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夏の日のサマーデイ 男性側三人称視点×複数/擬似寝取り・擬似寝取られ/暴力/肛門性交
夏の日のサマーデイ 7
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◇
弟と車を観に行ったが、望夏の気に入ったものがなく、決めもせずに帰ってきた。弟は大した興味もなさそうで、乗れて動けば良いようだ。
帰りに外食に誘ったが、弟は嫌がった。早く異父姉に会いたいと言っていた。
家に着くと弟の異父姉は居間に座り、呆然としていた。一足先に入っていった弟はそういうところに気が回らないようで、姉にしがみついている。貞潔の身でなくなったとしても、成長のない男というものはいるのだ。成長していないどころか、むしろ退化してはいまいか。
「ただいま、"姉ちゃん"」
浮腫んだ目が望夏を捉える。彼女は目元を拭った。互いの焦点が合った途端に理性の光が射した。
「おかえりなさい。キーマカレーができてるから、チンして食べて」
「姉さん。姉さん……」
弟は異父姉が望夏と話したのが赦せないようだった。
「ごはん、食べてね」
彼女は異父弟を突き離し、立ち上がった。突き離した意識もなかったようだ。目の前の羽虫を払うような然りげない仕草だった。
「姉さん……」
弟は畳に尻をつけたまま、上半身だけで追おうとしている。姉のほうは居間を去る。
「やめとけ。女には色々あんだよ、多分。夏なんてただでさえウザかろうに」
しかし貞潔の身を捨てた青臭い小僧には伝わらないようだ。美貌を台無しにする愚鈍な顔を晒している。彼には自覚がない。或いはそこに価値を見出していなち。
「生理だ、生理。生理だよ。蒸れるんだとよ、特に夏は。ナプキンのCM観てねぇのか」
弟はぬぼぉ、と黒い目を宙に彷徨わせた。
「そうか」
彼は立ち上がった。間抜け面に険しさが戻る。
「くどいことするなよ。女がああなっちまったら、男なんぞはハエやカよりもウゼぇんだと。昔、情婦が言ってた」
弟は台所に向かったようだ。電子レンジの振動が微かに聞こえた。
望夏は縁側の戸を引いた。菜園に立つ麦わら帽子が振り返った。手招きすると、庭いじりが寄ってきた。
今は日に焼けているが、元は色白なのだろう。顔が赤らんでいる。片頬に痣があるのは農作業中に転びでもしたのだろうか。
「どうかしましたか」
「"姉ちゃん"と何かあった?」
目元のようすからして弟の異父姉は泣いていたようだ。この男は留守中に共に家にいた。
「何もないですが、どうしてですか」
恍けている様子はなかった。むしろその澄んだ双眸と語気には、不安が燃え揺らいでいった。
「梅子さん、何かあったんですか」
縁側から居間に上がろうとする庭いじりを押し留める。
「いや、いや。オレの気の所為だな。何もねぇなら生理だよ、生理。生理!」
庭いじりは眉を顰めた。侮蔑を惜しげもなく訴えている。
「あまり大声で言うものではないですよ……」
「またスーツの兄ちゃんたちが来たのかと思った」
庭いじりの反応を窺う。色素の薄い瞳が望夏を睨む。
「クモリグループのお偉いさん方に会ったんですね」
絹の手触りを思わせる声がわずかに下がった。
「会った」
「……そうですか」
「"姉ちゃん"から金搾り取ってんだろ?」
「あんな稼ぎのある人が?」
「金なんかあればあるだけいいだろ」
庭いじりは渋い面構えで首を傾げる。何か知っている。
「違うってのかよ」
「田舎者は他人の踏み込んだところをあれこれ言うのが娯楽ですが、時代が変われば人も変わります」
庭いじりは踵を返す。
「お前の話は回りくどい。校長先生かよ。つまり田舎モンは都会以上に時代に乗っかってるってか? 嘘 吐け。それなら河童だの妖怪だの言ってんなって。おっかねぇから言いたくねぇだけだろ」
示指で庭いじりの眼交いを突き刺す。彼は不快を見せる。
「田舎モンめ。女みたいにペラペラ、ペラペラ。紙っペラみたいな連帯感で繋がってる近隣住民と、紙っペラみたいな器の紙っペラみたいな信仰心で、薄い人生でも送ってろ」
人差し指を払い落とされる。
「嫌だな、望夏さん。あなたももう田舎者の仲間入りですよ。ですから、次朗系ラーメンみたいなギトギトした都会の空気のことは少しずつ忘れていってくださいね」
「嫌だね!」
「嫌だと言われましても、そうでしょうが」
庭いじりはもう望夏に構うことはなかった。生い茂った緑に消えていく。
扇風機に嗤われている。
望夏は梅酒を注いだ。他に酒はない。買いに行くのも面倒臭くなっていた。炭酸水で割っているところに、弟の異父姉がやってきた。具合が悪いようで、夕食は望夏が買ってきたのだった。
「夕食を作れてなくてごめんなさい」
目元の浮腫は解消されていたが、全体的に窶れて見えた。肌は毳立っている。
「いや、別に。食えたのかよ?」
「うん」
「酒でも飲もうぜ」
彼女は首を振った。
「何かあるといけないから……」
「何かって?」
「分からないけれど、もし誰かが熱中症とかになったら、病院に送らないとでしょう?」
「ンなもん救急車の仕事だわさ。何のためにバカ高い税金納めてると思ってんだよ。いや、納めてた、か」
彼女は俯いてしまった。
居間に運んでから飲もうと思っていた梅酒を、彼は一口飲んでしまった。
「飲もうぜ。いざとなりゃ渚砂にやらせりゃいい。ペーパーだが腕は悪くねぇと思うんよ。
「でも……」
「飲もうぜ」
望夏は面倒臭くなった。弟の異父姉に近寄り、肩を抱く。彼女は身を縮めた。揺れる胸を見下ろす。柔らかな肌だった。姉弟の交合いが甦る。惨めな夜を過ごした!
あの後、悶々とする肉体を解放しなければならなかったのだ。
「お酌してくれよ~。渚砂はあんたの弟でもあって、あんたの弟の世話してんだぜ~、オレは。ああ、オレってやつは、なんて孝行者なんだ」
グラスをひとつ取り、梅酒を注ぐ。望夏の経験則からして、女は甘いものが好きなのだ。炭酸水ではなく、"六ツ弓ソーダ"で割った。強炭酸の砂糖水で、氷を入れて飲むつもりでいた。
「ほら、飲め」
「……ありがとうございます」
弟の異父姉はグラスを受け取った。居間へ移動する。扇風機を点け、テレビを点ける。だが音量を下げた。
弟の異父姉は自宅だというのに正座し、肩は張って、グラスに絡む指には落ち着きがない。これから面接でもあるかのようだ。
「庭いじりの意地悪にいちゃん、痣あったな」
雑談のつもりが、彼女には打撃を与えたようだった。
「"姉ちゃん"が殴ったんけ」
梅子の眉間に皺が寄る。間があってから、首を振る。
「じゃあカノジョにでもフられたんだな」
しかし望夏の見立てでは、あの庭いじりの男に交際相手はいない。望夏の経験則からいえば、女というものはスリルを求めてしまうものなのだ。いくら見目が麗しかろうと、そのようなものは数日もあれば見慣れる。女というものはよく気が付く。数日後には肌荒れや浮腫みが気に掛かるのだ。
「うん……きっと、そうだと思います」
「いや、あいつに恋人はいないと見た。女はオカルトヲタクの男なんざ好まないね。しかもイイコチャンっぽくてつまらなそうだ」
「……そうですかね。モテると思いますよ。優しいですから」
望夏は梅酒を呷ると舌を鳴らした。指を振る。
「チッチッチ。優しいから~でモテるのは小学3年生までだぜ。女っつーのは、優しい男が好きだなんて、そんな清純にはできてねぇだろ」
「……そうですね」
「清純じゃねぇんだ、あんた」
彼女は梅酒の液面を凝らしていた。その目は澱んで見えた。
「昼、なんで泣いてた?」
「泣いてませんけれど……」
「いや、泣いてたね。オレ様には分かる」
素直な女だった。駆け引きをするという選択も浮かばないようである。そして望夏の存在もはっきりと認めていないのだ。自身の世界に閉じ籠もり、迷路を彷徨っている。現実という新たな解決方法を最初から捨てている。現実逃避などするために迷うのだ。妄想から逃避すべきなのだ。
望夏は横目で俯く女を眺めていた。迷える人間を肴に飲む酒は美味い。
「弟が死んだのは、わたしの所為かもしれないんです」
「渚砂、死んだのけ」
望夏は面食らった。確かに、いつもならば四六時中、異父姉に纏わりついている弟の姿が見えない。グラスを置き、部屋を覗きに行こうとした。
「渚砂さんではなくて……」
「あ、」
ハイブランドのスーツの2組が思い起こされた。弟の異父姉の異父弟とか言っていた故人の異母兄弟だったはずだ。けれども虚空に描像した家系図は曖昧だった。
「河童に召されたやつか。あのな、あんたがやるべきは、なんで死んだ、誰が殺したコックローチって探ることじゃねぇのよ。夏場に水辺に行くやつは自業自得、最悪、人殺しだと、そう啓蒙することなんだよな。分かるか、啓蒙って。毛深いことじゃねぇぞ。毛を剃ることでもない。女の共感脳はこれだからいけねぇよ」
「そうですね」
望夏は梅酒を流し込む。
「酒が足らねぇんだよ。飲めよ。蒸発しちまうだろうが」
「はい……」
彼女はグラスに口をつけた。まるで湯呑で熱い茶を飲むかのような所作だった。望夏は見惚れてしまった。軋む喉に噛み付いてみたくなる。
「で、あんたがめだかくんだかかもめくんだかを突き落としたって?」
「そうではないんですけれど……」
「じゃあ殺しちまったってなんだよ」
望夏の脳裏には、庭いじりの胡散臭い痣面が稲光と共に露わになる。
「あのオカルトヲタクのせいかよ。冬にはキツネ鍋、夏には河童そば、秋には栗まんじゅう、春には芋焼酎とか言ってたもんな……オカルトヲタクって周り巻き込むから極悪人だぜ……」
「望夏さんには、嗤われてしまうかもしれないんですけれど……」
「おう、なんだ。嗤ってやるよ、バカじゃねぇのかってな」
彼女は苦笑を見せた。
「一度、あの子を疎んだことがあるんです」
「だから死んだって?」
彼女は頷いた。躊躇いがあったのは、嘲笑を恐れたのか。
「あんた、魔女かなんか?」
「意外と、そうなのかもしれませんね」
「かもめくんが邪魔だと思ったから、めだかくんが死んだって? 女はすぐスピる。占いだ、風水だ、霊感だ。しまいには魔女かよ」
彼女は梅酒を一口飲んだ。
「ばからしい話だとは思っているんです。でも……」
「でもももももものうち。でももすもももねぇよ。関係ナシ。あんたは魔女じゃない。凡人だよ」
望夏は項を掻いた。陰鬱な女は苦手だ。闊達で溌剌とした女でなければ付き合い甲斐がない。
「酒飲んで忘れちまえ。おら、酒持ってきてやるよ」
望夏は台所に隠された梅酒の広口瓶を持ってくると、玉杓子で原液を掬う。弟の異父姉のグラスに注ぐ。
「そんなに飲めません……」
「飲め、飲め。飲まないからメンヘラになんかなるんだよ。酒は福祉だぞ? 酒こそ万物を救うんだよ。神だって飲んでるだろうが! 神? 神だと? あのオカルトヲタクの所為だ! 何が神だ。神だって大酒飲みだろうが。凡俗じゃねぇか! 気違い水をありがたかって飲んで、神様仏様夏はSummerってか!」
梅酒をまた呷る。そして相手を急かす。苦笑しながらも弟の異父姉もグラスに口をつけた。
「わたしのご先祖様……神様にお酒を渡さなかったんです」
「そら、いいことだ。そら、善行だよ。気違い水をばかすかばかすかくれちまうから、地球は年々暑くなってんだろ。地震が起きて、津波が来て、火山が噴火する。気違い水なんぞを、くれちまうからだろうが!」
望夏は叫んだ。
「でも、だから……」
「だからかもめくんが死んだって?」
「そうは思っていませんけれど……」
「自分が邪魔臭く思った所為でめだかくんが死んだと思って泣いてたワケか? アホくせぇ。それならもっと消してほしい奴等いるんだけど、消してくんね?」
彼女は無理矢理に口角を上げている。
「そうやって笑うとブスだな、あんた。渚砂が見たらインポになっちまうよ」
作り笑いは忽ち萎れていく。
「付き合ってる人も、そうなのかな……」
「ハァ?」
恍けた顔と目が合う。
「カレシいんの?」
「自然消滅しそうだけれど、いるんです」
「弟の渚砂とヤっちまってるのに?」
彼女は目を逸らした。悲痛な面持ちである。
「よしてください……」
女の肉体の感じやすさに疑問があった。弟の技巧ではなかろう。だが、今、解決した。交際相手に愛でられた身体が、おそらく放置され、欲求の膿を出せず腫れに腫れていたのだろう。
「渚砂にレイプされました、は通用しねぇからな。あんたもイってたんだし」
肌の感受性を研ぎ澄まされるほど抱かれた恋人がいるというのに、その恋人ではない男に圧し掛かられ、腰を突き入れられ、牡棒に嬌声を上げていた。端麗な外貌の持主といえども、人間には越えてはならない一線がある。人間には倫理と道徳というものがあるはずだ。しかしこの女は弟を相手に、恋人がいる身でありながら強姦で絶頂した。
「よして……」
一匹の牝だ。
「まぁ、浮気しちまったなら1人も2人も変わんねぇか。オレともヤっちまうか」
彼女はまたもや笑みを貼り付ける。
「嫌な冗談……」
「冗談じゃねぇよ。本気だって。カレシ持ちって聞いて余計、手、出したくなってきたわ」
望夏は四つ這いになって弟の想い人に詰め寄った。彼女は腰だけ置いて、上体を逃がす。
「なんで逃げんだ」
小さな肩を掴んだ。女の顔は酔いのためか青褪めている。
「あ………あのね。知ってると思うんだけれど………」
彼女は早口だった。
「ああ、知ってる。あんたにはカレシがいるんだろ。だからなんだ? 自然消滅しそうなんだろ? オレが完全消滅させてやるよ。あんたみたいな淫乱には、オレが必要なんだと思うぜ」
望夏は広口瓶から梅酒の原液を掬うと、玉杓子から啜った。そして弟の異父姉の唇を塞いだ。彼女は頑として口を引き結ぶこともできたであろうに鈍臭いのだった。驚きのあまり口を開いてしまったのだった。梅と氷砂糖の溶けたリキュールが望夏の口から女の口へ移る。
彼女は抵抗したが、膂力の差は明白だった。酒を飲ませるついでに、口腔を嬲った。
「も………か、くん………」
獲物の力が抜けていくのが分かった。望夏は酒臭い接吻を解く。夜の水溜りを思わせる目が、望夏の動きについていけずに、天井に留められたままだった。芯をなくした躯体は畳へと崩れ落ちていく。
縄も手枷も用いずに、女を拘束したようなものだった。
「望夏くん……、わたしたちだって、……」
弟の異父姉は腕で顔を覆った。
「静かにしとけよ。渚砂が起きちまう。頭痛ぇって言ってたろ。起こしたら可哀想だ」
望夏は女体の服を捲った。キャミソールは蒸れて肌に張り付いている。捲り上げる。くすんだピンク色のブラジャーが見えた。媚びたところのない、落ち着いた色味が青みを帯びた血色によく似合っている。レースを携えたカップに、乳房が液体よろしく詰まっている。
望夏は口笛を吹いた。
「裸にしないで……」
彼女は緩慢な動作で胸を隠した。間延びした喋り方には隙がある。相手を強者と認めた眼差しだった。崇めているようでもある。
「あのキスマーク、見せろよ」
細腕を引っ手繰るのは容易だった。左右の膨らみが作る谷間にはまだ赤い斑点が残っている。このひとつ、ひとつに挑発されている気分だった。
「望夏くんとは、変なこと、できないよ。望夏くんとは、変なことできないの……」
「渚砂とセックスしといてそりゃないぜ」
草臥れたロングワンピースを捲る。部屋着だ。彼女が寝間着ではないことに気付く。まだ風呂には入っていない。
「汚いから……」
望夏はブラジャーと同じ色味のショーツを覗いていた。月経の様子はなかった。桃を彷彿とさせる淡い香りが汗に閉じ込められ、洗剤の匂いに乗って、鼻をくすぐる。
シャワー後の女しか抱けないつもりでいた。けれども田舎の暮らしが彼の感性を変えていったのかもしれなかった。
「案外、いいかもな」
「わたしにはカレシがいて、望夏くんとは姉弟だから……」
弟の異父姉は背中を畳に預けていた。四肢を投げ出している。
「姉弟なのは渚砂だろ。酔っ払ってんのか」
彼女は瞬きをするのも気怠そうだった。油分を含んだような眸子が焦点を合わせようとしてはいるが、虚空に散漫していく。
「望夏くんとも、姉弟なの。涼歌さんは、わたしのお父さん……」
「そんな嘘吐いまで、オレとヤりたくねぇってワケ? カレシに悪ぃから? 渚砂とはセックスしたクセに?」
「本当よ。本当なの……わたしも涼歌さんの……」
「おいおい、よせよせ。オレは弟がいるとしか聞いてねぇぜ」
弟の異父姉の眉が下がる。下唇を噛み、澱んだ眼の外側から照っている。
「わたしがお母さんに付いていったから……?」
彼女の表情が滲みはじめた。鼻を鳴らしている。
「わたしがお母さんに付いていったこと、怒ってるんだ……」
投げ出した腕を引き寄せる所作は重げだった。声が震えていた。
「弟はどうするのって、……言われたの」
鼻を啜り、彼女は目元を赤らめた。
望夏のなかに燃え上がった義務感が焼け焦げ、灰と化していく。
「お母さんが死んじゃったとき、お父さんと行きたかったのに……お父さんと、都会に行きたかった。。大学、行きたかった。わたし多分、全然、あの子に悪いって思ってない」
ぎこちない手付きで顔を覆い、彼女は本格的に泣き出した。
望夏は嗚咽する異母姉を凝らしていた。アルコールが思考を拒絶する。女の子が泣いているということしか感じさせてくれなかった。
「礁ちゃんにも弟どうするのって言われて、そんなのわたしにも分かんないよ……」
彼女は叫んだ。震えていた。アルコールの匂いが彼女を包んでいる。
おそらくは"礁ちゃん"が交際相手なのだろう。庭いじりの名前ではなかったように思う。
目の前で泣く女は多い。別れたくない。他の女のところに行かないで。仕事を辞めて結婚してほしい。理由は様々。
泣く女は嫌いだ。身勝手で利己的で保身的な理由でなければ、女は泣きもせず怒りもしないのだ。
「ねぇ、お姉ちゃん、おうち出ていっていい……?」
彼女は浮腫んだ目元を拭う。
「今度は死なせないから……」
腫れぼったくなった目蓋が降り、睫毛が光る。
「行くアテあんのかよ」
自己中心的な女の醜い有様は、酔いすらも冷ました。
「礁ちゃんと一緒に……」
一度落ち着いた彼女の目から、止め処なく涙が溢れ出している。
「あの子殺したお金で礁ちゃんと暮らすの、礁ちゃん赦してくれないよ……」
殺人稼業でもしているかのような口振りだ。
「殺した金? そんなのあんのか」
世話をさせるのは好きだが、酔っ払いの世話は嫌いだった。望夏の身体は、自室にしてしまった西側の部屋を向いていた。けれども家主をこのまま転がしておくわけにもいかないような気がしていた。
「あの子のお兄さんたちがお金くれるの……家族だって名乗り出ないでって……お金くれて、わたしのことオモチャにするの……」
「ハァ?」
アルコールは身体を蝕む。あらゆるメディアが、医者がそれを説こうとも、十分に承知していようとも、楽しいから飲むのだ。健康を害してまで得たい高揚感があるから飲むのだ。だというのに、酒の唯一無二の利点が消え去った。何の旨みもなしに毒液を摂取している。
「オモチャにするって、セックスしてんの?」
「うん……」
望夏は頭を掻いた。
「カレシいんのに?」
「うん……」
「渚砂ともセックスしてんのに?」
「うん……」
望夏は溜息を吐いた。否、酔っ払いは話の流れを問わず、空返事を繰り返しているだけなのかもしれない。
「オレともセックスしろよ」
赤らんだ目元が歪み、酔っ払いは徐ろに頭を擡げた。
「うん………」
そして身体は弛緩し、彼女の頭は畳に転がる。広がった黒髪に、白波が走った。
望夏は遺骸のようになった躯体を見下ろす。姉だと告げられたが、本能は姉と認めていなかった。本能は牝だと認識している。番う可能性のある雌の個体だと訴えている。血縁者だと、身体のどこも彼女を認めてはいない。
「ヤっちまってからだな」
鳴りを潜めていた酩酊感が彼女の髪を駆けていった光沢よろしく望夏の全身を突き抜けていった。
弟に言ったことは忘れ、彼は果物の皮を剥く要領で布を取り払っていく。女は抵抗もしなくなったが、協力もしなかった。蝋人形然として、四肢を投げ出し、油膜を張った眼で天井を凝らしていた。
無反応な女を抱く趣味はないつもりでいた。けれども無反応な女を相手にしてこなかっただけのことだったのだ。牡の本能が、種蒔き男の遺伝が、女ならば反応の有無にかかわらず、種を植える機会を逃すまいとしている。姉だと女は言い張るが、自然の危機感は働かない。むしろ見た目が嗜好に沿っているために、危機感どころか好奇心ばかりが先走っている。
靭やかな脚から擦り切れたワンピースを引き抜いた。ダスティピンクのショーツを、荒くれた眼光で嘗め回す。レースに覆われた小さい骨盤が括れた腹回りを強調する。丸みを帯びた曲線は、時間を忘れて眺めてしまう。
柔肌に手を伸ばしたとき、視界の横に違和感を覚えた。ふと、そちらを向いてしまった。縁側と、掃き出しのガラス戸がある。居間を映しているが、外の菜園も薄らと透けていた。
反射か、野生動物だろう。ジビエへの憧れは捨てきれていないが、今はすでに獲物を捕まえている。これから食べなければならない。
腿に触れた。滑らかな皮膚を撫で回す。細いが肉感はある。膝で括れ、細すぎない、孅さと田舎に住まう逞しさを併せ持った脹脛が伸びている。彼女は小さい印象はなかったが、長身でもないようだった。小さな頭と華奢な躯体、引き締まった胴と長い下肢のために背が高く見えるようなのだ。
「もう大きいんだから………一人でできるよね――……」
寝言と聞き紛う呂律の回らなさだった。睡眠を邪魔され怒っているようだ。
「――ちゃん」
子供のうちに死んだ弟と同一視されている。子供扱いされている。弟のセックスの相手をしているのも、おそらくは児戯としか認識していないのではないか。彼女の感度では、弟に遊ばれているようで弟で遊んでいる。姉弟間で異様な関係だが、恋愛感情さえ差し引けば姉弟間であるがゆえに或いは勘定外として扱える。
弟は美貌が付属した張型に過ぎないのだ。彼女のなかには自然消滅しそうな交際相手と、亡弟の異父兄弟たちとの肉体交渉しか取るに足らないことなのだ。
弟と車を観に行ったが、望夏の気に入ったものがなく、決めもせずに帰ってきた。弟は大した興味もなさそうで、乗れて動けば良いようだ。
帰りに外食に誘ったが、弟は嫌がった。早く異父姉に会いたいと言っていた。
家に着くと弟の異父姉は居間に座り、呆然としていた。一足先に入っていった弟はそういうところに気が回らないようで、姉にしがみついている。貞潔の身でなくなったとしても、成長のない男というものはいるのだ。成長していないどころか、むしろ退化してはいまいか。
「ただいま、"姉ちゃん"」
浮腫んだ目が望夏を捉える。彼女は目元を拭った。互いの焦点が合った途端に理性の光が射した。
「おかえりなさい。キーマカレーができてるから、チンして食べて」
「姉さん。姉さん……」
弟は異父姉が望夏と話したのが赦せないようだった。
「ごはん、食べてね」
彼女は異父弟を突き離し、立ち上がった。突き離した意識もなかったようだ。目の前の羽虫を払うような然りげない仕草だった。
「姉さん……」
弟は畳に尻をつけたまま、上半身だけで追おうとしている。姉のほうは居間を去る。
「やめとけ。女には色々あんだよ、多分。夏なんてただでさえウザかろうに」
しかし貞潔の身を捨てた青臭い小僧には伝わらないようだ。美貌を台無しにする愚鈍な顔を晒している。彼には自覚がない。或いはそこに価値を見出していなち。
「生理だ、生理。生理だよ。蒸れるんだとよ、特に夏は。ナプキンのCM観てねぇのか」
弟はぬぼぉ、と黒い目を宙に彷徨わせた。
「そうか」
彼は立ち上がった。間抜け面に険しさが戻る。
「くどいことするなよ。女がああなっちまったら、男なんぞはハエやカよりもウゼぇんだと。昔、情婦が言ってた」
弟は台所に向かったようだ。電子レンジの振動が微かに聞こえた。
望夏は縁側の戸を引いた。菜園に立つ麦わら帽子が振り返った。手招きすると、庭いじりが寄ってきた。
今は日に焼けているが、元は色白なのだろう。顔が赤らんでいる。片頬に痣があるのは農作業中に転びでもしたのだろうか。
「どうかしましたか」
「"姉ちゃん"と何かあった?」
目元のようすからして弟の異父姉は泣いていたようだ。この男は留守中に共に家にいた。
「何もないですが、どうしてですか」
恍けている様子はなかった。むしろその澄んだ双眸と語気には、不安が燃え揺らいでいった。
「梅子さん、何かあったんですか」
縁側から居間に上がろうとする庭いじりを押し留める。
「いや、いや。オレの気の所為だな。何もねぇなら生理だよ、生理。生理!」
庭いじりは眉を顰めた。侮蔑を惜しげもなく訴えている。
「あまり大声で言うものではないですよ……」
「またスーツの兄ちゃんたちが来たのかと思った」
庭いじりの反応を窺う。色素の薄い瞳が望夏を睨む。
「クモリグループのお偉いさん方に会ったんですね」
絹の手触りを思わせる声がわずかに下がった。
「会った」
「……そうですか」
「"姉ちゃん"から金搾り取ってんだろ?」
「あんな稼ぎのある人が?」
「金なんかあればあるだけいいだろ」
庭いじりは渋い面構えで首を傾げる。何か知っている。
「違うってのかよ」
「田舎者は他人の踏み込んだところをあれこれ言うのが娯楽ですが、時代が変われば人も変わります」
庭いじりは踵を返す。
「お前の話は回りくどい。校長先生かよ。つまり田舎モンは都会以上に時代に乗っかってるってか? 嘘 吐け。それなら河童だの妖怪だの言ってんなって。おっかねぇから言いたくねぇだけだろ」
示指で庭いじりの眼交いを突き刺す。彼は不快を見せる。
「田舎モンめ。女みたいにペラペラ、ペラペラ。紙っペラみたいな連帯感で繋がってる近隣住民と、紙っペラみたいな器の紙っペラみたいな信仰心で、薄い人生でも送ってろ」
人差し指を払い落とされる。
「嫌だな、望夏さん。あなたももう田舎者の仲間入りですよ。ですから、次朗系ラーメンみたいなギトギトした都会の空気のことは少しずつ忘れていってくださいね」
「嫌だね!」
「嫌だと言われましても、そうでしょうが」
庭いじりはもう望夏に構うことはなかった。生い茂った緑に消えていく。
扇風機に嗤われている。
望夏は梅酒を注いだ。他に酒はない。買いに行くのも面倒臭くなっていた。炭酸水で割っているところに、弟の異父姉がやってきた。具合が悪いようで、夕食は望夏が買ってきたのだった。
「夕食を作れてなくてごめんなさい」
目元の浮腫は解消されていたが、全体的に窶れて見えた。肌は毳立っている。
「いや、別に。食えたのかよ?」
「うん」
「酒でも飲もうぜ」
彼女は首を振った。
「何かあるといけないから……」
「何かって?」
「分からないけれど、もし誰かが熱中症とかになったら、病院に送らないとでしょう?」
「ンなもん救急車の仕事だわさ。何のためにバカ高い税金納めてると思ってんだよ。いや、納めてた、か」
彼女は俯いてしまった。
居間に運んでから飲もうと思っていた梅酒を、彼は一口飲んでしまった。
「飲もうぜ。いざとなりゃ渚砂にやらせりゃいい。ペーパーだが腕は悪くねぇと思うんよ。
「でも……」
「飲もうぜ」
望夏は面倒臭くなった。弟の異父姉に近寄り、肩を抱く。彼女は身を縮めた。揺れる胸を見下ろす。柔らかな肌だった。姉弟の交合いが甦る。惨めな夜を過ごした!
あの後、悶々とする肉体を解放しなければならなかったのだ。
「お酌してくれよ~。渚砂はあんたの弟でもあって、あんたの弟の世話してんだぜ~、オレは。ああ、オレってやつは、なんて孝行者なんだ」
グラスをひとつ取り、梅酒を注ぐ。望夏の経験則からして、女は甘いものが好きなのだ。炭酸水ではなく、"六ツ弓ソーダ"で割った。強炭酸の砂糖水で、氷を入れて飲むつもりでいた。
「ほら、飲め」
「……ありがとうございます」
弟の異父姉はグラスを受け取った。居間へ移動する。扇風機を点け、テレビを点ける。だが音量を下げた。
弟の異父姉は自宅だというのに正座し、肩は張って、グラスに絡む指には落ち着きがない。これから面接でもあるかのようだ。
「庭いじりの意地悪にいちゃん、痣あったな」
雑談のつもりが、彼女には打撃を与えたようだった。
「"姉ちゃん"が殴ったんけ」
梅子の眉間に皺が寄る。間があってから、首を振る。
「じゃあカノジョにでもフられたんだな」
しかし望夏の見立てでは、あの庭いじりの男に交際相手はいない。望夏の経験則からいえば、女というものはスリルを求めてしまうものなのだ。いくら見目が麗しかろうと、そのようなものは数日もあれば見慣れる。女というものはよく気が付く。数日後には肌荒れや浮腫みが気に掛かるのだ。
「うん……きっと、そうだと思います」
「いや、あいつに恋人はいないと見た。女はオカルトヲタクの男なんざ好まないね。しかもイイコチャンっぽくてつまらなそうだ」
「……そうですかね。モテると思いますよ。優しいですから」
望夏は梅酒を呷ると舌を鳴らした。指を振る。
「チッチッチ。優しいから~でモテるのは小学3年生までだぜ。女っつーのは、優しい男が好きだなんて、そんな清純にはできてねぇだろ」
「……そうですね」
「清純じゃねぇんだ、あんた」
彼女は梅酒の液面を凝らしていた。その目は澱んで見えた。
「昼、なんで泣いてた?」
「泣いてませんけれど……」
「いや、泣いてたね。オレ様には分かる」
素直な女だった。駆け引きをするという選択も浮かばないようである。そして望夏の存在もはっきりと認めていないのだ。自身の世界に閉じ籠もり、迷路を彷徨っている。現実という新たな解決方法を最初から捨てている。現実逃避などするために迷うのだ。妄想から逃避すべきなのだ。
望夏は横目で俯く女を眺めていた。迷える人間を肴に飲む酒は美味い。
「弟が死んだのは、わたしの所為かもしれないんです」
「渚砂、死んだのけ」
望夏は面食らった。確かに、いつもならば四六時中、異父姉に纏わりついている弟の姿が見えない。グラスを置き、部屋を覗きに行こうとした。
「渚砂さんではなくて……」
「あ、」
ハイブランドのスーツの2組が思い起こされた。弟の異父姉の異父弟とか言っていた故人の異母兄弟だったはずだ。けれども虚空に描像した家系図は曖昧だった。
「河童に召されたやつか。あのな、あんたがやるべきは、なんで死んだ、誰が殺したコックローチって探ることじゃねぇのよ。夏場に水辺に行くやつは自業自得、最悪、人殺しだと、そう啓蒙することなんだよな。分かるか、啓蒙って。毛深いことじゃねぇぞ。毛を剃ることでもない。女の共感脳はこれだからいけねぇよ」
「そうですね」
望夏は梅酒を流し込む。
「酒が足らねぇんだよ。飲めよ。蒸発しちまうだろうが」
「はい……」
彼女はグラスに口をつけた。まるで湯呑で熱い茶を飲むかのような所作だった。望夏は見惚れてしまった。軋む喉に噛み付いてみたくなる。
「で、あんたがめだかくんだかかもめくんだかを突き落としたって?」
「そうではないんですけれど……」
「じゃあ殺しちまったってなんだよ」
望夏の脳裏には、庭いじりの胡散臭い痣面が稲光と共に露わになる。
「あのオカルトヲタクのせいかよ。冬にはキツネ鍋、夏には河童そば、秋には栗まんじゅう、春には芋焼酎とか言ってたもんな……オカルトヲタクって周り巻き込むから極悪人だぜ……」
「望夏さんには、嗤われてしまうかもしれないんですけれど……」
「おう、なんだ。嗤ってやるよ、バカじゃねぇのかってな」
彼女は苦笑を見せた。
「一度、あの子を疎んだことがあるんです」
「だから死んだって?」
彼女は頷いた。躊躇いがあったのは、嘲笑を恐れたのか。
「あんた、魔女かなんか?」
「意外と、そうなのかもしれませんね」
「かもめくんが邪魔だと思ったから、めだかくんが死んだって? 女はすぐスピる。占いだ、風水だ、霊感だ。しまいには魔女かよ」
彼女は梅酒を一口飲んだ。
「ばからしい話だとは思っているんです。でも……」
「でもももももものうち。でももすもももねぇよ。関係ナシ。あんたは魔女じゃない。凡人だよ」
望夏は項を掻いた。陰鬱な女は苦手だ。闊達で溌剌とした女でなければ付き合い甲斐がない。
「酒飲んで忘れちまえ。おら、酒持ってきてやるよ」
望夏は台所に隠された梅酒の広口瓶を持ってくると、玉杓子で原液を掬う。弟の異父姉のグラスに注ぐ。
「そんなに飲めません……」
「飲め、飲め。飲まないからメンヘラになんかなるんだよ。酒は福祉だぞ? 酒こそ万物を救うんだよ。神だって飲んでるだろうが! 神? 神だと? あのオカルトヲタクの所為だ! 何が神だ。神だって大酒飲みだろうが。凡俗じゃねぇか! 気違い水をありがたかって飲んで、神様仏様夏はSummerってか!」
梅酒をまた呷る。そして相手を急かす。苦笑しながらも弟の異父姉もグラスに口をつけた。
「わたしのご先祖様……神様にお酒を渡さなかったんです」
「そら、いいことだ。そら、善行だよ。気違い水をばかすかばかすかくれちまうから、地球は年々暑くなってんだろ。地震が起きて、津波が来て、火山が噴火する。気違い水なんぞを、くれちまうからだろうが!」
望夏は叫んだ。
「でも、だから……」
「だからかもめくんが死んだって?」
「そうは思っていませんけれど……」
「自分が邪魔臭く思った所為でめだかくんが死んだと思って泣いてたワケか? アホくせぇ。それならもっと消してほしい奴等いるんだけど、消してくんね?」
彼女は無理矢理に口角を上げている。
「そうやって笑うとブスだな、あんた。渚砂が見たらインポになっちまうよ」
作り笑いは忽ち萎れていく。
「付き合ってる人も、そうなのかな……」
「ハァ?」
恍けた顔と目が合う。
「カレシいんの?」
「自然消滅しそうだけれど、いるんです」
「弟の渚砂とヤっちまってるのに?」
彼女は目を逸らした。悲痛な面持ちである。
「よしてください……」
女の肉体の感じやすさに疑問があった。弟の技巧ではなかろう。だが、今、解決した。交際相手に愛でられた身体が、おそらく放置され、欲求の膿を出せず腫れに腫れていたのだろう。
「渚砂にレイプされました、は通用しねぇからな。あんたもイってたんだし」
肌の感受性を研ぎ澄まされるほど抱かれた恋人がいるというのに、その恋人ではない男に圧し掛かられ、腰を突き入れられ、牡棒に嬌声を上げていた。端麗な外貌の持主といえども、人間には越えてはならない一線がある。人間には倫理と道徳というものがあるはずだ。しかしこの女は弟を相手に、恋人がいる身でありながら強姦で絶頂した。
「よして……」
一匹の牝だ。
「まぁ、浮気しちまったなら1人も2人も変わんねぇか。オレともヤっちまうか」
彼女はまたもや笑みを貼り付ける。
「嫌な冗談……」
「冗談じゃねぇよ。本気だって。カレシ持ちって聞いて余計、手、出したくなってきたわ」
望夏は四つ這いになって弟の想い人に詰め寄った。彼女は腰だけ置いて、上体を逃がす。
「なんで逃げんだ」
小さな肩を掴んだ。女の顔は酔いのためか青褪めている。
「あ………あのね。知ってると思うんだけれど………」
彼女は早口だった。
「ああ、知ってる。あんたにはカレシがいるんだろ。だからなんだ? 自然消滅しそうなんだろ? オレが完全消滅させてやるよ。あんたみたいな淫乱には、オレが必要なんだと思うぜ」
望夏は広口瓶から梅酒の原液を掬うと、玉杓子から啜った。そして弟の異父姉の唇を塞いだ。彼女は頑として口を引き結ぶこともできたであろうに鈍臭いのだった。驚きのあまり口を開いてしまったのだった。梅と氷砂糖の溶けたリキュールが望夏の口から女の口へ移る。
彼女は抵抗したが、膂力の差は明白だった。酒を飲ませるついでに、口腔を嬲った。
「も………か、くん………」
獲物の力が抜けていくのが分かった。望夏は酒臭い接吻を解く。夜の水溜りを思わせる目が、望夏の動きについていけずに、天井に留められたままだった。芯をなくした躯体は畳へと崩れ落ちていく。
縄も手枷も用いずに、女を拘束したようなものだった。
「望夏くん……、わたしたちだって、……」
弟の異父姉は腕で顔を覆った。
「静かにしとけよ。渚砂が起きちまう。頭痛ぇって言ってたろ。起こしたら可哀想だ」
望夏は女体の服を捲った。キャミソールは蒸れて肌に張り付いている。捲り上げる。くすんだピンク色のブラジャーが見えた。媚びたところのない、落ち着いた色味が青みを帯びた血色によく似合っている。レースを携えたカップに、乳房が液体よろしく詰まっている。
望夏は口笛を吹いた。
「裸にしないで……」
彼女は緩慢な動作で胸を隠した。間延びした喋り方には隙がある。相手を強者と認めた眼差しだった。崇めているようでもある。
「あのキスマーク、見せろよ」
細腕を引っ手繰るのは容易だった。左右の膨らみが作る谷間にはまだ赤い斑点が残っている。このひとつ、ひとつに挑発されている気分だった。
「望夏くんとは、変なこと、できないよ。望夏くんとは、変なことできないの……」
「渚砂とセックスしといてそりゃないぜ」
草臥れたロングワンピースを捲る。部屋着だ。彼女が寝間着ではないことに気付く。まだ風呂には入っていない。
「汚いから……」
望夏はブラジャーと同じ色味のショーツを覗いていた。月経の様子はなかった。桃を彷彿とさせる淡い香りが汗に閉じ込められ、洗剤の匂いに乗って、鼻をくすぐる。
シャワー後の女しか抱けないつもりでいた。けれども田舎の暮らしが彼の感性を変えていったのかもしれなかった。
「案外、いいかもな」
「わたしにはカレシがいて、望夏くんとは姉弟だから……」
弟の異父姉は背中を畳に預けていた。四肢を投げ出している。
「姉弟なのは渚砂だろ。酔っ払ってんのか」
彼女は瞬きをするのも気怠そうだった。油分を含んだような眸子が焦点を合わせようとしてはいるが、虚空に散漫していく。
「望夏くんとも、姉弟なの。涼歌さんは、わたしのお父さん……」
「そんな嘘吐いまで、オレとヤりたくねぇってワケ? カレシに悪ぃから? 渚砂とはセックスしたクセに?」
「本当よ。本当なの……わたしも涼歌さんの……」
「おいおい、よせよせ。オレは弟がいるとしか聞いてねぇぜ」
弟の異父姉の眉が下がる。下唇を噛み、澱んだ眼の外側から照っている。
「わたしがお母さんに付いていったから……?」
彼女の表情が滲みはじめた。鼻を鳴らしている。
「わたしがお母さんに付いていったこと、怒ってるんだ……」
投げ出した腕を引き寄せる所作は重げだった。声が震えていた。
「弟はどうするのって、……言われたの」
鼻を啜り、彼女は目元を赤らめた。
望夏のなかに燃え上がった義務感が焼け焦げ、灰と化していく。
「お母さんが死んじゃったとき、お父さんと行きたかったのに……お父さんと、都会に行きたかった。。大学、行きたかった。わたし多分、全然、あの子に悪いって思ってない」
ぎこちない手付きで顔を覆い、彼女は本格的に泣き出した。
望夏は嗚咽する異母姉を凝らしていた。アルコールが思考を拒絶する。女の子が泣いているということしか感じさせてくれなかった。
「礁ちゃんにも弟どうするのって言われて、そんなのわたしにも分かんないよ……」
彼女は叫んだ。震えていた。アルコールの匂いが彼女を包んでいる。
おそらくは"礁ちゃん"が交際相手なのだろう。庭いじりの名前ではなかったように思う。
目の前で泣く女は多い。別れたくない。他の女のところに行かないで。仕事を辞めて結婚してほしい。理由は様々。
泣く女は嫌いだ。身勝手で利己的で保身的な理由でなければ、女は泣きもせず怒りもしないのだ。
「ねぇ、お姉ちゃん、おうち出ていっていい……?」
彼女は浮腫んだ目元を拭う。
「今度は死なせないから……」
腫れぼったくなった目蓋が降り、睫毛が光る。
「行くアテあんのかよ」
自己中心的な女の醜い有様は、酔いすらも冷ました。
「礁ちゃんと一緒に……」
一度落ち着いた彼女の目から、止め処なく涙が溢れ出している。
「あの子殺したお金で礁ちゃんと暮らすの、礁ちゃん赦してくれないよ……」
殺人稼業でもしているかのような口振りだ。
「殺した金? そんなのあんのか」
世話をさせるのは好きだが、酔っ払いの世話は嫌いだった。望夏の身体は、自室にしてしまった西側の部屋を向いていた。けれども家主をこのまま転がしておくわけにもいかないような気がしていた。
「あの子のお兄さんたちがお金くれるの……家族だって名乗り出ないでって……お金くれて、わたしのことオモチャにするの……」
「ハァ?」
アルコールは身体を蝕む。あらゆるメディアが、医者がそれを説こうとも、十分に承知していようとも、楽しいから飲むのだ。健康を害してまで得たい高揚感があるから飲むのだ。だというのに、酒の唯一無二の利点が消え去った。何の旨みもなしに毒液を摂取している。
「オモチャにするって、セックスしてんの?」
「うん……」
望夏は頭を掻いた。
「カレシいんのに?」
「うん……」
「渚砂ともセックスしてんのに?」
「うん……」
望夏は溜息を吐いた。否、酔っ払いは話の流れを問わず、空返事を繰り返しているだけなのかもしれない。
「オレともセックスしろよ」
赤らんだ目元が歪み、酔っ払いは徐ろに頭を擡げた。
「うん………」
そして身体は弛緩し、彼女の頭は畳に転がる。広がった黒髪に、白波が走った。
望夏は遺骸のようになった躯体を見下ろす。姉だと告げられたが、本能は姉と認めていなかった。本能は牝だと認識している。番う可能性のある雌の個体だと訴えている。血縁者だと、身体のどこも彼女を認めてはいない。
「ヤっちまってからだな」
鳴りを潜めていた酩酊感が彼女の髪を駆けていった光沢よろしく望夏の全身を突き抜けていった。
弟に言ったことは忘れ、彼は果物の皮を剥く要領で布を取り払っていく。女は抵抗もしなくなったが、協力もしなかった。蝋人形然として、四肢を投げ出し、油膜を張った眼で天井を凝らしていた。
無反応な女を抱く趣味はないつもりでいた。けれども無反応な女を相手にしてこなかっただけのことだったのだ。牡の本能が、種蒔き男の遺伝が、女ならば反応の有無にかかわらず、種を植える機会を逃すまいとしている。姉だと女は言い張るが、自然の危機感は働かない。むしろ見た目が嗜好に沿っているために、危機感どころか好奇心ばかりが先走っている。
靭やかな脚から擦り切れたワンピースを引き抜いた。ダスティピンクのショーツを、荒くれた眼光で嘗め回す。レースに覆われた小さい骨盤が括れた腹回りを強調する。丸みを帯びた曲線は、時間を忘れて眺めてしまう。
柔肌に手を伸ばしたとき、視界の横に違和感を覚えた。ふと、そちらを向いてしまった。縁側と、掃き出しのガラス戸がある。居間を映しているが、外の菜園も薄らと透けていた。
反射か、野生動物だろう。ジビエへの憧れは捨てきれていないが、今はすでに獲物を捕まえている。これから食べなければならない。
腿に触れた。滑らかな皮膚を撫で回す。細いが肉感はある。膝で括れ、細すぎない、孅さと田舎に住まう逞しさを併せ持った脹脛が伸びている。彼女は小さい印象はなかったが、長身でもないようだった。小さな頭と華奢な躯体、引き締まった胴と長い下肢のために背が高く見えるようなのだ。
「もう大きいんだから………一人でできるよね――……」
寝言と聞き紛う呂律の回らなさだった。睡眠を邪魔され怒っているようだ。
「――ちゃん」
子供のうちに死んだ弟と同一視されている。子供扱いされている。弟のセックスの相手をしているのも、おそらくは児戯としか認識していないのではないか。彼女の感度では、弟に遊ばれているようで弟で遊んでいる。姉弟間で異様な関係だが、恋愛感情さえ差し引けば姉弟間であるがゆえに或いは勘定外として扱える。
弟は美貌が付属した張型に過ぎないのだ。彼女のなかには自然消滅しそうな交際相手と、亡弟の異父兄弟たちとの肉体交渉しか取るに足らないことなのだ。
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