皇太子の溺愛

にゃこにゃこ

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 今の時代、竜帝なんて名乗ったもの勝ち。
 ただ、1000年前までは違った。今でも僕よりも長生きで力の強い古参の竜はたくさんいるが、いずれも竜帝を名乗らない。彼らには、絶対的な存在を信仰しているからだ。
「とりあえず、バレシウス陛下とお呼びしても?」
 バレシウス陛下からは、今は許すとだけ言葉を貰うことが出来た。
 ラクアンや坊ちゃんは驚いていたが、坊ちゃんはさすがだ。もう冷静さを取り戻し、冷静に頭の中を整理しているようだ。
 僕も頭が混乱しているし、目の前の存在がどうしても信じられない。
「か、カル。説明を⋯⋯」
「まずは何から話せばいいのか⋯⋯とりあえず、この方はバレシウス陛下。1000年前の竜帝、でお間違いはありませんよね?」
「あぁ。しかし今や、人間の生活に紛れ込む1匹の竜ゆえ、ゼノと呼ぶがいい。他の竜に勘繰られても我は責任は取れぬぞ」
    1000年も生きる竜なんて聞いたこともないし、寿命が普通の竜とかけ離れている。長生きな竜でもせいぜい400年くらいだと言うのに。
 しかも1000年前の竜帝と言えば、世界を統べ、神としても崇められた竜だ。
「ここからは昔話だから、真実かどうかは分からないけれど。今は名乗った者勝ちの竜帝だけど、1000年前は違ったんだ。竜帝と言えば、このお方のみを指す言葉だった」
 そう、もう伝説の存在と成り果て、若い竜なんかは存在を疑うほどまでに。
 にわかには信じ難いことではあるが、一瞬で力の差を感じ取ったあの出来事、そして場を支配する圧倒的な気配。古参の竜でもあんなことは出来ない。
 しかも⋯⋯人間と竜の間に、シェリアという血の繋がった娘がいる。
 彼は本当に、竜なのか?
「世界の頂点として君臨し、全ての竜を統べた存在なんだ。そして、竜の中で唯一鱗を持たない竜でもある」
 鱗を持たない、というところに反応したのはシェリアだった。
「あっ、確かに。お父さんってふわふわもふもふしてるよね」
「乗り心地は良かろう?」
「お父さん本当に竜だったんだ。何かの生物かと⋯⋯」
「そんなわけがあるまい。儂はシオンにベッドにされていたくらい、ふわふわもふもふとか言うやつだ」
「バレシウス陛下、少し黙って頂けると」
 流石にうるさすぎる。
 案外バレシウス陛下は親バカのようで、シェリアのご機嫌取りを常にしている。
「バレシウス陛下、あなたの今の目的は?」
    バレシウスの本当の目的、僕は既に検討がついている。
 シェリアを攫って、また再びここに連れてきた。
 となれば、僕が思っている可能性はひとつ。
「儂はシェリアを探し、噂の真相をこの目で確かめに来ただけだ」
 やはりか。概ね、僕の予想は正しかった。
 バレシウス陛下が竜であるならば、家族を心から愛しているはずだ。だからこそ、妻を失ったバレシウス陛下にとって、シェリアは唯一の家族。例え深海にいようと、火の海にいようと、追いかけていくのが竜というもの。
 とはいえ⋯⋯本来種族という壁を超えて子供なんかできないはずだけれど。
「ならばお前は、シェリーやこの国の敵ではない、ということか?」
 坊ちゃんの言葉に、バレシウス陛下は目を細めてニヤリと笑った。
 背筋に感じる寒気、全身でわかるこの圧倒的な威圧感。やはり、竜帝と言われ、崇められただけある。
「儂を味方に付けるも敵に回すも、シェリア次第。すなわちそれは、お前たち次第とも言えるな」
「⋯⋯なるほど。敵に回った瞬間、この国は荒野になるか」
 荒野で済んだらいいけれどね。最悪、歴史から消え去ることにもなるだろう。
 ともかく、バレシウス陛下を敵に回すのは絶対に回避せねば。バレシウス陛下が本気になれば、世界すら簡単に終わらせることが出来るのだ。
  この国だけの問題とは思わない方がいい。
「ラクアン、この件は詳しく話し合おう。とにかくバレシウス陛下を下手に刺激するのはダメだ」
「ま、待ってくれ、話が整理出来ていない。ならこの方は、竜の頂点に立つお方なのか?」
「そういう認識で大丈夫」
 僕はラクアンの近くに寄り、なるべく周りに聞こえない声で警告した。
「⋯⋯バレシウス陛下が本気を出せば、この世界は終わりだ。だからなるべく刺激しないように。刺激の元はおそらくシェリア。敵に回せばこれ以上なく恐ろしいが、同時に味方につけばこれ以上なく頼もしい」
 バレシウス陛下の目はシェリアに向けられているが、おそらく⋯⋯彼の耳には届いているのだろう。
 こんなことで隠し通せるとは思ってないけれど、彼自身もシェリアのためなら、シェリアの利になるなら、喜んで利用される気でいるはず。
 番と子のためなら、喜んで利用される。それこそが竜の習性。竜の喜び。
 しかし番と子が害されようものなら⋯⋯。
「⋯⋯では、バレシウス陛下」
「その名は言いふらすな。我のことは、ゼノと呼べ」
「失礼致しました。では、ゼノ様。今後はどうなさいますか? 必要とあらば、部屋をご用意いたします」
 固まってしまっているラクアンをとりあえずそのままにしておいて、とにかく刺激しないように言葉を選ぶ。
 その様子にバレシウス陛下⋯⋯ゼノ様は短いため息をついた。
「仰々しい礼儀も様付けも、気遣いもいらぬ。一般人として扱え。多少無礼があったところで、今の我には瑣末事に過ぎぬ」
 そう、今のこのお方にとっての引き金となるのはシェリア。
 この国も世界も、シェリア次第になるとも言えるほどに。
(この国で保護できてよかった⋯⋯)
 あの愚国を思う度に、心底そう思う。
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