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雨と無知と蜜と罰と 弟双子/気紛れ弟/クール弟
雨と無知と蜜と罰と 29
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帰りことなど考えていない。雫恋は姉のブラウスを毟り破いた。ブラジャーも乱雑に扱う。彼女の肌を擦りながら奪い取り、投げ捨てた。怯んでいる特別筋力があるわけでもない女の力量に一体どれだけの抵抗が期待できただろう。みるみるうちに全裸に剥かれていった。
「バージンじゃないからバージンロード歩けないね。可哀想な姉貴」
泣きそうになっている姉の頬を顎からべろりと舐め上げる。
「俺ね、エロ漫画とかAVって嫌いなんだ。犯されてる女が全部姉貴に見えるんだよ。姉貴が!汚らしいキモいデブに犯されて感じまくってるんだ。許せないだろ。姉貴は俺に汚されてればいいんだよ?」
彼は姉の耳元を叩いた。ぽす、と純白のドレスが浅く凹む。暴力の兆しに固く目を瞑る。鼻で嗤っているのが聞こえた。恐る恐る目を開けば、焦点が合わないほど弟の顔が至近距離にある。今度は頬と言わず顔面を舐め回した。否、それは豪雨のような接吻だったのかも知れないが加霞にとってはそう変わりがなかった。分別のない犬みたいななった弟を震える手で機嫌を窺いながら突き放そうとする。彼は何を勘違いしたのか恋人同士がするみたいに恐怖心しか宿っていない手を熱く握り締める。
「姉さん、好きだ。好き、姉さん……愛してる」
姉の裸体に乗り上げ、体重を預けている。彼女の肉感に欲望の腫物を擦り付けてさえいた。最早それは自慰と化していた。
「姉さん、結婚しよう。俺と結婚しろ。俺の妻になってほしい。俺のモノになれ。大切にする」
「し、ない………っ、しない…………」
「姉さんは俺と結婚するんだ。姉さん……好き。姉さんしか好きじゃない……」
「嘘ばっか……!」
加霞の声は引き攣り、屈辱と恐怖のあまり泣き出してしまう寸前だった。
「嘘じゃないよ、姉さん。どうして嘘だなんて言うんだ?俺の心臓触れよ。いつでも姉さんを前にすると高鳴って仕方がない。姉さんの前では俺は童貞なんだ」
腰に跨られ、彼は上半身の衣類を脱ぎ捨てた。引き締まった胸を触るよう強要された。掌にしっとりとした素肌が当たる。鼓動を感じ取っている余裕など彼女にはない。
「どうだ?俺の愛情が伝わったか」
「こ、怖い………放して、放して…………」
「怖いのか?姉さんのことは俺が守る。何も怖がらなくていい。姉さんは俺の愛する人なんだから」
唇に降るキスを彼女は首を曲げて回避した。
「姉さん……?」
「愛してたら、こんな酷いことしない……」
「するさ。俺に怯えてる姉さんも好きだから。全部好きだ。姉さんしかいない。姉さん……」
雫恋とも霙恋ともいえない男は姉の胸に頬擦りする。
「やめて………離れて、あっち行って…………」
「男のカラダで悦ぶが、男自体は嫌いなんだな、姉さんは。姉さん、分かった。姉さんの愛用ディルドでいい。姉さんの愛用のディルドになる。姉さん、俺でオナニーすればいい」
加霞は身体を捻った。気の狂った弟のどちらかから逃れねばならない。危機感が彼女の尻を叩いてる。しかし抜け出そうに抜け出せない。容赦なく、60kgから70kgはあろうかという体重が圧しかかっている。もしかすると80kgもあるかも知れない。中肉の高身長男性の体重の相場など、加霞の知る理由もない。
「追いかけっこがしたいのか?できなかったものな。姉さんは嵐恋ばかりだった。姉さんは嵐恋とだけ遊んで、嵐恋にだけ笑いかける。俺たちには作り笑いだけ。姉さんは昔から嵐恋しか可愛くなかった。嵐恋だけ。どうして?嵐恋は姉さんをお金ですら守ってくれない」
「あの子はまだ高校生なんだよ?何言ってるの」
「関係ないよ。それにあの様子なら、何者にもなれそうにない。何者にもなれない。能楽町1億円プレーヤーにも人気アイドルにもなれない。埋もれるのさ、家族の中でも」
雫恋と思われる弟は加霞を放す。彼女は胸を隠した。
「逃げなよ、姉貴。捕まえてあげる。狩猟本能かな?興奮してきた」
「服……返して」
「これ着るの?ブラジャー見せて歩くわけ?レイプされなよ。知らん男に撮られまくって、痴女がいるって世界中に回されなよ。姉貴の下着姿オカズにする男が増えたら俺……姉貴のこともう外に出せないよ。姉貴!分かってる?」
ボタンの弾け飛び、引き裂かれたブラウスを雫恋は摘み上げてひらひらとはためかせる。
「レイプされて、知らない男のガキ産む気なんだろ。姉貴はチョロいから。そうしたらもう嵐恋は要らないね。俺も嵐恋が要らなくなるよ。優しくする義理もなくなる。レイプ犯の息子たんだか娘たんだから知らないけど、人質の価値は嵐恋より高そうでいいんじゃない?いくら低脳なガキでもアホママ脳の姉貴なら関係ないよね。そうしたら、乳出せよ。おっぱい飲ませろ」
陰湿に笑っている。加霞は逃げようにも、どう逃げていいのか分からなかった。裸である。服を着ている間はなく、着たところで上は下着が丸出しになる。
「経産婦の姉貴か。それもそれでエロいよ。他の男に穢されたって感じがいい………ムカつくけど。頭かち割って殺したくなるよ」
雫恋の動向から目を離さずにいるのが精々だった。この場をどう切り抜ければいいのだろうか。思い浮かばない。
「姉貴はいつでも判断が遅いよ。ゴメンナサイも遅かった。許してあげるから、そのドレス着て。許してあげるよ。それとも飢え死にするまでここで俺と見つめ合う?いいよ。死に絶えよう。嵐恋が居るからいいでしょ、家のことなんか」
彼はふと急ににこりと穏やかに笑った。不穏だ。しかしここで選択肢がないことを知っている。いずれにせよ雫恋に従わなければ、今のままで外へは出られない。下敷きにしているドレスを振り返る。果たして身体が入るのか疑問に思うほど華奢なシルエットに仕立てられている。
「着たら、どうするの……」
「やらせろ」
「いや………」
「ああ、そう。姉貴ってほんとバカ。でもいいよ、分かった。そろそろフツーのおまんこセックスにも慣れてきたなって思ってたし。尻の穴でセックスしよう。姉貴、感じやすいしすぐイくと思うよ。お尻向けて?」
溜息を吐いて雫恋は全裸の姉の肩を掴んだ。肌に指が食い込む。何を言われているのか、分かりたくない。
「姉貴の可愛いケツ貸せってば。相性いいとおまんこアクメよりもキモチイイらしいけど?姉貴もそのクチじゃない?ほら、おしり向けて?」
要求している最中に短気な彼は動く気配を見せない姉の腰を引っ張ろうとする。脚の間にある凶器が布を押し上げているのが見えた。
「姉貴、ケツも感じたら、その時は霙恋も混ぜてあげよ?おまんことケツ穴両方塞いで、両方でイきなよ。もう俺たちナシじゃ生きられないね?可哀想な姉貴」
ウェディングドレスの上に転がされ、引き摺られ、すでに弟の魔の手は彼女の円い尻を割り開こうとしていた。
「ま、って、待って………待って………!」
「なぁに?お尻イきしちゃうところ早く見たいな」
下に敷いていたドレスにしがみつく。
「着るから………着るから、これ………」
「もう遅いよ?早く決めればよかったのに。もう俺のおちんちん、姉貴のお尻キモチヨクするつもりでばっきばき」
柔らかな口調と甘えた声音で、さらにはそよ風の如く髪を撫でていく。
「いや………っ、怖い………」
「嫌?どうしても嫌?姉貴、お尻スキだと思うけどなぁ。でもそんなに嫌なら仕方ないね。お尻セックス楽しみだったのに。姉貴も俺のおちんちんに謝って?ほら」
張り詰めきって布を押し、地点を作る場所をその持主はスキニーパンツごと扱いた。
「いや………いや!」
「嫌いや言ってる暇があるならドレス着て?それで許してあげる。遅いよ、遅い。何するのも遅いのに、おっぱいも穴もすぐイくんだから。早漏おまんこも早漏乳首も最高なのに、なんでかなぁ、えっちが大好きなのかなぁ」
雫恋は姉の尻を触るのはやめたが、ドレスに縋りうつ伏せになっている彼女の背を布団代わりに寝そべった。
「早くして?その間暇だからおっぱい触ってるからね?」
ドレスと肌の間に腕が割り込む。膨らみを掌に入れ、揉みしだき、握り、揺さぶった。
「俺のおちんちんみたいに固くなってきちゃったな。姉貴の乳首クリトリス」
首筋を吸いながら長い指が弱い粒をいじめた。鈍い快感が頭の中を駆け巡る。彼女はドレスを着るのにもどう動いていいのか分からなくなってしまった。胸への刺激が正常な思考を蕩していく。
「は~や~く、し~て。ここのまま乳首くりくりされてイきたくなっちゃった?乳首クリでイきたい?」
指と指に捕らえられ、敏感な粒を珠にされて転がされてしまってはもう逆らえなくなった。指の腹同士で加圧されるだけでも腰に重く鈍く甘い痺れが注入されていく。
「あ………あ、ぁ、っんぅ、」
「何にもしてないのにイきたいんだ?おっぱいも飲ませない、ドレスも着てない、お尻セックスもさせない、おちんちんに謝ってもくれないで、乳首クリトリスくりくりされてイきたいんだ?えっち」
動きが変わる。人差し指で上下に弾かれ、加霞の視界は明滅した。脳味噌が緩やかに沸騰しかけている。身体中の力が抜け、下腹部の奥が大きく疼き、滲んでいく。
「イけよ、淫乱」
囁きと吐息が耳にかかった。
「ぁひッ、あああっ!ぁんっ………!」
男体に潰されてながら彼女はがくがくのたうった。空になって頭の中に硬めのクリーム状のものを注ぎ込まれような泥濘んだ悦楽に、暫く意識は白くなっていた。
「ドスケベ姉貴……早くドレス着て?」
息を荒げているのは加霞だけではない。恋焦がれている女の痴態、嬌声に男のほうも炙られている。
ずぶ濡れの服を何枚も着せられたように重い身体を起こし、加霞はウェディングドレスを引っ張った。手触りからして本格的な生地である。少なくともコスチュームプレイ用に量販店で売っているようなものではない。繊細な刺繍で出来た透明感のある長袖があり、レースカーテンのような裾でありながらマーメイドラインだった。清楚でエレガントな印象を与える。
ブライダルインナーまで用意してあった。驚くほどのフィット感は、このドレス一式を用意した人物が誰であるのかを考えれば薄気味悪くて仕方がない。
「気持ち悪いな、霙恋のやつ。あれだけ姉貴に中出しレイプしといて、姉貴の処女を疑ってないんだな。似合ってるよ。セックスのセの字も知らない女みたいだ」
拍手をしながら彼は言った。そこに揶揄の色はなかった。低い声で機嫌の悪さすら感じられる。素直な感心を寄せられても戸惑う。
「その裾じゃ脚開けないよな。ウェディングドレスセックスできないじゃんね。なんなんあいつ」
機嫌を損ねたらしかった。雫恋の口数は途端に少なくなり、表情も消えてしまう。
「俺ならオーソドックスなやつにするけどな。姉貴にそのまま大人びた雰囲気のドレス着せて何が楽しいんだよ。姉貴に小娘みたいなドレス着せるのが醍醐味なんだろうが」
彼はまったくドレス選びに関与しなかった姉に文句を言った。
「霙恋の目は節穴だよ。センスがない。つまらないもの見せやがって。俺が選んであげる」
彼は不適切なところに座っていた腰を上げ、そそくさと服を着ると堅い服装に縮こまっている姉の手を引いた。
「い、いい……要らないし……それより……」
「俺だって姉貴にドレス選びたい。結婚しよう。俺、八神に戻って、姉貴は八神加霞になればいいよ。なれるのか知らないけど、俺は自分が久城雫恋だなんて思ったことなかったよ」
もう一度引っ張られる。しかし膝まで窄まったドレスは簡単にそうせかせかと歩ける形状ではない。
「そんなこと、できるわけないよ……?」
「法律家に相談しよう。なんとなく……出来そうな気がする。姉貴と結婚したい。姉貴がいい。姉貴じゃなきゃいやだ」
ぽす、と黒いフーディシャツに引き寄せられた。刺繍で出来た袖越しに空気を含んだ柔らかな布の感触がある。
「雫恋ちゃん……」
今まで感じたことのない悄らしくも真っ直ぐなものをぶつけられ、狼狽する。義理の弟に口説かれる自身を彼女は嫌悪した。
「姉ちゃんが好き。姉ちゃんに似合うドレスは俺が決めるの。何、他の男の選んだドレス似合ってんだよ」
雫恋は情緒不安定だ。強がっているが双子の兄が異常事態にあるのだから、いくら冷酷で薄情なこの次男も、本人の意識しないどこかしらで大きな負荷がかかっているのかも知れない。
「雫恋ちゃん。困るよ」
弟を突き離す。
「姉ちゃんに認めてほしいからアイドルになったんだ。姉ちゃんが認めてくれると思ったのに、姉ちゃんは……」
今の事務所からスカウトされたのは、彼の兄のほうである。そして応じたのは雫恋のほうだった。どちらがどちらかは忘れたけれど、スカウトされたのとは違うほうの弟がアイドルになったという話は覚えている。
「姉ちゃん……」
甘えた貌をする弟に背を向けた。散々罵倒していたのはどうしたのだろう。息をするように名誉毀損に等しいモラルハラスメントをしていたが、その威勢はもう見る影もない。
「好き、姉貴………大好き。一緒に暮らしたい」
「生活リズムが違うでしょう」
纏わりつく腕を剥がして振り落とす。
「アイドル辞める……アイドル辞めたい。今の大学も辞めて、先生になったら俺のこと認めてくれる?医者じゃなきゃダメ?」
媚びに媚びて胡麻を擂る態度が怖い。飛び降りたほうの弟もそういうところがあった。結局は双子で根本は同じなのかも知れない。
「わたしのために生きるの?自分の人生でしょう……?」
「姉貴のために生きるんだけど。俺の人生、姉貴が中心だよ?何言ってるの」
「なんで……?わたしあなたに何かした?自分の人生、生きなさいよ。重い!わたしそんなの、背負えないよ」
「俺の前に現れた。俺のこと好きにさせた。姉貴無しに生きるなんて無理だ。死んじゃう」
背中からの抱擁が強い。
「好き、姉貴……なんで俺、アンタの弟なの」
「やめなさい。人のこと好き放題しておいて今更……わたし、騙されないんだから」
それは自身に言い聞かせている面もあった。人が好いのか単純なのか、彼女もまた場面、場面で絆されやすい。そしてその自覚があるようだ。
「じゃあ、やっぱりカラダに教えるしかないんだ。今日はまだ中に出してなかったもんね。さっきは外に出したんだもんね。俺の生臭い匂い、ちゃんと付けておかなきゃだよね」
相変わらず舌足らずのあざとく可愛い子ぶった喋り方で雫恋は姉を持ち上げるとキングサイズのベッドに投げた。慣れない生地の服装や、沈むようなベッドの感触も相俟って彼女もすぐには起き上がれない。雫恋はオープントゥのブライダルシューズを放り、窄まった膝下の、マーメイドというからには尾鰭部分で生地素材の切り替わった裾を雫恋は捲った。
「何……っ?」
「今だけは俺の妻だよ、姉ちゃん」
狭まったドレスをさらにたくし上げていく。生地は硬い。腰の方まで擦れていく。下に履いていたガードルが露わになる。
「ちょっと……!」
非難の声を往なすように、開いている背中へ雫恋は唇を当てていく。
「俺の妻、俺の……」
「痛い……っ」
硬質な繊維が肌を擦る。
「そういうことするためのドレスじゃないの!」
声を荒げると呆気なく弟は引き下がった。彼はベッドから降り、今度はクローゼットを漁り始めた。ハンガーを取る音がする。
「じゃあこっちに着替えて」
彼が出したのも、またウェディングドレスではないけれど、それを彷彿とさせる純白に黒いベルベットの紐とそこに付いたゴールドが妙に雰囲気を添えるホルターネックのワンピースだ。キャバクラの女性従業員が着ていそうな系統だ。
「着替えないと帰れないよ、姉貴」
「……あっち、行ってて。離れて……………近付かないで」
その光景はまるで、人質を得た立て籠もり犯と警察の取り引きのようだった。おそるおそるハンガーを受け取る。
「ヒールも買ったから履いて……透けてて、ガラスの靴みたいでしょ…………姉貴は俺のお姫様だから」
黒いシースルー素材のハイヒールは"お姫様"というよりはむしろ敵対する魔女や女王を思わせた。
「雫恋ちゃんが、用意したの……?」
「ウェディングドレスじゃどこも行けないじゃん。お姉ちゃんの服破いちゃったんだから、気にしないで。俺はお姉ちゃんのお財布だから。俺はお姉ちゃんのATMだからね。だからお姉ちゃん……」
「やめて。ちゃんと貯金しなさいよ。わたし、あなたにお金せびるほど困ってないし、もうこんな使い方しないで」
このウェディングドレスをモチーフにしたみたいなドレスもおそらくパーティー用か否かを問わず生地素材からいって気軽に着られるような安物ではなかった。加霞の私服は7割ほどはファストファッションである。
「でも、俺、お姉ちゃんに綺麗な服着せてあげたかったから…………」
彼はまるで意地の悪い姉に虐待されているかのような演出をしはじめた。ここには2人しかいないけれど、もし往来であったならば、彼はさぞ健気で自覚のない自尊心の擦り減らされてしまった哀れ極まりない被害者に見えたことだろう。
「今はこんな状況だから借りるけれど……もう、しなくていいから。お金返します。いくらしたの?」
「あ、あげる……プレゼントします」
加霞は相手を加害者にせんと怯えきって見せる弟を睨んだ。その強い眼差しに彼はまた怯える。今は演技をしているだけだ。今までこの男に散々弄ばれ、辱められた。加霞は後退り、距離を取り、部屋の隅に隠れて着替える。
「姉ちゃん」
「着替えてるから……来ないで」
ウェディングドレス同様にサイズが合うのが気持ち悪くて仕方がなかった。胸元も腹回りもそうだ。大体、胸がきついか腹にゆとりがありすぎて着崩れするかである。そして鏡で太って見えるシルエットを彼女はそのまま自身の実質的な体型と捉えてしまっていた。
「きつくない?姉ちゃんと体型似てる人に頼んだんだよ……?姉ちゃんに、喜んで欲しくて…………平井アリサっていたでしょ、匂わせまくってた……」
知らない。町門みちるという清純派の俳優とすっぱ抜かれたことしか知らない。誰が何を匂わせたのかまったく認知していない。雫漣の素行に興味がなかった。
「何にも、してないよ。俺、姉ちゃんしか好きじゃないから、セックスしちゃうけど、姉ちゃんしか好きじゃないから。姉ちゃんだけ本気……」
飛び降りた双子の片方と似たようなことを言う。この男も飛び降りるつもりだろうか。ここは40階前後だったはずである。
「怒った……?姉ちゃんしか好きじゃないよ!本当だよ!」
幼児退行みたいな喋り方も不穏だった。あの双子は小さな頃から背伸びをして斜に構え、横柄な態度に見えて、その皮を一枚毟れば小学生の頃からまったく成長していない。歳を重ねるごとに世間の事情を知り、語彙が増え、思想や信条、価値観が拓けてきただけで、その扱い方をおそらく知らない。
女性の貞淑ぶりに理想を押し付けまくったような純白のワンピースを身に纏い、雫恋の前に出る。彼はベッドの脇に靴を並べているところだった。子供みたいになってしまった弟は目をぱっと開いて、その眼を輝かせた。
「靴も履いて……お願い、お願い……」
虐待を怖がる幼児よろしく両手を合わせ懇願し、弟を暴行する姉の演出は完璧だった。彼女はベッドに座る。靴屋ごっこをしたいのか、雫恋は膝を立て、靴をそこに当てた。
「それ、嫌」
「ごめん、お姉ちゃん。怒らないで……」
シースルー素材の黒いハイヒールは彼の手から離れ、絨毯敷きの床に揃えられた。皮膚を炙り焼きにするほどの熱視線を浴びながら爪先を入れようとした。しかし入る前に、ひょいとその足は拐われる。
「好き、姉ちゃん、好き………」
綺麗に保湿されたアイドルの唇が彼女の爪先にむしゃぶりつく。何度も接吻し、頬擦りした。
「何するの、」
「好き、姉ちゃん、好き、好き、好き!愛してるの。放したくない……!」
爪先から足の甲を舐め回し、脛を辿って膝を浅く噛む。骨に妙な痺れを感じた。
「雫恋ちゃん!」
「姉ちゃんは俺といるの。姉ちゃん、好き」
「やめなさい!」
裾を割ろうとする手を払って押さえた。ふ、っと正気に戻った雫恋があざとい顔で姉を見上げた。
「ごめん、姉ちゃん。怒らないで。嫌いにならないで………」
彼女は何も答えずにハイヒールへ足を入れた。サイズが合う。
「キツくない?」
やはり答えるのが癪だった。
「姉ちゃんの履いてる靴調べたんだよ。合ってる?痛くない?姉ちゃん……」
晒された膝下に彼は何度も接吻する。
「バージンじゃないからバージンロード歩けないね。可哀想な姉貴」
泣きそうになっている姉の頬を顎からべろりと舐め上げる。
「俺ね、エロ漫画とかAVって嫌いなんだ。犯されてる女が全部姉貴に見えるんだよ。姉貴が!汚らしいキモいデブに犯されて感じまくってるんだ。許せないだろ。姉貴は俺に汚されてればいいんだよ?」
彼は姉の耳元を叩いた。ぽす、と純白のドレスが浅く凹む。暴力の兆しに固く目を瞑る。鼻で嗤っているのが聞こえた。恐る恐る目を開けば、焦点が合わないほど弟の顔が至近距離にある。今度は頬と言わず顔面を舐め回した。否、それは豪雨のような接吻だったのかも知れないが加霞にとってはそう変わりがなかった。分別のない犬みたいななった弟を震える手で機嫌を窺いながら突き放そうとする。彼は何を勘違いしたのか恋人同士がするみたいに恐怖心しか宿っていない手を熱く握り締める。
「姉さん、好きだ。好き、姉さん……愛してる」
姉の裸体に乗り上げ、体重を預けている。彼女の肉感に欲望の腫物を擦り付けてさえいた。最早それは自慰と化していた。
「姉さん、結婚しよう。俺と結婚しろ。俺の妻になってほしい。俺のモノになれ。大切にする」
「し、ない………っ、しない…………」
「姉さんは俺と結婚するんだ。姉さん……好き。姉さんしか好きじゃない……」
「嘘ばっか……!」
加霞の声は引き攣り、屈辱と恐怖のあまり泣き出してしまう寸前だった。
「嘘じゃないよ、姉さん。どうして嘘だなんて言うんだ?俺の心臓触れよ。いつでも姉さんを前にすると高鳴って仕方がない。姉さんの前では俺は童貞なんだ」
腰に跨られ、彼は上半身の衣類を脱ぎ捨てた。引き締まった胸を触るよう強要された。掌にしっとりとした素肌が当たる。鼓動を感じ取っている余裕など彼女にはない。
「どうだ?俺の愛情が伝わったか」
「こ、怖い………放して、放して…………」
「怖いのか?姉さんのことは俺が守る。何も怖がらなくていい。姉さんは俺の愛する人なんだから」
唇に降るキスを彼女は首を曲げて回避した。
「姉さん……?」
「愛してたら、こんな酷いことしない……」
「するさ。俺に怯えてる姉さんも好きだから。全部好きだ。姉さんしかいない。姉さん……」
雫恋とも霙恋ともいえない男は姉の胸に頬擦りする。
「やめて………離れて、あっち行って…………」
「男のカラダで悦ぶが、男自体は嫌いなんだな、姉さんは。姉さん、分かった。姉さんの愛用ディルドでいい。姉さんの愛用のディルドになる。姉さん、俺でオナニーすればいい」
加霞は身体を捻った。気の狂った弟のどちらかから逃れねばならない。危機感が彼女の尻を叩いてる。しかし抜け出そうに抜け出せない。容赦なく、60kgから70kgはあろうかという体重が圧しかかっている。もしかすると80kgもあるかも知れない。中肉の高身長男性の体重の相場など、加霞の知る理由もない。
「追いかけっこがしたいのか?できなかったものな。姉さんは嵐恋ばかりだった。姉さんは嵐恋とだけ遊んで、嵐恋にだけ笑いかける。俺たちには作り笑いだけ。姉さんは昔から嵐恋しか可愛くなかった。嵐恋だけ。どうして?嵐恋は姉さんをお金ですら守ってくれない」
「あの子はまだ高校生なんだよ?何言ってるの」
「関係ないよ。それにあの様子なら、何者にもなれそうにない。何者にもなれない。能楽町1億円プレーヤーにも人気アイドルにもなれない。埋もれるのさ、家族の中でも」
雫恋と思われる弟は加霞を放す。彼女は胸を隠した。
「逃げなよ、姉貴。捕まえてあげる。狩猟本能かな?興奮してきた」
「服……返して」
「これ着るの?ブラジャー見せて歩くわけ?レイプされなよ。知らん男に撮られまくって、痴女がいるって世界中に回されなよ。姉貴の下着姿オカズにする男が増えたら俺……姉貴のこともう外に出せないよ。姉貴!分かってる?」
ボタンの弾け飛び、引き裂かれたブラウスを雫恋は摘み上げてひらひらとはためかせる。
「レイプされて、知らない男のガキ産む気なんだろ。姉貴はチョロいから。そうしたらもう嵐恋は要らないね。俺も嵐恋が要らなくなるよ。優しくする義理もなくなる。レイプ犯の息子たんだか娘たんだから知らないけど、人質の価値は嵐恋より高そうでいいんじゃない?いくら低脳なガキでもアホママ脳の姉貴なら関係ないよね。そうしたら、乳出せよ。おっぱい飲ませろ」
陰湿に笑っている。加霞は逃げようにも、どう逃げていいのか分からなかった。裸である。服を着ている間はなく、着たところで上は下着が丸出しになる。
「経産婦の姉貴か。それもそれでエロいよ。他の男に穢されたって感じがいい………ムカつくけど。頭かち割って殺したくなるよ」
雫恋の動向から目を離さずにいるのが精々だった。この場をどう切り抜ければいいのだろうか。思い浮かばない。
「姉貴はいつでも判断が遅いよ。ゴメンナサイも遅かった。許してあげるから、そのドレス着て。許してあげるよ。それとも飢え死にするまでここで俺と見つめ合う?いいよ。死に絶えよう。嵐恋が居るからいいでしょ、家のことなんか」
彼はふと急ににこりと穏やかに笑った。不穏だ。しかしここで選択肢がないことを知っている。いずれにせよ雫恋に従わなければ、今のままで外へは出られない。下敷きにしているドレスを振り返る。果たして身体が入るのか疑問に思うほど華奢なシルエットに仕立てられている。
「着たら、どうするの……」
「やらせろ」
「いや………」
「ああ、そう。姉貴ってほんとバカ。でもいいよ、分かった。そろそろフツーのおまんこセックスにも慣れてきたなって思ってたし。尻の穴でセックスしよう。姉貴、感じやすいしすぐイくと思うよ。お尻向けて?」
溜息を吐いて雫恋は全裸の姉の肩を掴んだ。肌に指が食い込む。何を言われているのか、分かりたくない。
「姉貴の可愛いケツ貸せってば。相性いいとおまんこアクメよりもキモチイイらしいけど?姉貴もそのクチじゃない?ほら、おしり向けて?」
要求している最中に短気な彼は動く気配を見せない姉の腰を引っ張ろうとする。脚の間にある凶器が布を押し上げているのが見えた。
「姉貴、ケツも感じたら、その時は霙恋も混ぜてあげよ?おまんことケツ穴両方塞いで、両方でイきなよ。もう俺たちナシじゃ生きられないね?可哀想な姉貴」
ウェディングドレスの上に転がされ、引き摺られ、すでに弟の魔の手は彼女の円い尻を割り開こうとしていた。
「ま、って、待って………待って………!」
「なぁに?お尻イきしちゃうところ早く見たいな」
下に敷いていたドレスにしがみつく。
「着るから………着るから、これ………」
「もう遅いよ?早く決めればよかったのに。もう俺のおちんちん、姉貴のお尻キモチヨクするつもりでばっきばき」
柔らかな口調と甘えた声音で、さらにはそよ風の如く髪を撫でていく。
「いや………っ、怖い………」
「嫌?どうしても嫌?姉貴、お尻スキだと思うけどなぁ。でもそんなに嫌なら仕方ないね。お尻セックス楽しみだったのに。姉貴も俺のおちんちんに謝って?ほら」
張り詰めきって布を押し、地点を作る場所をその持主はスキニーパンツごと扱いた。
「いや………いや!」
「嫌いや言ってる暇があるならドレス着て?それで許してあげる。遅いよ、遅い。何するのも遅いのに、おっぱいも穴もすぐイくんだから。早漏おまんこも早漏乳首も最高なのに、なんでかなぁ、えっちが大好きなのかなぁ」
雫恋は姉の尻を触るのはやめたが、ドレスに縋りうつ伏せになっている彼女の背を布団代わりに寝そべった。
「早くして?その間暇だからおっぱい触ってるからね?」
ドレスと肌の間に腕が割り込む。膨らみを掌に入れ、揉みしだき、握り、揺さぶった。
「俺のおちんちんみたいに固くなってきちゃったな。姉貴の乳首クリトリス」
首筋を吸いながら長い指が弱い粒をいじめた。鈍い快感が頭の中を駆け巡る。彼女はドレスを着るのにもどう動いていいのか分からなくなってしまった。胸への刺激が正常な思考を蕩していく。
「は~や~く、し~て。ここのまま乳首くりくりされてイきたくなっちゃった?乳首クリでイきたい?」
指と指に捕らえられ、敏感な粒を珠にされて転がされてしまってはもう逆らえなくなった。指の腹同士で加圧されるだけでも腰に重く鈍く甘い痺れが注入されていく。
「あ………あ、ぁ、っんぅ、」
「何にもしてないのにイきたいんだ?おっぱいも飲ませない、ドレスも着てない、お尻セックスもさせない、おちんちんに謝ってもくれないで、乳首クリトリスくりくりされてイきたいんだ?えっち」
動きが変わる。人差し指で上下に弾かれ、加霞の視界は明滅した。脳味噌が緩やかに沸騰しかけている。身体中の力が抜け、下腹部の奥が大きく疼き、滲んでいく。
「イけよ、淫乱」
囁きと吐息が耳にかかった。
「ぁひッ、あああっ!ぁんっ………!」
男体に潰されてながら彼女はがくがくのたうった。空になって頭の中に硬めのクリーム状のものを注ぎ込まれような泥濘んだ悦楽に、暫く意識は白くなっていた。
「ドスケベ姉貴……早くドレス着て?」
息を荒げているのは加霞だけではない。恋焦がれている女の痴態、嬌声に男のほうも炙られている。
ずぶ濡れの服を何枚も着せられたように重い身体を起こし、加霞はウェディングドレスを引っ張った。手触りからして本格的な生地である。少なくともコスチュームプレイ用に量販店で売っているようなものではない。繊細な刺繍で出来た透明感のある長袖があり、レースカーテンのような裾でありながらマーメイドラインだった。清楚でエレガントな印象を与える。
ブライダルインナーまで用意してあった。驚くほどのフィット感は、このドレス一式を用意した人物が誰であるのかを考えれば薄気味悪くて仕方がない。
「気持ち悪いな、霙恋のやつ。あれだけ姉貴に中出しレイプしといて、姉貴の処女を疑ってないんだな。似合ってるよ。セックスのセの字も知らない女みたいだ」
拍手をしながら彼は言った。そこに揶揄の色はなかった。低い声で機嫌の悪さすら感じられる。素直な感心を寄せられても戸惑う。
「その裾じゃ脚開けないよな。ウェディングドレスセックスできないじゃんね。なんなんあいつ」
機嫌を損ねたらしかった。雫恋の口数は途端に少なくなり、表情も消えてしまう。
「俺ならオーソドックスなやつにするけどな。姉貴にそのまま大人びた雰囲気のドレス着せて何が楽しいんだよ。姉貴に小娘みたいなドレス着せるのが醍醐味なんだろうが」
彼はまったくドレス選びに関与しなかった姉に文句を言った。
「霙恋の目は節穴だよ。センスがない。つまらないもの見せやがって。俺が選んであげる」
彼は不適切なところに座っていた腰を上げ、そそくさと服を着ると堅い服装に縮こまっている姉の手を引いた。
「い、いい……要らないし……それより……」
「俺だって姉貴にドレス選びたい。結婚しよう。俺、八神に戻って、姉貴は八神加霞になればいいよ。なれるのか知らないけど、俺は自分が久城雫恋だなんて思ったことなかったよ」
もう一度引っ張られる。しかし膝まで窄まったドレスは簡単にそうせかせかと歩ける形状ではない。
「そんなこと、できるわけないよ……?」
「法律家に相談しよう。なんとなく……出来そうな気がする。姉貴と結婚したい。姉貴がいい。姉貴じゃなきゃいやだ」
ぽす、と黒いフーディシャツに引き寄せられた。刺繍で出来た袖越しに空気を含んだ柔らかな布の感触がある。
「雫恋ちゃん……」
今まで感じたことのない悄らしくも真っ直ぐなものをぶつけられ、狼狽する。義理の弟に口説かれる自身を彼女は嫌悪した。
「姉ちゃんが好き。姉ちゃんに似合うドレスは俺が決めるの。何、他の男の選んだドレス似合ってんだよ」
雫恋は情緒不安定だ。強がっているが双子の兄が異常事態にあるのだから、いくら冷酷で薄情なこの次男も、本人の意識しないどこかしらで大きな負荷がかかっているのかも知れない。
「雫恋ちゃん。困るよ」
弟を突き離す。
「姉ちゃんに認めてほしいからアイドルになったんだ。姉ちゃんが認めてくれると思ったのに、姉ちゃんは……」
今の事務所からスカウトされたのは、彼の兄のほうである。そして応じたのは雫恋のほうだった。どちらがどちらかは忘れたけれど、スカウトされたのとは違うほうの弟がアイドルになったという話は覚えている。
「姉ちゃん……」
甘えた貌をする弟に背を向けた。散々罵倒していたのはどうしたのだろう。息をするように名誉毀損に等しいモラルハラスメントをしていたが、その威勢はもう見る影もない。
「好き、姉貴………大好き。一緒に暮らしたい」
「生活リズムが違うでしょう」
纏わりつく腕を剥がして振り落とす。
「アイドル辞める……アイドル辞めたい。今の大学も辞めて、先生になったら俺のこと認めてくれる?医者じゃなきゃダメ?」
媚びに媚びて胡麻を擂る態度が怖い。飛び降りたほうの弟もそういうところがあった。結局は双子で根本は同じなのかも知れない。
「わたしのために生きるの?自分の人生でしょう……?」
「姉貴のために生きるんだけど。俺の人生、姉貴が中心だよ?何言ってるの」
「なんで……?わたしあなたに何かした?自分の人生、生きなさいよ。重い!わたしそんなの、背負えないよ」
「俺の前に現れた。俺のこと好きにさせた。姉貴無しに生きるなんて無理だ。死んじゃう」
背中からの抱擁が強い。
「好き、姉貴……なんで俺、アンタの弟なの」
「やめなさい。人のこと好き放題しておいて今更……わたし、騙されないんだから」
それは自身に言い聞かせている面もあった。人が好いのか単純なのか、彼女もまた場面、場面で絆されやすい。そしてその自覚があるようだ。
「じゃあ、やっぱりカラダに教えるしかないんだ。今日はまだ中に出してなかったもんね。さっきは外に出したんだもんね。俺の生臭い匂い、ちゃんと付けておかなきゃだよね」
相変わらず舌足らずのあざとく可愛い子ぶった喋り方で雫恋は姉を持ち上げるとキングサイズのベッドに投げた。慣れない生地の服装や、沈むようなベッドの感触も相俟って彼女もすぐには起き上がれない。雫恋はオープントゥのブライダルシューズを放り、窄まった膝下の、マーメイドというからには尾鰭部分で生地素材の切り替わった裾を雫恋は捲った。
「何……っ?」
「今だけは俺の妻だよ、姉ちゃん」
狭まったドレスをさらにたくし上げていく。生地は硬い。腰の方まで擦れていく。下に履いていたガードルが露わになる。
「ちょっと……!」
非難の声を往なすように、開いている背中へ雫恋は唇を当てていく。
「俺の妻、俺の……」
「痛い……っ」
硬質な繊維が肌を擦る。
「そういうことするためのドレスじゃないの!」
声を荒げると呆気なく弟は引き下がった。彼はベッドから降り、今度はクローゼットを漁り始めた。ハンガーを取る音がする。
「じゃあこっちに着替えて」
彼が出したのも、またウェディングドレスではないけれど、それを彷彿とさせる純白に黒いベルベットの紐とそこに付いたゴールドが妙に雰囲気を添えるホルターネックのワンピースだ。キャバクラの女性従業員が着ていそうな系統だ。
「着替えないと帰れないよ、姉貴」
「……あっち、行ってて。離れて……………近付かないで」
その光景はまるで、人質を得た立て籠もり犯と警察の取り引きのようだった。おそるおそるハンガーを受け取る。
「ヒールも買ったから履いて……透けてて、ガラスの靴みたいでしょ…………姉貴は俺のお姫様だから」
黒いシースルー素材のハイヒールは"お姫様"というよりはむしろ敵対する魔女や女王を思わせた。
「雫恋ちゃんが、用意したの……?」
「ウェディングドレスじゃどこも行けないじゃん。お姉ちゃんの服破いちゃったんだから、気にしないで。俺はお姉ちゃんのお財布だから。俺はお姉ちゃんのATMだからね。だからお姉ちゃん……」
「やめて。ちゃんと貯金しなさいよ。わたし、あなたにお金せびるほど困ってないし、もうこんな使い方しないで」
このウェディングドレスをモチーフにしたみたいなドレスもおそらくパーティー用か否かを問わず生地素材からいって気軽に着られるような安物ではなかった。加霞の私服は7割ほどはファストファッションである。
「でも、俺、お姉ちゃんに綺麗な服着せてあげたかったから…………」
彼はまるで意地の悪い姉に虐待されているかのような演出をしはじめた。ここには2人しかいないけれど、もし往来であったならば、彼はさぞ健気で自覚のない自尊心の擦り減らされてしまった哀れ極まりない被害者に見えたことだろう。
「今はこんな状況だから借りるけれど……もう、しなくていいから。お金返します。いくらしたの?」
「あ、あげる……プレゼントします」
加霞は相手を加害者にせんと怯えきって見せる弟を睨んだ。その強い眼差しに彼はまた怯える。今は演技をしているだけだ。今までこの男に散々弄ばれ、辱められた。加霞は後退り、距離を取り、部屋の隅に隠れて着替える。
「姉ちゃん」
「着替えてるから……来ないで」
ウェディングドレス同様にサイズが合うのが気持ち悪くて仕方がなかった。胸元も腹回りもそうだ。大体、胸がきついか腹にゆとりがありすぎて着崩れするかである。そして鏡で太って見えるシルエットを彼女はそのまま自身の実質的な体型と捉えてしまっていた。
「きつくない?姉ちゃんと体型似てる人に頼んだんだよ……?姉ちゃんに、喜んで欲しくて…………平井アリサっていたでしょ、匂わせまくってた……」
知らない。町門みちるという清純派の俳優とすっぱ抜かれたことしか知らない。誰が何を匂わせたのかまったく認知していない。雫漣の素行に興味がなかった。
「何にも、してないよ。俺、姉ちゃんしか好きじゃないから、セックスしちゃうけど、姉ちゃんしか好きじゃないから。姉ちゃんだけ本気……」
飛び降りた双子の片方と似たようなことを言う。この男も飛び降りるつもりだろうか。ここは40階前後だったはずである。
「怒った……?姉ちゃんしか好きじゃないよ!本当だよ!」
幼児退行みたいな喋り方も不穏だった。あの双子は小さな頃から背伸びをして斜に構え、横柄な態度に見えて、その皮を一枚毟れば小学生の頃からまったく成長していない。歳を重ねるごとに世間の事情を知り、語彙が増え、思想や信条、価値観が拓けてきただけで、その扱い方をおそらく知らない。
女性の貞淑ぶりに理想を押し付けまくったような純白のワンピースを身に纏い、雫恋の前に出る。彼はベッドの脇に靴を並べているところだった。子供みたいになってしまった弟は目をぱっと開いて、その眼を輝かせた。
「靴も履いて……お願い、お願い……」
虐待を怖がる幼児よろしく両手を合わせ懇願し、弟を暴行する姉の演出は完璧だった。彼女はベッドに座る。靴屋ごっこをしたいのか、雫恋は膝を立て、靴をそこに当てた。
「それ、嫌」
「ごめん、お姉ちゃん。怒らないで……」
シースルー素材の黒いハイヒールは彼の手から離れ、絨毯敷きの床に揃えられた。皮膚を炙り焼きにするほどの熱視線を浴びながら爪先を入れようとした。しかし入る前に、ひょいとその足は拐われる。
「好き、姉ちゃん、好き………」
綺麗に保湿されたアイドルの唇が彼女の爪先にむしゃぶりつく。何度も接吻し、頬擦りした。
「何するの、」
「好き、姉ちゃん、好き、好き、好き!愛してるの。放したくない……!」
爪先から足の甲を舐め回し、脛を辿って膝を浅く噛む。骨に妙な痺れを感じた。
「雫恋ちゃん!」
「姉ちゃんは俺といるの。姉ちゃん、好き」
「やめなさい!」
裾を割ろうとする手を払って押さえた。ふ、っと正気に戻った雫恋があざとい顔で姉を見上げた。
「ごめん、姉ちゃん。怒らないで。嫌いにならないで………」
彼女は何も答えずにハイヒールへ足を入れた。サイズが合う。
「キツくない?」
やはり答えるのが癪だった。
「姉ちゃんの履いてる靴調べたんだよ。合ってる?痛くない?姉ちゃん……」
晒された膝下に彼は何度も接吻する。
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