87 / 339
87
しおりを挟むあの人は四季国を壊したんだよ。そんな人とあなたは。違う、彼はただ命じられたから。命じられた?それなら何をしてもいいっていうの?大量殺戮なのに?それに四季国を襲ったのは…違わないよ、四季国が壊されたことと洗朱が吹き飛ばされたこと、一体どんな差があるっていうの?違う、わたしは別にあの人を許したわけじゃ…本当に?許したらいいじゃん、彼は命じられたから仕方がなかったんでしょ?やめて、掻き乱さないで。やめないよ、それにあなたに許す許さないを決める権利なんてあるの?違う、わたしは…楽になっちゃいなよ、解決なんてしないんだから。楽に、なる…?決着したらいいんだよ、まず決めなよ、どうするのかをさ。どうするって何を…分かって―
後頭部が動かされ、枕が鳴る。胸の苦しさから放たれ両腕が軽くなり、身体が冷えたが心地が良かった。瞼が開く。夜に染まった天井がある。玄関扉の引戸が小さく軋んで足音がした。少しの間寝ぼけ、ぼうっとしていたが、頭が働きはじめる。紫暗だろうか。それとも。胡散臭い監視役か。しかし今は城内にいるのだ。監視される謂れはないはずだ。起きると寝汗をかいていた。湿った背が不快だったが立ち上がり玄関を出る。視界の端の竹林を見た。朽葉か。あまりの不甲斐なさに化けて出たとでもいうのか。山吹も寝ている時間帯だ。竹林に踏み入ると会話が聞こえた。ひとりは桜だ。帰ってきているらしい。話し相手は縹だ。寝汗が冷え、寒くなっていく。熱い夜が遠い昔のようだった。
「すまないね、本当に」
縹は竹に背を預けて座っていた。膝に何か乗っている。膝掛布ではない。迷い込んだ猫にも思えたが、猫でもなかった。竹に隠れて目を凝らす。
「いいえ…ですが、よろしいんですか」
「またひとつ秘密が増えてしまうね。構わない…いいえ、よろしく頼みます、先生」
縹の前に立つ桜はじっと縹を見ていた。膝に乗っているものは音を発している、人の形をしていた。しかし人とは思えないほど全てが均等に白い。純白だ。髪も肌も、雪や雲のように白い。見覚えのあるそれは、夢の中に化けてできた朽葉だ。無遠慮に縹の膝に乗り、上体を預けて呻いている。
「先生だなんて…僕は反対です。ですが、仰せのままにします」
「ありがとう。君は良い医者になるよ。けれど、だからこそ、すまなく思う」
「いいえ」
桜は1歩2歩と縹に近寄り、細い硬筆のようなものを取り出した。何をする気なのか、極彩は爪を噛む。2人の間に割り込もうとしても身体が動かない。桜の手に握られていたものは注射器だった。真っ白な朽葉の項に打ち込まれる。
「また白梅薫る季節に…野生に冬は厳しいかな。けれど人に生まれても柵だらけだから」
「長生きでしたね。こんな終わり方になるなんて…」
「大切なものができると信心深くなっていけない……ボクも、三公子も」
縹は辞別の言葉を口にした。死んだというこだった。2人は暫く沈黙の中にいた。極彩はまた別の汗をかき、鼓動がうるさかった。
「どうなさいます」
「焼きたいけれど、焼けないよ」
縹の声が静かな竹林に小さく響く。軽い咳を繰り返したが短く浅いものだった。竹林が風にそよぐ。少し温いだけですぐに冷える。
「秋に変わっていくね。空気がもう夏のものではないな」
「…縹様。お身体に障ります。あとは…」
「最期まで付き添わせて…せめて彼のために弄ばれたこの子には…」
膝の上に乗った真っ白な朽葉の両腕を抱え上げる。だらりと真っ白な腕が投げ出され、縹の脚から離された。
「桜くん」
真っ白な朽葉を軽々と引き摺る桜を縹は呼び止め、力なく立ち上がった。また風が吹けば簡単に倒れてしまいそうだった。
「ボクが―った時は、彼女を寄せ付けないで」
極彩は動悸に襲われた。両耳を塞ぐ。聞きたくない。桜の手によって真っ白な朽葉の遺体が奥へと運ばれていく。
「努力します」
「桜くん」
「はい…?」
「いや。わがままばかりで済まないね」
頭が酷く重く感じられた。足も重かった。足跡をつけるように歩いた。竹に身を預け、竹にぶつかり、竹に支えられながら。縹の顔を立てられるだろうか。望むとおりに行動できるだろうか。外通路まで来て、離れ家とは反対の城内に入っていった。地下牢に向かって重苦しい身体を引き摺っていく。下半身と上半身が別の生き物のようだった。紅に会わなければならない。話すことはない。謝って済むことでもない。息苦しい。紅の傍にいなければ気が狂いそうだった。寝台で穏やかな寝息をたてる小さな身体に、今日初めて安堵した。乱れた掛け布を直し、傍らに両腕を折ると顔を伏せる。明日は。仇みたいな男と。仲睦まじくなるわけではない。祭りに同行するだけだ。
「紅、許して…許してね…許さなくていいから…許さないで…」
緩やかに上下する薄布の端を握る。何のために城に留まっているのかがもう分からないでいた。紅を連れて逃げてしまおうか。また2人で暮らす。安く脆い長屋で。働いて、何とか、2人で。紫暗には甘えたきりだった。縹を置いていけるだろうか。風月国に辿り着いてきたときとは違うのだ。何も成せないまま状況は変わってしまった。置いていけない。あの青年の命が尽きる瞬間に立ち会えるのか。だが立ち会わなければならない。涙は見せてはいけない。縋ってはならない。何の恩も返せておらず、仇も討てなかった。借りばかりが積み重なっていく。せめて矜持だけは守らなければ。互いに切り捨て合う関係だと吐いたのは誰だったか。情を捨てろと言われたではないか。身動いだ紅の左手が、髪を撫でた。
極彩は竹林の中にいた。城は繁華街の大きな祭りに少し気の緩んだ空気があった。藤黄の苛立つ姿が容易に想像できる。朝、外通路に繋がる廊下近辺で会った時も慇懃な態度で挨拶を交わされたが、機嫌の悪さが伺えた。竹と土と晩夏の匂いを嗅ぎながら、簡素な石の前に辿り着くと腰を下ろした。約束があったはずだがぼんやりと空を眺める。錆びて脆くなり、触れたら壊れそうな髪飾りを供えられた石の横に、大きくもないが小さくもない石が新たに置かれていた。不自然に土が均されている。ここには何が眠っているのだろう。真っ白な朽葉。あれは何だったのか。夢かも知れない。夏の終わりを告げる物騒な夢だった。嫌な夢だった。後方で篠笛が聞こえる。山吹か。しかし息遣いが違った。竹笛しか聞いたことがないが、微かな癖がある。祭囃子の参加者の練習だろうと結論付ける。カラスの鳴き声が混ざり、竹がざわめいた。秋を迎える。きちんと別れを告げられるだろうか。約束の時間が迫り、そして過ぎた。冬にはここを出ることになるだろうか。紅を連れて。先に紅を杉染台に預け、少しずつ事を運ぶのがいい。杉染台の人々にはなるべく迷惑をかけないようにしながら。紅が生きているだけで。何もかも失う前に早くそうするべきだった。本当に何もかも失う前にそうせねば。
「逢引きの約束はどうなさるんですぅ?とっくに時間は過ぎてるんですけど?」
覚えのある嫌味な喋り方が斜め後方から耳に届いた。囁かれているようで微風による幻聴にすら思えた。極彩は首を回して辺りを見回す。大した興味は湧かなかった。
「まだ監視していらっしゃるんですか」
姿は見えない。探す気も起きず、2つ並ぶ石へ意識は戻る。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる