MIBUROU ~幕末半妖伝~

きだつよし

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第三章 嚥獣の宴  其の三

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「ん……んん……」
 ひなたがゆっくり目を開いた。
 いつの間にか眠ってしまったらしい。ひなたは体を起こそうとしたが、頭がなんだかぼんやりし、体に力が入らない。
 ひなたは体を横たえたまま、辺りを見渡した。
 床に置かれた2つの蝋燭が暗い部屋をぼんやり照らしている。目が慣れてくると、天井が高く、思いのほか広い部屋だということがわかる。床は畳ではなく板の間のようだ。どうやら亀井様と話していた京都守護職の控えの間とは違う部屋らしい。
 亀井様と話したあと、どうしたのだろうか?……ひなたは、ぼんやりする頭で記憶を辿った。
 京都遠征隊の失踪に禍月重磨という人物が関与している疑いがあると話したあと一息つき、亀井様からもう一杯甘酒を勧められた。それは一杯目よりも優しく甘い味がした。その口あたりの良さのせいか、すっかり緊張が解け、急に眠気が襲ってきて、それから……それからの記憶がない。
 疲れていたせいもあったのだろう。甘酒に酔って、すっかり眠り込んでしまったらしい。自分のはしたなさが恥ずかしくなったとたん意識がはっきりし、ひなたは慌てて起き上がろうとした。だが、腕と足に違和感を覚え、起き上がることができない。見ると、自分の手足が床面に打ち込まれた杭に縄で縛りつけられていた。
「……?!」
 驚いたひなたは縄を解こうと抗ったが、思うように力が入らない。
 状況がわからず、不安と恐怖が一気に湧き上がったその時、観音開きの部屋の扉がスーッと開く気配がした。
 ひなたがギョッとして身をかたくしていると、灯がともった燭台を手にした男が中に入ってきた。男は見たことのない異装の法衣を纏っており、口は布で覆われて目元しか見えず、どんな顔をしているのかわからない。
「亀井様なのですかッ……?」
 ひなたは身をかたくしたまま尋ねたが、男はそれに答えない。
「この縄を解いてください!」
 懇願するひなたに、男が静かに口を開いた。
「お前はこれから始まる宴の主役だ……」
 その瞬間、天井の暗がりから突然何かが飛び降りてきた。どうやら梁の上に身を潜めていたらしく、数はわからないが複数の姿がある。
「きゃあああああ!」
 飛び降りて来た者達の顔を見て、ひなたが悲鳴をあげた。
 ひなたを取り囲む影は嚥獣達であった。その顔は、蟷螂……虎……百足(むかで)…大猿……蜘蛛……様々な獣や虫の顔をしており、恐怖に引きつるひなたを不気味な目つきで見下ろしている。
「助けて! 誰か!……誰かッ!」
 ひなたは泣き叫び、激しく体を揺さぶった。だが、きつく縛られた縄はびくともせず、軋む音だけがむなしく響き渡る。
「騒ぐだけ無駄だ。この隠れ家は我ら以外誰も……」
 その言葉を遮るように、ダンッと大きな音が響き遮った。
 男が目をやると、開き切った観音扉の向こうに一人の男が立っている。雲間からのぞく月が照らし出したその顔は、壬生狼だった。
「彼女を離せ!」
 言うやいなやダッと駆けると、壬生狼は向かってくる嚥獣の群れを飛び越え、縛られたひなたのそばに飛び降りた。……と思ったが、見えない壁にぶち当たり、大きく弾かれた。
 法衣の男が冷たく笑った。
「結界が張ってある。無理に近づくと女の体はバラバラになる」
「何だとッ」
 壬生狼は大きく肩で息をしながら、血走った目で法衣の男を忌々しく睨んだ。
 男の声は、先日自分の前に現れた山岡頭巾の男と同じ……それに男が着ている法衣に見覚えがある……あれは自分を嚥獣に変えた儀式で謎の男が着ていたもの……間違いない、この男はあの時の男だ……壬生狼の心に怒りと憎しみが湧き上がった。
 法衣の男は興味深げに尋ねた。
「宴の支度が整ったらお前を招くつもりだったが……よくここがわかったな」
「俺を嚥獣にしたことが仇になったな」
 壬生狼は法衣の男に言い放った。
 果たして、壬生狼はいかにしてここに辿り着けたのか……?
 壬生狼は、男が放ったと思われる光る鳥を追って屋敷を離れた。だが、いいように走りまわされたあげく巻かれてしまい、何も得ることができなかった。
 仕方なく屋敷に戻るとなにやら騒がしい。壬生狼は見張りの隊士達に気づかれぬよう屋根に飛び乗って様子をうかがった。すると、隊士達が屋敷内を探しまわったり、屯所への伝令を出したり、右往左往している姿が目に入り、ひなたの姿が消えてしまったらしいことがわかった。
「やられた……!」
 壬生狼は、毛むくじゃらの拳を屋根瓦に叩きつけた。
 光る鳥は自分を屋敷から引き離す囮だったのだろう。あの男が現れたと思い込んで熱くなり、ひなたを忘れて追跡に出たのが裏目に出た。
 ひなたはあの男にさらわれたのかも知れない……壬生狼の中に今まで感じたことのない焦りと不安が渦巻いた。
 落ち着け!……落ち着くんだ!……壬生狼は自分に必死に言い聞かせ、心を鎮めて冷静に考えた……。
 そうか!……壬生狼は屋敷の裏庭に静かに降り立つと、意識を集中し、鼻をひくつかせた。
 わかる……わかるぞ!……感じたものを頼りに壬生狼は屋敷の裏口に向かった。
 どうやらひなたはここから外に出たらしい……壬生狼は、ひなたの香りを辿り、暗闇に包まれた道を進んでいった。
 嚥獣は一体化した獣の能力を使うことができる。ゆえに、狼と一体化した壬生狼には、狼とおなじく鋭い嗅覚があるのだ。
 嚥獣になったことは、壬生狼にとっておぞましい以外の何物でもない。だが、嚥獣としての力がひなたの行方を追うために役立ったこともまた皮肉な事実であった。
 嚥獣の力を熟知する法衣の男は、覆面からのぞく目元をにやりと緩ませた。
「狼は鼻が利くということか……その力を与えた私に感謝してもらいものだな」
「黙れ! とにかく彼女を離せ。俺を誘き出すためなら用は済んだはずだ」
 壬生狼は身構えたまま、法衣の男に言った。
「お前が仲間になると約束すれば、すぐにでも解放する」
「何ッ?」
「さあ、答えを聞かせてもらおうか」
「卑怯だぞ!」
「この女を解放したいなら、方法はそれしかない」
「……」
 ギリギリと牙を食いしばる壬生狼を縛られたひなたが不安げに見つめている。
「……わかった」
 恐怖に潤むひなたの瞳を見て、壬生狼は苦渋の決断を下した。
「この女、よほど大事と見える」
 ほくそえむ法衣の男に壬生狼は言った。
「だが条件がある」
「条件? お前はそんなことを言える立場ではない」
「顔を見せろ。どこの誰かもわからない奴の仲間にはなれない!」
 息巻く壬生狼を法衣の男は黙って見つめていたが、やがて口を開いた。
「よかろう……仲間になった暁には顔を見せる約束だったな」
 男はそういうと、口元を隠している布をゆっくりはずした。 
「亀井様ッ……!」
 男の顔を見て、ひなたが思わず声をあげた。
 壬生狼は亀井利太朗に会ったことはない。だが、土方や近藤からその名は聞いており、京都守護職における松平容保の片腕であることは聞き及んでいる。
「俺が知る亀井という人物は容保様直属の幕臣のはず。お前は本当に……」
「間違いない、それは私のことだ。だが、亀井利太朗は世を忍ぶ仮の姿。本当の名は……禍月重磨」
 亀井……いや、禍月重磨と名乗る男が不敵に笑った。
「ああ……」
 亀井の本当の名を知ったひなたが嘆きの声をあげた。
 禍月は愉快だと言わんばかりに壬生狼に笑いかけた。
「この女は、頑なに守ってきた疑わしき男の名を私に教えてくれたのだ。その男がこの私だと知らずに」
「私はなんということを……」 
 怒りと悔しさにさいなまれ、ひなたは唇を噛んだ。
 禍月は、ひなたを冷たく見下ろして言った。
「それにしても、お前の兄の日記に私の名が残っていたとは迂闊だった。禍月重磨の存在はまだ表に知られるわけにはゆかんのでな」
 壬生狼は禍月に怒りの目を向けた。
「要蔵殿はそれを突き止めて……だから殺したのか!」
「そうだ。あの男に色々動かれるとやっかいだったのでな。あとは、残ったこの女がどこまで知っているのかゆっくり尋問すればいいと思っていたが、佐々木只三郎が私の素性に気づいてこの女を匿おうとしたのでな、奴の動きを利用して、私がかすめとったというわけだ」
 禍月は、佐々木の動きが近頃おかしいと監視していた。そして、佐々木がひなたを密かに呼び出したことを知ると、ひなたが屋敷から抜け出しやすいよう、式神で壬生狼や見張りの隊士を陽動し、屋敷から出てきたひなたを連れ去る時をうかがっていたのだ。
 壬生狼は更に尋ねた。
「お前は一体何者だ……?」
「……虐げられた一族の末裔だ」
 禍月の顔から笑いが消え、その瞳に鬱屈した光が浮かび上がった。
「我が一族は、安倍晴明を祖に持つ陰陽師の血統だ。だが、徳川幕府が開かれた時、その力を脅威とする家康の命によって、一族は皆殺しにされた……。だが、わずかに生き延びた者がおり、彼らが一族の力を子々孫々と密かに受け継いできたのだ」
 壬生狼も陰陽の術を使う術法者の話は聞いたことがある。彼らが使う怪しい術は奇怪なものらしいが、どこか真実味がなく、おとぎ話のようなものだと思っていた。だが、この男の存在を知った今、それは現実の脅威として、壬生狼に降りかかっている。実際、彼の妖しい術によって自分はおぞましい姿に変えられてしまったのだから。
「嚥獣もその力で作り上げたのか……?」
「そうだ。全ては一族の復讐のため……嚥獣を使い、我らを闇に追いやった幕府を転覆する」
「そう簡単にはいかないぞ!」
「だから奴等を利用する」
「奴等……?」
「倒幕派だ」
 禍月はしたり顔で続けた。
「嚥獣に幕府要人を次々暗殺させ、この親子を襲わせたのも……全ては。倒幕派に嚥獣の力を知ってもらうため」
「倒幕派に嚥獣を売り込むつもりかッ?」
「察しがいい。連中は幕府を転覆するために強い力を必要としている。すでに、嚥獣が欲しいという藩もいくつかある。お前もいずれ、その尖兵となることだろう」
「断る!」
「断れば、この女がどうなっても知らんぞ」
 禍月の声に呼応するように、嚥獣達が縛られたひなたの方をジロリと見た。
「彼女に手を出すな!」
 壬生狼は、ひなたを守るように嚥獣の前に立ちはだかった。
「そうだ。よい趣向を思いついた……」
 禍月は壬生狼とひなたを見て、いたずらっぽい笑いを浮かべて言った。
「この女と交われ。そして産ませるのだ。お前の……嚥獣の子を」
「何ッ?」
「嚥獣と普通の人間が交わればどんな子が産まれるのか……前から試したいと思っていた」
「ふざけるな! 俺は仲間になった。だから、彼女はすぐに解放しろ!」
 禍月は壬生狼を無視して、ひなたに語りかけた。
「お前も契る相手がこの男なら文句はなかろう……?」
「嫌です! そんなことをするくらいなら私は死にます!」
 そう言って自分を睨みつけるひなたに禍月は妖しく囁いた。
「この男がお前の大切な者だとしてもか……?」
「?」
「この男こそ、お前が探し求めていた……暁透志郎だ」
「えッ?!」
 驚いたひなたは目を大きく見開き、壬生狼を見た。
「嘘だ! こいつの言うことは出鱈目だッ!」
 壬生狼は禍月の告白をかき消すように叫んだ。
「嘘ではない。この男は私の術で嚥獣に姿を変えたお前の愛しい許婚だ」
「違う! 俺は暁透志郎ではない。こんな醜い化け物が彼女の探している男であるはずが……!」
「……透志郎……様……」
 小さな声が聞こえ、壬生狼はひなたを見た。
 ひなたの目がジッと自分を見つめている。その瞳には、嬉しいような、悲しいような……複雑な光が浮かび、涙が滲んでいる。
「あなたは本当に……?」
 ひなたは壬生狼を見つめたまま尋ねた。
 彼女の熱のこもったまっすぐな視線に耐え切れず、壬生狼は目をそらした。
「そうなのですね?……あなたは透志郎様なのですね?」
「……」
 壬生狼はひなたから目をそらしたまま黙して語らない。
 だが、その沈黙と苦悶の顔が、この男が暁透志郎であることを雄弁に物語っていた。ひなたは、壬生狼に助けられた時に感じた不思議な感覚の正体がようやくわかった。
「ああ……」
 大きく息を漏らしたひなたの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
 黙ったままの壬生狼にかわるように禍月が言った。
「わかっただろう。この男がお前の愛する者だということが」
 ひなたは涙で濡れた瞳で禍月をキッと睨んだ。
「どうしてこんなひどいことを! 透志郎様にかけた術を解いてくださいッ!」
「術は解けぬ。この男が死なぬ限りな……」
 禍月は冷たく言い放ち、壬生狼を見た。
「お前も知っているはずだ。一度嚥獣になってしまったら元には戻れん。愛する者を手にしたくば、その姿で契りを交わすより他はない。それがこの女を救う唯一の道であり、愛し合うお前達にとって一番の幸せだ」
「黙れ! 俺は彼女に指一本触れるつもりはない。俺は彼女を救い、そして……人に戻る!」
 壬生狼は新たな闘志を燃やし、禍月を睨みつけた。
「不憫なお前達のために気を配ったつもりだったが……まあいい、お前が拒むなら、この女は他の嚥獣に与えるまで」
「何ッ!」
「お前が契るならそれもよし。拒むなら、他の嚥獣をあてがうのみ。どちらにせよ、この女は私の夢を叶えるための生贄となる運命だ」
 禍月がそう言いながら印を組むとと、ひなたの周囲が一瞬光り、彼女を取り囲んでいる結界が解けた。
 禍月は嚥獣達に言った。
「この女と好きに交わるがいい。ただし壊すでないぞ。この女は嚥獣の子を産む大事な母体だ」
 野生の本能をむき出しにした嚥獣達が舌なめずりをしながら飛び出した。
「させるか!」
 壬生狼は、ひなたに群がらんとする嚥獣を蹴散らし反撃するが、同時に五体の嚥獣が相手では、さすがの壬生狼も苦戦は必至である。
 五体の動きに翻弄される壬生狼の目に何かが飛んできた。それは蜘蛛顔の口から放たれた蜘蛛の巣だった。蜘蛛の巣を払おうともがく壬生狼の隙をついて蟷螂顔が腕の鎌を振り上げて襲いかかる。壬生狼は蟷螂顔の鎌をすんでよけたが、続いて襲い来る百足の長い尻尾をまともに食らい弾き飛ばされた。
「透志郎様ッ!」
 壬生狼の苦戦にひなたが叫んだ。
「大丈夫だ……必ず助ける!」
 弾かれた壬生狼は、顔についた蜘蛛の巣を払って立ち上がったが、虎顔の巨体が間髪入れず突っ込んできた。
「ウガッ!」
 虎顔の強烈な体当たりをまともに食らった壬生狼は壁にめり込んだ。その衝撃はすさまじく、さすがの壬生狼も口から泡を吹き、気を失いかけた。
「きゃあああああ!」
 壬生狼はひなたの悲鳴で我に返った。
 見ると、他の嚥獣が戦っているあいだにずる賢く抜け駆けした大猿顔が、ひなたの上に覆いかぶさっている。大猿顔はキキッと卑猥な笑い声をあげると、ひなたの着物の胸元を開き、あらわになった胸元に自分の顔を押しつけた。
「よせッ!」
 怒りの声と共に駆け出す壬生狼の体を百足の尻尾がからめとった。尻尾は強い力で壬生狼の体を締め上げ、身動きが取れない。
「ウガアアアッ!」
 壬生狼は力を振り絞るように獣の雄たけびをあげ、体を締めつける百足の尻尾を食い破った。だが、拘束が解けた瞬間、虎顔の鋭い爪と蟷螂顔の鎌が左右から次々襲いかかり、壬生狼の体を大きく切り裂いた。
「ウガアッ!」
 激しく血を飛び散らせながら床に倒れこんだ壬生狼の体は、蜘蛛顔が放った蜘蛛の巣に絡めとられ、床にがっちりへばりついた。満身創痍の壬生狼に蜘蛛の巣を払う力はもはやなく、無様にもがくことしかできない。
 大猿顔はそんな壬生狼をあざ笑うと、ひなたの足を大きく割り、あらわになった白く美しい腿を愛おしそうに撫でまわした。
「嫌―ッ!」
 ひなたは泣き叫び、動けぬ壬生狼を見た。
 怒りと悔しさがこみあげ、壬生狼の目から涙がポタポタと流れ落ちた。
 必ず助けると言ったのにこのザマは何だ……俺はこのまま何もできずにいるのか……愛する者が化け物の慰み物になるのをただ見ているしかできないのか……俺一人では愛する者すら守ることができないのか……。
 禍月は壬生狼を見下ろして言った。
「さあ、宴の始まりだ。よく見るがいい。人が嚥獣の子を宿す瞬間を……!」
 禍月の言葉に従うように、大猿顔が大きく開いたひなたの足のあいだにゆっくりと腰を沈めていく……。
「透志郎様―ッ!」
「ひなたーッ!」
 壬生狼とひなたの絶望の叫びが虚しくこだました。
 その時……!
「ウギャアアア!」
 ひなたに覆いかぶさっていた大猿顔が突然叫び声をあげ、もんどり打って倒れた。
 見ると、大猿の胸に小刀が深く突き刺さっている。
「二人とも大丈夫か……?」
 そう言って中に入ってきた男は新選組の羽織を纏っていた。大猿顔に突き刺さった小刀は、この男が投げたものだった。
 入ってきた男を見て、亀井はつぶやいた。
「土方か……」
「佐々木さんが調べあげた隠れ家の候補は二つ……佐々木さんと二手に分かれて向かうことにしたが、どうやら当たりはこっちだったらしい」
「ここまでたどり着くとは……やはりお前は早く消しておくべきだったよ」
 そう言って自分を冷たく見つめる禍月に土方は尋ねた。
「羆顔に俺を襲わせたのは貴様か……?」
「そうだ。京都遠征隊の消息を辿って嚥獣の存在に感づきそうだったのでな。その後、お前がその男と結託して、私を誘き出そうとしているとは思いもよらなかったが」
「そっちこそ。亀井さん……いや、本当の名は違うようだか、まさかあんたが黒幕とはな」
「気づかれたところでどうということはない。お前一人……消すことはたやすい」
 百足顔と蟷螂顔が土方に襲いかかった。
 同時に土方の背後から二つの影が飛び出し、向かってくる百足顔と蟷螂顔の胴を瞬時に斬り裂いた。二体の嚥獣は奇声をあげ、倒れ伏した。
 二つの影はそのまま中になだれ込むと、襲いくる虎顔と蜘蛛顔の攻撃をかわし、壬生狼を絡めとる蜘蛛の巣とひなたを縛る縄を斬り払い、二人を解放した。
「まったく、俺達を置いて一人で飛び込むんじゃねえ」
「足が速すぎるんですよ、土方さんは」
 そう言いながら身構えた影は、近藤と沖田だった。



 解放された壬生狼は、ひなたに素早く駆け寄ってはだけた着物を直し、土方達を見た。土方と目が合った壬生狼の胸に熱いものがこみあげてきた。
 新選組と行動を共にする必要はない。自分の力は新選組にとって十分に役立つだろうが、彼らの力が自分にとって役立つかと言われれば、そうとも限らない。大事な者は自分で守る……そう思っていた。だが、こうして三人に窮地を救われた今、自分の考えがいかに独りよがりであったかを思い知らされた。
 そして、ただの人間である土方達が嚥獣に立ち向かう勇気と気概に改めて尊敬の念を感じ、過ちを犯した自分を守って一緒に戦ってくれることを心の底から感謝した。
「……ありがとう」
 壬生狼の口から自然と言葉が漏れた。
「俺達は彼女の護衛だ。お前を助けにきたわけじゃない」
 素っ気なく答える土方を見て、近藤と沖田がニヤリと笑った。
「……まあいい。宴のよい余興だ」
 禍月がそう言うと、大猿顔が胸に刺さった小刀を抜き捨てながら立ち上がり、腹を斬られて倒れていた百足顔と蟷螂顔もゆらりと起き上がって、虎顔や蜘蛛顔に連なって身構えた。

…続く
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