皇太子の溺愛

にゃこにゃこ

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 ラクアン達の前では戸惑いなど感じさせぬよう、あえてディヴェルツェは残虐な竜だと言った。胸が張り裂けそうだった。かつての友を、幼なじみを、唯一の親友を悪役に仕立てるのは。
 僕はディヴェルツェと共に、空を自由に散歩している記憶を思い出した。番が出来たと、嬉しそうに笑うお前は、残虐さの欠片もない。
 だが......番と子を人間に殺されて失ったディヴェルツェは狂った。竜帝の名にこだわり、あらゆる国や人間を襲った。それでも話はできるくらいには理性があった。人間を守護すると言った僕を、何とか説得しようとするくらいには。
 あの日最後に交わした会話が、僕の脳裏によぎる。
『考え直してくれ、カル。人間は俺の妻を、子を殺したんだぞ!』
『考えは変わらないよ、ディヴェルツェ。君の妻子を殺したのは、あの人間。一括りにしてはいけない。個人の恨みや憎しみに、全体を巻き込むべきじゃない』
『俺には、俺にはもうお前しかいないのにか?』
 その言葉は、あえて聞かないように耳を塞いで、僕はこの国の守護竜となった。君を、見捨てたのだ。
 もう一人になってしまった君を。
「ディヴェルツェ。話も出来ないのかい?」
 君にとっては、もう話したくもない存在だろうけどね。とはいえ、目の前にいる、突然襲ってきたディヴェルツェはよだれを垂らし、目は焦点が定まっていない。明らかに普通じゃない。
「とと!」
「シェリアと下がっていなさい、リムウェル。殺すしかないみたいだ」
 僕も何とか説得をと思ったけど、無理そうだ。
「カル、大丈夫か!?」
 騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた、ラクアンやグラシアン、そしてその他の大臣たち。
 援護に来てくれたんだろうけど、あいにく人間は足でまといだ。竜同士の争いでは特に。今の僕には、ディヴェルツェを相手にしながら周りを守るという余裕はない。僕が歳を重ねたように、ディヴェルツェも歳を重ねた。
 竜にとって歳を重ねるということは、力が増すということと同意義。つまり、僕が知っているディヴェルツェの、何倍も強い。
 ディヴェルツェは言葉にならない咆哮を上げて、僕の喉元に向かってきた。
「君を裏切ったのは僕だ。だから、君の恨みは確かに受け取った。だけどここにいる者たちは、この国の子達には手を出させないよ。たとえディヴェルツェ、かつての親友でも!」
 君がもう失いたくないように、僕だってもう失いたくないものは多くある。
 もう、失うわけにはいかない。
 君に、安らぎを与えよう。


 ☆☆☆


「カル......!」
 上位に位置する2匹の竜の戦闘は、想像よりも激しい。カルは得意な火で対応する一方、ディヴェルツェは紫の雷で戦っていた。
 二人の力がぶつかる度に、大きな爆発が起きた。
 唖然とするしかない私に駆け寄ってきてくれたのは、シアンだった。
「シェリー、怪我は?」
「大丈夫。それよりもシアン、カルが」
 力は拮抗しているように見えるが、ディヴェルツェの勢いはとどまることを知らない。
 それに比べて、カルの勢いは押されているように見えた。かつての幼なじみというディヴェルツェを気にしてか、それともまだ疲労が回復しきっていないのか、私には分からないけれど。
 だけど全員の目に、ディヴェルツェの様子がおかしいことが見て取れた。
 理性がないような、そんな目をしている。ただ力任せに、なんの考えもないような。
 いくら敵同士になったとはいえ、かつての幼なじみを、それほどまでに憎んでいるのだろうか。
「シェリア、グラシアン、下がっていなさい。2人は場所に」
「そういう父上もでしょう。それにカルを放って俺達だけが隠れるなど⋯⋯」
 シアンは不自然に言葉を途切れさせたと思うと、ひとつの咆哮が響いた。それも、痛々しいものだ。
 ふと上空を見ると、カルの首元にディヴェルツェが食らいついている。
 カルはそのまま羽ばたく力もなく重力に従い、地上にたたきつけられた。
「カル!」
 皇帝陛下が周りの止める声を聞かずに、カルの傍に駆け寄った。
 私もシアンと共にカルの傍に駆け寄り、傷を確かめる。
 幸い、傷は浅い。それにカルの硬い鱗が首を守ったのだろう。鱗は裂けてはいるが、浅い切り傷があるだけだ。
「全く、相変わらず強いね、ディヴェルツェ。敵う気がしないよ」
 疲れたような顔で、しかし穏やかな顔でディヴェルツェを見上げるカル。
 ゆっくりと天から降りてくるディヴェルツェは、目に光さえあれば、禍々しくも美しく見えた光景だったろう。
「ディヴェルツェ、何に操られてる?」
 カルは目を閉じ、人の姿に戻る。そして突然、カルがディヴェルツェに問いかける。でもその言葉に違和感も驚きもなかった。私達も、ディヴェルツェの異様さには気付いていたからだ。
 やっぱり、操られてたんだ。でも、誰が、どうやって?
「いい加減目を覚ましなよ。君は、竜帝なんだろう」
 相変わらず目に光はない。けれど、ほんの僅かに瞳が揺らいだ。それをカルが見逃すはずもなく、畳み掛けるように1歩前へと歩み出る。
 私たちはただ見守るしかなかった。
「竜帝たる君が、人間に操られる? 冗談だろう? ディヴェルツェ、そんなんじゃ⋯⋯妻子に顔向けできないね」
 ハッとしたように、ディヴェルツェの動きが止まった。
「自分を取り戻せ、ディヴェルツェ!」
 一際強い一喝が、辺りに響いた。
 この場を静寂が支配するが、それはほんの一瞬。
 ディヴェルツェが突然怯えたかのように、1歩下がった。その目はカルにでも皇帝陛下にもシアンにもない。いや、この場の誰にも向けていない。
 カルも何らかの気配を感じとり、後ろに控えている兵に叫ぶ。
「臨戦態勢! なにか来る」
 弾かれたように、2匹の竜が天を仰ぐ。あれだけ曇っていた空は、一瞬にして雨雲が払われた。
 そして気配の主は、払われた雨雲の中から現れた。太陽に照らされて輝く、天使のような翼を持った何かだった。
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