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あの噂は、シェリアが生きていることを知り、街のあちこちを駆け回っていたある日。
ディヴェルツェ襲撃の、前の日のことだ。
「ねぇ、知ってる? 最近狂ったように暴れる竜がいるって」
「知ってるわ! 変よねぇ、確かに竜は人を嫌ってるけど⋯⋯。しかも何匹もいるって」
人を嫌う竜なんぞ、確かに数多といるが⋯⋯ディヴェルツェのように好んで人を襲う竜は少数派だ。竜は人間に絶対関わらないという立場を決め込んでいる。それゆえ、複数いるというのが気になる。
我はそう思い、聞き耳を立てた。
「目撃証言だと、なんだかよだれを垂らして様子が変だとか」
「そうなの? 私は目の焦点がおかしいって聞いたわ」
「まるで、“操られている”みたいよねえ。それっていつからなのかしら」
「私が聞いたところによると、数年前からだって」
竜を操る人間、か。我も長いこと生きてきたが、そんな人間は長生きしない。
なぜなら、竜を操るなどという術は、人間の身に余るのだ。寿命を削り、才能を削り、そして次第とあらゆる記憶が消えていき、廃人となる。
もって⋯⋯数ヶ月のはず。
「そうそう、あと──」
そこから話が変わり、これ以上聞く必要もなしと判断した我は、その場から立ち去った。
同族が滅びの道を歩もうと、人間を襲おうと構わないし、興味もない。
しかし、シェリアに巻き添えがいくのは困る。
この件は別途調査しようと思っていたが、ディヴェルツェの件とシェリアに再会できた喜びで、後回しにしていた。
だが、シェリアにあの小童と添い遂げるという選択肢を与えるためには、そんな件は放っておけぬ。
「その口振りでは、何も知らぬようだな」
「そんな、無謀な人間が⋯⋯術師の間でも、禁忌のものなのですよ?」
「禁忌に手を出すのが、人間というものであろう」
恐れを知らぬ、傲慢な人間など山ほどいる。身の程を弁えず、己の才能に酔う⋯⋯そのようは人間なんぞ、野垂れ死ねばいい。
「⋯⋯術師をトップとする新興国ならば、ありますが」
「ほう? 話せ」
「分かりました」
カル曰く、国家転覆により最近術師が頂点立つという、術師こそが神に選ばれた人間などと言い一般人を劣等種呼ばわりするゆえ、周辺国からも嫌われている。
しかし、頂点である術師は才能があることも事実だと言う。
「近々、その国への訪問が予定されております。坊ちゃんが行かねばならない以上、シェリアの付き添いは必須なのですが⋯⋯やはりその、坊ちゃんも葛藤しておりまして」
⋯⋯あの小童、己の感情を優先せず、シェリアのことをしっかり考えるか。面白い。
「ゼノ様、付き添いをお願いしたい。もちろんあなたも、この件を放っては置けないはずです。あなたがいれば、シェリアや坊ちゃんも安心でしょう。そして、あなた自身も調べれられます。互いに利害が一致している」
「⋯⋯良かろう。お前も行くのだろう?」
「えぇ。今の話は、僕にも無関係と言えませんから。それと、ゼノ様」
カルは我に視線を寄越し、強めの口調で我を呼んだ。
「早く立ち去ってください。息子が寝られません」
○○○
カルに追い返されて、いつの間にか夜も開けていた頃、我は一つ気付いたことがある。
あれほどこの身を蝕んでいたあの王子に対する憎しみも恨みも、シェリアのそばに居ると自然に消えてしまうのだ。
これはシェリアの能力か、それとも我の溺愛ゆえか⋯⋯。
朝になり、いつものようにあの皇太子がシェリアの部屋に入ってくる。
「⋯⋯あなたか」
人間というものは、弱い。たった一夜徹夜したくらいで寝不足とは。
「あの王子の待遇は?」
「まだ決まっていない。大臣の何人かパイプがあって面倒になっている」
そのような輩、切り捨てれば良いものを。
だが、この国は珍しい。
絶対王政が支配する大陸の国々の中で、この国もまた例外では無い。
しかし、この国の皇帝は⋯⋯意志を尊重している。絶対王政でありながら、民意を大事に、それは民主主義に近い。
「⋯⋯我が殺しても良いが」
さすれば、シェリアにもあの皇帝にも皇太子も責められない。我は誰にも気付かせず、なおかつその遺体を塵一つ残さずに始末できる。
だが、皇太子は頷かぬ。
「そんなことをしたら、民から疑いの目を向けられる。民と政府、この二つが信頼しあってこその国というものだ」
⋯⋯やはりこの国は、面白い。
この男、皇太子でありながら傲慢にならず、今の言葉も嘘偽りの無い本心。
カル、お前が先々代の皇帝と友人になった理由が、何となく分かった。
「あぁ、そうだ。朝食の場で、父があなたに話したいことがあると。出席していただきたい」
「要件は?」
「さぁな。父も仮眠を取ると言って、直ぐに部屋に戻った」
我のことなど気にもとめず、シェリアのベッドに腰を下ろし、穏やかな顔で眠っているシェリアを優しげな目で見つめる。
気に食わぬ奴だが、シェリアのことを本当に大事にしている。
(⋯⋯この男にならば⋯⋯)
我が上の空だったうちに、シェリアは目を覚ました。
ディヴェルツェ襲撃の、前の日のことだ。
「ねぇ、知ってる? 最近狂ったように暴れる竜がいるって」
「知ってるわ! 変よねぇ、確かに竜は人を嫌ってるけど⋯⋯。しかも何匹もいるって」
人を嫌う竜なんぞ、確かに数多といるが⋯⋯ディヴェルツェのように好んで人を襲う竜は少数派だ。竜は人間に絶対関わらないという立場を決め込んでいる。それゆえ、複数いるというのが気になる。
我はそう思い、聞き耳を立てた。
「目撃証言だと、なんだかよだれを垂らして様子が変だとか」
「そうなの? 私は目の焦点がおかしいって聞いたわ」
「まるで、“操られている”みたいよねえ。それっていつからなのかしら」
「私が聞いたところによると、数年前からだって」
竜を操る人間、か。我も長いこと生きてきたが、そんな人間は長生きしない。
なぜなら、竜を操るなどという術は、人間の身に余るのだ。寿命を削り、才能を削り、そして次第とあらゆる記憶が消えていき、廃人となる。
もって⋯⋯数ヶ月のはず。
「そうそう、あと──」
そこから話が変わり、これ以上聞く必要もなしと判断した我は、その場から立ち去った。
同族が滅びの道を歩もうと、人間を襲おうと構わないし、興味もない。
しかし、シェリアに巻き添えがいくのは困る。
この件は別途調査しようと思っていたが、ディヴェルツェの件とシェリアに再会できた喜びで、後回しにしていた。
だが、シェリアにあの小童と添い遂げるという選択肢を与えるためには、そんな件は放っておけぬ。
「その口振りでは、何も知らぬようだな」
「そんな、無謀な人間が⋯⋯術師の間でも、禁忌のものなのですよ?」
「禁忌に手を出すのが、人間というものであろう」
恐れを知らぬ、傲慢な人間など山ほどいる。身の程を弁えず、己の才能に酔う⋯⋯そのようは人間なんぞ、野垂れ死ねばいい。
「⋯⋯術師をトップとする新興国ならば、ありますが」
「ほう? 話せ」
「分かりました」
カル曰く、国家転覆により最近術師が頂点立つという、術師こそが神に選ばれた人間などと言い一般人を劣等種呼ばわりするゆえ、周辺国からも嫌われている。
しかし、頂点である術師は才能があることも事実だと言う。
「近々、その国への訪問が予定されております。坊ちゃんが行かねばならない以上、シェリアの付き添いは必須なのですが⋯⋯やはりその、坊ちゃんも葛藤しておりまして」
⋯⋯あの小童、己の感情を優先せず、シェリアのことをしっかり考えるか。面白い。
「ゼノ様、付き添いをお願いしたい。もちろんあなたも、この件を放っては置けないはずです。あなたがいれば、シェリアや坊ちゃんも安心でしょう。そして、あなた自身も調べれられます。互いに利害が一致している」
「⋯⋯良かろう。お前も行くのだろう?」
「えぇ。今の話は、僕にも無関係と言えませんから。それと、ゼノ様」
カルは我に視線を寄越し、強めの口調で我を呼んだ。
「早く立ち去ってください。息子が寝られません」
○○○
カルに追い返されて、いつの間にか夜も開けていた頃、我は一つ気付いたことがある。
あれほどこの身を蝕んでいたあの王子に対する憎しみも恨みも、シェリアのそばに居ると自然に消えてしまうのだ。
これはシェリアの能力か、それとも我の溺愛ゆえか⋯⋯。
朝になり、いつものようにあの皇太子がシェリアの部屋に入ってくる。
「⋯⋯あなたか」
人間というものは、弱い。たった一夜徹夜したくらいで寝不足とは。
「あの王子の待遇は?」
「まだ決まっていない。大臣の何人かパイプがあって面倒になっている」
そのような輩、切り捨てれば良いものを。
だが、この国は珍しい。
絶対王政が支配する大陸の国々の中で、この国もまた例外では無い。
しかし、この国の皇帝は⋯⋯意志を尊重している。絶対王政でありながら、民意を大事に、それは民主主義に近い。
「⋯⋯我が殺しても良いが」
さすれば、シェリアにもあの皇帝にも皇太子も責められない。我は誰にも気付かせず、なおかつその遺体を塵一つ残さずに始末できる。
だが、皇太子は頷かぬ。
「そんなことをしたら、民から疑いの目を向けられる。民と政府、この二つが信頼しあってこその国というものだ」
⋯⋯やはりこの国は、面白い。
この男、皇太子でありながら傲慢にならず、今の言葉も嘘偽りの無い本心。
カル、お前が先々代の皇帝と友人になった理由が、何となく分かった。
「あぁ、そうだ。朝食の場で、父があなたに話したいことがあると。出席していただきたい」
「要件は?」
「さぁな。父も仮眠を取ると言って、直ぐに部屋に戻った」
我のことなど気にもとめず、シェリアのベッドに腰を下ろし、穏やかな顔で眠っているシェリアを優しげな目で見つめる。
気に食わぬ奴だが、シェリアのことを本当に大事にしている。
(⋯⋯この男にならば⋯⋯)
我が上の空だったうちに、シェリアは目を覚ました。
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