彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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 くつわも手枷も解かれないまま、謎の人物は極彩を立たせた。手枷から伸びる鎖を壁から外して引っ張る。競売の開催者側たちも出品された者の逃亡に何も口を出さなかった。地上へ出て、通りの裏から牛車を拾う。移動の間、極彩は狐の姿から視線を逸らせなかった。そのために転びそうな場面もあった。それでいて狐は彼女のほうを見ようとしない。色を抜いてまた染めたのとは違う、艶のある毛に輪が照っている。極彩の知る狐ではない。結局牛車が発進しても、一度たりとも目が合うことはなかった。
 繁華街の喧騒が離れていく。襦袢姿の極彩は頭から被っていた布を羽織っていたけれども、季節のせいか寒かった。得体の知れない人物にどこに連れて行かれるのか分からない緊張感もそこに加わっている。錫に誘拐されていたときとは桁違いだ。
 車を牽く牛の蹄は地を放しはしないか。車輪が浮き上がり、宙に路を作って、存在しなかった男と二度と帰らぬ場所に連れて行かれるのでは。不自然に外方を向く狐の横顔を観察し、やがて素顔が分かっていく。眠さの窺えない、隈取で誤魔化した円い目を知っている。狐という人物の外見は本来、ある実在する青年に寄せられてはいなかったか。目の前にいる若者ははしばみだ。極彩は一気に脱力してしまった。彼女のその様子に相手も看破されたことを悟ったらしい。装いとおすことをやめたのか、口覆を顎下まで引いた。
「こうしないと、来てくれなかったデショ」
 彼は臍を曲げたような喋り口だった。
「安心して。今回は錫くんに協力できないから、ぼくの自由行動。だってあの群青とかいう人、今ご出勤してないんデショ」
 轡を咬まされていた極彩はただは榛の円い目を睨む。
「錫くんの狙いはそれ……恨みがあるんだってサ」
 榛は簡単に口を割った。
「あんたのコト、売り飛ばすフリして、群青って人を捕まえたかったんだと思うな。間に合ってよかった」
 大仰に安堵の溜息を吐いて榛は螺旋を描く毛先を三つ編みにし始める。
「この季節にこんな薄着、寒いヨ」
 群青の扮する狐が着ていたとおりの粗末な衣類を手繰り寄せ、両腕を摩っている。見ているだけでも寒い。極彩も襦袢姿であるから尚のことだ。
「大変だったろうナ、こんな服着て。つるばみは」
 極彩の目が伏せられる。ぴくし、と榛の鼻と口が爆ぜた。小鳥が鳴いたみたいな声を漏らす。
「さっむ。もう少しだけ我慢してネ。着いたら、暖房効いてるから」
 それから何度か榛がくさめをする中数分経って牛車が停まった。手枷と轡は依然として嵌められたまま車から降りる。晩春とはいえ、日が暮れるとまだ肌寒い。着いたところは若苗診療所だった。来たことがある。不言通りが爆破されたとき、三公子が運ばれたところであり、自傷した淡藤が入院したところである。
 榛を横目でみた。彼は診療所の建物を見上げている。
「錫くん、結構裏では顔広くてサ。当分はここに身を隠してて」
 無邪気に極彩の顔を覗いた。彼は轡も見えていないかのようであるが、円い目を大きくして彼女の口を封じるものを外した。そして手枷にも指を引っ掛けたが、急に直立不動になってしまった。彼は極彩を連れて来たはいいが、肝心の手枷を外す鍵を置いてきている。
 榛は咳払いをした。そして診療所の中へと引っ張っていく。
「千草くんと面会できる?」
 受付の女と話す姿は軽佻で軟派だ。帳場に上半身を乗せ、身を捻っている。人懐こいを通り越し、その様はだらしなく、受付の女を口説きにかかっている。
「できるんだ。よかった。彼女、千草くんの妹。……娘。うーん、姪!ちょくちょく来ると思うからヨロシクネ。このピッて傷があるから忘れないでネ。これ斬新な腕輪デショ、あはは」
 榛はにっこりと笑って極彩の手を引いた。敢えて彼女の両腕を纏める分厚い木板を見せびらかす。
「誰に会わせる気なの」
 久々に声を出した気がした。
「千草くん。男のぼくでも美人だなって思うくらい、キレイな人だヨ。花が生えちゃう病気だから、花生えてるケド、気にしないであげてネ」
 まだ新しい院内を案内される。最上階の隅だった。
「花が生える病気って、花労咳のこと?」
「花ろーそーとかいってた。花そーろー?でも感染うつったりはしないって。だから安心して」
「わたしが安心しても、相手は病人なのでしょう?いきなり訪ねて大丈夫なの?外から変な空気を持ち込んだり、していないとも限らないのだけれど」
 榛はすっとぼけた顔をして頷いた。そして引き扉を横に滑らせる。極彩は中にいる人物を捉えた途端、あらゆることが頭から飛んでいった。
 そこには縹がいた。暗い色の髪を肩の辺りで切り揃えたような叔父が寝台に座しているのである。顔の片側に一閃斬り上げられたような傷が走り、両耳に花を挿しているのが滑稽な感じではあるが、それが彼の病らしい。
「こんばんは、ばみっちゃん。お客さん?」
 柔らかな声音、喋り方もよく似ていた。榛に後ろから何か言われたことにも気付けなかった。
「そうそう。ちょっとの間、かくまってほしくて。この人なんだケド」
 突っ立ったまま動く気配のない極彩を榛は押して中に入れた。
「やぁ。よく来たね。その辺に椅子を出して座るいいよ」
 極彩は、寝台に座り朗らかに笑う青年から目が離せなかった。榛が2つ、折り畳み式の椅子を並べる。
「ほぉら、座って。何をさっきからぼさっとしてんの」
 榛に促されなければ、彼女はずっとそこに佇むことになったかも知れない。
「縹という人をご存知ですか……」
 その問いは虚ろな響きを持っていた。
「縹……?う~ん、誰だろう?知らないな。君は?もう私のことは聞いているのかな」
「千草くんってことは話したヨ」
 榛は呆然としている極彩を小突いて代わりに答えた。
「そう。それなら自己紹介する必要ないかな。でも礼儀としてしておこうか。千草です。乳房ちぶさじゃないからね。よろしく」
 縹よりも柔和な微笑だった。それが極彩を我に帰らせる。
「白梅と申します」
「白梅、いいね。私も梅は白いほうが好きだよ。匂いがね」
 彼は縹よりも棘がない。
「それで匿うというのは?」
「闇競売に出品されかけてたの。ちょっとした手違いがあって」
「手違い?」
 千草という男は首を捻る。やはりよく似ている人物とは異なり、嫌味や圧がない。
「この子をエサに、誘き出したい人がいたみたいなん。でもその人、今ちょっと拘留中らしくて。だからやるだけムダってコト。だから連れ戻してきた」
 彼は優しげな表情で榛を見つめ、相槌をうつ。
「そうだったのかい」
 千草は榛から極彩へ穏和な目を移した。彼女も頷く。
「大変だったね。そういうことなら分かったよ。この診療所にいるといい」
「医院長なのですか」
「うふふ、違うよ。医院長ではないけれど、それなりの決定権はあるから安心して」
 つまり資金提供者や共同出資者なのかも知れない。
「外に出てはいけないの?」
 極彩は榛に訊ねた。彼は躊躇しながら首肯する。
「錫くん結構種念深いからサ。何するか分からないし」
「よくもそんな人と付き合っていられること」
 彼は唇を尖らせる。
「身内には優しいからネ。ぼくも一個人的には、錫くんのやることに損、ないし」
「本当に?もうあなた、平然と外歩けないのに?」
「もともと外、まともには歩けなかったし。生まれてする、親に売られた時カラ」
 極彩は呑気な相手に眉を顰める。
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