼻先が近付く。
「違う……」
 顔を背けても終われ、唇を塞がれた。軽く弾んで離れていく。爛々とした瞳は欲を孕んでいる。
「あんたのことはもう抱かない」
「キスもしないで……」
 胸元を押すがびくともしなかった。むしろ、より迫ろうとしている。
「キスはする」
「や、だ…………」
 首を回すたびに舞夜は付いてくる。やがて捕獲されてしまった。足を踏んでも大した威嚇にはならなかった。脇腹から腰の括れた曲線を湿気った掌が辿り、シャツの中に潜り込んでからまた這い上がる。
「い………や、ぁ、」
 口を開いた瞬間にぬるりと冷たいものが中へ侵攻した。逃げ惑う舌も根本から探られて捕捉された。
「ん……っぅん、ぁぁ……」
 力が抜けていく。上顎を摩られると喉奥が寂しくなった。祭夜との営みは彼を快感まで追い詰めているつもりで、夏霞の中にも変化を残している。
「雨堂は、まだキスが好きなんだな」
―あの頃みたいに。
 銀糸を紡がれ、また塞がれる。微かに舞夜も声を漏らした。抵抗の跡になっている手から擦り落ち、シャツに皺を刻む。膝が震えた。
「ぅっ………ん、ふぁ、、、」
 ぐらりと傾いたのを、ものぐさげで陰々滅々とした辛気臭い風情を纏っておきながら精強な腕で支えられる。息を整えている間もなかった。抱き上げられる。彼は首を伸ばして意識を朧げにしている夏霞の額に接吻する。一人の女の体重が乗っていることも感じさせず、舞夜は階段を上っていく。
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