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流浪 -complex-
complex 5
しおりを挟むハンスは彼岸の連れて来た少女に少し戸惑いを見せた。苦手な様子につけ込み、どこかに送る方向へ話を持っていく。
「知り合い…に、似ていたものだから、驚いた。女同胞がいるとは聞いてなかったのだが」
しかし彼岸の思う方向に行きかけるとハンスは止めた。他人の空似だろう、と言う。そして、仮に女同胞だとしても彼女は関係ないとまで言われてしまうと連れて来たしまった手前、置いておくしかなかった。
少女は息はあったが意識を取り戻さなかった。ハンスも積極的に世話を焼いたが、女性の肉体に触れることに遠慮があるらしく、「女性は君が初めてだから…」などと照れながら的外れなことを言った。初めての女になったつもりはなかった。同棲してはいるが肉体関係はない。接待なのか趣味なのか時折ハンスから商売女の影を嗅ぎ取ってしまうことはあったが、偽りの好意では関心も怒りも湧かなかった。むしろ安堵した。
「嬉しいです」
ハンスは所在なさそうに少女の眠る対面のソファーに腰を下ろす。
「今日はお飲みにならないんですの」
ハンスからの強い視線に耐えきれず彼岸から口を開く。ハンスは話を振られたことにびっくりして、切れの長い目を大きく開いた。
「準備しますわ」
冷蔵庫に向かいかけると止められる。
「何かあったら、運転しないといけないだろうから…今日は、遠慮しておくよ」
飲酒運転は違反ではあったが、守る者のほうが少ない。街に似合わない律儀な婚約者に、笑みを作る。
「飲まなければ君と上手く話せないと思っていたが案外そんなことはないのかも知れない」
「何をおっしゃいますの。お好きなことをお好きなようにお話しくださいまし」
ハンスは薄い唇を開いたが、彼岸は脇に横たわる少女の声に誘われてしまった。長い銀色の睫毛が開き、翠の瞳が彼岸を捉える。また襲われるのではないかと身構える。
「彼岸、肘、どうしたんだ?」
ハンスが立ち上がるのと、少女が上体を起こすのはほぼ同時だった。一瞬の静寂の間に彼岸は痣のできた腕を確認した。
「大したことじゃありませんわ。壁にぶつけてしまったんですの」
「救急セットを持ってこよう」
少女と2人きりにされ、隣室に消えるハンスの背に助けを求めたが無駄だった。
「どこ…?」
か細い声が小さな口から漏れた。惑いながら室内を見回す。
「誰…?」
「お前が誰だよ。名前は?住所は?家は金持ち?保険金いくらかかってる?あのクソガキに何するつもりだった?」
頭を掴んで問いを並べる。少女は頭を振って怯えた。隣の部屋から同棲相手が戻ってきたため手を放した。
「検査はしたのか?ヒビは?折れてはいないと思うが…」
温かい手に肘を取られる。他人の体温は、特に婚約者の体温は火傷するように熱く感じた。セロファンが軋み、湿布が貼られる。被害者ぶった少女に蹴られた傷が温度差に疼く。
「本当にぶつけただけですの。心配には及びません」
少女は2人の睦まじいやり取りを不安げに眺める。
「治療費のことなら気にしなくていい。君が痛い思いをするのはつらいよ」
「本当に大丈夫ですわ。言われるまで忘れていたほどですもの。貴郎が思うほど酷いものではありません」
おほほほ…と笑って誤魔化す。銀髪の少女はハンスをじっと見つめる。彼もそれに気付いたらしく、困惑しながら声を掛けた。
「初めまして。ハンス・フロレンスィアといいます。君は?」
少女はじっとハンスのライトブルーの瞳を見つめている。名を訊かれ、否定を含んで首を振っている。
「記憶喪失かしら?頭を強く打ちましたから…」
勘弁してくれよ、今時記憶喪失とか。引き攣った笑みを浮かべて婚約者に目配せした。
「目が覚めてすぐだものな。あまり慌てず、ゆっくりしていくといい。彼岸がご飯も作ってくれている。腹が減ったら食べて」
ハンスは柔和に笑い、シャワー室に消えた。
「襲撃者はお前。被害者はわたし。忘れんなよ。場合によっちゃ腐れ警察に突き出すぞ。お前の親父の顔と車種、しっかり割れてっからな」
戦慄く少女の胸倉を掴み、鼻先に迫って脅しをかける。ぶるぶる震えながら少女は頷く。
「さっさと出ていくこった。。明日の朝まで待ってやる」
突き放し、肩を竦めた。
「飯食うか?ははっ、ガキ好みの味付けにしといてやったよ!なぁ?」
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