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蒸れた夏のコト 全36話+α(没話)。年下男子/暴力・流血描写/横恋慕/高校生→大人
蒸れた夏のコト 13
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「ドライブでもするかい?」
身体は体液と加糖煉乳でべたべただ。髪も乱れて絡まり、化粧はほとんど落ちている。しかしせっかくの叔父からの誘いだった。
「うん」
「何か夕飯買って帰ろうか。暑詩はキャンプだろう?」
「そう。叔父さんのところにも、写真来た?」
弟が友人たちとキャンプを楽しむ写真が何枚か端末に送られてきている。
「来たよ。写真でみると楽しそうだけれど、ボクはだめだね」
夏霞は叔父の前で平生の様子を繕っていた。大恩がある。
「やっぱり一旦帰ろうか。汗かいただろう。夏の1日は長いからね。焦ることはないよ」
カチカチとウィンカーが鳴っている。自宅のある方角へ曲がる。高校生時代の夏休み、よく通った図書館の横を通る。あの呪縛から、やっと解放されたのだ。いやな渋みを残して……
自宅でシャワーを浴びると気怠るい感じも一緒に流れていった感じがした。髪を乾かして巻く。化粧も薄らとのせた。一息吐く。
「今日はカレくんは用事だったのかい」
まだ運転があるため、叔父はソファーに身を預け酒ではなく炭酸飲料を飲んでいる。
「朝からわたしが用あったから。今日は会わなくていいかなって」
「そう。ここのところほぼ毎日会っていたんだろう?それなら今日くらいは夏霞を借りてもばちは当たらないね」
ぐびぐびとグリーンの缶が傾けられる。
「急にどうしたんですか、ドライブだなんて」
「浮かない顔していただろう?夏霞。カレくんと何かあったのかと思ったけれども、そうでもないみたいだね。こういうときは気分転換が一番さ。行こう。走れば忘れるよ」
叔父に連れられ、大都会の高速道路を走る。夏といえどもすでに空は暗くなっていたが、不均一な高さのビル群によって地上はまだ明るい。大きな河川の向こうには工場も見え、それが孤島の観光地のようでもあった。夏霞はそれらを後部座席から眺める。小さなラジオが心地良い。物思いに耽けることもなく、ぼんやりとしていられた。夜景が流れていく。
「暑詩は今頃星空の下でカレーだろう?」
「BBQじゃないんでしたっけ?」
キャンプと聞いて各々象徴的な夕飯を挙げた。
「そうかい?暑詩がお外でキャンプカレーならボクらも外でカレーを食べられる専門店に行こうと思っていたのだけれど、それなら焼肉屋のほうがいいかな?」
「カレーにしましょう。さっきの聞いて、わたしもカレーが食べたくなっちゃいました」
叔父は淑やかに笑った。何かに傷付いて息の詰まっていたものが解消される。忘れてしまった。痞えばかりは。
◇
自宅まで迎えにきた祭夜と会った瞬間、彼は両手を合わせて哀れっぽく目を瞑る。
「どうしたの?」
「ゴメン、夏霞ちゃん」
頭を伏せて銅線みたい色の抜けた毛が混じる旋毛が見えた。
「何かあったの?」
雰囲気からいって別れ話のような重大なものではないようだ。しかし会って早々謝られるというのは不安である。
「ダブルデート断れなかったの。ゴメン!一緒に、来てくれる?」
一緒に行かないという選択があるのだろうか。それを選択できたとしたら、舞夜と水郷のカップルに祭夜が単体で同行するということか。
「分かった、いいよ。顔を上げて、祭夜ちゃん」
叔父と弟もまだいる自宅の玄関先で恋人を抱擁する。
「朝からおアツいね。話は聞かせてもらったけれど、いいのかい?」
ぬっと後ろから叔父が現れる。祭夜は血相を変えた。
「お、お、おおお叔父さん」
「カレくんも分かっていると思うけれども、夏霞は可愛いよ。浴衣姿なんて尚更だ。一緒に行く女の子が可哀想ではないかい」
「お、おっしゃるとおりで!」
「ちょっと、叔父さん!」
夏霞は顔を真っ赤にした。水郷の美少女ぶりを知る祭夜の前では処刑に等しい。
「相手の子、高校で一番可愛かった子なんです!もう、恥ずかしいからやめて!」
「高校一可愛い?馬鹿を言うんじゃありませんよ。夏霞は世界一かわいいんだからね。そうだろう?緋森くん。相手カップルのカレシもライバルにする覚悟があるというのかい」
「はい!まったくそのとおりで」
「よろしい。君もまだ若いからね。若い女の子が何人もいれば目移りするのも分かるけれど、こんなかわいい夏霞を捕まえておいて、他の小娘の尻を追っかけたり、訳の分からない男に夏霞が追われてたりなんかしたら許さないよ。緋森くん。ボクをその点に於いて、これっぱかりも心配させないでおくれね」
叔父は不敵に笑うと祭夜の肩を叩いて出掛けていった。祭夜の焦った貌が戻っていく。
「オレは、ホントに、夏霞ちゃんのコトしか見てないよ」
「うん」
「夏霞ちゃん」
「好きだよ、祭夜ちゃん」
手を握り合って数度唇を当て合う。まだ家には弟がいる。
「暑詩くん、わたし行ってくるからね」
叫ぶと、暑詩の返事があった。祭夜の運転で彼の家に移動する。部屋に入って暫く雑談を交わしていた。天気予報はこれから雨だった。家事を手伝い、一段落したところで祭夜の火照った身体に求められる。
「かすみちゃん……」
名前を情欲にのぼせているように弱々しく呼ばれる。遠慮と欲求の間で揺れ惑っている。
「しようか、祭夜ちゃん」
「いいの?して、いい?したいよ、夏霞ちゃんが怖くなかったら、ひとつになりたい……」
祭夜は液体のように彼女の背中に纏わりつく。
「なろっか」
彼がこくこく頷くのを肩や髪で感じた。硬い毛先とぶつかるとしゃりしゃり鳴る。振り向いて姿勢を低している祭夜の唇を奪う。互いに抱き付いてベッドまで後ろ向きのまま誘導される。彼の腕に体重を預け、ゆっくりベッドに転がされる。
「夏霞ちゃん……オレの心臓の音聞いてほしい」
腕を取られ、掌は祭夜の胸元に添わる。鼓動が伝わった。少し速い。夏霞の胸の響きも昂っている。張りのある肉感も堪らない。
「夏霞ちゃんにいっぱい遊んでほしい」
ふたたびゆっくりと口付ける。吸い合ってから、内部で縺れた。甘く瀞む。控えめに加わる体重が心地良い。濃密なキスに没頭した。
「んっ……ッ」
「かすみちゃ…………、自分で触っても、いい?」
「だめ」
「もぉ、出したいよ。夏霞ちゃ…………触りたい。お腹の上に出したいよぉ…………」
利き手が己を擦るか、恋人を愛撫しようか迷っている。可愛らしいねだりに夏霞も頷きたくなってしまう。
「わたしが触るから、だめ」
話しながら口付ける。彼はあうあうと喘いでいる。
「触って、くれる…………?」
「触らせて。お腹の上に出したいの?」
がくがく首を落とすように祭夜は頷く。夏霞は服を捲った。素肌を晒す。キスだけで燃え滾っている芯を布から剥いていく。細い指が絡む。
「あぅっ、かすみちゃァ………あっぁ、」
接した瞬間に彼は腰を小さく揺らした。
「かわいい、祭夜ちゃん」
「まだ、チュウしたい。チュウしながらがいい………」
2人は起き上がった。夏霞はボトムスを脱ぎ、下着姿になった。向かい合って膝立ちのまま祭夜を扱く。彼はぷるぷる小刻みに震えながら必死にキスをする。淫靡な水音が上からも下からも聞こえた。手淫に追い込まれた息が夏霞の頬を吹き抜けていく。
「きもち…………っ、かすみちゃ………きもちぃ……!」
互いの口元から銀糸が垂れ続ける。夏霞は緩急をつけて手筒を上下する。それは祭夜の肉体を慰めるためだけではなく、夏霞自身、掌の感触や扱き方によって変わる祭夜の反応が愉しかった。
「かすみちゃ、かすみちゃん、かすみちゃぁぁ……!」
ぐいと引き寄せられ、臍の辺りに祭夜は爆ぜた。
「ぁ……っぅう、」
甘えた声が可愛らしく、夏霞の中に加虐心が湧いてしまった。ぴゅるっ、ぴゅるるっと精を放ちながら微かに軋んでいる熱塊をさらに摩擦した。情けなく腰を前後してしまう情けない恋人の姿に、彼女は心臓が沸騰したかのような熱さを覚えた。
「か、すみ、ちゃっ!あぐッ、ぁあ、だめそれ、やだ、あっ!あぅう!あっ!それやら、やら、やっ!」
この後何がある。探究心が夏霞に灯った。両手で祭夜の弱いところを虐げる。片手で支え、掌の窪みで先端の李を抉る。
「やだよ、やだ、やだやだ、かすみちゃ、出ちゃう、出るっ、んぁっ、!」
「何か出る?」
「汚しちゃう、汚しちゃうよ、汚しちゃうから、あひっ、あアっ!」
水音が増していく。ディープキスや射精前の音とは違った。叫び方も異なっている。
「怖いよ、許して、かすみちゃ、出る、出る、嫌いになっちゃヤぁ!あぁあああああッぅう!」
悲鳴が聞こえた。霧が起こったかと思うと粘度のない液体が夏霞に飛んだ。誤って放水されたかのようだった。ぶるぶる、がくがく、と長いこと身体を引き攣らせている。
「ゴ、ゴメ………ゴメン、かすみちゃ………オレ、」
恍惚に占められた目は虚空を見ている。しかし手は夏霞を縋っていた。腹から滴る白濁に謎の透明な液体が重なった。
「かわいい、祭夜ちゃん」
恥ずかしがり、顔を覆う両手を剥がして祭夜の顔中にキスする。
「こんなの恥ずかしいよ。男の子なのに潮吹きなんて……」
「すごくかわいかった。大好き」
「オレばっか、気持ち良くなってる………」
「わたしも祭夜ちゃんが気持ち良くなってるところ見られて楽しかったよ」
互いに手を握り、キスをしながら話す。祭夜は不服そうだった。恋人の腹を伝う自分の快感の残滓を彼は拭っていく。下着に染み込んでいる。
「オレ、カッコよくなりたいのに……」
「祭夜ちゃんカッコいいから大丈夫。これ以上カッコよくなっても困っちゃう。かわいい祭夜ちゃんがいい」
これから、セックスに及ぼうというときだった。目交ぜはそう告げていた。しかし部屋のドアがノックされる。祭夜は蕩けていた顔を一瞬にして引き締め、夏霞を背に隠してしまった。こういうところだ。彼のこの表情や空気感の切り替えの速さに貫かれて抜けなくなっている。
「誰?」
『俺だ。邪魔しているから』
「ああ、舞夜くんか。気付かなくてゴメン」
足音が去っていく。夏霞は彼の背中を吸った。汗の味がする。
「ど、どうしよ……」
「したい」
舞夜はもう幻想から冷めたに違いない。高校時代から執着していた女は5年分老いていて、望みどおりに交際し結婚したところで10年でも20年でも30年でも経てばその分老けるのだ。それをあの男は考えていなかったのみならず、向き合えず突きつけたところで受け止めることもなかった。彼はもう、ただの祭夜のいとこであり、恋人の親戚に過ぎない。
「声抑えてするの?興奮する」
「祭夜ちゃん、わたしの口押さえててくれる?」
ベッドがぎしりと喚き、2人は寝転んだ。夏霞の口元を大きな掌が覆う。
「なんか、いつもと違くて興奮する」
片手で胸の頂を捏ねられる。もどかしい快感が咲く。腹の中が疼く。
「ふ………ぅんっ」
「こんなコトしてる相手が、オレでよかった。怖いケド、コーフンする……」
指で責められなかったほうの媚粒も唇で甘やかされてから軽く噛まれてた。
「は、ぁ………んっ……ふ、」
広く浅く起こる気持ち良さと同時に寂しさがほんのりと現れる。祭夜を放せなくなる。腰が動き、脚は死にかけの蝉みたいに祭夜を捕まえる。
「夏霞ちゃん?」
「もう………挿れて」
「でも久し振りだよ?ちゃんと慣らす」
まるで無理矢理犯しているような体勢は新鮮だったが、祭夜の態度は変わらない。相手の身体を気遣う。それでも夏霞の要求どおりに下着の中に手が入った。指先が秘弁のところで滑った。程良い潤みを知られてしまう。
「夏霞ちゃん、感じてくれてた?」
掌の肉感の下で彼女は首肯する。
「嬉しい」
赤みの強いオレンジ色のショーツを履いたまま、祭夜の指が蜜液の中を潜って彼女の中に入ってきた。
「ぅ……っんっ、く、ふ……ッ」
「ゆっくり動かすね」
彼が恋人の性感帯中の性感帯といえるポイントを心得ているのか、夏霞が恋人に対してはあらゆる場所を性感帯にしてしまうのかは分からなかった。指淫は緩やかでも早々に絶頂直前まで持っていかれてしまう。
「祭夜ちゃんの、も………ほしい。祭夜ちゃん、来て、祭夜ちゃん…………」
祭夜の掌を舐めて吸った。彼の目付きが変わっていくのがよく分かった。高校の時分では知らなかった欲望がこの夏に芽吹いて、順調に育っている。恥じらいはあるが、祭夜は軽蔑しないという確信が根深く彼女の中に張っている。彼でしか起こらないことで、彼にしか解消ができない。
「夏霞ちゃん………ゴムするから、待って」
「そのままでも、いいよ……祭夜ちゃん…………」
「だめ」
避妊具の装着し終えた手を夏霞はまた掴んで自分の口に乗せると体温を重ねた。何段もフリルの付いたショーツが片足から抜ける。そして、大きな熱が迫ってきた。
「さ、やちゃ……ぁふっ、ぅんっ」
「声、だめ………ぁっあ、」
瀞肉が柔らかく、しかし狭く祭夜を引き絞る。彼がわずかにでも腰を離そうとするのを許さない。
「ぅ、んっ、んっ、んんっ、ふ………」
「夏霞ちゃんも、興奮してる?」
睫毛に涙が絡む。こくりと頷いた。彼に乱暴されているような疑似体験をしながらも恐怖感はまるでない。肉体の本能だけを働かせていて、防衛本能と理性は結託し、ただ快感を抽出している。セーラー服を着せて弄んだ男たちのことを嗤えない。
「ぁ……っ、オレの声が出ちゃう。夏霞ちゃんのナカ、気持ち良くて………あっ、」
「っん、ふ、ぅ………っんぁ、さやちゃ……」
祭夜は夏霞を熱っぽく見つめたまま腰を打ち付ける。夏霞は慕情だけでなく自らの肉体までもが短い間隔にもかかわらず離れようとする彼を追い縋っていることに気付く。距離の数にも入らない遮膜を寂しく感じたことはない。この薄い膜の存在こそが祭夜からの誠意と好意だった。
「かすみ……っ、そんな締め付けちゃ、だめ、」
腰がさらに速まっていく。言葉に反して彼は快感を貪った。それが夏霞にも響いてしまうのだった。奥を突かれ、悦楽が積み上げられていく。
「ぅんっ……ぁ、ふぅぅ………さや、いいよ、さや、さや、さやぁっ!」
「だめ………、かすみ………ナカ、溶ける………っ!」
声を押さえるのを忘れていた。脚は彼を離さない。ベッドの上を激しく弾む2つ重なった肌がぶるるっと戦慄し、徐々に静かになっていく。スキン越しの脈動。夏霞の四肢が投げ出される。
「すごく気持ち良かった」
「わたしも、気持ち良かった。ありがとう、祭夜」
彼はぼんやりした眼のまま彼女にキスをする。
「お風呂、入る?」
「いとこさん来てるんでしょ?」
「じゃあタオル持ってくる」
夏霞は寝転んだまま祭夜の部屋から出ていく背中を見送った。かりかりとドアが鳴る。猫だろう。それから目の前の廊下で慌しい追いかけっこの足音が聞こえた。そよ風に似た眠気がやってくる。散々乱したシーツは祭夜の匂いがした。そのうちに聞こえてくる雨音に誘われ、夏霞は眠った。
「そろそろ起きて、夏霞ちゃん。カゼひいちゃうよ」
冷気の中の温もりがまだ眠気を感じさせるが彼女は目を覚ました。タオルを掛けられている。
「ごめん、寝ちゃってた」
ベッドすぐ横の窓の外は大雨だ。
「疲れちゃった?」
夏霞は返事を躊躇った。顔を赤くする。
「祭夜ちゃんと抱き合うの、気持ち良かったから………」
祭夜の頬も紅潮する。
「ちゃんと拭いて。着替えよ?」
蒸しタオルを渡されて、夏霞は身体を拭いた。服を着てシーツを剥がす。新しいシーツがすでに用意されていたため、彼が洗う物を下に運んでいる間に恋人の寝床を整えた。紫の空と大雨を眺める。
「夏霞ちゃんさぁ」
油断していた。驚きのあまり肩が跳ねる。
「な、何?」
「ビックリしちゃった?ゴメンね。舞夜のコトだよ」
一度目の驚きによって動揺はおそらく上手く隠せた。祭夜の口からいとこの名が出るたびに苦しくなく。喉のあたりに痛みはないくせ呼吸を妨げる腫物でもあるかのようだ。
「いとこさんが?」
平静を装う。内心、何を言われるのか冷水をぶちまけられた心地しかしない。
「高校時代、全然喋んなかったんでしょ?Wデートも行くし、お互いちょっと打ち解けておいたほうがいいのかな~って思ってさ」
彼の態度は白々しい。そう言われて断るのは祭夜に悪い。
「でも水郷さんのいないところでいとこさんと話すの、水郷さんに悪くない?」
上手いことはぐらかした自覚が彼女にはあった。恋人も得心のいったような表情だ。
「そうだね!知らない間に知り合いになってるのいい思いしないよね」
「それにいとこさん、あんまりわたしのこと、得意じゃなさそうだし」
「あ、なんかイヤな態度されちゃった?夏霞ちゃんの所為じゃないからね、それ。舞夜くん、昔から人見知り激しくてさ。夏霞ちゃんはとっつきやすいと思うケド」
あの男が人見知りだという。第一声は非常に馴れ馴れしかった。若い女、それもいとこの恋人という手近な女には鼻の下を伸ばすらしい。しかしもう終わった話である。同じ高校の別学科の美少女・水郷の現在を夏霞は知らないが、初めから老いない、老いるという認識も概念もない女と付き合えばよかったのだ。
「そう。よかった。わたし、いとこさんに何か悪いことしちゃってたのかと思ったから」
一切会話も交わさなかったように振る舞う。実際会話らしい会話をしたことなど数えるほどしかない。夏霞の中で覚えているのは祭夜が練習に参加していないという話程度だった。
「ちゃんと、高校のときに紹介しなくてゴメンね。舞夜くんってカッコいいし、すっごいモテるからさ……夏霞ちゃんに知られたら、オレ、フられちゃうかもって思って。舞夜くんもオレがいとこだって知られるの、嫌かと思ったからお互い黙ってたんだ。一部の人は知ってたと思うけど」
「要らない心配だったね」
夏霞はくすりと笑む。
「うん。夏霞ちゃん!夏霞ちゃん、夏霞ちゃ~ん」
彼は夏霞の腕を掴んで体当たりを繰り返した。
「いつだっけ?浴衣出しておかなくちゃ」
紅色に大きな蝶が入った浴衣だ。
「高校の時の?」
「そう」
「へへ、楽しみ」
彼の笑顔は数年前のままだった。老いることに連なり変わることを恐れている。祭夜の肉体は少し逞しくなった。車を運転中の横顔も凛々しい。サッカーボールを蹴っていた頃とは違う。喋っている時の気の遣い方も上手くなった。それでいて、まだあの時のあどけない笑みが残っている。外は雨だ。ふと夏霞の胸にもスコールが起きる。
「祭夜ちゃん」
困惑するだろう。心配するだろう。分かっていながら止まらない。彼なら許すだろう。甘えとも信頼ともいえない安堵感がさらに背中を押す。彼女は祭夜にしがみついて泣いた。声を殺そうにも嗚咽は止まらなかった。独りで目を拭っていた頃よりも泣くのが下手になっている。
「夏霞ちゃん?」
彼が発したのはそれだけだった。夏霞を引き寄せ、頭を撫でる。肩を辿り、腕を摩り、背を包む。
「ごめん、急に泣いちゃって」
「そういうこともあるよ」
「嬉しくて。悲しくはないの。祭夜ちゃんのこと好きだなって思って。すごく嬉しくて幸せだから、あの頃のこと、もっと大事にすれば良かったって思っちゃって」
顔を上げた夏霞を祭夜はさらに近くまで引き寄せる。
「あの頃に夏霞がそれを選んだってコトは、夏霞が壊れないために必要な時間だったんだと思う。それで今オレのトコに今の夏霞があるなら、あの時のオレは嫌がって反対して引き留めたかも知れないケド、今のオレはあの時の夏霞の決断、褒めたいくらいだよ。ゴメンな、オレがもっと夏霞の離れできてれば良かった。あの時の夏霞に、今のオレがお礼言うよ。ありがとう、昔の夏霞。オレに今の夏霞をくれて」
恋心も寄せられる。ただ恋心では足りなかった。性欲も抱ける。だが性欲が鎮まっても切り替わらない。依存に近い。しかし足を引っ張りたくはない。大切だと思ってしまった。恋心や性欲や依存を包んでしまうような切なさが胸に灯って消えなくなってしまった。
「祭夜ちゃん。好き。大好き」
言葉にすると軽くなりそうだった。声量でも語彙でも伝えきれない。だが言わずにはいられなかった。留めておくのが苦しい。それは嚏や吃逆と等しかった。真夏の自然災害的な猛暑に放り出されたときのような反応だった。祭夜に対する情動の噴火を体内に留めておけない。
「好きだよ……大好き、祭夜ちゃん」
彼はうん、うんと、相槌を打って、背を摩る。雨が降り続いている。祭夜の腕の中でも。
身体は体液と加糖煉乳でべたべただ。髪も乱れて絡まり、化粧はほとんど落ちている。しかしせっかくの叔父からの誘いだった。
「うん」
「何か夕飯買って帰ろうか。暑詩はキャンプだろう?」
「そう。叔父さんのところにも、写真来た?」
弟が友人たちとキャンプを楽しむ写真が何枚か端末に送られてきている。
「来たよ。写真でみると楽しそうだけれど、ボクはだめだね」
夏霞は叔父の前で平生の様子を繕っていた。大恩がある。
「やっぱり一旦帰ろうか。汗かいただろう。夏の1日は長いからね。焦ることはないよ」
カチカチとウィンカーが鳴っている。自宅のある方角へ曲がる。高校生時代の夏休み、よく通った図書館の横を通る。あの呪縛から、やっと解放されたのだ。いやな渋みを残して……
自宅でシャワーを浴びると気怠るい感じも一緒に流れていった感じがした。髪を乾かして巻く。化粧も薄らとのせた。一息吐く。
「今日はカレくんは用事だったのかい」
まだ運転があるため、叔父はソファーに身を預け酒ではなく炭酸飲料を飲んでいる。
「朝からわたしが用あったから。今日は会わなくていいかなって」
「そう。ここのところほぼ毎日会っていたんだろう?それなら今日くらいは夏霞を借りてもばちは当たらないね」
ぐびぐびとグリーンの缶が傾けられる。
「急にどうしたんですか、ドライブだなんて」
「浮かない顔していただろう?夏霞。カレくんと何かあったのかと思ったけれども、そうでもないみたいだね。こういうときは気分転換が一番さ。行こう。走れば忘れるよ」
叔父に連れられ、大都会の高速道路を走る。夏といえどもすでに空は暗くなっていたが、不均一な高さのビル群によって地上はまだ明るい。大きな河川の向こうには工場も見え、それが孤島の観光地のようでもあった。夏霞はそれらを後部座席から眺める。小さなラジオが心地良い。物思いに耽けることもなく、ぼんやりとしていられた。夜景が流れていく。
「暑詩は今頃星空の下でカレーだろう?」
「BBQじゃないんでしたっけ?」
キャンプと聞いて各々象徴的な夕飯を挙げた。
「そうかい?暑詩がお外でキャンプカレーならボクらも外でカレーを食べられる専門店に行こうと思っていたのだけれど、それなら焼肉屋のほうがいいかな?」
「カレーにしましょう。さっきの聞いて、わたしもカレーが食べたくなっちゃいました」
叔父は淑やかに笑った。何かに傷付いて息の詰まっていたものが解消される。忘れてしまった。痞えばかりは。
◇
自宅まで迎えにきた祭夜と会った瞬間、彼は両手を合わせて哀れっぽく目を瞑る。
「どうしたの?」
「ゴメン、夏霞ちゃん」
頭を伏せて銅線みたい色の抜けた毛が混じる旋毛が見えた。
「何かあったの?」
雰囲気からいって別れ話のような重大なものではないようだ。しかし会って早々謝られるというのは不安である。
「ダブルデート断れなかったの。ゴメン!一緒に、来てくれる?」
一緒に行かないという選択があるのだろうか。それを選択できたとしたら、舞夜と水郷のカップルに祭夜が単体で同行するということか。
「分かった、いいよ。顔を上げて、祭夜ちゃん」
叔父と弟もまだいる自宅の玄関先で恋人を抱擁する。
「朝からおアツいね。話は聞かせてもらったけれど、いいのかい?」
ぬっと後ろから叔父が現れる。祭夜は血相を変えた。
「お、お、おおお叔父さん」
「カレくんも分かっていると思うけれども、夏霞は可愛いよ。浴衣姿なんて尚更だ。一緒に行く女の子が可哀想ではないかい」
「お、おっしゃるとおりで!」
「ちょっと、叔父さん!」
夏霞は顔を真っ赤にした。水郷の美少女ぶりを知る祭夜の前では処刑に等しい。
「相手の子、高校で一番可愛かった子なんです!もう、恥ずかしいからやめて!」
「高校一可愛い?馬鹿を言うんじゃありませんよ。夏霞は世界一かわいいんだからね。そうだろう?緋森くん。相手カップルのカレシもライバルにする覚悟があるというのかい」
「はい!まったくそのとおりで」
「よろしい。君もまだ若いからね。若い女の子が何人もいれば目移りするのも分かるけれど、こんなかわいい夏霞を捕まえておいて、他の小娘の尻を追っかけたり、訳の分からない男に夏霞が追われてたりなんかしたら許さないよ。緋森くん。ボクをその点に於いて、これっぱかりも心配させないでおくれね」
叔父は不敵に笑うと祭夜の肩を叩いて出掛けていった。祭夜の焦った貌が戻っていく。
「オレは、ホントに、夏霞ちゃんのコトしか見てないよ」
「うん」
「夏霞ちゃん」
「好きだよ、祭夜ちゃん」
手を握り合って数度唇を当て合う。まだ家には弟がいる。
「暑詩くん、わたし行ってくるからね」
叫ぶと、暑詩の返事があった。祭夜の運転で彼の家に移動する。部屋に入って暫く雑談を交わしていた。天気予報はこれから雨だった。家事を手伝い、一段落したところで祭夜の火照った身体に求められる。
「かすみちゃん……」
名前を情欲にのぼせているように弱々しく呼ばれる。遠慮と欲求の間で揺れ惑っている。
「しようか、祭夜ちゃん」
「いいの?して、いい?したいよ、夏霞ちゃんが怖くなかったら、ひとつになりたい……」
祭夜は液体のように彼女の背中に纏わりつく。
「なろっか」
彼がこくこく頷くのを肩や髪で感じた。硬い毛先とぶつかるとしゃりしゃり鳴る。振り向いて姿勢を低している祭夜の唇を奪う。互いに抱き付いてベッドまで後ろ向きのまま誘導される。彼の腕に体重を預け、ゆっくりベッドに転がされる。
「夏霞ちゃん……オレの心臓の音聞いてほしい」
腕を取られ、掌は祭夜の胸元に添わる。鼓動が伝わった。少し速い。夏霞の胸の響きも昂っている。張りのある肉感も堪らない。
「夏霞ちゃんにいっぱい遊んでほしい」
ふたたびゆっくりと口付ける。吸い合ってから、内部で縺れた。甘く瀞む。控えめに加わる体重が心地良い。濃密なキスに没頭した。
「んっ……ッ」
「かすみちゃ…………、自分で触っても、いい?」
「だめ」
「もぉ、出したいよ。夏霞ちゃ…………触りたい。お腹の上に出したいよぉ…………」
利き手が己を擦るか、恋人を愛撫しようか迷っている。可愛らしいねだりに夏霞も頷きたくなってしまう。
「わたしが触るから、だめ」
話しながら口付ける。彼はあうあうと喘いでいる。
「触って、くれる…………?」
「触らせて。お腹の上に出したいの?」
がくがく首を落とすように祭夜は頷く。夏霞は服を捲った。素肌を晒す。キスだけで燃え滾っている芯を布から剥いていく。細い指が絡む。
「あぅっ、かすみちゃァ………あっぁ、」
接した瞬間に彼は腰を小さく揺らした。
「かわいい、祭夜ちゃん」
「まだ、チュウしたい。チュウしながらがいい………」
2人は起き上がった。夏霞はボトムスを脱ぎ、下着姿になった。向かい合って膝立ちのまま祭夜を扱く。彼はぷるぷる小刻みに震えながら必死にキスをする。淫靡な水音が上からも下からも聞こえた。手淫に追い込まれた息が夏霞の頬を吹き抜けていく。
「きもち…………っ、かすみちゃ………きもちぃ……!」
互いの口元から銀糸が垂れ続ける。夏霞は緩急をつけて手筒を上下する。それは祭夜の肉体を慰めるためだけではなく、夏霞自身、掌の感触や扱き方によって変わる祭夜の反応が愉しかった。
「かすみちゃ、かすみちゃん、かすみちゃぁぁ……!」
ぐいと引き寄せられ、臍の辺りに祭夜は爆ぜた。
「ぁ……っぅう、」
甘えた声が可愛らしく、夏霞の中に加虐心が湧いてしまった。ぴゅるっ、ぴゅるるっと精を放ちながら微かに軋んでいる熱塊をさらに摩擦した。情けなく腰を前後してしまう情けない恋人の姿に、彼女は心臓が沸騰したかのような熱さを覚えた。
「か、すみ、ちゃっ!あぐッ、ぁあ、だめそれ、やだ、あっ!あぅう!あっ!それやら、やら、やっ!」
この後何がある。探究心が夏霞に灯った。両手で祭夜の弱いところを虐げる。片手で支え、掌の窪みで先端の李を抉る。
「やだよ、やだ、やだやだ、かすみちゃ、出ちゃう、出るっ、んぁっ、!」
「何か出る?」
「汚しちゃう、汚しちゃうよ、汚しちゃうから、あひっ、あアっ!」
水音が増していく。ディープキスや射精前の音とは違った。叫び方も異なっている。
「怖いよ、許して、かすみちゃ、出る、出る、嫌いになっちゃヤぁ!あぁあああああッぅう!」
悲鳴が聞こえた。霧が起こったかと思うと粘度のない液体が夏霞に飛んだ。誤って放水されたかのようだった。ぶるぶる、がくがく、と長いこと身体を引き攣らせている。
「ゴ、ゴメ………ゴメン、かすみちゃ………オレ、」
恍惚に占められた目は虚空を見ている。しかし手は夏霞を縋っていた。腹から滴る白濁に謎の透明な液体が重なった。
「かわいい、祭夜ちゃん」
恥ずかしがり、顔を覆う両手を剥がして祭夜の顔中にキスする。
「こんなの恥ずかしいよ。男の子なのに潮吹きなんて……」
「すごくかわいかった。大好き」
「オレばっか、気持ち良くなってる………」
「わたしも祭夜ちゃんが気持ち良くなってるところ見られて楽しかったよ」
互いに手を握り、キスをしながら話す。祭夜は不服そうだった。恋人の腹を伝う自分の快感の残滓を彼は拭っていく。下着に染み込んでいる。
「オレ、カッコよくなりたいのに……」
「祭夜ちゃんカッコいいから大丈夫。これ以上カッコよくなっても困っちゃう。かわいい祭夜ちゃんがいい」
これから、セックスに及ぼうというときだった。目交ぜはそう告げていた。しかし部屋のドアがノックされる。祭夜は蕩けていた顔を一瞬にして引き締め、夏霞を背に隠してしまった。こういうところだ。彼のこの表情や空気感の切り替えの速さに貫かれて抜けなくなっている。
「誰?」
『俺だ。邪魔しているから』
「ああ、舞夜くんか。気付かなくてゴメン」
足音が去っていく。夏霞は彼の背中を吸った。汗の味がする。
「ど、どうしよ……」
「したい」
舞夜はもう幻想から冷めたに違いない。高校時代から執着していた女は5年分老いていて、望みどおりに交際し結婚したところで10年でも20年でも30年でも経てばその分老けるのだ。それをあの男は考えていなかったのみならず、向き合えず突きつけたところで受け止めることもなかった。彼はもう、ただの祭夜のいとこであり、恋人の親戚に過ぎない。
「声抑えてするの?興奮する」
「祭夜ちゃん、わたしの口押さえててくれる?」
ベッドがぎしりと喚き、2人は寝転んだ。夏霞の口元を大きな掌が覆う。
「なんか、いつもと違くて興奮する」
片手で胸の頂を捏ねられる。もどかしい快感が咲く。腹の中が疼く。
「ふ………ぅんっ」
「こんなコトしてる相手が、オレでよかった。怖いケド、コーフンする……」
指で責められなかったほうの媚粒も唇で甘やかされてから軽く噛まれてた。
「は、ぁ………んっ……ふ、」
広く浅く起こる気持ち良さと同時に寂しさがほんのりと現れる。祭夜を放せなくなる。腰が動き、脚は死にかけの蝉みたいに祭夜を捕まえる。
「夏霞ちゃん?」
「もう………挿れて」
「でも久し振りだよ?ちゃんと慣らす」
まるで無理矢理犯しているような体勢は新鮮だったが、祭夜の態度は変わらない。相手の身体を気遣う。それでも夏霞の要求どおりに下着の中に手が入った。指先が秘弁のところで滑った。程良い潤みを知られてしまう。
「夏霞ちゃん、感じてくれてた?」
掌の肉感の下で彼女は首肯する。
「嬉しい」
赤みの強いオレンジ色のショーツを履いたまま、祭夜の指が蜜液の中を潜って彼女の中に入ってきた。
「ぅ……っんっ、く、ふ……ッ」
「ゆっくり動かすね」
彼が恋人の性感帯中の性感帯といえるポイントを心得ているのか、夏霞が恋人に対してはあらゆる場所を性感帯にしてしまうのかは分からなかった。指淫は緩やかでも早々に絶頂直前まで持っていかれてしまう。
「祭夜ちゃんの、も………ほしい。祭夜ちゃん、来て、祭夜ちゃん…………」
祭夜の掌を舐めて吸った。彼の目付きが変わっていくのがよく分かった。高校の時分では知らなかった欲望がこの夏に芽吹いて、順調に育っている。恥じらいはあるが、祭夜は軽蔑しないという確信が根深く彼女の中に張っている。彼でしか起こらないことで、彼にしか解消ができない。
「夏霞ちゃん………ゴムするから、待って」
「そのままでも、いいよ……祭夜ちゃん…………」
「だめ」
避妊具の装着し終えた手を夏霞はまた掴んで自分の口に乗せると体温を重ねた。何段もフリルの付いたショーツが片足から抜ける。そして、大きな熱が迫ってきた。
「さ、やちゃ……ぁふっ、ぅんっ」
「声、だめ………ぁっあ、」
瀞肉が柔らかく、しかし狭く祭夜を引き絞る。彼がわずかにでも腰を離そうとするのを許さない。
「ぅ、んっ、んっ、んんっ、ふ………」
「夏霞ちゃんも、興奮してる?」
睫毛に涙が絡む。こくりと頷いた。彼に乱暴されているような疑似体験をしながらも恐怖感はまるでない。肉体の本能だけを働かせていて、防衛本能と理性は結託し、ただ快感を抽出している。セーラー服を着せて弄んだ男たちのことを嗤えない。
「ぁ……っ、オレの声が出ちゃう。夏霞ちゃんのナカ、気持ち良くて………あっ、」
「っん、ふ、ぅ………っんぁ、さやちゃ……」
祭夜は夏霞を熱っぽく見つめたまま腰を打ち付ける。夏霞は慕情だけでなく自らの肉体までもが短い間隔にもかかわらず離れようとする彼を追い縋っていることに気付く。距離の数にも入らない遮膜を寂しく感じたことはない。この薄い膜の存在こそが祭夜からの誠意と好意だった。
「かすみ……っ、そんな締め付けちゃ、だめ、」
腰がさらに速まっていく。言葉に反して彼は快感を貪った。それが夏霞にも響いてしまうのだった。奥を突かれ、悦楽が積み上げられていく。
「ぅんっ……ぁ、ふぅぅ………さや、いいよ、さや、さや、さやぁっ!」
「だめ………、かすみ………ナカ、溶ける………っ!」
声を押さえるのを忘れていた。脚は彼を離さない。ベッドの上を激しく弾む2つ重なった肌がぶるるっと戦慄し、徐々に静かになっていく。スキン越しの脈動。夏霞の四肢が投げ出される。
「すごく気持ち良かった」
「わたしも、気持ち良かった。ありがとう、祭夜」
彼はぼんやりした眼のまま彼女にキスをする。
「お風呂、入る?」
「いとこさん来てるんでしょ?」
「じゃあタオル持ってくる」
夏霞は寝転んだまま祭夜の部屋から出ていく背中を見送った。かりかりとドアが鳴る。猫だろう。それから目の前の廊下で慌しい追いかけっこの足音が聞こえた。そよ風に似た眠気がやってくる。散々乱したシーツは祭夜の匂いがした。そのうちに聞こえてくる雨音に誘われ、夏霞は眠った。
「そろそろ起きて、夏霞ちゃん。カゼひいちゃうよ」
冷気の中の温もりがまだ眠気を感じさせるが彼女は目を覚ました。タオルを掛けられている。
「ごめん、寝ちゃってた」
ベッドすぐ横の窓の外は大雨だ。
「疲れちゃった?」
夏霞は返事を躊躇った。顔を赤くする。
「祭夜ちゃんと抱き合うの、気持ち良かったから………」
祭夜の頬も紅潮する。
「ちゃんと拭いて。着替えよ?」
蒸しタオルを渡されて、夏霞は身体を拭いた。服を着てシーツを剥がす。新しいシーツがすでに用意されていたため、彼が洗う物を下に運んでいる間に恋人の寝床を整えた。紫の空と大雨を眺める。
「夏霞ちゃんさぁ」
油断していた。驚きのあまり肩が跳ねる。
「な、何?」
「ビックリしちゃった?ゴメンね。舞夜のコトだよ」
一度目の驚きによって動揺はおそらく上手く隠せた。祭夜の口からいとこの名が出るたびに苦しくなく。喉のあたりに痛みはないくせ呼吸を妨げる腫物でもあるかのようだ。
「いとこさんが?」
平静を装う。内心、何を言われるのか冷水をぶちまけられた心地しかしない。
「高校時代、全然喋んなかったんでしょ?Wデートも行くし、お互いちょっと打ち解けておいたほうがいいのかな~って思ってさ」
彼の態度は白々しい。そう言われて断るのは祭夜に悪い。
「でも水郷さんのいないところでいとこさんと話すの、水郷さんに悪くない?」
上手いことはぐらかした自覚が彼女にはあった。恋人も得心のいったような表情だ。
「そうだね!知らない間に知り合いになってるのいい思いしないよね」
「それにいとこさん、あんまりわたしのこと、得意じゃなさそうだし」
「あ、なんかイヤな態度されちゃった?夏霞ちゃんの所為じゃないからね、それ。舞夜くん、昔から人見知り激しくてさ。夏霞ちゃんはとっつきやすいと思うケド」
あの男が人見知りだという。第一声は非常に馴れ馴れしかった。若い女、それもいとこの恋人という手近な女には鼻の下を伸ばすらしい。しかしもう終わった話である。同じ高校の別学科の美少女・水郷の現在を夏霞は知らないが、初めから老いない、老いるという認識も概念もない女と付き合えばよかったのだ。
「そう。よかった。わたし、いとこさんに何か悪いことしちゃってたのかと思ったから」
一切会話も交わさなかったように振る舞う。実際会話らしい会話をしたことなど数えるほどしかない。夏霞の中で覚えているのは祭夜が練習に参加していないという話程度だった。
「ちゃんと、高校のときに紹介しなくてゴメンね。舞夜くんってカッコいいし、すっごいモテるからさ……夏霞ちゃんに知られたら、オレ、フられちゃうかもって思って。舞夜くんもオレがいとこだって知られるの、嫌かと思ったからお互い黙ってたんだ。一部の人は知ってたと思うけど」
「要らない心配だったね」
夏霞はくすりと笑む。
「うん。夏霞ちゃん!夏霞ちゃん、夏霞ちゃ~ん」
彼は夏霞の腕を掴んで体当たりを繰り返した。
「いつだっけ?浴衣出しておかなくちゃ」
紅色に大きな蝶が入った浴衣だ。
「高校の時の?」
「そう」
「へへ、楽しみ」
彼の笑顔は数年前のままだった。老いることに連なり変わることを恐れている。祭夜の肉体は少し逞しくなった。車を運転中の横顔も凛々しい。サッカーボールを蹴っていた頃とは違う。喋っている時の気の遣い方も上手くなった。それでいて、まだあの時のあどけない笑みが残っている。外は雨だ。ふと夏霞の胸にもスコールが起きる。
「祭夜ちゃん」
困惑するだろう。心配するだろう。分かっていながら止まらない。彼なら許すだろう。甘えとも信頼ともいえない安堵感がさらに背中を押す。彼女は祭夜にしがみついて泣いた。声を殺そうにも嗚咽は止まらなかった。独りで目を拭っていた頃よりも泣くのが下手になっている。
「夏霞ちゃん?」
彼が発したのはそれだけだった。夏霞を引き寄せ、頭を撫でる。肩を辿り、腕を摩り、背を包む。
「ごめん、急に泣いちゃって」
「そういうこともあるよ」
「嬉しくて。悲しくはないの。祭夜ちゃんのこと好きだなって思って。すごく嬉しくて幸せだから、あの頃のこと、もっと大事にすれば良かったって思っちゃって」
顔を上げた夏霞を祭夜はさらに近くまで引き寄せる。
「あの頃に夏霞がそれを選んだってコトは、夏霞が壊れないために必要な時間だったんだと思う。それで今オレのトコに今の夏霞があるなら、あの時のオレは嫌がって反対して引き留めたかも知れないケド、今のオレはあの時の夏霞の決断、褒めたいくらいだよ。ゴメンな、オレがもっと夏霞の離れできてれば良かった。あの時の夏霞に、今のオレがお礼言うよ。ありがとう、昔の夏霞。オレに今の夏霞をくれて」
恋心も寄せられる。ただ恋心では足りなかった。性欲も抱ける。だが性欲が鎮まっても切り替わらない。依存に近い。しかし足を引っ張りたくはない。大切だと思ってしまった。恋心や性欲や依存を包んでしまうような切なさが胸に灯って消えなくなってしまった。
「祭夜ちゃん。好き。大好き」
言葉にすると軽くなりそうだった。声量でも語彙でも伝えきれない。だが言わずにはいられなかった。留めておくのが苦しい。それは嚏や吃逆と等しかった。真夏の自然災害的な猛暑に放り出されたときのような反応だった。祭夜に対する情動の噴火を体内に留めておけない。
「好きだよ……大好き、祭夜ちゃん」
彼はうん、うんと、相槌を打って、背を摩る。雨が降り続いている。祭夜の腕の中でも。
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