18禁ファンタジーBL創作短編集

結局は俗物( ◠‿◠ )

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ああ紙風吹、鶴が舞う電脳 人見知り年下攻/四肢欠損受/単孔/産卵/記憶操作/ザル設定

ああ紙風吹、鶴が舞う電脳 9

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 壁際の置物に赤い鳥が止まっている。仕事へ向かう恋人を見送りセオノアはまだ陽の光を浴びながらベッドの上で微睡んでいた。
 役割、務め。しかし貴方が自ら決め、貴方がやり遂げたなら、それはもう貴方の自由意志です。これは貴方の我意ですか。貴方は駒ですか。貴方は…
 目覚まし時計を手に取り、赤い鳥に投げる。羽根が舞う。目覚まし時計は爆ぜた。乾電池が転がり、プラスチックが欠けた。
 神の意思から放たれる方法はひとつ。自死なさい。今すぐ、自死なさい。今ならまだ間に合います。
 セオノアはベッドに座り、頭を抱え込んだ。物騒な言葉を喋る赤い鳥。誰が教え込んだ。恋人。恋人は、自分に死んでほしいのか。愛されていない。好かれていない。では何故身体を重ねた。気持ちが良いから。相手なら誰でも。誰でもいい。誰でも良かった。思考がセオノアを責め立てる。あんたもイイオモイシタデショ?。知らない女が厚い唇で言う。ノアさん。ふと顔を上げる。ベランダに人が立っているのがレースカーテン越しに見えた。部屋に背を向け、橙の木を眺めているらしい。知らない名を叫ぶ。茶髪の彼は振り返った。デニムジャケットにグレーのジップアップパーカーと白いシャツ。カーテンを引き裂くみたいに乱暴に開け放つ。誰もいない。
「怖いよ、ロミュスくん。怖いよ…」
 誰の名かも知らずに助けを求める。部屋に人がやってくる。珍しいことではなかった。不動産屋が来るのだ。黒スーツにサングラスで統一感のある不動産屋が来る。メンテナンスに来るらしい。障害を追った恋人の義手義足、投薬治療の様子を見に来るらしい。セオノア様。黒スーツはレースカーテンを千切らんばかりに握り締め、床に座り込むセオノアに声を掛けた。首に小さな痛みがあった。意識が朦朧として黒スーツのサングラスの奥を凝視していた。
「喋る鳥がいるの。鳥…ロミュスくんて誰…オレは神の意志に従ってるの?バカな男…」
 ぼそぼそと呟いた。もう少しだけ耐えてください。黒スーツが言って、別の黒スーツが叱った。金の話をされたが結局何のことだ分からなかった。気が狂ってしまうぞ。しかしもうすぐなんだ。
「もうすぐ…」
 熱病に浮かされたみたいだった。黒スーツたちの会話を復唱する。処理しきれない情報が入り乱れ、乾いた唇はそれらを紡いだ。
「神の子…もうすぐ、産まれる…?オレじゃないんです、本当に…孕ませてない…オレじゃない…先輩、信じて……」
 体温計を耳に当てられる。サングラスの奥の目が少し透けて見えた。曖昧な返事があった。血圧計らしきものを腕に巻かれ、セオノアはなおもぼそぼそと譫言を並べる。
「孕ませてない…本当なんです、孕ませてない……オレは何もしてないんです…」
 黒スーツはまた適当な相槌をうつ。本社から電話が来ているのですが出られますか。出られる状態じゃない。いや、しかしこう何件も来ていると。耳に当てられた体温計が鳴り、代わりに端末が当てられた。コールしている。マニュアル通りに電話受付の案内が流れた。用件を求められ、黙っていると黒スーツが折り返しの電話だと答えた。名前を求められる。自分の名前すらよく思い出せなかった。鈍い頭痛に襲われる。うつらうつらしながら漸く自分の名前に辿り着く。ノアサン。駅構内の花屋に勤めている。受付案内の質問にゆっくり答えた。この端末の番号もまともに答えられなかった。電話の相手が困惑気味であることだけは分かった。該当する用件はないと言われて電話は切れ、しかし数分後にまた端末が鳴った。黒スーツによって端末は着信を受けた。電話の向こうで知らない男が喚き立てる。帰って来いと言っている。戻ってこいと。自分の口で釈明しろと言っている。黒スーツに端末を奪われる。今すぐに発っても明日には着かない遠い場所なのだという。今すぐに発つという。セオノアはぼんやりした頭で黒スーツを見上げた。恋人は。恋人に言わねば。しかし恋人などいただろうか。いたはずだ。レースカーテンの奥に。デニムジャケットの、橙のような少年。どこにもいない。赤い鳥が窓ガラスに映った。よろよろと後屈し、そのまま頭をガラスへ叩き付ける。首にまた鋭い痛みが走った。


「あまりびっくりさせるな」
 優しく髪を撫でられる。心地良さに目を細める。
「はしゃぎ過ぎたな。大事なくてよかった」
 銀髪の青年は親しげに微笑んだ。
「お仕事は?」
「切り上げてきた。心配するな。君のことと比べたら大したことじゃないのだから」
「でも…」
 恋人の柔らかな口付けに言葉を切った。
「でも、じゃない。むしろすまなく思っているんだ。毎日帰れるわけじゃないし、毎週休みというわけでもない。君が怪我した時くらいはしっかり傍にいさせてくれ」
 セオノアはむず痒さのある額に手をやった。包帯が巻かれている。
「ごめんね」
「違うだろ?」
「ありがとう?」
「それも違う」
 シリコンの掌で頬を撫でられる。またキスされた。
「大好き」
「ああ、俺も」
 セオノアの目はとろんとして恋人を見上げた。瞼にも口付けられる。
「ねぇ、オレ、遠くに行っちゃうの?」
「どうして?」
「不動産屋さんがそう言ったから」
 恋人は首を傾げ、また微笑む。大丈夫だよ、と囁かれる。頬に添う掌に自身の手を合わせ、指を絡めて遊んだ。
「行かないよ。不動産屋が代わりに行った。君は俺と一緒。どうしてもというなら俺が連れて行くよ。アガルマに乗せて。そうしたらすぐに行けるから」
 セオノアは眉を下げた。恋人が操縦する人型兵器だ。あまり好きではなかった。外観も恐ろしかった。映像で見ていても酷く不愉快な感じがある。
「あれには、乗らない。本当はハービィにも乗ってほしくないな…だってあれ、怖いんだもん」
「…そうか。そうだな。君を心配させたくない。もっと毎日帰って来られて、毎週休みがある仕事にしようか。そうすれば…」
 恋人は突然顔を歪めた。腹を撫でる。腹痛だろうか。セオノアはびっくりして起き上がった。シリコンに覆われた指を齧って恋人は衣服を乱す。
「ハービィ?」
「ノア…だめだ…ノア…産まれる…ッ」
 何を言われたのか分からなかった。どうしていいのかも分からない。恋人は息を荒く吐きながらセオノアの腕を掴んだ。履いていたものも下着も脱ぎ捨てる。
「ノア…ノア…」
 切なく呼ばれた。恋人は膝を曲げ、大きく脚を開いた。産まれる、と繰り返している。腕を力強く握られセオノアは動けなかった。
「あぁ…ッく、ぅ」
 こぷりと音がした後、産んだものは床に叩き付けられたらしかった。
「ぁっ…うぅ、」
 恋人の手を外させ、開かれた脚の前に回った。恋人は両手で顔を覆う。股間部の薄紅色の粘膜が色付き、花開いて濡れていた。セオノアの雄蕊を快楽に導いた単孔に白いものが埋まっている。ベッド下には卵殻が割れていた。鶏卵によく似た透明な粘液の中に白濁した身が溶けている。
「見、るな…っ恥ずかしい…っく、ン、」
 またひとつ卵が排出される。セオノアは自分の服を引っ張って受け止めた。恋人の蜜を纏った鶏卵よりひと回り大きくもう少し丸みを帯びた卵は妖しく照った。
「ノア、よせ…っふ、ぅん…」
 また襞の奥から蜜が溢れ、窪みに白い卵殻が姿を見せる。内壁が小さく捲れた。
「ノア…ノアぁ、やめ、ろ…やだ…っ」
 産まれたての卵に触れていいのか分からなくなり、すでに受け止めた卵とぶつかないように出てきた卵を迎える。
「オレとの子?」
 自分でも何を言っていて、何を意味しているのか分からなかった。ただ何か言わなければならないような気がした。深く抱いて体内射精をしたことを思い出し、途端に顔を真っ赤にした。
「ノア…っぁう、ぁ、」
 卵を受ける服がまた蜜液によって色を変える。卵が顔を出し、なかなか出てこなかった。恋人は焦ったように力み、空振った呼吸を繰り返しまた力む。潤んだ目が悲痛に歪んだ。
「落ち着いて、ハービィ。ゆっくり」
 首を伸ばして届いた腿の裏側にキスする。襞と蜜が水音をたてた。またひとつ卵が産まれる。恋人は暫く動かないまま呼吸を荒くしていた。セオノアは卵3つをどうしていいか分からずそのまま臍を丸出しにしながら寝間着の裾を引っ張っていた。
「その…お疲れ様」
「ノア……すまない」
「う、うん?寝る?」
 衣類を直しながら恋人は言った。顔を見せはしなかった。項垂れ、声は落ち込んでいる。
「悪かった…」
「ハービィ…?」
 手が塞がっているために隣に行き、背を撫でることが出来なかった。
「1つ割れちゃったこと…?」
 おそるおそる訊ねたが恋人は首を振った。
「こんな変な身体…」
「え?」
「別れようか」
「ちょ…っ」
「別れよう」
 恋人は静かに言った。時が止まった感じがした。卵は床に叩きつけられ、欠片から流れた白い卵液がセオノアを見上げているようだった。
「ほんとに…?」
「こんな年増で、手足もなくて、いきなり産気づいて卵を産むような男に、君は人生賭けなくていいんだ…第一もう男かも怪しい…」
 セオノアは恋人の言葉を聞いていた。確かにな、と思った。何故好きなのか、何が好きなのかやはり分からなかった。
「そうだね」
 答えは簡単だった。銀髪の青年の項垂れた後姿を暫く見ていた。出ていかなければと思った。卵殻を踏んでしまった。足の裏に粘液が潰れる。白濁した大きな卵細胞が薄膜を破り、透明な液の中に広がっている。
「でも、頼む…君を束縛しない…性処理でいいから……傍に置いてくれ……捨てないでくれ…奴隷オモチャになるから…」
「うん」
「君を諦められなくて、ごめん」
 両手を覆って彼は泣いた。
「泣かないで。胸くらい貸してあげる。1人って寂しいから。添い寝しようか」
 銀髪の青年の前に立つ。紅い瞳が涙に濡れていた。
「ノア…」
 服の上から腹を撫で、セオノアは銀髪の青年の額に唇を落としながらベッドへ倒す。セオノアは肘をついて身体を支えた。青年の腹を撫でる。本当にそこに自身の子が眠っているかのように慈しみを込めた手付きで青年の腹を上下した。
「よせ…」
「うん」
 銀髪の青年は寝返りをうってセオノアに背を向けた。
「俺は君の奴隷だ…優しくしなんて、するな…」
 彼は身を縮めてまた両手で顔を覆うのだった。
「分かった」
 青年の肩を掴み、仰向けにするとその腹に跨った。怯えた紅い双眸と目が合った。顔面に拳を振り下ろす。肉感に覆われた歯や骨の感触が拳に伝わった。片手で前髪を掴んで、もう一度拳を上げる。青年は苦しげな声を漏らした。振り上げては下ろした。突き出た骨が痛んだ。何発目か数えるのもやめた頃にぬるりとした濡れた感じに手を止める。鼻血が拳に付いている。
「舐めて」
 拳を口元に突き出す。口の端を切った青年が赤い舌を伸ばした。血に汚れた手の甲を舐めていく。眉根を寄せ、雪に覆われたような睫毛が光った。生温かい舌の這う手を引っ込めた。
「ノア、なに…」
 顔を上げた青年をまた殴る。疲れ果て、首を締めているとそのうちに不動産屋が入ってきた。引き離される。不動産屋はセオノアの口に錠剤を放り込んだ。リンゴの味がしたクラッシュゼリーによって嚥下させられ、担がれた。ハーブレイ様を殺してはなりません。不動産屋は言った。セオノアは頷いた。貴方は彼に神の子を産ませればいいのです。それ以外はなりません。またセオノアは頷いた。よぉ、孕ませ野郎。こいつ、社内(うち)で一番カワイイ子襲って孕ませたんだぜ。強姦魔と一緒に仕事なんて出来ない!この前2人きりだったしな。早く去勢しちゃえばいいのに。ああいうのってすぐ勘違いするから。貴方にしか出来ません、彼は貴方をアイシテいますから。不動産屋の腕の中でセオノアは頷いた。あたしたち、アイシ合ってるよね?。あんたってほんとおめでたい男。貴方なら出来るはずです。君の勤務態度は真面目だが、こればっかりは庇いきれない。貴方が事を成してくだされば、後は私たちが精一杯支援します。なぁに、君が全て責任を認めてくれたらいいんだ、慰謝料は私が払うんだからね。貴方の行きたいところに行けるよう手配もいたします。君、蜜柑は好きかね、生魚は?ちょうどいい土地があってね。やっぱ海鮮丼にするか、蕎麦じゃなくて。姉さんを解放してくれ。あんたは誰に利用されることなく生きてくれよ。緩やかな頭の痛みだった。
「ねぇ、あの人孕ませたら、解放してくれる…?」
 勿論です。不動産屋は言った。その後のケアも、直ちに。セオノアは頷いた。


 寝室に戻ると黒スーツたちは控えめな態度で部屋を出ていった。紅い瞳がセオノアの動きに合わせて泳いだ。卵を散らかした床は掃除されている。
「ハーブレイさん」
「ノア…?」
 ハーブレイの目の前に座り込む。ベッドに腰掛けている紅い瞳が降った。
「やりましょう。今すぐ。すぐにやりたいんです。いいですか」
「俺は君の性奴隷おもちゃなんだ。当然だろう?訊かなくていい」
「いいえ、貴方は性奴隷おもちゃじゃないです。仮にそうでも貴方の意思を訊いているんです」
 ハーブレイは戸惑っていた。セオノアはその姿を黙って見つめる。
「……嫌だ。今すぐには、嫌だ。そんな衝動の捌け口にされたくない…」
「ならもう少し付き合います」
 ハーブレイの隣に座った。ベッドが軋む。ハーブレイの顔面は鼻血を拭き取られていたが、まだ少し汚れていた。
「ノア…」
「殴ってすみませんでした」
 銀髪が揺れた。
「君の手が痛くないならいいんだ」
 膝の上に置いた手を握られる。シリコンに覆われた金属の指は優しかった。
「……そんな好い人で、損しませんか」
「好い人なんかじゃないさ。今でも、本当は君を手放す覚悟なんて微塵もない」
 銀髪の青年は肩を落とした。
「それなのに身を引くようなことを言うんですね」
「本当のことだから。覚悟とはまた別の話だろう」
 この男を本当に愛せたら。しかし少しの同情があるだけだった。だがそれで十分だった。しかし器官が機能するかは分からなかった。
「ハーブレイさん」
 立ち上がり、ハーブレイの両肩に触れた。ゆっくりと押し、ベッドに寝かせてみても抵抗はなかった。
「ノア…」
 ハーブレイに影が落ちる。紅い瞳と数秒ほど見つめ合った。長閑だった思い出の中で咲いていた蛇苺の実に似ていた。花畑からは外れた芝生の美しい野原に、そこだけは名を呼ばれることもない草花が茂ることを赦されていた。
「あなたは、踏み躙られる花になるんですか」
 誰かの言葉を借りた。シリコンの掌に導かれ唇が触れ合いそうだった。首を捻って拒絶する。
「これはもう、あなたにはあげられません」
 悲しそうに眇められた瞼に唇を落とす。
「いいのか…?」
 目蓋が開き、潤んだ瞳が不安げに惑う。青年を憎らしく思った。悪戯に触れたがった淡いオレンジの唇を思い出すと、背中を打ちのめされるような気分だった。
「あの子にあげられたのは唇だけだから…」
 この男に殺されたも同然だった。忘れはしない。手が戦慄いている。
「あの子がオレにとっての、花だった。幸せだった。オレに寄り添ってくれた…もう騙されたくなくて、もう誰のことも信じないって思ってた…!」
「ノア…?一体何の話を…?」
 苛々した。叫び出したい気持ちを抑え込み、胸倉を掴むので精一杯だった。
「忘れちゃったんだ?奥さんのことも、その弟のことも、飼ってた鳥のことだって、アンタはなんでもかんでも忘れて、駒になるんだ?嫌なことつらいこと全部忘れて、大事なことも全部忘れて…」
 手の震えが止まらなかった。
「嘘っぱちだ。全部偽りだ!オレのこと好きだっていうのも、愛してんのはオレじゃないくせに!」
 この人形に言っても仕方のないことだ。被害者なのだ。身体も生活も好き放題された被害者でしかない。分かっていた。
「奥さんのこと好きじゃないのかよ?弟は?弟の恨みつらみを受けて、ひとり悪役引っ被るんじゃなかったのか!」
 喉が焼けるようだった。生まれて初めて怒鳴ったのだった。怒声など社内では珍しくなかった。だが理解は出来なかった。振り切った感情を相手にぶつけ、訴えたところで軋轢しか生まれない。果たして積もり積もった鬱屈が晴らせるだろうか。
「ノア…?どうしたんだ?何を言って…」
「ハーブレイさんなんて大っ嫌い!」
 ハーブレイはセオノアにしがみつく。加減を知らない手によって力関係が変わった。大きくベッドが悲鳴を上げ、視界が回る。逆光する中で鼻梁に皺が寄り、鋭い眼差しで睨まれる。
「嫌だ。俺を拒否するな…!」
 シリコン越しの金属によってセオノアの骨が軋んだ。
「…っ、」
 粉砕されるのではないという恐怖と痛みに身が竦んだ。乱暴に手を取られ、頬に当てさせられる。薄い肉感。
「ノアの手は温かいな。柔らかくて…俺とは違う…」
 掌底や指に口付けられる。指を食まれ、手の甲に浮き出た骨にもひとつひとつ啄んでいった。丁寧で慎重なその仕草に深い情欲や気遣いは伝わっている。しかしやはりこの者にそれ以上のものを抱けなかった。
「綺麗だ」
 下着と共に寝間着を捲られ、胸までが外気に晒された。素肌に少し硬い銀髪が当たった。胸元に耳を澄ませ、彼の体温がそこに留まった。臍の周辺をくすぐられると下腹部に微弱な電流が走る感じがあった。
「ハーブレイさん…っ」
 肌を吸われた。むず痒さに身を捩る。臍周辺を散策する指が焦らしながらパンツのゴムへ潜んでいく。動こうとすると胸部に掌を置き強い力でシーツへ押し付けられる。
「俺に身を任せて」
「ぅ、く…」
 茎に触れられる。唇を噛む。身体は強張り、寒さにさらに身を縮めた。
「怖がらなくていい」
 性器は反応を示さない。慰められるように触れられ、扱かれる。ただ触られているというだけの感覚でそこに快感はない。急所を相手に委ねているという緊張だけがある。
「ハーブレイ、さ…」
 茎を弄られながら耳や首を舐められる。わずかな痺れが股間に集まっていく。
「ぁ、うぅ…」
 唇以外の鼻先や瞼や顎にキスが落ち、根元から擦られる。まだ芯も持たない。痛みとしての熱が仄かに生まれてくるだけだった。下半身の布を下ろされじんじんと疼く性器が露わになる。下の世話をされている嬰児のようで情けなくなった。
「可愛い」
 セオノアは首を振る。内腿に毛先が触れ、反応の悪い肉茎は口腔に収まった。噛み切られそうな恐怖感に上体を起こし、肘で後退る。衣擦れの音がやたらと大きく聞こえた。
「放して…」
「逃げるな」
 ハーブレイは雄を口から出すと白い内腿を吸った。薄紅の痕が浮き出る。
「傷付けたりしない。怖がらないで。俺を…受け入れてくれ」
「受け入れてほしいのはオレじゃないだろ…」
「ノア…?」
「あんたの奥さんを思い出してよ。オレじゃないだろ…」
 陰茎を丸出しにしている姿が視界に入って惨めな気持ちになった。
「あまり訳の分からないことを言っていると怒るぞ」
「ふざけろ!最低のクズ!人形のくせに!代わりがいりゃなんだっていいんだな?」
 寝間着の下部やパンツが半端に落ちた脚でハーブレイの肩を蹴った。ベッドから這ってリビングに向かった。だが誰もいない。玄関を開けると庭に立っている黒スーツが待ってましたとばかりにセオノアに近付いたが期待には応えられなかった意を示した。
「あの人はオレをアイシちゃいませんよ。あの人がアイシテるのは奥さんだけで、そのとばっちりがオレです。まず奥さんの記憶でも完全に消すことですね。完全に…」
 黒スーツはセオノアを車へ案内した。消えないんですよ。黒スーツは言った。
 車内ではセオノア自身のことや職業についていくつか質問された。名前はしどろもどろになりながら、「セオノア」まで辿り着いたが、職業に関してははっきりしなかった。瞬間的に駅前の花屋だと答えたはいいが駅前の花屋で働いていた覚えなどまるでなかった。貴方はシャークスモールクレスト重工業の社員です、と説明される。不祥事を起こして事実上の降格処分を受けているらしかった。薄っすらとその記憶が炙り出てくる。これからシャークスモールクレスト本社に向かっていただきます。簡単な質疑応答を終えると黒スーツはそう言った。治療プログラムが必要で、報酬は入金済みだと説明された。セオノアはただ頷く作業を繰り返す。最後に彼等は強制的に記憶操作の装置にかけたことを謝まったが、セオノアは何も言えなかった。
 途中で寄ったホテルで着替えと端末と荷物を渡された。財布と汚らしいマスコットとキー、2つ連なった鍵は実家とおそらくここでの居住地のもので、そして翠のガラス玉が1つあった。ゆっくりおやすみください。黒スーツはそう言った。猫が顔中に花弁を生やし、目が緑のボタンになっている薄汚いストラップを握って眠った。前の持ち主と寄り添って眠っているみたいだった。ペールオレンジの甘い唇が恋しくなった。フードによって少し幼く見える、ただでさえあどけない顔を華々しくした愛らしい笑顔。青空を眺めた仔犬みたいな目。パンケーキを頬張る姿。一切れを口元まで運ばれていく瞬間は今思えば。ひとつのパフェを2人で突いた時が。あれこそが幸せだった。悲しさを感じていた。終わってしまうのだと。今すぐ自分の手で終わらせたかった。出来もしないと分かっていながら。手がホテル貸し出しのバスローブを割り開いた。
「ぅっ…ぁ、」
 爛漫な少年の唇に舐められたら。ぞくりとした不快とも恐怖とも違う悪寒に似た戦慄が一陣の風のように駆け抜けた。下腹部に緩やかな痺れがある。指で育てていく。思い出の中でゆっくり、静かに。
「ぅ…ふ、」
 窄められた無邪気な唇に扱かれたら。甘いものが好きな彼はどんな顔をするのだろう。手が激しく動いた。甘やかな疼きに思考ごと束縛される。
「ぁッ…ン、く」
 一生懸命に舌を這わせてくれるだろうか。青い瞳に見上げられてしまったら。きっと目が合って、彼ははにかんで、欲望は膨らんで、彼の可愛らしい唇が困り果てて。手が止まらなかった。硬くなり、湿り気を帯びた音がする。先端部付近ばかりを往復する手が根元を時折掠めていった。口寂しくなって指を舐める。彼の手はいつもチョコレートやシフォンケーキの淡く甘い香りがした。少し爪が長くて、逆剥けがあって。少し乾燥していて。
「ぁ…は、んンっ…」
 欲は膨れ上がる。快感の絶頂を目指しておきながら、彼に言うつもりもなかったくせどこか惜しんでいる感情に胸を引っ掻き回される。唾液に濡れた指が胸を掻いた。薄皮が爪に引っ掛かる。情欲と共に可憐な笑顔を忘れそうになった。
「あんっぁ、あ…!」
 先端部を捻るように擦った刺激で身体は硬直した。精が噴き出て、弛緩する。まだ脳裏にカツカレーを美味しそうに食べる姿は焼き付いて離れそうにない。冴えた頭が冷静にティッシュを探る。性への嫌悪と彼を"使って"しまったことに罪悪感がまるでなかったことにさらに罪悪感が募った。彼の声ももう思い出せないというのに。夜が長い。
 あんたは誰に利用されることなく生きてくれよ。
 姉さんを解放してくれ。
 彼の言葉を振り返るには十分だった。あまりにも短かったから。それでいて誰よりも。

 解放したいのは本当にお姉さんの方なのかな。
 ぼうっと天井を眺めていた。中身の無くなった、役を与えられ操り人形になってしまったハーブレイを蹴ってしまった実感が今になって強烈な気分に変わって押し寄せた。次世代の神など本当にいるのだろうか。黒スーツの人々の恭しい態度と重苦しい謝罪。記憶操作がどういうものか知っていて、尚且つ恐れてさえいた。そういうことでいいはずだ。神など死んでも、そういうことで。それでも記憶も身体も弄ばれたのだった。ハーブレイもまた人生を狂わされた。愛した人間のことももう代わりで済むほどになっている。おそらくそのうち忘れるはずだ。何故、彼は生まれたのだろう。息苦しくなって顔面を枕へ押し当てた。巻いたタオルの柔らかな繊維に包まれる。彼等の暮らしは知らないが、ただなんとなく3人と1羽、きっと楽しかったに違いないという強い思い込みがあった。実際は目にしていない。だが強くそう思った。根拠はない。ただハーブレイが見せた穏やかな態度や口振りが、セオノアを強く煽るのだった。あの少年の好意的な言葉を無下にするかも知れない。だが自らの意思だった。神は死んだと誰かは言った。けれど神の教えは忘れていない。神は人を無条件に許せと言った。許せないことは沢山ある。破ったわけではない。逆らおうとしたわけではない。神などいなくたって自ずと。
 薄汚れたストラップを握り締める。嬉しかった。仲良くしてよと言われた。1人は寂しいことを見抜かれた。人のことが嫌いではないと言ってくれた。海に行こうと誘ってくれた。もう彼はいないのだと思って割り切って生きていくことは、なんとなく出来そうだった。彼の言葉があるから。ただ、どうしても燃えきれない部分があるのだつた。それが焦げてもまだ燻し続けられている。
「―…」
 彼の名を呼んだ。汚れたストラップに何度も口付ける。好きだと口にしなければ気が済まなかった。彼が聞いたら何というだろう。受け止めてくれるだろうか。そうしたら甘えよう。拒まれるだろうか。今なら悔いはない。好きだった。友人としても、想い人としても。
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