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蒸れた夏のコト 全36話+α(没話)。年下男子/暴力・流血描写/横恋慕/高校生→大人
蒸れた夏のコト 14
しおりを挟むドアがノックされた。舞夜以外にない。祭夜は短く応えた。
『婆さんは俺が迎えにいく』
「ホント?助かる。雨すごいし気を付けてね」
夏霞は顔を上げた。家庭の営みの邪魔をしている。
「ごめんなさい。わたし、もう大丈夫……」
「たまには、ね。舞夜くんにはあとでオレからお礼しておくし。大丈夫だから。大丈夫だからね」
彼は改めて頭を抱き寄せ、前髪越しに額へ口付ける。
「何か食べよ」
祭夜の手に連れられ降りたリビングのソファーには取り込まれた洗濯物の山ができていた。一部は畳まれている。夏霞はそれが気に掛かる。本当は家人として、それは祭夜の務めではなかったか。そうなれば2人でこなせた仕事だった。その彼を夏霞は引き留めてしまった。よって祖母の迎え同様に舞夜が代わりにやったのでは。ばつが悪くなる。
「夏霞ちゃん?どした」
彼の声に反応して長毛の猫が2匹走り寄ってきて衝突したかと思うと戯れ合う。
「何でもない」
目元が張って、化粧は崩れていることだろう。声も濁っていた。
「何か作るから待ってて」
「手伝うよ。祭夜ちゃんお料理、あんまり得意じゃないでしょ?」
嫌味にならないように笑うと、素直な彼は、おどけた。
「バレたぁ?」
「うん。冷蔵庫、失礼してもいいかな?食材を確認したいから」
「もう見て見て!自分の家くらいに思ってくれていいのに」
生卵がパック未開封のまま入っている。長ネギ、蟹蒲鉾、コーンの缶もある。一言断って炊飯器の残りも確認した。
「炒飯でいいかな?お婆ちゃんといとこさんは?食べるかな?食べられる?」
「お婆ちゃんは分かんないケド、舞夜くんの分も、いいの?」
「うん」
「ありがと!練習行く前にすぐ食べられるのありがたいかも。お婆ちゃんはママンが夕飯に作ってくれるから。お婆ちゃん、歯は丈夫だし割と健康なんだけど、好き嫌い激しくてさ。オレも把握しきれてないんだよ」
夏霞は使った食材をメモに残すと手慣れた様子でバター醤油の炒飯を作ってしまった。弟も好きでよく食べている。椀に入れてから丸くして盛ると祭夜の目が煌めく。彼はわかめスープに湯を注ぐ役目を果たしていた。3つ、皿の上に椀型の炒飯が盛られ、そのうちの1つにラップを掛けた。
「まだちょっと残りあるから」
「うん!いただきます!」
キッチンテーブルセットで対面しながら炒飯を食らう。
「美味しいよ!すごく美味しい!」
不味いものは入れていない。クッキングヒーターは使い慣れないが火加減も悪くなさそうだった。実際口にしてみて、それなりの味にはなっている。特別美味いわけではないが、不味くもない。バター醤油の炒飯の味の域にある。
「よかった」
「……って、あれ?オレが夏霞ちゃんを元気付けるつもりだったんだケドな」
「わたし十分、祭夜に元気付けられたよ。わたしが否定したかった期間のこと、祭夜が肯定してくれた。それで十分、救われた気がしたよ」
屈託のなかった祭夜はスプーンを持ったまま静止し、ぼっと顔を染めた。
「よ、よよよ、良かった。照れる」
軽食を終えた頃に舞夜と祖母が帰ってきた。祖母はこの家には住んでいないらしい。すぐ裏にある平家で別に暮らしているという。この家には舞夜だけ帰ってきた。シャツは色を変え、濡れたような艶やかさの黒い髪は比喩ではなくなった。夏霞は態度を変えなかったが、祭夜がその場から少しの間抜けても舞夜は一度たりとも夏霞を見もせず呼びもしなかった。タオルを持って祭夜が戻ってくる。
「夏霞ちゃんが炒飯作ってくれたから、よかったら食べて。練習前、お腹空くと思ったからお願いしたの。ね、夏霞ちゃん」
「うん」
舞夜はタオルを被ったまま反応を示さない。しっかりとした白い手が髪を拭くだけだ。
「すごく美味しかったよ!」
「余計なことをするな」
タオルの下から聞こえたのは不機嫌そうな低い声だった。明るい玄関のオレンジ色の照明が作る濃い陰で表情は見えないが、見えなくとも分かる。祭夜はぴたりと固まった。気にするなと夏霞はその肩に触れる。
「ごめんなさい。2人分も3人分も変わらないと思って。余計なことをしました」
「オレが作ってって頼んだんだし。食べないならオレが食べるし!もう1コ食べれるなら嬉しいや」
祭夜にとっても舞夜のリアクションは意外だったようだ。本音を言ってもぎこちなく響く。舞夜はタオルを被ったままリビングに消えていった。
「夏霞ちゃん、そろそろ送るよ。炒飯ごちそうさま。ホントに美味しかったからね。舞夜くんもばあちゃんに似て好き嫌い激しいのかも。余分に作らせちゃってホントゴメンだけど、あれもう1コ食べていいならラッキーかも」
それもそれで祭夜にとっての正直な気持ちだったのだろう。しかしそこには気遣いがあった。夏霞はまったく、舞夜のあの反応を気にしてなどいなかった。むしろあれで良い。あの男は青春の幻影から解き放たれ、魂の時計が直ったのである。
「祭夜ちゃんに美味しく食べてもらえるなら、そのほうがわたしも嬉しいよ。気にしないで。ああいうのって家庭の味が出ちゃうから仕方ないよ。お店でもないのに知らない女の人の作ったごはん、食べられないのかも知れないし。わたし全然気にしてない」
祭夜が美味いと言って食べたのだ。本来の目的は遂げている。それ以上、あの卵だのコーンだのを炒めた米に求めるものはない。
「それならいいんだけどさ」
夏霞は家まで送られた。別れは惜しいが、祭夜はこれから練習がある。そこには瑠夏もいる。しかし今となっては乾いた感想しか浮かんでこなかった。
「ごはん食べた後だし気を付けてね、運転」
「うん。大丈夫。じゃあね!」
帰宅後の彼女は上機嫌だった。
◇
舞夜と水郷のカップルと合流する。遠目でも分かった。スタイルの良い舞夜と豪奢な感じのする水郷の姿は目を惹き、また周りの人々の目を引いた。彼女は桃色に白抜きの浴衣で、高校時代よりも校則から解放され垢抜けた分、派手さが増している。ぞんざいに扱われたことがあるだけに苦手な感じがある。しかし祭夜の手前、忘れたふりをした。なにしろ相手は忘れているような過去のことである。
「見つけた、見つけた。結構混んでるね!」
祭夜の半歩後ろで夏霞は小さく会釈をした。彼女は紅色の浴衣に落ち着いた黄の帯を巻いていた。器用な叔父がインターネットで調べたといってはりきり、カチューシャ風の三つ編みをして髪を結い上げ、そこに浴衣の柄と同じ色の花飾りが挿さっている。その姿を見て叔父も弟も快く送り出し、祭夜はとても喜んでいた。
「やっと来た?」
品定めをする水郷の眼差しに夏霞は頭を上げられなかった。流行を捉えた身形の彼女を前にして、恥ずかしくなる。
「ごめんなさい、遅れて」
「舞夜と居られたし、別に。今日のデート、もうやり終えたくらいだし?」
そういう喋り方なのか、敢えて刺々しい響きを持たせているのか、高校時代の彼女のことは忘れたしまった。蔑まれていたことだけは覚えている。同列の人にもこうして話していただろうか。小中高、或いは大学も含む男女が無作為に放られた枠の中では暗黙に階級が作られ、その中で容姿端麗で社交的な上位の女子というのは自己のブランド性を保つために篩に掛けることがある。
「も~、デートはこれからでしょ!ね、舞夜」
いとこ同士でもやはり仲は良くなさそうで、話を振られた舞夜は顔を背けてしまった。祭夜の苦笑だけでなく、繋いだ手の汗からも緊張が伝わった。円滑にいかなそうなのは一目で分かった。彼が振り返り、すまなそうな微苦笑をする。
「行こ?マヤ」
水郷は舞夜の手を引いた。なかなかの人混みで、4人が横一列には動けそうになかった。祭夜と夏霞を置いていくように水郷は舞夜を引っ張っていく。履き慣れない下駄の夏霞に歩幅を合わせ、祭夜でさえも付いていくのに精一杯だった。混雑に揉まれ、やがてはぐれる。祭夜も追跡をやめた。なかなか渡れない横断歩道に立たされているような夏霞の元に来て、巨大な集合体から抜け出る。
「足、疲れたよね。もういっか!2人のデートしよ。ここでお祭り風景眺めてるだけでも楽しいし」
祭りの会場は大きなスポーツグラウンドだった。その周りは木が生い茂り、小丘になっている。彼は夏霞をそこに落ち着かせた。
「ごめん、祭夜ちゃん」
「何が?すぐそこに飲み物売ってたから買ってくる。甘いのがいい?お茶?」
「甘いの」
「分かった。すぐ行ってくる」
一度祭夜が離れた。ひょいひょいと振り向いて彼は一人にした恋人を気にした。大きく手を振ると返される。祭りはまだ明るい空の下でも櫓を中心に随分と賑わっている。その中に恋人が溶けていく。
目の前を男が通った。耳のピアスが光っている。その男はちらちらと夏霞を気にした。そして不自然に方向転換をすると近寄ってくる。不審者の動きであったが彼女は不思議と警戒心を抱かなかった。見覚えがあるのだ。目が合った瞬間、互いに口を開く。しかし、そのとき眼前が暗いグレーに幅の広いストライプの布に覆われた。
「すみみん?」
ふざけた喋り方となんだが素っ頓狂な声質は間違いない。夏霞はひょいと横に避ける。
「あれ?ああ、おいたん別にナンパ野郎じゃないよ?」
麦わら帽子にモダンな浴衣を着こなした、ゴールドのラウンド眼鏡が特徴的な人物は一見して海外の男性アイドル風でクールだが、喋ると抜作のようだった。
応じようとすれば、さらに目隠しをされる。この視界を阻むものは何なのか。ただの祭りの参加者で、通行人か。それにしては夏霞の前に立とうとするのだ。見上げると黒い髪と白い肌が見えた。浴衣からいっても舞夜である。
「すみみんのカレシ?めっちゃイケメンやん」
「ち、ちが……」
「夏霞に何の用だ?」
「え、めっちゃイケボ」
相手はまったく気にも留めていない。夏霞は舞夜を押し除けてしまった。
「すみみん、おいたんのこつ覚えてるん?」
「フーガくんだよね?カレシじゃないよ、この人」
「おっ!覚えてくれてたんか!すみみん綺麗になったなぁ」
夏霞が「フーガ」と呼んだ小洒落た男が一歩近付いた途端、舞夜も引かず夏霞の前に腕を出して接近を阻んだ。
「ちょっと!その人は幼馴染なの。普通に祭夜ちゃんにも紹介できる人!」
返事はない。
「暑詩きちも来てるんけ?」
「暑詩はおうちでゲームしてると思う」
ダブルデート相手の男に訳の分からない規制をされながら叫ぶように喋る。
「すみみんこっち帰ってきてんの?カレシさん、いつか飲みにすみみん借ります。許してねん」
「夏休みだけ……あとこの人―」
「駄目だ」
麦わら帽子を押さえながら「フーガ」は苦笑した。
「ちょっとマヤ!いつまで待たせるの」
それは安堵の訪れか、嵐の予感なのかは分からなかった。水郷が怒りながらやって来て舞夜の腕を引く。彼女は舞夜を取り戻すと「フーガ」と夏霞を交互に見た。
「元カレとばったり会った感じかしら?」
「お、美女」
細いフレームの眼鏡を掛け直し、ふざけたように「フーガ」は目を眇めた。そして水郷と夏霞を見比べる。
「どゆこと?イケメン一夫多妻制可決してんです?」
「えっと……」
ここに飲み物を買ってきた祭夜が帰ってきて混乱を極める。
「あ、祭夜ちゃん。あのね、保育園、小中って幼馴染の風薫くん。今偶々会ったところなの。紹介しておこうと思って」
そう言っている間に舞夜は水郷に引っ張られていった。すでにダブルデートの体は成していない。
「よろしくです、夏霞ちゃんのカレシの祭夜です」
祭夜はまだきちんと状況の把握ができていないようだったが、ぺこりと頭を下げた。風薫という男も麦わら帽子を脱いで頭を下げた。脱色した後に色の入った黒で染めたらしき、不自然に青みの帯びた髪を緩く波打たせている。
「鵜養いいます。すみみんの幼馴染です」
風薫はにやにやとしながらも、祭夜に自己紹介を終えると突然深刻そうに夏霞を向いた。
「いや、びっくらこいたで。さっきのがカレシさんかと思って。いきなり近付いたおいたんも悪いんだけんども。束縛強過ぎて、モラハラカレシかと思った~。マジもののカレシさん、優しそうで良かった」
彼は祭夜にも会釈して去っていく。祭夜も夏霞と同じように洒落た男の背中を見ていた。
「ほい、夏霞ちゃん。飲み物。1人にしてゴメンね」
「大丈夫。祭夜ちゃんもごめんね。でも本当にあの人は、幼馴染だから」
「うん……」
祭夜は笑っているが、どこか陰りがある。
「お祭り楽しも。せっかく来たんだし」
近くに大きなショッピングモールがある。ほとんど駐車場を祭りの参加者に利用されているため今日は混んでいるように見えるが、実際ショッピングモールの利用者はそう多くないだろう。そこに行くのでもいい。冷房もあれば、ソフトクリーム屋の前に座れる場所もある。
「うん。またネガティブになっちゃった。夏霞ちゃんといられて嬉しいのに」
「わたしのコトなら話してみる?」
大混雑に飽き飽きしているカップルたちがぽつぽつと小丘の上や下で休んでいる。祭夜に手を引かれ、夏霞は小丘に登った。少し高くなった位置から祭りを眺める。気付くと空は青みを帯びて暗くなっていた。櫓に橙が点る。
「舞夜、やっぱカッコいいなって思って。あんなスマートに夏霞ちゃんのこと守れたの」
「あれって守ったっていうの?」
夏霞はけらけらと笑ってしまった。
「違うの?」
「だって実際、わたしから近付いたんだし。フーガくんもわたしって気付いてた。でもいとこさん……祭夜ちゃんのこと考えてくれてたんだと思うけど」
「誤解されやすいけど、優しい人ではあるんだよな。嫌な思いしてたらオレから謝る」
「フーガくんもそんな気にしてる感じじゃなかったし、わたしももう気にしてないから大丈夫。それよりこれからどうしよっか」
櫓では有志による催し物があった。体育祭の後夜祭を思い出す。遠目に賑やかなものを眺めて愉しむ。それが2人の付き合い方だった。
「あと少し休んで、もうちょっと探して見つからなかったらソフトクリーム屋寄って帰ろう。いいかな、それで」
「うん」
それは地元の牧場と提携しているソフトクリーム屋で、フォトグラフ映えするような派手さはないが、甘過ぎない素朴な味がする。味もストロベリーやチョコレートなどの定番もあればブルーベリーやマンゴー味などもある。
「舞夜に今どこにいるか訊いてみるね。気付いてくれてるといいけど」
祭夜は端末を取り出した。暗い中に彼の顔が浮かび上がり、耳に当てる。しかし喋りもせずに下ろされる。
「ちょっと探してみよう。こんなはずじゃなかったんだケドな……上手くやれなくてゴメン」
「わたし、これはこれで楽しいよ。お祭りの雰囲気とか、なんか、ちょっと後夜祭のときに似てない?懐かしくて。わたしは楽しいよ。だから後悔とかしちゃやだよ?」
「ホント?夏霞ちゃんが楽しかったならオレもいうことないよ。オレは夏霞ちゃんの浴衣姿見れるだけでよかったし。あ、写真撮っておけばよかった」
「じゃあまた今度しよう、浴衣デート。別にお祭りなくたって浴衣着てもいいんだから」
端末がしまわれた。舞夜にメッセージを送ったらしい。小丘から降り、少しだけ探しがてら屋台を見て廻ろうとした時だった。
「やっと見つけた」
水郷の声だ。舞夜を引き摺り、目の前にやって来る。
「勝手に行動するなんてどういうつもりなの?ダブルデートなんだけど、分かってる?」
水郷に詰め寄られ夏霞は後退った。
「ごめんなさい。歩き慣れなくて……」
「歩き慣れないなら、そんな格好しないで運動靴で来ればぁ?マヤが暇して帰るとか言うし、もっと周りのこと考えてくれる?アンタたち探し回ってたから全然楽しめなかった。ね、マヤ」
彼女は舞夜の腕を引っ張り、夏霞の前に突き出した。円滑に切り抜けられるのなら詫びの言葉は安い。
「ご迷惑おかけしました。水郷さんと、祭夜のいとこさん」
「ちょ、ちょっと!夏霞ちゃんそんな悪いコトしたかな?お祭りだしデートだし、2人も浴衣だと思ったから、浴衣姿みたいってお願いしたのオレだから……夏霞ちゃんの浴衣がダメだったならオレが謝る。ゴメン」
祭夜は腰を曲げて頭を下げた。夏霞はどうしていいのか分からなくなった。舞夜は冷めた顔をして置物になっている。
「その上で歩きづらい格好を選んだのは雨堂さんの自己責任でしょう?可愛いんだから、浴衣じゃなくても十分だったと思うな。雨堂さんて、可愛いから。なのに頑張ってオシャレしてあんな人混みの中をのろのろ歩こうなんて迷惑じゃない?緋森くんの腕借りないと歩けなかった?それもダブルデートで。2人きりのデートじゃないんだから。もっと気を遣ってくれないと。そう思うでしょう、マヤ」
「人多かったしさ……横に並ぶのとか、ムリそうだったし……」
祭夜の反論は消え入っていく。水郷の鋭い目が夏霞に戻った。
「カレシに守ってもらう気?緋森くんって昔からアナタのこと大好きだもんね。どう思ってたってアナタの味方するに決まってる。ね、マヤ。」
舞夜はやはり黙っている。部外者であり関わりはない、故に責任は取らないと言った態度である。水郷はカレシの前で、ダブルデートにも関わらず身勝手に行動する愚鈍なカップルを注意でき、逸(はぐ)れている最中も気に掛けて居られる良識的な人間であることをアピールしたいらしい。
「わたしがのろのろしちゃったのが悪かったです。わたしのせいで、せっかくのデート、台無しにしちゃってごめんなさい」
水郷の指摘に夏霞は自分の落ち度を確かに認めた。水郷と舞夜のカップルに追い付けなかったのは事実であり、そのために祭夜も2人から離れざるを得なかった。人混みの中ならば俊敏に動かねばならない。それができなかったのであれば詫びるのが真っ当だろう。
「被害者ぶらないでくれないかな。あたしが悪いみたいじゃない?悲劇のヒロインしてたいみたいだけど、待っても待ってもついてこないし、そうしたら緋森くんの目を盗んで元カレとお喋り?緋森くん、相談あったらいつでもしてね」
水郷は夏霞だけでなく、祭夜のこともまた蔑んでいる様子だった。それが高校時代ならば彼は篩に掛けても残った部類だったかも知れないが、すでに篩から落ちた卑しい女とまだ付き合っている男というのも同様にして卑しいのかも知れない。
「あの人元カレじゃなくて幼馴染です。祭夜が水郷さんのカレシさんのいとこだから気を遣って誘ってくれたと思うんですけど、わたしたちはわたしたちの付き合い方があるので」
「そのようね。マイペースな付き合い方がよく似合ってる」
パーソナルカラーや骨格に合わせたメイクや小物が垢抜けている彼女に睨まれてしまう。
「ここでお開きにしよ?そのほうがお互いのためだと思うから。ちゃんと上手くオレたちで段取りできなくてゴメンね、水郷さん、夏霞ちゃん」
「別にマヤは悪くないけど……」
暗に祭夜に責任を押し付けたような物言いに夏霞は顔を顰めた。
「何?何か言いたいことがあるの?浴衣なんて着なくてもかわいいのに、わざわざ歩きづらい格好で着たのはそっちでしょ?」
「行こう、夏霞ちゃん」
祭夜に手を取られた。背にした祭りの音が賑やかだ。人通りの疎らになった道を少し歩き、もうすぐ営業終了のソフトクリーム屋でバニラとチョコレートソフトクリームを買う。店前のベンチに座る。客は少なかった。道や駐車場の混雑を予期して来店を控えているのかも知れない。
「叔父さんに連絡するね」
ここまでは2人とも叔父に送られてきた。迎えもそういうことになる。ソフトクリームを舐めながら端末を指で叩く。
「2年の体育祭の後夜祭の時も、2人でアイス食べたよね。先生が買ってきてくれたやつ。わたしのクラスはダーゲンハッツで、祭夜のクラスはハイパーカップ。覚えてる?交換しながら食べたよね」
「覚えてるよ。夏霞ちゃんのがクッキーバニラでオレのがチョコバナナのやつでしょ」
「覚えてるんだ。なんだか嬉しい」
「覚えてるよ。でもいつか忘れちゃったらゴメンね。その代わり別の夏霞ちゃんとのコト、覚える」
ワッフルコーンをさくさく齧っているのがハムスターみたいだった。
「1年の体育祭の後夜祭のコトも、覚えてるからね。隣に並んで黙ってるだけで、喋らなくても落ち着けたの、この人いいなって思ったの。オレ覚えてる」
彼女は耳まで顔を赤くした。
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