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「ナメないでくれるかな…これでも名門の出なんだからさ…」
進行方向を塞がれた病人の声音は殺気立ち、低く掠れていた。懐かしさは感じられなかった。金属がぶつかり合う。女は漆黒の坩堝へ極彩の手を引いた。しかし叔父と監視役の闘争を放っておくことはできなかった。痛覚が失せているのか、背に無数の矢を射られながらも病人は滑らかな動きで懐から棒手裏剣を投げつけた。視認しづらい監視役の青年のいる位置から布のはためく音がした。女は後ろ髪を引かれている極彩の腕を強く引いた。
「行きなさい」
苛々とした調子で、宗教家は吐き捨てる。二筋の光が交わり、火花が一瞬だけ2人を照らした。
「叔父上…」
「行きましょう」
抗えないほどに強さは増し、光の届かない奥へ引き摺り込まれていく。剣戟がやんだ。容赦のない足音が押し迫る。女の力で走らされ、眩しいとすら思えたがまだ視界の利きづらい薄暗さの広間へ放り込まれた。天井がなかった。暗く青い空が広がっている。木板は黒ずんでいる。祠のようなものが置いてあったがそこにだけ屋根があり、濃い影を落としている。女はまだ極彩を放さなかった。
「きっと二公子も分かってくださいます。だから安心なさってくださいな。亡霊に言葉は通じませんもの…」
扉が散った。汚れた純白の病衣がよく目立った。追跡者は離れていても目を惹くほど美しい刀身の寸延短刀を手にしていた。
「無い、無いと思ったら君が持ってたんだ」
極彩は、傍の女に瞠目する。そこに女などいなかった。
「兄上の刀でオレを殺す気なんだ?雅だな~。ああ、雅やか、雅やか。風流だよ。趣深いね…姪も巻き込むことになるけど」
場違いな手叩きが鼓膜を打つ。そして後ろから伸びてきた腕に囚われた。
「親友が何より大切にしていた弟を親友の形見で討つ、よろしいな。大切な女の仇同然の男に彼女と瓜二つの大切な姪を奪われる、よろしいな。親友の守りたかった国を裏切る、よろしいな。一族皆殺し、よろしいな。」
極彩は離れようとした。だが天藍は指が食い込みほど強く彼女を抱き寄せる。
「オレは彩ちゃんと斬り苛まれたいよ。縹、できる?あの女が愛し愛された親友の形見で、オレたちを討てる?」
斑紋だらけの眼球は凍えるほど異様な美しさを秘めていた。模様に沿った裂傷によって判別が難しい表情だったが、優しい口元が吊り上がったのがみえた。
「共に果てれば来世でも一緒に居られるよ。放さないよ、たとえオレが罪人、君が断罪者として生まれても。君は叔父に、オレは兄上の親友に斬られるんだ。原型も留めないほど刻んでくれないかな。捏みたいに。蒲鉾みたいに。抓入みたいに。そうすればオレたちは本当にひとつになれる。交合じゃ、また離れてしまうだろう?心だけじゃ満たされないよ。オレたちは物理的概念だからね」
謀反を起こした病人は肩で息をしていた。項垂れ、喘鳴を轟かせている。
「叔父上…」
「君を牝として…昔の想い人と重ねている男を、そういうふうに呼ばないことだよ……」
「彩ちゃん、裏切り者を討つんだ」
力の入らない手に、天藍は刀を握らせる。指を柄に絡ませ、上から重なった意思によって、戦意と肉体が伴わない謀反人へ白刃を構える。女の装いのどこに忍ばせていたのかも見当がつかなかった。
「守れなかった女によく似た娘を君は斬れるのかな。それとも守れなかった女によく似た姪に斬られる?君は式にも理由を付けて来なかったね。祝品だけで済ませてさ。彼女が影で泣いてたことも知らないでさ、君は日和見して後出しで求婚してさ、それでフられちゃうんだもんな。どんな想いで断ったんだろ?目の間に好いた男がいたのにさ?君はそういう方面には甲斐性がないな。姪だなんて言って、養女にする気概も、娶って家を残す器量もない」
視線がかちあう。今ならば二公子を討てる。しかし叔父は毛を払うが如く、首を一度だけ横に振った。そして姪へ短刀を構える。しかし彼女は自らの力で武器を支えられなかった。
―君を裏切って、心身ともに傷付く結果になってしまった。本当に、済まなく思う。
―お互い目的の為に斬り捨て合う関係ですよね。いいんです。…頭なんて下げるな。
―正直君の命の保証は出来ない。だが仇討ちとはそういうものだ。だから覚悟が要る。
唇を噛む。歯茎が軋んだ。慣れない得物を握った。
「皮肉なものだな。家族処断を促した男が、姪に斬られるかもしれないなんて。風流だな。雅やかな事この上ないよ。君は趣のある男だからね」
病人の足が地を蹴る。病衣をまだ迷いのある剣先が掠めた。宙を飛んだ痩身が身を翻し、極彩の腰を打とうとする。体勢を立て直し、刀身で受け止める。小回りの利く短刀が薙ぎ払われ、側へ転がり、躱しながら膝の力を使って斬り上げる。耳鳴りのように金属が摩擦する。押した力が、身を引かれることで崩れ、隙を突かれる。峰が脇腹を払いかけ、後転して避けた。花の香りが沈香を消す。彼は咳をし、武器を垂らしてしまう。乱れた足取りで不安定に上体を揺らし、天藍へ近付く。
「ほら、彩ちゃん。斬ってあげなよ。終わらせてあげてよ、この苦界を」
縹は姪に無防備を晒し、ただ二公子へ歩む。だが二者の間へ人影が落ちた。仮面に軽装の男は忍刀を謀反人の目の前に伸ばした。左腕に激しい損傷があった。外の騒がしさが鎮火されていたことを、滴る赤い時雨で知った。
「行きなさい」
二公子のほうなど見もせず、陰に紛れそうな青年は極彩に言った。
「君の守り人だ?この前仕留め損ねてよかったなぁ」
天藍は両手を打ち合わせた。
「病身でつらいだろうけど、頑張ってよ縹。オレと彩ちゃんを殺しに来て?彩ちゃんは君とは無関係だって証明しないと。本当に君はただただ自分の一族を滅ぼしただけのろくでなしの人非人になっちゃうよ?」
朗らかに笑い、狙われている緊張感など微塵もなかった。立ち尽くしたままの縹の様子を窺いながら、現状を理解しきれていないらしき極彩を拾って広間を出ていった。
「情のある人間ってのは厄介だね」
裏庭へと降りていく。武装集団がどよめいた。
「君の手でカタ付けてやるのが優しさかもね」
二公子の解いた。近付いてきた者たちが首謀者の姪に警戒を示し、天藍は他人事や些事だとでも言いたげに彼女を庇った。
「…でも、あの男、外傷じゃ死なないみたいなんだよな」
花の香りが近付く。山荒のように数十、数百の矢を負った追跡者は他の追随を許さず、標的と姪の前に現れた。穴が空き、破れた病衣は赤黒さを増やしていた。髪を結った紐が風に遊ぶ。先程聞いたものとは比べものにならない激しい雑音に合わせ、肩と胸部が上下する。立っているのも不思議な有様だった。
「叔父のカオを立てなきゃね?」
囁き。
「愛ってのは罰だよ」
耳元の吐息は何の痛手も負っていなかった。握ったままの刀で、その首を刺し貫こうとすら考えた。そうすることが最も孝行で、本懐に近い。柄を握り締める。やってしまおうか、と。「オレへの逆恨みも素敵だけど、哀れだな、あの叔父上は。せめて君だけは助けようって、君の前で恥を晒すあの覚悟…周りに主張してあげなきゃ、自分は関係ない、叔父の独断だって。この騒動は家の人たちで丸く収めますって。もう何百人死者出たと思う?いずれ処刑するつもりだった奴等が何人束になって死体の山作ろうが関係ないけどさ?城の罪なき城の勤め人の無念は?」
歩行すら難しくなっている謀反人に兵が集まる。しかし彼は朦朧とした意識を懸命に繋ぎ止め、退けていった。矢が射られていく。痩せ細った棒切れのような肉体は波打てど、刺青と見紛う裂傷以外の血を赦さない。
「叔父上…」
縹は短刀を目線まで掲げ、二公子ただひとりだけに狙いを定めていた。剣先は小刻みに震えている。
「君という重荷さえなければ、きっとオレを討てたのに」
叔父へ一歩踏み出す。しかし天藍はそれを制して微笑む。縹へ見せ付けるように女の胸元へ片腕を回し、己の中に閉じ込める。睦事を彷彿させる口付けた頬に触れた。
「やっぱり君は何も守れない。唯一の家族の意地すらもね」
謀反人の虚ろな眼に殺気が蘇り、突撃する。何人たりとも間に合う者はなかった。
「縹」
剣先が貴人の鼻先で留まった。二公子は人懐こく幼い笑みを浮かべていた。朗らかさと聡明さのない、子犬のような笑顔がゆっくりと消えていく。極彩は必死に拘束から逃れ、叔父の弱りきった肉叢を抱き留める。姪に支えられ、刃はわずかに二公子へ接近する。_肌理細やかな頬に一筋、朱が引かれる、天藍は愉快げに笑み、自ら白刃に頬を擦り寄せて線を伸ばした。苦しげに病人は姪の肩の上で噎せた。口元をずらし、姪との間に山茶花の花がぽとりと落ちた。ひとつ、ふたつ、地に叩き付けられる。崩れながらも形があった。汚れた病衣を握り締めた。忘れていた呼吸。白い息吹が消えていく。視界が白く霞んだ。雪が舞っていた。
「君を…想うと……腹が痛く…なる、よ…」
彼は咳をした。花弁が雪とともに降り注ぐ。
「季節外れの花風吹、か」
残酷な輝きが麗らかな瞳に宿り、標的を前にしておきながら本懐を遂げられず倒れていく謀反人を見下ろした。そして衣嚢から生花を取り出し、敗者へ散らす。苦しみに満ちた呻きが聞こえ、極彩は身を屈めようとした。腰に腕が絡む。
「捕らえて。独房でいいよ。手当てしてあげて。功臣・縹として丁重にね」
兵に指示し、茫然とする腕の中の女に二公子は唇を寄せ、顔面の傷口を舐める。雪が舞う。吐かれた花弁に血が滴った。震える手が武器を天藍へ向けた。周囲の者たちがまたどよめいた。
叔父があんなで、ちょっと混乱してるだけだよ。彼女は無関係だから。ほら、夜遅いからすぐ撤収して。みんなご苦労様でした。みんなの働きがあったからぴんぴんしてるよ。勝って驕らず今以上に務めに励んで。
謀反人は投獄の2日後、意識を取り戻すことなく病死した。
進行方向を塞がれた病人の声音は殺気立ち、低く掠れていた。懐かしさは感じられなかった。金属がぶつかり合う。女は漆黒の坩堝へ極彩の手を引いた。しかし叔父と監視役の闘争を放っておくことはできなかった。痛覚が失せているのか、背に無数の矢を射られながらも病人は滑らかな動きで懐から棒手裏剣を投げつけた。視認しづらい監視役の青年のいる位置から布のはためく音がした。女は後ろ髪を引かれている極彩の腕を強く引いた。
「行きなさい」
苛々とした調子で、宗教家は吐き捨てる。二筋の光が交わり、火花が一瞬だけ2人を照らした。
「叔父上…」
「行きましょう」
抗えないほどに強さは増し、光の届かない奥へ引き摺り込まれていく。剣戟がやんだ。容赦のない足音が押し迫る。女の力で走らされ、眩しいとすら思えたがまだ視界の利きづらい薄暗さの広間へ放り込まれた。天井がなかった。暗く青い空が広がっている。木板は黒ずんでいる。祠のようなものが置いてあったがそこにだけ屋根があり、濃い影を落としている。女はまだ極彩を放さなかった。
「きっと二公子も分かってくださいます。だから安心なさってくださいな。亡霊に言葉は通じませんもの…」
扉が散った。汚れた純白の病衣がよく目立った。追跡者は離れていても目を惹くほど美しい刀身の寸延短刀を手にしていた。
「無い、無いと思ったら君が持ってたんだ」
極彩は、傍の女に瞠目する。そこに女などいなかった。
「兄上の刀でオレを殺す気なんだ?雅だな~。ああ、雅やか、雅やか。風流だよ。趣深いね…姪も巻き込むことになるけど」
場違いな手叩きが鼓膜を打つ。そして後ろから伸びてきた腕に囚われた。
「親友が何より大切にしていた弟を親友の形見で討つ、よろしいな。大切な女の仇同然の男に彼女と瓜二つの大切な姪を奪われる、よろしいな。親友の守りたかった国を裏切る、よろしいな。一族皆殺し、よろしいな。」
極彩は離れようとした。だが天藍は指が食い込みほど強く彼女を抱き寄せる。
「オレは彩ちゃんと斬り苛まれたいよ。縹、できる?あの女が愛し愛された親友の形見で、オレたちを討てる?」
斑紋だらけの眼球は凍えるほど異様な美しさを秘めていた。模様に沿った裂傷によって判別が難しい表情だったが、優しい口元が吊り上がったのがみえた。
「共に果てれば来世でも一緒に居られるよ。放さないよ、たとえオレが罪人、君が断罪者として生まれても。君は叔父に、オレは兄上の親友に斬られるんだ。原型も留めないほど刻んでくれないかな。捏みたいに。蒲鉾みたいに。抓入みたいに。そうすればオレたちは本当にひとつになれる。交合じゃ、また離れてしまうだろう?心だけじゃ満たされないよ。オレたちは物理的概念だからね」
謀反を起こした病人は肩で息をしていた。項垂れ、喘鳴を轟かせている。
「叔父上…」
「君を牝として…昔の想い人と重ねている男を、そういうふうに呼ばないことだよ……」
「彩ちゃん、裏切り者を討つんだ」
力の入らない手に、天藍は刀を握らせる。指を柄に絡ませ、上から重なった意思によって、戦意と肉体が伴わない謀反人へ白刃を構える。女の装いのどこに忍ばせていたのかも見当がつかなかった。
「守れなかった女によく似た娘を君は斬れるのかな。それとも守れなかった女によく似た姪に斬られる?君は式にも理由を付けて来なかったね。祝品だけで済ませてさ。彼女が影で泣いてたことも知らないでさ、君は日和見して後出しで求婚してさ、それでフられちゃうんだもんな。どんな想いで断ったんだろ?目の間に好いた男がいたのにさ?君はそういう方面には甲斐性がないな。姪だなんて言って、養女にする気概も、娶って家を残す器量もない」
視線がかちあう。今ならば二公子を討てる。しかし叔父は毛を払うが如く、首を一度だけ横に振った。そして姪へ短刀を構える。しかし彼女は自らの力で武器を支えられなかった。
―君を裏切って、心身ともに傷付く結果になってしまった。本当に、済まなく思う。
―お互い目的の為に斬り捨て合う関係ですよね。いいんです。…頭なんて下げるな。
―正直君の命の保証は出来ない。だが仇討ちとはそういうものだ。だから覚悟が要る。
唇を噛む。歯茎が軋んだ。慣れない得物を握った。
「皮肉なものだな。家族処断を促した男が、姪に斬られるかもしれないなんて。風流だな。雅やかな事この上ないよ。君は趣のある男だからね」
病人の足が地を蹴る。病衣をまだ迷いのある剣先が掠めた。宙を飛んだ痩身が身を翻し、極彩の腰を打とうとする。体勢を立て直し、刀身で受け止める。小回りの利く短刀が薙ぎ払われ、側へ転がり、躱しながら膝の力を使って斬り上げる。耳鳴りのように金属が摩擦する。押した力が、身を引かれることで崩れ、隙を突かれる。峰が脇腹を払いかけ、後転して避けた。花の香りが沈香を消す。彼は咳をし、武器を垂らしてしまう。乱れた足取りで不安定に上体を揺らし、天藍へ近付く。
「ほら、彩ちゃん。斬ってあげなよ。終わらせてあげてよ、この苦界を」
縹は姪に無防備を晒し、ただ二公子へ歩む。だが二者の間へ人影が落ちた。仮面に軽装の男は忍刀を謀反人の目の前に伸ばした。左腕に激しい損傷があった。外の騒がしさが鎮火されていたことを、滴る赤い時雨で知った。
「行きなさい」
二公子のほうなど見もせず、陰に紛れそうな青年は極彩に言った。
「君の守り人だ?この前仕留め損ねてよかったなぁ」
天藍は両手を打ち合わせた。
「病身でつらいだろうけど、頑張ってよ縹。オレと彩ちゃんを殺しに来て?彩ちゃんは君とは無関係だって証明しないと。本当に君はただただ自分の一族を滅ぼしただけのろくでなしの人非人になっちゃうよ?」
朗らかに笑い、狙われている緊張感など微塵もなかった。立ち尽くしたままの縹の様子を窺いながら、現状を理解しきれていないらしき極彩を拾って広間を出ていった。
「情のある人間ってのは厄介だね」
裏庭へと降りていく。武装集団がどよめいた。
「君の手でカタ付けてやるのが優しさかもね」
二公子の解いた。近付いてきた者たちが首謀者の姪に警戒を示し、天藍は他人事や些事だとでも言いたげに彼女を庇った。
「…でも、あの男、外傷じゃ死なないみたいなんだよな」
花の香りが近付く。山荒のように数十、数百の矢を負った追跡者は他の追随を許さず、標的と姪の前に現れた。穴が空き、破れた病衣は赤黒さを増やしていた。髪を結った紐が風に遊ぶ。先程聞いたものとは比べものにならない激しい雑音に合わせ、肩と胸部が上下する。立っているのも不思議な有様だった。
「叔父のカオを立てなきゃね?」
囁き。
「愛ってのは罰だよ」
耳元の吐息は何の痛手も負っていなかった。握ったままの刀で、その首を刺し貫こうとすら考えた。そうすることが最も孝行で、本懐に近い。柄を握り締める。やってしまおうか、と。「オレへの逆恨みも素敵だけど、哀れだな、あの叔父上は。せめて君だけは助けようって、君の前で恥を晒すあの覚悟…周りに主張してあげなきゃ、自分は関係ない、叔父の独断だって。この騒動は家の人たちで丸く収めますって。もう何百人死者出たと思う?いずれ処刑するつもりだった奴等が何人束になって死体の山作ろうが関係ないけどさ?城の罪なき城の勤め人の無念は?」
歩行すら難しくなっている謀反人に兵が集まる。しかし彼は朦朧とした意識を懸命に繋ぎ止め、退けていった。矢が射られていく。痩せ細った棒切れのような肉体は波打てど、刺青と見紛う裂傷以外の血を赦さない。
「叔父上…」
縹は短刀を目線まで掲げ、二公子ただひとりだけに狙いを定めていた。剣先は小刻みに震えている。
「君という重荷さえなければ、きっとオレを討てたのに」
叔父へ一歩踏み出す。しかし天藍はそれを制して微笑む。縹へ見せ付けるように女の胸元へ片腕を回し、己の中に閉じ込める。睦事を彷彿させる口付けた頬に触れた。
「やっぱり君は何も守れない。唯一の家族の意地すらもね」
謀反人の虚ろな眼に殺気が蘇り、突撃する。何人たりとも間に合う者はなかった。
「縹」
剣先が貴人の鼻先で留まった。二公子は人懐こく幼い笑みを浮かべていた。朗らかさと聡明さのない、子犬のような笑顔がゆっくりと消えていく。極彩は必死に拘束から逃れ、叔父の弱りきった肉叢を抱き留める。姪に支えられ、刃はわずかに二公子へ接近する。_肌理細やかな頬に一筋、朱が引かれる、天藍は愉快げに笑み、自ら白刃に頬を擦り寄せて線を伸ばした。苦しげに病人は姪の肩の上で噎せた。口元をずらし、姪との間に山茶花の花がぽとりと落ちた。ひとつ、ふたつ、地に叩き付けられる。崩れながらも形があった。汚れた病衣を握り締めた。忘れていた呼吸。白い息吹が消えていく。視界が白く霞んだ。雪が舞っていた。
「君を…想うと……腹が痛く…なる、よ…」
彼は咳をした。花弁が雪とともに降り注ぐ。
「季節外れの花風吹、か」
残酷な輝きが麗らかな瞳に宿り、標的を前にしておきながら本懐を遂げられず倒れていく謀反人を見下ろした。そして衣嚢から生花を取り出し、敗者へ散らす。苦しみに満ちた呻きが聞こえ、極彩は身を屈めようとした。腰に腕が絡む。
「捕らえて。独房でいいよ。手当てしてあげて。功臣・縹として丁重にね」
兵に指示し、茫然とする腕の中の女に二公子は唇を寄せ、顔面の傷口を舐める。雪が舞う。吐かれた花弁に血が滴った。震える手が武器を天藍へ向けた。周囲の者たちがまたどよめいた。
叔父があんなで、ちょっと混乱してるだけだよ。彼女は無関係だから。ほら、夜遅いからすぐ撤収して。みんなご苦労様でした。みんなの働きがあったからぴんぴんしてるよ。勝って驕らず今以上に務めに励んで。
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