Lifriend

結局は俗物( ◠‿◠ )

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ライ・トライ・ト・ブルー 2-1

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「お姉さん!この辺住んでるんですね!」
 呼び止められた。初音のいた空間というよりは部屋を出される時は意識が飛んだような感覚になる。アパート近くに立っていた。命を分けた好青年が小さな女の子と手を繋いで声を掛けてきた。
「あなたは」
 彼の背後をひらりと舞うモンシロチョウに目を奪われた。
片岡かたおか二三貴ふみきっていいます」
 柴犬のような印象を受ける、小麦色の肌に茶髪の青年。年下のように思えたが医療従事者のようで見た目と実年齢にギャップがあるだけなのかもしれない。
「そちらは」
「妹です!」
 歳が離れすぎているような気がしたが、家庭の事情だろう。ずっと笑みを絶やさない片岡に何かを見透かされているような気分になり、すぐに会話を切ってこの場を立ち去りたかった。
「お元気そうでよかったです」
 別れの言葉を切り出そうとして、まとめようとするが片岡の目が泳ぎはじめる。何か知っている。実は知っている、そんな言葉が来たら、どうしたらいいのだろう。
「あ、あの」
 意を決したのか片岡は口を開く。こちらも意を決さなければならないのだろうか。
「この前一緒にいた男の人って…」
 躊躇いがちに初音との関係を問われる。説明すると長くなる関係。信じてもらえるかすら怪しい関係。己が生み出した幻覚。夢。他に何があるだろう。まだ認めたくない節も多々あって。
「深く入り込んですみません、何てこと訊いてるんだろ、オレ…」
 捨て犬のような雰囲気をまとった片岡に反射的に取り繕ってしまう。
「いとこなの、いとこ。ちょっと干渉的な」
 素早く頭を回転させた結果、出た嘘がこれだ。そしてさらにあの場と辻褄が合う補足をつける。片岡の表情はすぐに明るくなり、きらきらとした瞳で見つめられた。
「じゃあ、オレにも、まだ…」
「何してんだ、遅ぇよ」
 片岡の言葉は続かなかった。初音の声に遮られたから。片岡が少し落ち込んだのを妹が不思議そうに見上げている。
「気にしないで。何?」
 初音がいつの間にか居る。遠めに手を揚げ呼んでいる。一瞥したが片岡の用を優先した。けれど片岡は初音の方を気にするばかりで言葉を続けさせようとしない。近付いてくる初音に怯えているのか。
「ごめんね、あのお兄さん、怖いよね」
 言い方が自然と子どもを相手にしているようで。年下かも知れないが、2つ、3つくらいだろう。もしかしたら同い年かも知れない。或いは年上の可能性もなくはない。だが自然と出てしまった。
「誰が怖いお兄さんだ」
 並ぶほど近寄ってきてから片岡を冷たい目で見下ろした。
「いや、あの、ごめんなさい。お姉さん、また今度…」
 諦めたのか、片岡は妹の手を繋ぎ直して会釈してから去っていく。
「何してるの」
「お前の監視するって言っただろ」
「会話の邪魔するとは聞いてないけど」
 あからさまに嫌なカオをすれば、知りません、と言わんばかりに両手を上げて肩を竦めて見せる。
「どうだ?命を半分あげたヤツと喋るのは」
「あなたと喋った後だと何の感慨もない」
 片岡の離れていく背中を見つめる。妹がはしゃいで片岡を見上げている。片岡も妹を見下ろして笑う。買い物帰りかビニール袋を下げている。
「アイツ、かわいいな。アイツ、かわいいわ」
 初音が繰り返す。楽しんでいる。近所の犬を見て喜ぶ子どもみたいだ。
「大事な話だったかも知れないのに」
「…アイツにとってはな」
 冷たそうで寡黙そうな顔が笑うと一気に幼くなる。笑い方もあまり綺麗ではない。
「知ってるの?」
「分かるだろ。流れ的に」
「っていうか聞こえてたの」
「俺の聴覚ナメない方がいいよ」
「今、人間なんでしょ。あまり突飛なコトしないでよ」
 初音は悪戯を企むような表情で頷く。
「俺がいとことか、笑うしかないわ」
 何が何でも煽りたいらしく、初音の言葉に苛立ちながらもアパートに戻っていく。

「狭い部屋だな。豚箱みたい」
 アパートに帰れば1人でいられると思っていた。電気ポットで湯を沸かしていると初音の声がする。
「部屋には上げないって言ったじゃない」
「納得。狭いもんな」
 初音は胡坐をかいて宙に浮いている。初めて見た時と同じ格好だ。
「この辺のアパートなんてこれくらいだよ」
 初音は部屋を見回している。興味なさそうに返事をされる。
「出て行って。狭いの嫌なんでしょ」
「イヤなんて言ってないだろ」
「…部屋には上げないって言ったじゃない」
 沸騰の合図がする。電気ポットに2人分のティーカップを用意し、インスタントコーヒーと湯を注ぐ。初音にティーカップを差し出すと、首を傾げられる。
「猫舌なの?」
「出て行けって言ったり、茶、出したり厄介な女だな」
「コーヒーだけど。言っても出ていかないでしょ」
 苛立った顔を浮かべられ、受け取られないティーカップをテーブルの上に置く。
「だって監視するって言っただろ。何度言わせる?3度目か?」
 宙に浮いていた身体を床に着けてティーカップに口を付ける。
「拒否権は?」
「あるワケないだろ。あると思ったの?室内で首吊られたり、手首切られたり、薬大量に飲まれる可能性だってあるだろ。飛び降りは…なさそうだな?」
「何ソレ。しろってこと?」
「面倒臭い女」
 吐き捨てられた言葉の内容の割りに無邪気に笑う。
「もう死ぬ気とか、ないし」
「どうだか。お前の自殺願望に惹かれてお前見つけたワケだし」
「風呂場にもついてくるの?トイレは?」
 目を丸くされ、不安が過る。
「その2件はイヤなのか?」
「全部嫌なのは前提のはずだけど」
「俺は別にお前の裸とか気にならないけど」
 暫く考えてから初音はどうだ?と言いたそうに目配せする。
「そういう問題?私は嫌。付き合ってもいない男に裸見せるなんて」
 信じられない。批難の声を上げれば初音は意味をよく理解できていなさそうだ。
「いや、俺、男じゃないし、いいだろ?」
 頭が悪いのだろうか。初音も自分が何を言っているのか分かっていないのか、首を傾げている。
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