MIBUROU ~幕末半妖伝~

きだつよし

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第三章 嚥獣の宴  其の二

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 ひなたが滞在する屋敷と京都守護職を結ぶ道程のあいだに大きな寺がある。
 土方がひなたと共に京都守護職から戻る途中に使った裏道はこの寺の脇道だ。道沿いに長い壁が続いているが、壁伝いに歩いてゆくと、正面の大門がある通りに出る。夜も更け、暗くなったこの時間では通りに人影もなく、門は閉じられ、辺りは静まりかえっている。
 その静けさの中、通りの向こうから息を切らせて走ってくる人影が一つ。月明りに薄ぼんやり照らし出されたその顔は、ひなただった。
 ひなたは門の前までやってくると、息を整え、懐から紙を取り出した。それは、「京都遠征隊のことで伝えたいことあり」と書かれた昼間の折り紙だった。折り紙には、今宵この場所に来るよう指示も書かれていた。
 ひなたは、護衛する新選組の目をくぐり抜けるにはどうすればよいか思いあぐねていたが、何か騒ぎが起こったらしく、見張りの隊士が持ち場を離れたので、今しかないと思い、とっさに草履をはいて屋敷を抜け出した。
 暗闇の中、一人で夜道を行くのは正直怖かったが、この寺は京都守護職から屋敷に戻る時に通ったので道は知っていたし、何より、透志郎のことで何かわかるかも知れないという期待が彼女を強く突き動かした。
 だが、いざ約束の場所に来てみると急に不安が沸き起こってきた。こんな夜更けに女一人で出歩くという無謀さ、そして、手紙の相手が誰かわからないのに信用してしまった軽率さ……冷静になると、自分の愚かな行動に後悔の念が渦巻いた。
 その時、門の前から見える大きな木の陰から人影が現れた。
 ひなたは一瞬ドキッとしたが、人影がゆっくりこちらに向かって近づいてくるのを見ると、折り紙を差し出し、恐る恐る声をかけた。
「私にこの伝言をくださったのはあなたですか……?」
「……そうだ」
 ひなたの前で立ち止まった人影はそう答えた。
「佐々木様……!」
 ひなたは驚きの声をあげた。
 佐々木只三郎は、殺害された父の要蔵をひなたが発見した時、聞き取りをしたこともあり、顔に馴染みがあった。また、要蔵が京都遠征隊の捜索に関して協力を頼もうとした相手であることも知っていたので、先ほどまで心によぎっていた不安はすぐさま安堵に変わった。
「京都遠征隊の事で伝えたいことがあるとのことですが……?」
 ひなたは、はやる心を押さえながら、なるべく落ち着いた声で尋ねた。
「……その前に聞かせてもらいたい」
 佐々木は、そう言ってひなたを改めて見つめ、静かに問いかけた。
「京都遠征隊の結成には不審な点がある……父上はそう言っておられたが、そなたもその内容を……?」
 佐々木の目の奥がギラリと光った。
 ひなたは、その眼光の中に殺気に似たような気配を感じ、思わず身を固くした。
 今の問いはどういうつもりで投げかけられたのか……むくむくと湧き上がってきた不安の中でひなたが思いをめぐらせていると佐々木が口を開いた。
「知っていることは話した方がいい。父上のようになりたくなければ……」
「!」
 ひなたの背筋に冷たいものが走った。
 この男は明らかに自分を脅している。父が頑なに守った秘密は今となっては自分しか知る者はいない。それを聞き出すために自分が呼び出されたのだと、ひなたは改めて気がついた。父の要蔵が佐々木に不信感を抱いたまま命を落としたことをひなたは知らないが、佐々木の言動と醸し出す雰囲気は、父と同じく、佐々木への不信感を募らせるのに十分だった。
 ここから逃れた方がいいと本能的に感じたひなたは、じりじりと後ずさりしながら隙をうかがった。だが、その背後にあるのは締め切られた寺の大門……それにドンとぶつかったひなたは退路を絶たれた。
 焦るひなたを佐々木の冷たい目がジッと見つめている。
「あくまで容保様に直に伝える姿勢は崩さんということか……ならば仕方あるまい」
 佐々木は、押し黙るひなたを捕まえようと手を伸ばした。
 その時、背後から声が飛んできた。
「彼女に何用です……?」
 佐々木が振り向くと、そこに土方歳三の姿があった。
「貴様が何故ここに……?」
「彼女の護衛です」
 土方は涼しい顔で答えた。
 嚥獣との戦いで傷を負った土方は、新選組の屯所で養生しているはずだった。だが、事件が一段落した時こそ油断は禁物と考える土方は、人知れず屯所を抜け出し、ひなたの屋敷に赴いて密かに護衛の任についていた。
 屋敷で騒ぎが起こった時、護衛の隊士達は式神を追う影を追って屋敷を離れたが、土方は直感的にそれが陽動ではないかと感じ、屋敷内に残っていた。そして、部屋を抜け出したひなたが屋敷の裏口から出ていくのを目撃すると、密かにあとを追ってきたのだ。
「仕事熱心だな」
 佐々木が冷たく言い放った。
「あなたこそ、彼女にたいそう御執心の様子。我らが相当邪魔と見える」
 土方はそう言いながら、佐々木にゆっくりと近づいていく。
「昨夜、彼女を護衛する我らを襲ったのは……あなたの手の者ですね?」
 それを聞き、ひなたは思わず佐々木を見た。
 佐々木は黙って土方を睨んでいる。
 土方は、佐々木の前まで来て立ち止まると、続けて言った。 
「我々を襲った者を捕らえたところ、あなたに雇われたと自白しました」
 土方達を昨夜襲った覆面の侍達は沖田に行く手を阻まれ退散した。沖田はそれから土方とひなたの元に向かったが、その前に一人の男を捕まえ、近くの木に縛りつけておいた。男は、初手に斬り込み、沖田の一撃を食らって気を失った男だった。
 沖田はひなたを保護したあと、隊士を連れて気を失った男の元に戻り、屯所に運びこんだ。そして尋問の結果、覆面の侍達は佐々木に金で雇われた浪人達であり、ひなたをさらって連れてくるよう頼まれたと、男はあっさり自白した。
「もしもに備え、見廻組を使わなかったところはさすがですが、志のない者を使ったことがかえって仇になりましたね」
「……」
 土方の話を聞いた佐々木は黙ったままだだが、その沈黙が事実を認めていることを雄弁に物語っていた。
 佐々木はしばらく黙っていたが、開き直ったように言い放った。
「このおなごは我らが預かる、貴様達はこれ以上関わるな」
「嫌だと言ったら……?」
 佐々木は土方の問いに答えるかわりに、ゆっくり腰の剣に手をのばした。
 その時、佐々木のうしろに立っていたひなたが駆け出した。彼女は佐々木の意識が土方に向いているあいだに逃げる隙をうかがっていたのだ。
 駆け出すひなたに気づいた佐々木と土方が動き出したのは同時だった。
 佐々木は瞬時に振り返り、ひなたを捕まえようと手をのばした。土方はそれを阻止せんと突っ込み、二人のあいだに割って入った。そして、佐々木と土方は、互いに素早く剣を抜き放ち、相手の剣を弾き返した。
 一瞬の攻防を制したのは土方だった。土方は佐々木の攻撃をかわしながらひなたの手をとり、守るように自分の後ろに回り込ませた。
「私から離れないでください」
 だが、ひなたはそう言う土方の手を振り払った。
「私はあなたがたのどちらも信用しません!」
 ひなたは、壬生狼の素性を隠す土方に不信感を抱いていた。
 これまでのひなたなら、時をくれと言った土方を待つこともできただろう。だが、壬生狼と透志郎につながりがあると確信した今、はやるひなたの心は焦りと苛立ちに支配され、いつもの冷静さを失いかけていた。
 ひなたは、土方に背を向けると暗がりの中に走り出した。
 土方は追おうとしたが、斬り込んできた佐々木の剣がその進路を塞いだ。反撃した土方は、佐々木と鍔迫り合いにもつれこんだ。
「嫌われているようだな」
 佐々木の目が嘲笑するように光った。
「好かれるのが仕事じゃない」
 土方は、佐々木を振り払い、間合いをとった。
 ひなたを追いたいのは山々だが、佐々木の狙いがひなたとわかった以上、ここで足止めしておく必要がある。それに、ひなたを狙ったことを知る自分を佐々木がこのままま放っておくはずがない。
 土方は静かに闘志をみなぎらせ、剣を握り直した。

          ◯

 土方と佐々木の元から逃げてきたひなたは、二人が追ってこないことを確かめると、肩で息をしながら立ち止まった。
 自分は今どこにいるのだろう? 逃げることに夢中でどこに向かって走ったのかわからない。ここは一体どこだろうか?……一人闇の中にただずむひなたに不安が襲いかかった。
 土方にああ言った以上、もう新選組を頼ることはできない。屋敷に戻るわけにもいかず、屯所を訪ねるわけにもいかず、一体どこに行けばいいのか……。
 そんなことを考えていると、背中から声がした。
「こんなところで何をしておる……?」



 ギクッとして振り返ると、そこには提灯を手にした亀井が立っていた。
「亀井様こそどうして……?」
 ひなたは思わず尋ねた。
「わしは屋敷に戻るところだ」
 亀井が指さす先に京都守護職の屋敷が見えた。
 行き場を失った自分はどうやら無意識のうちに京都守護職に向かっていたらしい。
 あの寺の脇道を壁伝いに行けば、京都守護職に向かう道に出ることを体が覚えていたのだとひなたは思った。
 ひなたの心細い顔に気づいたのか、亀井がいつもの気さくな笑みを向けて言った。
「何かわけがありそうだな。とにかく屋敷に来るがよい。外は冷え込む」
 その暖かい言葉に安堵したひなたは、亀井と共に歩き出した。
 京都守護職の屋敷に入ったひなたは、いつものように控えの間に通された。
 何度か来たことがある場所だったが、夜遅いこともあってか、普段より静まり返っており、知っているはずの景色もどことなく不気味に感じられた。
 少しすると、亀井が部屋に入ってきた。
「まずはこれでも飲んで体を温めよ」
 亀井が持ってきたのは、温めた甘酒だった。
「ありがとうございます、亀井様」
 ひなたは頭を下げ、甘酒を飲んだ。
 温かい甘さが体に染み渡り、これまでの緊張がスーッと解けていく。ひなたは、亀井の優しい心遣いに心の底から感謝した。
 ひなたの顔が和らぐのを見て、亀井が声をかけた。
「で、どうしたのだ? 一人でこんな夜更けに」
 すっかり緊張のとけたひなたは、亀井に一部始終を話した。
 佐々木から文が届いて出向いたところ、父の用向きを教えろと脅されたこと。土方が助けに入ったが、その土方も信用できず逃げてきたこと。土方を信用できないのは、壬生狼の素性を隠しているからということ。自分は、壬生狼と透志郎に何かつながりがあると確信しているということ……。
 ひなたの話を一通り聞いた亀井は、なるほどと大きく溜息をつき、腕を組んだ。
「こうなっては、あのお二人を信用することはできません。どうか、亀井様が直接差配の上、京都遠征隊の行方と壬生狼なる異形の侍の素性をお調べ下さいませ」
 ひなたは改めて姿勢を正し、亀井に深く頭を下げた。
「わかった。これは会津藩にとっても一大事。あの二人がわしの知らぬところでよからぬ動きをしておるとなれば放ってはおけん。そんなことになっているとはつゆ知らず、お主には怖い思いばかりさせてもうしわけなかった。許してくれ」
 亀井もまたひなたに深々と頭を下げた。
「およしください、亀井様。亀井様に何も悪いところはございません。真相を明らかにするために私もお力添えさせていただきますので、どうか頭をおあげ下さい」
 頭をあげた亀井はひなたを見て言った。
「お主がそう言ってくれるなら心強い。わしも全力をかけて真相究明に努める。改めて力を貸してくれ」
「はい、喜んで」
 答えるひなたの顔に明るい色が戻った。
「となると……お主達が容保様にお伝えせんとしていることに全てはかかっておるかも知れんな」
 亀井の言葉に、明るくなったひなたの顔が再びこわばった。
 亀井はすぐにそれを察し、穏やかに声をかけた。
「わかっておる。その件は容保様に直に話すまで明かせぬということは。だが、それを知ることによって……」
 亀井は少し間を置くと、ひなたの目をジッと見つめて言った。
「お主の大切な者の行方もわかるかも知れぬ」
「えッ……!」
 ひなたが思わず声をあげた。
 亀井は落ち着いた声で続けた。
「わしとて何もせずジッとしておったわけではない。わしが密かに調べたところでは、京都遠征隊の失踪に我らの知らぬ他の力が関わった疑いがある。どうやらお主の父はその確証を掴んだようだが、それをわしの調べたことと照らしあわせれば、消えた京都遠征隊の行方……ひいては、お主の許婚である暁透志郎の行方を知る有力な手掛かりになると思うのだ」
 亀井の話を聞き、ひなたは考え込むようにうつむいた。
 父が知り得たことは容保様に直接話すと固く誓ったことである。用心深い父は、会津藩の中に事件を画策した者が存在するかも知れぬと考え、信用のおける者以外に口外せぬようひなたにもきつく言い渡していた。ゆえにひなたも、父との約束をここまで頑なに守ってきたのだ。
 しかし、頼りの容保様はいまだ体調が優れず話すことが叶わない。回復を待つあいだに幾度も狙われ、このままでは父のように容保様に伝える前に命を落とすこともあり得る。そうなれば何の意味もない。ならば容保様の右腕として信頼のおける亀井に話して協力を仰いだ方が得策かも知れない。が、しかし……ひなたの心は揺れた。
 ひなたの逡巡を察したのか、亀井が優しく語りかけた。 
「気持ちは重々わかる。だが、お主の中に秘めたままでは、暁透志郎に会うことは永遠に叶わぬかも知れんぞ」
「!」
 亀井の言葉にひなたはハッと顔をあげた。
 自分が抱える秘密は自分が生きていてこそ活かせるもの。透志郎の消息を知るために、生きているうちに、少しでも見込みのあるものにかけるべきであると、ひなたは改めて気がついた。
「わかりました……私が知っていることをお話します。ですが、このことは他の方にはくれぐれも口外されぬようお願いしてもよろしいでしょうか……?」
「承知した」
 ひなたの真剣なまなざしを見て、亀井は静かにうなずいた。
 ひなたは気持ちを落ち着かせると、改めて話し出した。
「……透志郎様がいた京都遠征隊の行方がわからなくなった後、私の父が色々と調べておりました。すると、とある人物の存在が浮かびあがってきたそうです」
「とある人物……?」
「京都遠征隊の結成は、京都にいらっしゃる容保様の要請によるものと父は思っていました。ところが実際のところは、私の兄であり佐武道場の師範代である佐武翔助とその人物が意気投合して隊の結成に至り、京都守護職への配属は二人の方から嘆願したということらしいのです」
「父上はなぜそれを……?」
「兄がつけていた日記を父が見つけて。そこに書かれていたそうです」
「なるほど……。その人物の詳細は?」
「詳しく書かれていなかったそうですが、人集めや旅費の工面など、兄は色々援助を受けていたようです」
「そこまでしていたとなると、その人物は自分の目的のために京都遠征隊の結成に手を貸したとも考えられるな」
 亀井はあごをさすりながら仮設を立てた。
「父もそのように考えていたようです。その人物が京都遠征隊の失踪の鍵をきっと握っていると……」
「で、その人物の名はわかっているのか……?」
「はい」
 ひなたは一呼吸おいて答えた。
「その人物の名は……禍月重磨」

          ◯

 ひなたが逃げた後、土方と佐々木の緊張は頂点に達しようとしていた。
「……そこをどけ」
 ひなたが逃げた方を背にして行く手を阻む土方に佐々木が言い放った。
 無論、道を明け渡す気など土方にはさらさらない。ここで佐々木と雌雄を決し、この男が秘めたることを洗いざらい吐かせるのが、一連の事件解決につながる近道だと土方は思っていた。
「それはできません。あなたには聞きたいことが山ほどあります」
「……貴様に語ることはない」
 言うや否や、佐々木は土方に斬り込んだ。
 この男はあくまで黙秘を貫くつもりらしい。口を割らせるには倒して捕らえるしかない……土方は佐々木の剣をかわしながら、果敢に斬り込んだ。
 二人の力は五分と五分。互いの剣が激しくぶつかり火花を散らす。だが、ほんのわずかの隙をつき、佐々木の剣が土方の腕をかすめた。
「ウッ……」
 斬られた腕を押さえながら土方が膝をついた。
 傷はそれほど深くない。だが、嚥獣と戦った傷が癒えておらぬ体での激しい戦いは、土方の体に急激な負担をかけていた。
「恨むなら己を恨め。邪魔をするからこうなる……」
 膝をつく土方に向かって、佐々木が大きく剣を振り下ろした。
 その時、佐々木の剣に大きな衝撃が走った。衝撃に弾かれた佐々木の剣は、宙を舞って、地面に突き刺さった。
 衝撃にしびれる手を押さえながら、佐々木は、剣を振り上げた形で自分と土方の間に立つ影を睨みつけた。
「ケンカにしちゃ度がすぎませんかねえ……」
 そう言って佐々木をギロリと睨み返した影……それは近藤勇だった。
「近藤さん、どうしてここに……?」
 近藤はにやりと笑いながら土方を見た。
「ひなた殿が屋敷から消えたって知らせがこっちにも入ってな。副長もいつのまにか消えちまってるし、局長自ら捜索に乗り出してきたってわけだ」
 密かに屯所を抜け出したことを皮肉られ、土方はバツの悪そうな顔をしたが、近藤は構わず続けた。
「で……どうしてこんなことになってんだ?」
「あの娘を密かに呼び出したのはこの男だ。彼女が握る秘密を狙ってな」
「なるほどねえ……で、彼女は?」
「逃げられた」
「はあ?どういうことだ?」
 近藤と土方のやり取りを聞いていた佐々木が冷たく言い放った。
「あの娘も気づいたのだ。貴様らが密かに異形の者と通じ、京の町を混乱に陥れる真の敵だと……」
「そりゃこっちの台詞ですぜ」
 近藤が反論した。
「嚥獣という異形の侍どもを使い、俺達や佐武親子を襲った真の敵は……あんただ、佐々木さん!」
「……」
「あんたは京都遠征隊の存在が嚥獣の手掛かりになることを恐れ、関わりのある資料を全て隠し、失踪の謎を調べる佐武殿の命を奪った。そして、謎の鍵を握る娘のひなた殿を狙い、浪人どもを雇って彼女をさらおうとした……」
 それは、近藤と土方が辿り着いた結論だった。土方とひなたを襲った覆面の一団が佐々木の手の者だとわかった時、二人の中で、これまでの佐々木の不審な行動が一つの線としてつながったのだ。
「フ……フフフ……」
 近藤の話を黙って聞いていた佐々木が笑い出した。
「俺は貴様らが異形の者……その、ノケモノとかいう輩と通じ、一連の事件を起こしていると思いこんでいたが、その様子では違うらしい。お互い、とんだ見当違いをしていたようだな」
「お互いに……?」
 訝しげな顔をする近藤に佐々木は言い放った。
「貴様らも俺を追いつめて得意になっているようだが、残念ながら推測は全て的外れだ」
 佐々木はそう言ったが、近藤はにわかに信じられない。
「ならば、なぜ京都遠征隊の資料を隠されたのだ?」
「あの事件に近づく者は消される」
「消される……?」
「見廻組に配属される隊が失踪したことは、我らにとってゆゆしき問題だ。ゆえにすぐさま捜索の手筈をとった。だが、その者達が次々と消息を絶った……」
「?!」
「あの事件には裏があり、近づく者は消される……だから、貴様らが京都遠征隊に興味を持ち始めたと知って資料を隠したのだ。事件に近づけぬようにな」
 佐々木の意外な真意に近藤は驚いたが、これがこの男の不器用な正義感であると直観的に感じ、素直に受け止めることができた。
「要蔵殿にも、危険が及ばぬよう助言したつもりだった。だが……」
 そう言って少し目を落とす佐々木に近藤は言った。
「それならそうと教えてくれれば……」
「これは見廻組の問題だ。我らの面子にかけて我らの手で解決するのが筋だ」
   佐々木は毅然として答えた。 
 話を聞いていた土方は、無骨で融通の利かない佐々木らしい考え方だと思ったが、それでもまだ腑に落ちず、矢継ぎ早に尋ねた。
「ならば、彼女をさらおうとしたことはどう説明する? 彼女を密かに呼び出したことは?」
「保護するためだ」
「保護?」
「要蔵殿が殺された時、俺の部下もやられた。そして、我らは護衛の任を解かれた。俺は、貴様らが壬生狼を使って事件を起こし、我らにとってかわる口実を作ったと考えた。そして、護衛と称して拉致する貴様達から、あの娘を救わねばならんと思ったのだ」
「またずいぶん的外れなことを」
 土方は先のお返しとばかりに言い放った。
「わけはある。俺は貴様らが奴とつながっていると思っていた」
「奴……?」
「俺とて黙って手をこまねいていたわけではない。京都遠征隊の失踪に関して、密かに調べあげ、疑わしき男の存在にいきついた」
「それは誰です?」
 土方の問いに、佐々木は慎重な口調で答えた。
「我らの上役だ」
 近藤は佐々木の意外な言葉に驚き、思わず尋ねた。
「亀井様が疑わしいとは一体……?」 
「奴は壬生狼と関わりがあるかも知れぬ貴様らを敢えて野放しにし、我らの動きを攪乱している節があった。それで気になり、あの男の素性を改めて調べたのだが、京都守護職に配属されるまでの経歴が今一つはっきりせん」
「それはどういうことです?」
「つまり、奴の出自は不明ということだ。ただ一つわかったのは、亀井利太朗は仮の名ということだけだ」
「仮の名……?」
「奴の本当の名は……禍月重磨だ」

 …続く
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