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シックシックミッシング 7-1
しおりを挟む身体が怠い。風邪だろう。もともと風邪をひいていての行動だったのかも分からない。布団の中で目覚まし時計を見つめる。仕事を辞めたばかりで目が覚めたと当時に時刻を確認する癖が抜けない。予定が狂って生きているがあと3日なら再就職も考えにない。
「飲んでいいってば」
初音が落ち着かない様子だ。空腹なのだろう。人間に化け続けるには吸血が必要なのだそうだ。
「貧血が3日後の死因に響いたらどうする」
「貧血の薬飲もうか?初音くんがそわそわしている方が気になるんだけど」
葛藤しているようだ。暫く初音は吸血していない状態で人間に化けている。
「アンタ、もう怒ってないのか」
「怒ってたのは初音くんの方でしょ」
「…そうだったか?」
「仮に私が怒ってたとしても…そういうのは常に怒ってるものじゃないから」
「出た」
次に来る言葉は分かっている。
「面倒臭い女」
「面倒臭い女」
初音と声を揃えて続きを言う。
「私は休みだけど、バイトあるんでしょ、飲みなさいって」
そういうと同時に視界が変わる。空気も変わる。寝ていた布団の感触も変わる。いつもと違うのは寝間着に身を包んでいるところだ。けれど身に覚えのないこれも薄手の派手なローブのような寝間着。
「これ、着るイミ、ある?」
胸元が大きく開いている。毎回変わる派手な下着が見える。
「脱ぐか?」
「着させていただきます」
初音なりの気遣いなのだろう。シーツを寄せて肌を隠す。室温は丁度良いが、今の体調では身体を冷やしてしまいそうだ。
「なぁ」
「何?気、遣ってくれてるの?」
今までは背後からだったが今日はベッドの上で膝立ちで向かい合い、初音は正面から抱き留める。
「初音くん!」
「嫌なんだろ、こういうの。分かってる」
「だったら…」
真剣みを帯びた初音の声に拒否することを忘れた。
「アンタは悪くない。俺が無理矢理こうしてる」
「急にどうしたの。早く飲みなさいよ。バイト遅れるでしょ」
抱擁の力が強くなる。
「だからアンタは何も裏切っちゃいない。俺が巻き込んでるだけだ」
いつの日か言った、宛てのない誓い。言い訳。呪い。初音の意図が読めない。
「本当、どうしたの。あなたもどこか悪いの?」
抱擁を解かれ、僅かな間お互い見つめ合った。蒼白い顔にガラス玉を嵌め込んだような黒い瞳に、窓から差し込んだ光が反射する。
「アンタとあと3日しかいられないコトが惜しくなった」
初音は素直にそう口にしてから首筋に頭部を埋める。正面からは初めてだ。初音の背に回しかけた腕は途中でシーツの上に落ちた。すでに回された初音の爪が背に刺さる。
「私が死んだら」
3日。実感はない。信じきれてさえいない。
「初音くんはどうなるの」
人間になりたがっている。アルバイトも見つけた。けれど契約相手は死ぬ。その後初音はどうなるのだろう。聞きたくなかったが、同じくらい気になった。
「アンタからもらってる生気が尽きたらまた、死神に戻るだけだと思う」
「じゃあ初音くんは」
「アンタのいなくなった世界を見るんだ」
首筋から口を放して初音は言った。息が首にかかると擽ったかった。
「良かった」
躊躇した腕が初音の背に回る。
「何だよ」
「あなたも消えちゃうのかと思った」
「バカじゃないの」
「うん。バカみたい。あと3日で死んじゃうんだって思ったら、急に…ッ」
初音の動きが止まって、それからまた首筋に歯を立てる。
「ありがとう、初音くん」
背骨が浮いた背中は広く固い。悲しくはない。少しだけ満たされたような気分になって、瞬くとぼろりと眦から熱が零れた。
「ごめんなさい」
誰の背に縋っているのだろう。誰に抱き締められているのだろう。意識は遠退いて。誰とも分からない名前が頭に浮かぶけれど、声は口まで届かずに。
清算と精算は今後があってからこそ役に立つ。だからすでに死期が近い身でそれをして、何か満たされるだろうか。
気付くと「いつものところ」へ足が向く。大きな駅に隣接したデパートたちに繋がる立体横断施設。思い出の場所。出会いの場所。身体のだるさも忘れていた。望んでいたはずの「死」を目前にした時すでに自らそこに行く気が失せた。疎遠になった家族や友人が思い返される。少しの間1人にさせておく、が4年経っている。
「お姉さん」
片岡だ。ビニール袋を下げて薄いブルーの上下揃った服を着ている。仕事中か、これからか。
「あ、おはよう」
「やっぱり元気ないです。オレの…せいですか?」
「ううん。違うよ。元気ないかな?」
「…そうですか。顔色悪いですから。でも思ったよりは元気そうです」
相変わらず胸ポケットに有名なキャラクターのマスコットがついたボールペンが挿さっている。
「これから出勤?」
「はい。今、まどかを幼稚園に預けてきたところで」
片岡は笑う。ここは片岡の死地なのに。
「仲直りできました?」
「う~ん、多分」
「そうですか。よかったです。なんかちょっと残念な気もするんですけど」
利用できるわけがない。片岡は片割れなのだ。自分自身なのだ。
「あの」
またひとりの世界に入りかけて、片岡の声で我に返る。
「迷惑かけませんから…!」
腕を取られ、握り締められる。温かい。半分渡した命で冷えた指先が温かくなっていく。
「迷惑かけないようにしますから、まだ好きでいていいですか」
諦めないと以前言われた気がする。迷惑ではない。何よりも3日後に死ぬ。片岡も後を追ってすぐに。セミなのだ。土から出てきた、羽化したセミ。
「オレのこと、好きになってもらえないの、分かってるんです」
セミの鳴き声と比べるほうがおかしいくらいの小さな声。割り切れない感情だろう。本能と錯覚なのだから。そしてそのような業から解放したい気持ちは確かにあるが、やはり出来ないのだ。
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