彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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 溜まっていく花束がそろそろ外側の桟から落ちそうになる頃、あずきが訪れた。菖蒲は頭を抱えて興奮している彼女にされていた。力尽くで玄関を上がり、居間にいた極彩を引き掴む。冷静に話せる状態ではなかった。
「なんでつるばみが指名手配なんてされてるの!」
 息を荒げ、極彩は揺さぶられる。壁際に押し込められているうちに菖蒲が呆れた様子で居間へやって来る。
「若様にはお会いできました?」
「会ってないわよ!会わせてくれないの。どうして城のジジイどもはああ頭が堅いのかしら!」
 感情の標的が無精髭の中年男に移る。やっちまったとばかりに彼は髪を掻いた。
「そりゃそうです、こんな有様では。落ち着いてください。きちんと話す必要があります。どうどう。茶を用意しますから」
 甘い菓子に似た色の瞳が胡散臭い男を睨む。
「菖蒲事務官のことは信用するなって噂なんだケド?急進革命派に勧誘されるとかなんとか」
 噛み付くようにあずきは言った。
「それ本人に言います?まぁいいです、不評の自覚はありますから。多分それは根も葉もない噂ですよ。ボクが1度だって革命派に勧誘したことがありましたか、え?極彩さん」
 2人の鋭い視線を同時に喰らい極彩はびっくりして首を横に振る。ふん、とあずきが鼻を鳴らす。陰口を直接叩かれた菖蒲本人は、あ~あ~と投げやりでふざけた悲嘆を繰り返す。あずきは眉間に皺を寄せ、極彩をきつく捉えた。
「変なこと、吹き込まれてない?」
 心配と不安の目だった。鼻先にまで迫った器量の良い顔面に控えめに頷く。
「心外ですね。一体極彩さんに何を吹き込むっていうんです。例の急進革命派がいかに素晴らしいかとかですか。でも実際やってることは披露目チンドン屋じゃないですか。そんなことはいいんです、さて、まずは説明します。座ってください」
 菖蒲は座布団を用意する。あずきは顔を顰めたまま彼の真意を探ろうとしているようだった。
「知りたい情報があるんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、黙って座ることです」
 あずきは不機嫌に彼を一瞥すると渋々卓袱台を前に座った。
「さて、何から話しましょうかね」
 切り出した彼は茶を淹れに台所へ消えてしまった。2人きりになるとあずきは居心地の悪そうに極彩へちらちらと目をくれた。しかし彼女のよく着ている鮮やかな赤を見ることもできないでいた。
「群青殿との縁談、あれ、ダメになった」
 口調に刺々しさはあったが、いくらか話そうとする意思が感じられた。何と返していいのか分からず、力強い双眸をゆっくりと捉える。あずきは頬杖をついて縁側の奥の庭園を見ていた。
「他の人がどうしても群青殿とって。天藍様が謝ってくれて…書状でダケド。あたし、こんなだから腫物扱いだし」
「そうでしたか」
 庭園と極彩の間を惑い、活気のある眸子は庭に落ち着く。
「橡じゃないんでしょ、あの指名手配の人」
 手配書を見ていないため極彩は答えようがなく、困ったまま卓袱台の上の木目をなぞっていた。
「あいつそっくりな奴が悪さしてるのかと思うとはらわた煮えくり返りそう。…顔立ちとかあいつに似てるけど、あいつじゃないんでしょ。まだ群青殿の変装のほうが似てた。顔っていうより、雰囲気とか」
 目の前の娘は嘆息する。
「群青殿があいつの格好してたみたいに、またあいつの格好してる仕事だと思ってたんだケド、違うの」
「多分、違うと思います」
 活気の失せた目が疲れた様子で庭園から極彩へ滑った。
「やっぱり何か知ってるの」
「詳しくは知りません。狐という男のことくらいしか」
「群青殿の変装した後の?」
 あまり聞きたい話ではないようだった。
「橡さんの引き継ぎで群青殿が、わたしの夫に扮していたらしいのです」
 あずきは仰天し、大きな目をさらに大きくした。無言のまま両肘をつき、顔面を洗うように覆った。
「―だとすると、あんたは橡と結婚した…?」
 浮かび上がった己の回答に混乱しているらしく、自身がなさそうに訊ねた。否定を求めているような響きを残して。
「求婚した相手は橡さんですが、結婚相手となると実質的には群青殿ということになります。名義としては狐という者ですが。届出を出した時点ではすでに群青殿だったようですから」
 あずきは両手に顔面を預け、項垂れて黙った。台所から茶を淹れた菖蒲が戻ってくる。菓子が添えられていた。あずきは素顔を見せないまま粗略に茶の礼を言う。
「群青殿も何も教えてくれないわけだ…天藍様もそれを知っているの?知っていてあたしに…」
「二公子は知らないと言っていました。一部の者しか知らないそうです。ですからどうか内密に」
 2人の間に入るように菖蒲も腰を下ろす。
「夜間に色街区画の監査のために浮浪者として身をやつす必要がありましてね。ええ、ある時から橡さんと連絡が取れなくなりました。かなり危険な潜入捜査に入るという後でして…その前に極彩さんと契ったのかと…はい」
 あずきは腑に落ちなさそうな目で対面の女を射す。
「あんたは浮浪者と結婚したってこと?」
 訝しんだ眼差しは菖蒲にも向けられた。何か共謀しているとでも疑われているらしかった。
「はい」
 あずきは唇を尖らせる。
「それで、あの指名手配犯は?」
「彼女の夫を名乗る不届者です。群青さんでなければ必然的に橡さんということになりますが…う~ん」
「ふざけないで。全然違う。分からないの?事務官のクセに?」
 あずきは査古聿ちょこれーとのような色の長い髪を掻き乱し、理解に苦しみながら唸った。
「事務官といっても全員を把握しているわけではありませんよ、はい。ただ、橡さんではないとはボクも思っていますよ、ええ。まさか、あんなヘラヘラした若者ではなかったはずです」
 あずきはどうしていいか分からないらしく、髪を掻き上げようとしたまま項垂れ、制止する。
「あの指名手配犯、見つかったらどうなるの」
 冷静を装ってはいるようだった。菖蒲はうんざりしたような目を卓袱台へこうべを垂れる娘にくれた。
「それを訊かれると参ってしまいますね、ええ」
「…大体分かった」
 菖蒲は突き放したような顔をする。脳天しか見えなかったが、値踏みしているような感じがあった。
「あずきさんのほうでは、何もご存知ないんですもんね?」
「知っていたら協力してたわよ」
 深く大きな溜息を吐いて彼女は面を上げた。
「いきなり来ていきなり変な態度とっちゃってごめんね。あんたも色々あって忙しいのに」
 もらって行くわ、と言ってあずきは茶に添えられた軽羹かるかん饅頭を手に取り、帰るつもりらしかった。
「…いいえ」
「あたしは橡が選んだ結婚なら、喜んで祝福するけどさ…」
 居間を出て行く後姿は振り返りそうで、振り返らなかった。首を捻って菖蒲が立ち上がる。
「見送らなくて大丈夫。ありがとう」
 彼女は気配だけで彼の行動をさとってそう言うと、玄関へ向かっていった。あずきの消えていった玄関へ通じる廊下をぼうっと眺めている極彩に菖蒲が声をかける。
「弁柄地区で目撃情報がありました。早朝です。行ってみますか。群青さんには内緒で…」
 見上げると、媚びた笑みも胡散臭さもない真摯な面持ちに迎えられる。だが彼は顔を逸らし、縁側に入って煙草を咥えはじめる。
「彼の素姓と…それから共犯者おなかまを探って欲しいのです。日当も出します、命懸けですから…」
 悪そうな口元の笑みが逆光の中に見えた。
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