18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」

結局は俗物( ◠‿◠ )

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蒸れた夏のコト 全36話+α(没話)。年下男子/暴力・流血描写/横恋慕/高校生→大人 

蒸れた夏のコト 18

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 夏霞かすみ風薫ふうがと見つめ合っていた。
「おいたん、セックスはしたくないけんど、女の子には、興奮するん。幼馴染だけんど、幼馴染だからかな。あんな小さな女の子が、こんな綺麗な女性になってた。時間の流れってものに切なさとか感じながら、過去を知ってる人って、何故だか安らいで、おいたん、すみみんに踏み込みたくなった」
 生まれてこの方2人目の真剣な愛の告白を受けているようで目を逸らしてしまった。幼馴染を相手につまらぬことを感じた自分を彼女は恥じた。
「すみみんの負けっすわ」
 張り詰めた空気を一刀両断し、彼は白い歯を見せた。
「もう!」
「でも冗談のつもりじゃないよ。おいたんのこと、利用して。カレシのこと好きで好きで堪らなくなって寂しくなったときはさ……おいたんが代わりになるで」
「フーガくんを代わりにできるわけないでしょ」
 彼は首を捻る。
「ちょっと抱き付いて試してみ?」
「い、いいよ……それに、体格の問題じゃないし…………」
 風薫はさらに距離を詰めて正座した。
「お祭りのときに見たときは結構体格同じくらいだと思ったんだけんどもね」
 両腕を開き抱擁を待っている。夏霞は首を振った。
「試さないから。フーガくんのこと前にしてるのに祭夜さやのこと考えるの、失礼だよ」
「いいよ。おいたんは構わんで。おいたん、すみみんがやりたいようにやってくれるのが一番だからの」
 善意に乗っかった。夏霞は風薫に抱き着く。元恋人と背格好は近いが、肉付きは違った。風薫は華奢で骨張っている感じがある。背に回す手が戦慄き、肘も肩もぎこちない。
「力抜いていいんだで」
 密着しそうでいて不安が拭いきれず、身を委ねきれない。綱渡りをしているときのような緊張感が関節で凝り固まっている。
「こういうこと言うと変だけど、なんだかまだ……あの人と付き合ってるみたいで…………」
「じゃあ、慣れてこうや。少しずつ、すみみんの中のカレシと別れていこ。おいたんで、練習して」
「練習って………なんか、恥ずかしいし、そんなの、フーガくんに、悪い」
 彼は軽快にからからと笑った。抱擁が強くなる。
「すみみんは昔から遠慮がちだなぁ。いいのに。おいたんのこと、そうやって考えてくれてる。だからおいたんも、すみみんにまた前向いて歩き進んで欲しいんだ。これはおれのエゴ。だからすみみんは気にしなくていい」
「ごめんね。カレシのこと考えながら、別れてすぐ、他の男の人とこんなことして………はしたなくて、イヤになる」
 元恋人のいとこに陵辱され、未成年に暴かれた記憶がコマ送りで脳裏を過ぎる。シャッター音がまだ耳に残っている。
「すみみん。ちゃんと傷付いてみよか。ただ傷付いたことと向き合お。誰が悪いとか、誰に悪いとか、自分がどう悪かったから仕方ないとか、それは置いといてさ。今は、自分が傷付いてるかどうかだけ、考えよ。おれも結局色々な女の子 たぶらかしてたろくでなしなんだから」
 酔いはまだ残っている。しかし理性を呑むほどではなかった。感情は不思議と凪いだ。悲しみと安心感がせめぎ合っている。まだどこか内心疑っていた、破局の二文字をいやでも実感してしまう。相手を慮りたい気持ちが無いわけではなかった。それよりも誤魔化しきれなかった息苦しさが上回る。
「ごめん、ホントは嘘言った」
「嘘?」
 風薫の訊き返す声音は優しい。夏霞は彼の肩の上で首肯する。
「本当はね、乱暴されたの―」
 強姦、脅迫、撮影、心中、少しずつ、ゆっくり吐き出した。言葉が詰まり、感情が黙らせにかかっても、話し続ける。小さな相槌をしるべにどうにか語り終えた。風薫は、彼等の人生ともう交わらないはずだ。
「じゃあ夏霞、何も悪くないだろうが………」
「分からなくなっちゃって。脅迫に反応しちゃったわたしが悪いのかなって。それにこんな話、他の人にできるはずなくて、フーガくん、こんなに真摯にわたしのこと考えてくれてるのに、ごめんなさい………嘘吐いて」
 横に首を振るのが分かった。髪が擦れ合う。
「誰にでも言える話じゃないだろう。おれに話してくれてありがとう」
「ちゃんと、傷付いていい、って………言って、くれたから」
 突然ぼろりと涙が落ちた。風薫の身体が離れ、手慣れた畳まれ方をしたティッシュが目元に当てられる。
「暑いときは暑いって叫ぶだろ。暑さなんかどうにもならなくたって。あんな感じでいいんだわ」
 彼女は頷いた。
「帰ろうか。送るよ。朝はバイト入れてから昼からさ、遊ぼ。連絡入れる」
 風薫にもう一度軽く抱き締められた。それは別れを惜しむ挨拶のような感じがあった。そして彼は冷蔵庫を開けて開封済みの小さな袋を渡す。
「あの酒でその酔い方は二日酔いになるだろうからよ。ラムネ、効くで。あげるから明日食べると良かんべ」
「ありがとう」
 まだ半分ほど入っている錠剤のような菓子を袋越しに揉む。優しく清廉な態度の幼馴染に醜態を晒したのが恥ずかしくなった。




『夏霞さん。落ち着きましたか。家に帰れていますか』
 夜になって深い眠りの中にあったところを未成年……男子高校生………―瑠夏から電話があった。小さな頭痛が起こっている。ラムネを齧った。
「もう祭夜とは別れたから、あの画像、消してよ」
『寝起きですか』
「もう疲れちゃって。消してくれないのなら、あなたが拡散して、わたしが訴えて、共倒れになろう?祭夜ちゃんには悪いけれど、祭夜ちゃんもわたしのこと、こういう女だったって諦めてくれるだろうから」
 ラムネを齧る。甘酸っぱさが溶けていく。有名なメーカーのロングセラーのラムネだ。
『祭夜さんに、送っていいんですか』
「本当は嫌だけれど、もう別れているし。祭夜ちゃんがわたしのことまだ好きだったら、また、踏み留まっちゃうだろうから」
 元恋人はそういう人だ。首を絞めるものは真綿ではなく麻縄がよい。針金だとなお良い。心苦しいが、明日からまた祭夜の姿のない別の夏季休暇が始まる。
『夏霞さん』
「もう電話してこないで。望みどおりわたしは誰のものでもなくなった。祭夜ちゃんにだけは迷惑かけないでね。もうわたしとは関係無いんだから」
 通話を切る。端末に新たなメッセージが入っていた。風薫からだ。
[酔い大丈夫?また明日遊ぼー。二日酔いドイヒーだったら今度ね!無理はナシで笑]
 詫びと感謝、内容の返信として適当な内容を打ち込む。風薫と遊ぶならば叔父や弟に破局のことは伝えたほうがいい。男女という性を意識する前からの幼馴染であっても、今は男女である。男女が2人きりになれば疑心を抱いてしまうのは悪いことではない。むしろその疑心が真っ当なこともある。叔父は祭夜を憎からず思っている様子で、性格の似ている弟もよく懐いていた。



 風薫の家でクーラーに冷やされながら映画を観る。俳優人気やストーリーのキャッチーさで売れたというよりは芸術的な側面の強い映画だった。夏霞はテレビの前、ソファーとローテーブルの間に座りそれを観ていたが、家主は趣味で粘土を捏ねている。シルバーアクセサリーを作っているらしい。ドライブにいくつもりだったようだが、彼は夏霞の二日酔いを見抜き急遽家で過ごすことになった。遮光カーテンを閉め切ってテレビと間接照明だけ光っている。小さな作業の音と、映画の音声ばかりで彼女たちには会話がなかった。しかし険悪なわけでもない。
 映画が終わる。家主がカーテンを開けた。日当たりのよい部屋だった。
「画面酔いとかしなかった?」
「それは大丈夫」
 出されたレモネードに挿さるストローを噛む。風薫の生活は意識が高い。このレモネードは手作りだという。部屋の装飾品も大半は自分で材料を買ってきて作ったと言っていた。シルバーアクセサリーを売る喫茶店を開きたいのだという。
 風薫は粘土を片付けて手を洗うと夏霞のすぐ傍にあるソファーに座った。
「すみみん、来て」
 彼は膝を叩くが、夏霞は隣に座った。肩にくたりと青みを帯びた黒髪を預けられる。
「すみみん………昨日のすみみんが頭から離れなくてさ」
 彼女の頬がさっと赤く染まる。
「また抱き締めたい。いいかな」
 迷いはあるが頷いた。祭夜のことを忘れたい。後ろめたさを。だが風薫が包み込むような優しさで腕を伸ばしたとき、思わず夏霞は逃げてしまった。
「あ、あのさ、わたしフーガくんのこと……幼馴染だと思ってるけど、わたし、カレシと別れてもうカレシの姿も見てないから………フーガくん、幼馴染なのに、もう大人で、男の人で、わたしの知らないところいっぱいあって、わたし…………フーガくんのこと、好きにならないとは限らないんだよ?」
 祭夜でなくても好きになれてしまう。それは安堵と期待であり、同時に不安と罪悪感の芽でもある。呆気ない恋愛だったと認めるのは恐ろしいことだった。
 黄味の強い赤い唇が苦笑した。夏霞はすでに薄い身体の中に引き込まれている。
「好きになっていいよ。好きになって。おれのこと好きになれ」
「でも、女友達に好かれて困るって………」
「夏霞は別。おれのこと、好きになりそ?」
 あまり筋肉質ではなかった。彼自身の体温がすぐに伝わってくることはない。
「結局恋愛って、近くで見えて、声聞けて、言葉交わせて、身体の接触なのかもって………フーガくん、わたしのために真剣にやってくれてるのに、わたし………祭夜ちゃんのこと、忘れちゃうの怖くて。でもこんなこと繰り返してたら、もしかしたら、祭夜ちゃんのこと忘れて、フーガくんのこと、好きになっちゃうかも知れない…………」
「それならそれで、いいんじゃないん?悪いことじゃない。見た目のタイプもあるだろうが、恋愛ってタイミングと錯覚だから。運命の相手なんてないんだよ。どれだけ好き合って、想い合って、愛し合った素敵な恋愛でも」
 外れた声や素っ頓狂な態度は故意なのだと知る。
「フーガくん?」
「夏霞がおれのこと好きになってくれるなら、おれも恋愛、してみたいな」
 ソファーの座面に押し倒される。夏霞は目を見開いた。窓から入る眩しさを背凭れが遮り、風薫の姿は逆光する。
「フーガくん………」
 顔を触られるか、髪を撫でられるか、無理矢理キスされるのか、それか胸を揉まれるか。幼馴染のはずが、知らない牡の貌をしている。怯えが彼女の表情に滲む。すると、幼馴染に戻った。
「夏霞のことを痛め付けた悪い男みたいにはならないよ。怖いよな、ごめん」
 彼は起き上がった。そして夏霞が身を起こすのも手伝った。
「思わせぶりなこと言ったわたしも悪いから」
 座面に置いた手に手が重なる。
「夏霞は悪くないよ。もしそうでも、いきなり女の子に乗っかるのは暴行だよ。こうやっていきなり手とか握っちゃうのも」
 しかし風薫に手を握られても不快感はなかった。むしろ安堵がある。昔だけでなく、人に言えないことまでも知っている。そういう相手がいる。自分の存在を実感した。きちんと輪郭があることを知る。
「昨日の夜ね、わたしを脅してる人から連絡あったんだ。祭夜ちゃんに、もう裸の画像、送られてるかも。でも、フーガくんと話せてちょっと楽になったんだ。独りじゃないんだって」
「そう思ってくれたなら、まず良し。でも大丈夫なんかい?」
「うん。祭夜ちゃんも、もうわたしみたいな女は諦めてほしいから。恥ずかしいしつらいけど、でも、あの人にはどうしても幸せになってほしいから、前に進まなきゃダメなんだ。わたしと別れて清々したって思ってもらわないと」
 彼の握る手が小さく動く。最初は温度を感じなかったが、重ねたままにしていると疼きが起こる。
「それは嘘じゃないんだろうけど、よく分かったから、すみみんは今すみみんに強がりなさんな」
 今度は夏霞から上に被さる指を握った。爪の感触だけを頼りにする。どこか一点に集中していないと身体が雲散霧消してしまいそうだった。
「本当は嫌われたくない。あんな気持ち悪い写真見られたくない。わたしのこと見限って、わたし以外の人と付き合ったり、結婚するのとか、本当はすごくヤダ。そのうちお父さんになって、わたしの知らない人になっちゃうの、すごく寂しい。別れたくなかった。会って話したかった。最後にちゃんと抱き締めたかった」
 骨張った腕と身体に包まれる。彼の細い肩口に額を預ける。微かな頭痛がする。
「大好きだったんだもんな。そりゃそうなる。それでいいんだ。おれの前ではあんまり自分のこと責めんな」
 筋肉はついているが特に積極的に鍛えているわけではないらしい腕に縋る。祭夜に夢中になる資格を失ったなら、この優しい幼馴染に、優しい男に成長した幼馴染に身を委ねてしまいたくなる。そしてやはりその考えで自己嫌悪に陥る。
「もう、大丈夫」
 夏霞は彼の腕を押し返した。同時に端末が鳴っていることに気付いた。祭夜の番号を消していない。猥褻な画像を送られたのではあるまいか。
「出ないん?」
「で、出る………」
 端末に手を伸ばす。ディスプレイに表示されたのは「るか」である。風薫は気を利かせたのか夏霞から離れた。
「もしもし。何………」
『まだ着信拒否されていないんですね。嬉しいです。夏霞さん。会いたいです。会いたいです、夏霞さん。どこに居るんですか?どこに行けば会えますか。ねぇ、舞夜さんから聞きました、この前の話。舞夜さんの妹さんとは仲良くさせてもらってましたけど、舞夜さんはサイテーです。貴方を殺して自分も死のうだなんて。だから舞夜さんとはもう関わりません。安心してください。夏霞さん、会いましょう。貴方を犯すペニスはもうありませんよ。夏霞さん、僕と会ってください。夏霞さん』
「困る……会いたくない。わたしもうあなたたちとは関わりたくない」
 傍にいる風薫に聞こえないように努めて小声で話した。
『僕は会いたいです。この前の酔っ払った姿じゃ満足できません。舞夜さんとはもう連絡しません。会ってくれたら祭夜さんに変な画像送りませんから。消します。一回会ってくれたら消します。会ってください。祭夜さんに訊きに行ってしまいそうです。会いたい』
「祭夜ちゃんに迷惑かけないで……!会ったってどうせまた、脅す材料増やすだけでしょう?わたし、もうああいうことしたくない。あなたは高校生なの。自分の立場を分かりなさい」
 耳に当てていた端末が手から擦り抜ける。
「ごめんな、夏霞は今おれと付き合ってるんだわ。他人ひと恋人おんなに気安く電話してこないでくれるけ」
 風薫は端末を押した。返される。
「もしかしち、違う相手だったかぃや?」
 夏霞は顔面を強張らせながら首を振る。
「えっと……」
「さっきのは方便で……あんまり深く考えなさんなな。余計なことしてごめん」
「ううん。あれくらいが、いいのかも」
「高校生なんかい?相手」
 風薫に話したのは元恋人のいとこのことだけだ。先程の電話の相手は未成年だ。高校生だ。表沙汰になれば、まだ自分の責任もとれない子供の未来を潰しかねない。
「実は2人いて……フーガくんに話したのは、わたしと同い年の祭夜ちゃんのいとこのほうで…………」
 元恋人の親戚であることも言っていなかったような気がした。
「高校生だから、黙ってた?」
 夏霞は躊躇しながらも頷いた。
「その子にはカラダ……触られて、舐められたくらいで、その………挿れたりは、されなかったし…………」
 医者や警察、弁護士でもない異性に何を相談しているのだろう。無意識に身を縮めていた。
「ごめんね、また……こんな話」
「こんな話、で、収まるほど小さな話じゃないだろうが。2人いたって………しかもそれ、カレシのいとこだったって………」
「大丈夫。フーガくんが一喝してくれてすごく嬉しかったよ。やっぱりわたし嘘吐きだし、人と付き合うとか向いてないし、恋人とか重いなもういいかなって思った。これからは、自分ひとりで生きていけるように頑張る」
 風薫の前から消えたくなってしまった。真摯な対応で優しく接した幼馴染に隠し事をした。伏せていた。まだ親の保護下にあるような高校生の子供に、触られて舐められて肉体は悦びに悶えていた。そのこともきちんと述べなければならない。それを述べずに赦されなければ赦されたことにはならない。ただ事実をひた隠した卑しい女になる。しかし口がそれを言わせまいとしている。それでいて、言ってしまえ、幼馴染も失えと囁く声もある。
 視覚では得られないものを冷涼な感じの目で凝視されている。夏霞は必死にその眼差しに応えようとした。逸らしてしまいそうになる。
「まだ何か迷いを………感じた。言いたくなければ、言わなくていいんだけど、さ」
「言いたく………ない」
「分かった」
 テーブルに置いた彼女の端末がまた振動した。あの子供の名前が表示されている。
「出る?」
「出ない」
 振動が止んだ。かと思うと、またすぐに振動した。それが3回続く。
「着信拒否にするかぃ?」
「やっぱり報復が、怖くて。祭夜ちゃんに、迷惑かけるんじゃないかって………電話に出ておけば、きっと祭夜ちゃんには何もしないから」
 振動が鳴り止む。
「じゃあさっきの、かなり余計なことしちゃったなぁ」
 夏霞は愛想笑いを浮かべた。子供の執着と闘争心を助長したのは間違いないが、気の良い幼馴染の善意を否定できなかった。彼女自身、その優しさに感謝の念を覚えたのも事実である。
「すみみん」
「何?」
 彼女は首を傾げた。よく知る風薫の雰囲気に戻っている。
「おいたん朝バイトだから朝いないけんども、こっちに居る間、一緒に暮らさん?見てのとおりおいたん一人暮らしだし、そんな怖い電話、独りで受けんの、しんどそうだ」
 夏霞は唐突な提案にびっくりしてしまった。
「い、いいよ!そんなの、わたし実家あるし……」
「そか。ほいでもま、朝バイト終わったらすみみん迎えに行って、おいたん寝る前まで一緒にいるからいっか」
 すでに決まっていた。それも悪くない。
「懐かしくておいたん嬉しくてさ。おいたんどうしてもこの夏休みやりたいことあんの」
 彼は悪戯っぽく笑った。
「何するの?」
「おいたんがいて、すみみんがいる。そして夏休み。あさがお日記、これ。あとスイカ割りもやる。セミの抜け殻も探そう。さすがにカブトムシはすみみん、イヤだろ?あ、カブトムシは暑詩しょうきちも誘おうかな。スイカ割りも。スイカ割りっつか輪ゴム巻くやつ」
 夏霞も笑ってしまった。あさがおの鉢植えを抱いて帰った思い出が甦る。
「二日酔いはどうすか?」
「頭痛薬飲んだからもう大丈夫。ごめんね、予定変えちゃって」
「全然。じゃあこれからホムセン行こうや。行けそ?」
「うん」
 風薫に腕を引かれて彼のアパートを出た。風薫の車は白く平たく、座席に明るい赤いメッシュのカバーが被せられ、ハンドルも同じ色のカバーがされて洒落ていた。バックミラーには吊り下げるタイプのエアーフレッシュナーが掛けられていた。車内に漂うスパイシーさを帯びた甘い香りはこれのせいなのかも知れない。サングラスも3つほどサンバイザーに掛けられている。香水のような匂い以外にこれというにおいはなかったが、彼は夏霞が乗る前に消臭剤を振り撒いた。
「タバコ臭かったらごめんねぃ?」
「フーガくん、タバコ吸うんだ。匂い全然しなかった」
「たまにね、たまぁに。最近は吸ってないけんども、車で吸うこと多いから」
 夏霞はあまり気にしていなかった。周りに煙草を吸う者はいないが嫌煙家でもない。害のない距離で、場所をわきまえ、きちんと始末していれば特に言うことはない。それが親しい者であれば多少の心配はあったかも知れない。しかし風薫はすまなそうな貌をする。
「すみみんと居るときは吸わないよ」
「吸いたかったら、吸って。フーガくんの車なんだし」
「臭い!って思われたくないから吸わない。おいたんの禁煙のためにも、傍に居てくれよな」
 夏霞は助手席に乗せられ、隣でシートベルトの擦れる音がした。
「すみみんは免許取ったん?」
「うん。就活に有利かなって思って取るだけ取ったよ。ペーパーだから運転は自信ないけれど」
 車が発進する。小さく音楽がかかる。おそらくヒップホップミュージックだ。しかし少し行ってから消された。
「あさがおの種と、鉢植えな。それから絵日記。おいたんもなるべく覚えておくけんども、すみみんも覚えといて」
 彼女は頷いた。
「夏関係ないんだけんども、おいたんたこ焼き器あるから、今日たこ焼きにしない?」
 大規模なホームセンターが近場にある。祭夜が指南役の補佐として練習していた公民館からそう遠くない場所だ。そこには小規模なスーパーながら生鮮食品が豊富だった。特に肉の品揃えが良い。
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