アナザーワールド

白くま

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最終決戦編

第二十六話 〘兄の形見〙

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 球体が姿を消し、辺りは再び静まり返った。
 目の前の吸血鬼をどうするか、ブリンゲルに戻った方がいいのか、膨大な量の情報が楓の頭を混乱させた。

「なんだ…。ここに居たのか秋月。」
「石峰さん!」

 楓が考え込んでいると、建物と建物の間から健太が姿を現した。健太は楓の周りを見渡しレオン達を見つけると、素早く腰の刀に手をかけた。

「くそっ!3人とも居やがるのかよ!」
「ま、待ってください!」

 刀を抜こうとする健太の前に楓は飛び出し3人を庇う。

「まず、話を聞いてください。石峰さんが居ない間に色んなことがありすぎて…、私も困ってるんです…。」

 いきり立つ健太を宥めた楓は、白の事、柚枝の事、そして吸血鬼の親玉が他の吸血鬼を見捨てた事など、いままでに起きたことを全て話した。

「そんな事が…。まさか、一条がなぁ。」

 状況を理解した健太は、腕を組んで目をつぶった。レオン達の方へ向き直った楓は、気になった事を問いかけた。

「ねぇ、あなた達行く宛は?」
「………。」

 楓の声にレオンは俯いたまま顔を横に振った。

「ここに攻めてきた吸血鬼の中であなた達の立ち位置はどのへん?」
「ボク達があの方から指示をもらってここに攻めてきたから、ボク達がトップだと思うけど…?」
「そっか…、なら良かった。」

 楓はレオンの言葉を聞くと、少し笑みを浮かべて健太の目を見た。

「すみません。今から私の独断で話をします。」
「あぁ、どうせいくら考えてもこんな状況でどれが正解かなんて分からねぇからな。話してみろ。」

 健太はそう言うと、近くにある瓦礫の上に腰掛けた。

「まず、私と石峰さんはブリンゲルに帰ります。向こうの状況も気になるし…。白ちゃんはここの兵士だからここに残るとして、問題はあなた達3人…。」

 楓はレオン達に歩み寄り、各々の目を見ながら言った。

「私達と一緒にブリンゲルまで来て欲しい。」
「そ、それってどういう…?」

 レオンは目を丸くした。レオンだけじゃない、他の2人も楓の言葉に驚き、言葉を失っている。

「何?私の言葉がそんなに意外?」
「だって…。」

 楓の言葉にレオンは口篭る。人間にとってレオン達は大罪人であり、抹殺すべき対象だ。2つの国を滅茶苦茶にし、何人もの人を殺している。この場で死ねと言われてもおかしくない状況だ。しかも、自分たちの帰る場所も無くなってしまった。正直、3人とも心の中で死を覚悟していたのだ。なのに…。

「ボク達をブリンゲルに連れていくって…?」
「あなた達は絶対に許されないことをした。何人もの命を奪った…。そんな悪者に死んで楽になる権利なんてあると思う?」

 楓は哀れみに充ちた目でレオン達を睨みながら腕を組み、その慎ましい胸をめいいっぱい張り出してふんぞり返った。

「あなた達には、その身が尽きるまで私たち人間の手となり足となり働く義務があると思うの。それでも許されることではないけどね。」

 そう言うと、楓は元の和やかな顔に戻りそっと微笑んでレオン達に手を差し出した。

「街の人達はどう言うか分からない。けど、あなた達が人間の言うことに全て従ってくれるなら、私達にとっても貴重な戦力になるし、相手の情報も手に入る。どう?悪い話じゃないと思うけど?」
「確かに…そうだけど。」

 ニッコリ微笑む楓と、その後ろで黙って話を聞いている健太を交互に見つめるレオン。健太も楓の意見に賛成しているのか、レオンへの目配せで「どうなんだ?」と語りかけているようだった。

「アンタ達はそれでいいの?」
「いいからこの提案をしてるんだけど…?それとも、何か不満?不満があるならこの話は無しにしても…。」
「あー!無いです!無いです!全然、不満なんて一欠片も無いです!」

 悪戯な笑みを浮かべながら言う楓に、レオンは慌ててすがりついた。ここで見捨てられたら本当に殺されるか、何もされなくても餓死するだろう。血を欲して人を襲えばやはり捕まり殺される。人間界で生きていくには、もう楓の提案を飲むしか無かったのだ。

「じゃあ、決まり。早速移動するから、仲間を全員集めて?」
「その件なんだけど、1ついいかな?」

 楓の1つ目の指示に早速口を挟んだのはカルマだった。慌てて振り返ってカルマの口を手で塞ごうとしたレオンを楓は引き止める。

「何?どうかした?」
「ここに居る吸血鬼を全員ブリンゲルに連れていくの?」
「その予定なんだけど…?」
「それはいくらなんでも数が多いと思うし、ここの兵士は私達との戦いで疲弊しているわ。だから、半分に分けるっていうのはどうかな?って思ったの。」

カルマの提案に少し考える楓。本当ならまとめて監視下に置きたかったのだが、カルマの言い分にも一理ある。しばらく考えていると、今度は白が口を開いた。

「私が半分を担当します。それで問題ないんじゃないですか?アウスブルグにも戦力は必要です。元の戦力差を考えれば、7割くらい分けてもらうくらいがちょうどいい感じがしますけど。」

 そう言うと、白はクスッと笑った。

「じゃあ、戦力の分け方はレオンに任せるわ。半々か、少しアウスブルグの方に戦力を片寄らせる感じで二つに分けてくれる?」
「分かった。」

 楓の指示に頷き、レオン達は素早くその場から姿を消した。


 それからアウスブルグ城に戻った楓達は、国王に起こった出来事を全て話した。

「うむ。話は分かった。吸血鬼達はわしが担当しよう。」
「いえ。吸血鬼は私が担当する事になってますので、国王はここで…。」
「お前は警務隊の人と一緒にブリンゲルに行きなさい。」
「…え?」

 言葉を失う白に、国王は自分の椅子の肘置きを起こし、裏側に隠された小さな蓋を開けた。国王はその中から純白のブレスレットを取り出し白に手渡した。

「こ、これ…。」
「君のお兄さんがまだここに居た時に預かっていた物だ。君がこの国を離れる時には自分はもう生きていないだろう。彼はそう言っていたが、まさか本当に彼の言う通りになるとはな…。」

 そのブレスレットを手にした白の目からは涙が溢れ出し、一筋に流れる涙は頬を伝ってブレスレットへと落ちた。

「ど、どうしたの!?」

 急に泣き出した白に声をかける楓。すると、白は涙で潤んだ目を擦りながら楓に近づき、抱きつくように楓の胸に顔を埋めて大泣きしだした。

「ごめんなさい…!ごめんなさい…!」
「え!?ちょっと…本当にどうしたの!?」

 戸惑いながら、楓は泣きじゃくる白の頭を撫でた。

「このブレスレットからお兄ちゃんの声がして、あなたに会ったら私からも礼を言って欲しいって、俺に人間として最後を迎えさせてくれた恩人だからって…、私、何も知らずに…あなたに酷い事ばかり…。」

 楓はその言葉で確信した。どうやってかは知らないが、もう白は冬四郎の最後を全て知っているのだと。未だ泣きじゃくる白をぎゅっと抱きしめた楓は再び白の頭を撫でて言った。

「私も隈界さんから命の大切さを改めて学んだ。だから、お礼なんてしてもらわなくていいの。むしろ、私が謝らないといけない立場なのに。」
「そんな事ない!お兄ちゃんの声は本当にあなたに感謝してた。」

 楓の胸から顔を離し、白は真っ直ぐ楓の目を見つめた。その目はまだ涙で潤み、赤く充血しているが、何か覚悟を決めたように力強い眼差しだった。

「私もブリンゲルに連れていってください!お兄ちゃんに教えて貰った技がきっと役に立つはずです。」
「…技?」

 白の言葉に疑問を抱いた楓が聞き返す。戦闘に向いていない冬四郎が妹に教えた技というのが何なのか…。

「私が教えてもらったのは、〘転移〙です。」
「て、転移!?」

 楓は思わず素っ頓狂な声を上げた。転移魔法とは、文字通り物体をそのまま違う場所へと移動させること。普通の移動と違うため、実際にそのもの自体は動かず、その周りの空間ごと移動させる超強力魔法だ。しかし、その強力さ故にブリンゲルでは使用が禁止されている。だが、そもそも転移魔法を使える者などここ数百年居なかったとされていた。あの柚枝でさえ習得出来なかったものなのだ。

「お兄ちゃんは戦闘は全然ダメでしたけど、この技だけは完璧でした。それこそ、こことブリンゲルを一瞬で移動することも出来ると思います。」
「うそ…。」
「でも、私はほんの30メートル程しか移動出来ません。」
「それでも、十分だよ!絶対何かの役に立つ!」

 少し悔しそうな表情をする白に楓は言う。

「だが、秋月。ブリンゲルでは転移魔法は禁止だぞ?」
「こんな状況で、そんな事言ってられないんじゃないですか?」
「まぁ、それもそうか…。」

 この非常事態に強力すぎて危ないなどという理由で貴重な戦力を減らす必要は無い。だが、ブレスレットに死ぬ直前のメッセージを仕込む技、禁術になる程強力な転移魔法といい、楓は白が受け継いだ能力はまだまだ未知数なのではないかと密かに思うのだった。
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